戦場駆ける白き野兎   作:バサル

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第三十二話

 ラウル兵長が困っていた理由は、タクマ中尉から受けた命令が原因でした。

 

 当初タクマ中尉は村にある程度の食料も残されているだろうと考えていたそうですが、実際は住民が避難する際に殆ど持って出てしまっていた様で、殆ど残されてなかったそうです。

 

 前の拠点からある程度の食料も運んできていたので当面は問題無いですが、それも何時まで持つか分かりません。

 

 それ故タクマ中尉は、ラウル兵長に速やかな食料確保を命令したそうです。

 

 ですがこの環境で大人数の食料を確保するの非常に困難な話。

 

「食料確保って言っても時期は冬間近、取れる食料なんて微々たる物だろう。だというのに今すぐ用意しろなんて気安く言いやがってっ」

 

 確かに、この時期では茸や山菜を見つける事はまず不可能。

 

 狩りをするという方法もありますが、この時期の動物達は警戒心が強くて見つける事も困難です。

 

 ラウル兵長の苛立ちも分かりますが、タクマ中尉も状況を打開する為苦肉の命令だったのでしょう。

 

 

 何とか力になりたい。

 

 

 そう思って考えを巡らせていると、私の中に一つの案が浮かびます。

 

「ラウル兵長殿、兵長殿は銃の腕に自信がありますか?」

「? まあオレも兵士だし、人並み以上には使えるけど」

「分かりました。では銃を持って森に行きましょう」

「森? ナナシちゃん、もしかして……」

「はい、森は食料の宝庫です。流石に山菜や茸は難しいですが、まだ手に入れられる食料はあります」

 

 不安そうなラウル兵長を励ますべく、私は出来るだけ元気に宣言します。

 

 

「今から森で、ムース狩りを行います」

 

 

 

 

 

 

 

 冬に近づくこの時期、動物達は過酷な環境に耐える為何処かに隠れてじっとしていることが多いのですが、中には例外も存在します。

 

 それはムースと呼ばれる超大型の鹿で、この時期繁殖期となる彼らは攻撃的になり、人に対しても普通に襲い掛かってくる危険な動物です。

 

 しかし上手く仕留める事が出来れば、その巨体から取れる肉も多いので食料としては非常に魅力的。

 

 実際ニルバ村ではこのムース狩りを古くから行っており、食料の乏しい冬場の助けとしていました。

 

 

「ナ、ナナシちゃん本当にやる気なのかい? 相手はあのムースだよ」

 

 

 一頻り説明した後もラウル兵長はずっと不安そうです。

 

「大丈夫ですよ。確かにこの時期のムースは狂暴ですが、私の故郷ではよく狩猟していました。狩り方さえ理解していれば、13歳の女の子でも狩る事は可能です」

 

 嘘は言っていません。

 

 その13歳の女の子は襲い掛かって来たムースに怯むことなく、持っていたシャベルで見事返り討ちにしたので事実です。

 

 実際にその場を見ていた訳では無いので何とも言えませんが、この逸話は私の村では武勇伝の様に語られていたので皆知っています。

 

 

 アルちゃん……思えば昔から人間離れした逸話を一杯持ってたね。

 

 なんで私、アルちゃんが最初に魔法を使った時驚いちゃったんだろう。

 

 

「本当かい? 俄かには信じられないな。オレの住んでた所では、繁殖期のムースには近寄るなっていうのが鉄則だったよ」

「ええ、その判断で間違いないと思います。しかし冬場で食料が見込めない時は、たとえムースでも狩って食さねば生きていけないのです」

「ナナシちゃん、キミって意外と逞しいんだね」

「お褒め戴きありがとうございます」

 

 もっとも、実際に私は狩りをしたことはありません。

 

 ですがお手伝いで狩りに付いていったことはあるので、どうやってムースを狩れば良いかはよく知っています。

 

 

 

 まず私達は森に入ると、手頃な場所を探して穴を掘りました。

 

 かなり深めに掘る必要がありましたが、日頃塹壕堀で鍛えられたお陰かそれ程時間を掛けることなく穴を掘り終えます。

 

 これで下準備は完了。

 

 後は獲物を見つけるだけですが、そこは私の特技が役立つ場面です。

 

