戦場駆ける白き野兎   作:バサル

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第三十四話

「酷い目に……酷い目に遭いました」

 

 あの後ハンナ伍長に捕まって揉みくちゃにされる事約一時間、やっと解放され外へと出ることが出来ました。

 

 エリカさんごめんなさい、やっぱりサウナは女性と入るべきでは無いと思います。

 

 今度サウナに入るときは、ラウル兵長に頼んで一緒のタイミングで入らせてもらいましょう。

 

 外に出ると相変わらず雪が深々と降り注いでいて、サウナによって火照った身体に外気の冷たい風が染み渡ります。

 

 本当ならそれなりの寒さの筈ですが、サウナのお陰で寧ろ服が暑く感じるほどです。

 

 正直可能ならこの軍服を脱いで暫くこの外気を楽しみたい所なのですが、流石に他の人の目もありますし自重する他ありませんね。

 

 ちなみにトゥーリスでは夏だろうと真冬であろうと、サウナを出た後は池や川に飛び込むのが一般的です。

 

 流石に真冬では凍ってるので難儀しますが、そういう時は砕氷機を使ってあらかじめ氷を割っておくので問題ありません。

 

 意外に思うかもしれませんがサウナをじっくり堪能した後冷たい水に浸かると、例え周りが雪だらけの環境でも快適な春の昼下がりの様に感じるのです。

 

 なのでスキーヤーのすぐ近くで真っ裸の人がチェアに座って日光浴を楽しむ光景などが、トゥーリスではよく見かけます。

 

 人間の身体と言うのは不思議な物だと常々思いますね。

 

 

 そんな事を考えながら少し村の中を歩いてみますが、外に出て作業をしている方は殆ど居ません。

 

 やはり皆さん既に寝床を見繕って休んでいるのでしょう。

 

 誰かのお手伝いをしようにも、何処も既に手が足りている様です。

 

 さてどうするかと考え思い付いたのは、ラウル兵長の事でした。

 

 あの後兵長はタクマ中尉の所へ報告に行くと言っていましたので、そろそろ報告も終わって帰るところでしょう。

 

 

『ありがとうナナシちゃん、本当に助かったよ』

 

 

 ラウル兵長にお礼を言われた時思わず否定をしてしまいましたが、本当はとても嬉しかったのです。

 

 こんな私に感謝してくれて、凄い子だと褒めてくれて、それだけで私の心はとても満たされました。

 

 だからまだ役に立てる事があるのであれば、もっともっとお役に立ちたいです。

 

 もしかしたら新しい仕事を貰っているかもしれませんし、それならお手伝いに行くべきですね。

 

 そうと決まれは善は急げ、私はタクマ中尉が拠点としている家に向かいました。

 

 

 

 この村の中でも一番大きな家、恐らくこの村の村長さんが住んでいたであろう場所をタクマ中尉は拠点としているそうです。

 

 特徴が大きな事しか分からなかったのですぐ見つかるか心配でしたが、村が小さい事と他の家より2.3倍大きな家でしたのですぐそれらしき家を見つけることが出来ます。

 

 家の外では丁度、私達が運んできたムースの肉が選り分けられていましたので作業をしている方に聞いてみましょう。

 

「ご苦労様です。すみません、タクマ中尉殿がいらっしゃるのはこちらの家で良いでしょうか?」

「ん? ああ、ここで間違いないぞ」

「ラウル兵長殿もこちらにいらっしゃいますか?」

「こいつを持ってきてから報告に入っていったからまだ居る筈だな。けど今は…」

 

 どうやら正解だったみたいですね、すぐ見つかって良かったです。

 

 しかもまだ二人で話しているという事は、新しいお仕事の話をしているのかもしれません。

 

 でしたら一緒に手伝わせてくださいとお願いする方が早いでしょう。

 

「ありがとうございます、お二人にお話がありますのでこれで失礼させて頂きます」

「えっ…あ、おい! 今は……っ」

 

 作業をされていた方にしっかりお礼を言って私は家の中へと入ります。

 

 去り際に何か言っていたようですが、今はこちらを優先して後で聞いてみるとしましょう。

 

 外から見た通り家の中は結構広く、玄関から伸びる廊下の先にはいくつか部屋があるようです。

 

 二人が話している部屋は何処なのかと悩んでいると、奥の方から人の声が聞こえてきます。

 

 他に手がかりは無いことですし、とりあえずそこへ行ってみるとしましょう。

 

 廊下を進み、一番奥の部屋へ。

 