「ラウル兵長殿、これから索敵魔法で周囲に居るムースを探します。見つけたらここまで誘い出しますので、兵長殿は誘い込まれたムースに止めをお願いします」

「ほ、本当に大丈夫なのかい? せめて引き付け役はオレがやった方が良いんじゃ」

「いえ、ムースの攻撃を避けるには小柄な私の方が適任です。それに私は銃の扱いがそこまで上手くありませんので」

「……そうかい。でも気を付けてくれよ」

「お気遣いありがとうございます。では行ってきます」

 

 ラウル兵長に止めをお願いし、私は更に森の奥へと入っていきます。

 

 深々と雪の降る森の中はとても静かで、とても動物が居るようには思えません。

 

 私は静かな森の中を進みつつ、途中で拾っておいた太目の枝で近くの木を叩いて音を出します。

 

 無論これは動物から私への敵意を引き出すための布石。

 

 但し今まで、索敵魔法で人以外の敵意を感知出来たことはありません。

 

 ですが何故か、今なら人以外の敵意も感知できる自信が私にはありました。

 

 恐らく動物の敵意は人の形よりも独特な物の筈。

 

 それを見分け、感知する。皆さんに私が貢献できる数少ない特技、絶対に出来なきゃ駄目。

 

「すぅー…………よし!」

 

 深く深呼吸して心を落ち着かせ、魔法の発動に全神経を集中させます。

 

 範囲は周囲50M、より細かく、敵意の機微に注視する。

 

 そして私は、索敵魔法を発動しました。

 

 

 周囲に敵意は感じられず。でもこれは何時もの人に対する索敵の仕方。

 

 もっともっと細かく、小さな敵意でも見つけ出さないと。

 

 より詳細な索敵を行う為、目を瞑って索敵の感覚に全てを傾けます。

 

 すると、

 

 

 ――ポツン――

 

 

 ほんの微かな敵意を、感知することが出来ました。

 

 何時も感じているものとは明らかに違う、異形の敵意。

 

 位置はここから10M程、全く動くことなくジッとしている様です。

 

 私は目を開けると、すぐに敵意を感じている方向へ動き出します。

 

 敵意の感じた先にあったのは、洞の出来た大きな木でした。

 

 そして今も感じる敵意は、その洞の中から感じます。

 

「敵意の先……つまりこの中に居るのかな?」

 

 そーっと洞の中を覗いてみると、そこに居たのは小さなキタリスでした。

 

 私と目が合うと、そのフワフワな毛を逆立たせながら威嚇してきます。

 

 そして私の索敵魔法で感じた敵意は、間違いなくこの子から出ているものだと確認できました。

 

 

「ありがとうリスさん、キミのお陰で要領が分かったよ。怖がらせてごめんね」

 

 

 キタリスに謝罪して、私は木から離れます。

 

 ちゃんと感知することが出来た。

 

 後はこの方法で、ムースを探すだけ。

 

 リスの敵意の小ささを考えれば、ムースから発せられる敵意はもう少し大きな物となるでしょう。

 

 更に狂暴になっているこの時期なら、ちょっとした挑発で誘い出せるはず。

 

 周囲を見渡すと、近くに小さな池が見えました。

 

 水場は動物にとって必要不可欠な要素の一つ、この辺りなら動物を見つけやすいかもしれません。

 

 私は木を叩きつつ、感知した敵意の元を確認して暫く森を歩き続けます。

 

 

 ヤマネコ、ハリネズミ、クズリ、レポ。

 

 

 色んな動物を見つけながら索敵の感覚を掴んでいると、今までに感じた事の無い大きな敵意を感知します。

 

 しかも今までの敵意はジッと動かず身を潜めていましたが、今回の敵意はゆっくりですがこちらへと近づいてきています。

 

「この感じ……当たりかな?」

 

 もし相手がムースなら、私を見つけた瞬間間違いなく襲い掛かってくるでしょう。

 

 ムースの大きさは大体2Mから大きいもので3M、重さは700kg程。

 

 体当たりされたら私等ひとたまりもありません。

 

 すぐさま握っていた枝を捨て、近くの茂みに身を潜めます。

 

 ラウル兵長が待機している場所までのルートを再確認しつつ待っていると、遂に敵意の主が姿を現します。

 

 

 3Mをゆうに超える巨体に、鋭く尖った立派な角を生やした鹿。

 

 

 間違いありません、雄のムースですね。

 

 ムースは気が立っている様で、周りの木々に角をぶつけながら辺りを威嚇しています。

 

 非常に危険な相手ですが、あれだけの巨体を仕留めれればかなりの食料になる筈。

 

 すぐさま行動に出ようとしますが、その時自分の足がプルプルと震えている事に気づきます。

 

 理由は唯一つ。いざ目の前に出てきたムースの迫力に、私が怯えてしまっているのです。

 

 

「今更後には引けない。ここで頑張らなきゃ、皆の役に立てないもん!」

 

 

 私は一度大きく深呼吸すると、震える足に活を入れる為数度叩きます。

 

 ヒリヒリと叩いた場所が痛みますが、そのお陰か震えは何とか止めることが出来ました。

 

「よし……行こう!」

 

 そして私は、意を決して茂みから飛び出したのです。

 

 

 

「こんにちは、ムースさん。申し訳ありませんが、貴方には私達の糧となって頂きます」

 

 

 声を掛けられたムースはすぐに私の方を向くと突進の体制に入り、それと同時に濃くなった敵意の矛先が私に向いてくるのを感じます。

 

 大丈夫、敵意の機微で相手のしてくる動作はある程度予想が付く。

 

 後は雪に足を取られぬ様気を付けながら、ラウル兵長の所までこの子を引き付けるだけ!

 

 鼻息を荒くしたムースがこちらに向かって走り出すと同時に、私は真横に向かって大きくジャンプします。

 

 転ばぬ様受け身を取って体制を整えた直後、後ろから響く轟音と木が軋む音。

 

 

 ドド――――ン!! ズシン!! メキメキメキッ!!

 

 

 振り返って確認する暇はありません。

 

 私はそのままラウル兵長の元へ向かって全速力で走りだします。

 

 幸い森の木々が雪の大部分を受けてくれている為、足を取られることは無さそうです。

 

 しかし油断は禁物、すぐ後ろから私を倒そうと向かってくる敵意が迫ってきます。

 

 当たれば致命傷な死の突進を寸前で回避し続け、私は走り続けました。

 

 

 

 もう何度聞いたか分からない破壊の音。

 

 私を追ってきているムースは何度も木にぶつかっている筈ですが、一向に勢いを落とす事無く私を追い続けています。

 

 常に索敵魔法で位置を捕捉出来る為何とか回避し続けれていますが、流石に生きた心地がしなくなってきましたね。

 

 それにここまで全力疾走し続けた事で、段々と私の息も上がってきています。

 

 後数度、突進を仕掛けられたら体力の限界で回避する事が出来なくなってしまうでしょう。

 

 ですが頑張って走ってきたお陰でラウル兵長の元へはもう少しでたどり着けます。

 

 後ろから突進してくるムースを躱し、私は大声でラウル兵長を呼びました。

 

「兵長殿ッ! もうすぐそちらに着きます! 今の内に準備をお願いします!!」

「ナナシちゃん!? わ、分かった。何時でも良いよ!」

 

 ラウル兵長からの返事を確認し、私はへし折った木をから頭を引き抜いているムースへ向かって石を投げつけます。

 

 頭に石を受けたムースの敵意は更に濃さを深め、私を絶対に逃すまいと絡みつく様にこちらへ向かってきます。

 

 今ならよく分かります、この敵意の形は人で言う所の『完全に頭に血が上っている』状態なのでしょうね。

 

 駄目押しの挑発は効果覿面。

 

 後は、罠に掛けるだけ!!

 

 私がラウル兵長殿の居る方へ走り出すと、間髪入れずムースもこちらへ突進してきます。

 

 ムースの突進力は凄まじく、私との距離は見る見る縮まっていきます。

 

 そして後少しで体当たりされる直前、私は大きくジャンプしました。

 

 構わず私に向かって突進してくるムース。

 

 しかしその巨体は突如大きく揺れ、バランスを崩して倒れこみます。

 

 

 ズシ――――ン!!

 

 

 まるで地震の様な衝撃が走った後、ムースは私達が先程掘った穴の中へと吸い込まれました。

 

 これはニルバ村に古くから伝わるムース狩りの方法で、本来は大人数でムースを追い立てて穴に落とすのですが、流石に二人で追い立てるのは不可能なので誘い込む方法にアレンジしました。

 

 ムースは穴に落ちた後も尚暴れていますが、その狭さから完全に身動きが取れなくなっています。

 

 この状態なら危険無く銃で仕留める事が出来ますね。

 

「ま、まさかこんなに上手く行くなんて……」

「ラウル兵長殿、止めをお願いします。頭部は強固な頭蓋骨に守られていますので、脇腹を狙うのが良いと思います」

「! わ、分かった。任せてくれ」

 

 呆気に取られていたラウル兵長でしたが、すぐに銃を構えるとムースに向かって数発発砲します。

 

 銃を受けたムースは大きな雄たけびを上げていました、それも次第に小さくなっていき、すぐに動かなくなりました。

 

 ムースの敵意が完全に消失したのを確認して、私は穴の中へと降りていきます。

 

「お見事です兵長殿。これでタクマ中尉殿も満足していただけるでしょう」

「あ、ああそうだね。これも全部ナナシちゃんの……ナナシちゃん?」

 

 振り向くと、何故かラウル兵長が不思議そうな顔で私を見ています。

 

「はい、なんでしょうか?」

「えっと、その……何でキミはナイフを握ってムースに突き立てようとしてるんだい??」

「何故と言われましても……血抜きをするだけですが」

 

 獲った獲物は迅速に血抜きを行うかどうかで鮮度にかなりの差が生まれます。

 

 そして内臓を取り出す事で腐敗が遅くなり、肉の品質向上も期待できるのです。

 

 もっともこの寒さならすぐに腐ったりはしないでしょうが、処理をしておくことに越したことはありませんし、部位分けして寒冷熟成させれば肉も柔らかくなって食べやすくなります。

 

 『料理には皆の舌を楽しませる為のほんの一手間が大事』と前にエリカさんから教えて貰ったら言葉を折角なので実践してみようと思ったのですが、何故かラウル兵長の顔がどんどん青くなっていきます。

 

「ち、血抜きって……そいつの血を抜くって事かい? なんでそんな事を」

「そうする事によってお肉が食べやすくなるのです。兵長殿は狩りをした事無いのですか?」

「あ、ああ。ナナシちゃんもしかして、こういうサバイバルに慣れてるのかい?」

「……田舎育ちですので」

 

 実際狩りのお手伝いに行ったらこういう解体作業も手伝う事になりますからね。

 

 それに私の場合、前世で生き抜くためには魚や動物ぐらい捌けなければ生きていけない環境でした。

 

 お腹が空いてどうしようも無い時は近くの山で動物を狩ったりもしてました。

 

 一度罠で狸を獲る事が出来たのでお兄ちゃんと内緒で調理して食べたのですが、お兄ちゃんはとても食えたものじゃないと泣きながら食べていましたっけ。

 

 懐かしい記憶。

 

 辛い事ばかりの前世だと思っていましたが、思い返せばお兄ちゃんと一緒にご飯を食べたあの思い出は私にとって数少ない楽しかった記憶です。

 

 そんな事を思い出しつつ、私はムースの下処理を進めていきます。

 

「流石に装備も時間も無いので毛皮を作るのは諦めた方が良さそうですね。申し訳ありません」

「いやいやいや!? そこまでしなくて大丈夫だよナナシちゃん! これを獲れただけでも大金星なんだからさっ」

「そう言って頂けると助かります」

 

 とりあえずこの場で簡単な血抜きと内臓の処理を行い、大雑把にですが部位を切り分けていきましょう。

 

 流石にこの大きさのムースを運ぶのは手間ですからね。

 

 

 ロースとヒレはステーキで食べるのが美味しく、モモやスネ、ネックは煮込み料理向き。バラは焼いて良し、煮て良し、量たっぷりの万能品……等と考えながら解体を続けていると、とある部位を見つけます。

 

 先程まで猛々しく脈打っていたであろう生物の中心部、心臓。

 

 所謂ハツですね。

 

 

『この部位は特に鮮度が落ちやすいから、早めに食べるのが良いんだよ! 最高の食べ方をナナシに教えてあげよう』

 

 

 思い出されたのは以前狩りのお手伝いに行った時、アルちゃんに教えて貰ったハツの美味しい食べ方。

 

 幸いそこまで手間の掛かる調理法ではありませんし、必要な物も持っています。

 

 激しい運動をした所為か、何時もよりくぅくぅ鳴り続けている私のお腹。

 

 仕方ありません、このハツはこの場で美味しく頂くこととしましょう。

 

 万が一運んでいる最中に痛んでしまったら勿体ないですからね。

 

 他意は全然無いのです。

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