 中から人の気配を感じたので、まずドアをノックしてみます。

 

 

 ――コンコン――

 

 

 返ってくる返事は無し、なので今度はドア越しに挨拶します。

 

「失礼します、ナナシ・エルフィー二等兵です。タクマ中尉はいらっしゃいますか?」

 

 やはり返事は無し。

 

 この部屋では無かったのかと引き返そうとした時、部屋の中から声が聞こえます。

 

「ナナシ二等兵、部屋の中に入りたまえ」

 

 それはタクマ中尉の声でした。

 

 やっぱりここで良かったんだと安堵して部屋の中に入ると、

 

「ぐっ……」

「やあナナシ二等兵、見苦しい所を見せてしまって済まないね」

 

 中に居たのは苦痛に顔を歪め床に横たわるラウル兵長と、その姿を見下す様に立っているタクマ中尉でした。

 

「……えっ?」

 

 状況が理解できなくて、私はその場で固まってしまいます。

 

 ラウル兵長は全身傷だらけで、誰かに暴力を振るわれていたのは明らかです。

 

 そしてこの部屋に居るのはラウル兵長とタクマ中尉の2人だけ。

 

 つまりラウル兵長に暴力を振るったのはタクマ中尉という事になります。

 

 でも何で、ラウル兵長が暴力を振るわれているのでしょう。

 

 ちゃんと食料を見つけて来たのに。褒められる事はあれど、殴られる事は無い筈なのに。

 

「なん…で、こんな……」

「? ああ、彼の事かね。特に気にする必要は無いよ、彼はミスを犯したから罰を受けた。ただそれだけの事だからね」

「そんなっ……ちゃんと食料を持ってきたのに何でこんな事をするんですか!?」

「ほぅ…君も彼に与えた任務を知っていたのか。なら話は早い、彼は確かに与えられた任務を全うした。しかしその過程が良くなかったのだよ」

「過程…?」

「ああそうだ、この男はあろう事か…我々の命より大事な弾薬を高々動物の狩りに浪費したのだッ!」

 

 そう言ってタクマ中尉は、倒れているラウル兵長のお腹を蹴り上げます。

 

「ぐ……っ!」

「貴様はッ! 弾薬がどれだけ貴重な物かまるで理解していないッ! 弾薬の一発は貴様の命より重いんだぞ、分かってるのかッ!?」

 

 呻き声を上げるラウル兵長に構うことなく蹴り続けるタクマ中尉。

 

 その光景に耐えきれなくなって、私はラウル兵長をかばう為上に覆いかぶさります。

 

「……何の真似だねナナシ二等兵」

 

 頭上から響くタクマ中尉の冷たい声。

 

 その声からは底知れぬ怒りが伝わってきます。

 

「ラウル兵長は悪くないですっ! だからもう止めてください。私が全部悪いんです!」

「…ほう、それはどういう意味かな?」

「私がラウル兵長に狩りを提案しました、銃を使うよう提案したのも私です。だからラウル兵長に責任は一切ありません!」

「っ……ナナシちゃん、止めろ」

「兵長殿、大丈夫ですよ。後でハンナ伍長殿に傷を診て貰いに行きましょう」

 

 心配そうに私を見るラウル兵長を安心して貰う為、私は精一杯の笑顔で微笑みかけます。

 

 本当はこの後何をされるのか、怖くて怖くて仕方がありません。

 

 きっとどれだけ謝っても許して貰えない。

 

 私がどれだけ泣き叫んで許しを乞うても、永遠と続く地獄。

 

 でもそんな事より今は唯、ラウル兵長を助けてあげたい。

 

 その気持ちだが私を突き動かします。

 

 私はタクマ中尉に向き直り、お願いします。

 

「ですから、悪いのは全て私なのです。お願いですタクマ中尉殿、この事で罰するのでしたらどうか私を罰してください」

「……なるほど、キミの気持ちはよく分かったよナナシ二等兵。私も鬼ではない、キミのたっての願いを聞き届けようじゃないか」

「ありがとうございます、中尉殿」

 

 立ち上がり、中尉殿に頭を下げてお礼を言います。

 

 その時恐怖で足が震えてしまいますが、手でギュッと抑えて堪えます。

 

 大丈夫、全然平気。だって痛いのには慣れてるもん。

 

 そう自分に言い聞かせ、なんとか恐怖を抑え込もうとします。

 

 今辛そうにしたら、ラウル兵長に心配を掛けてしまから。

 

 それだけは絶対に嫌なのです。

 

「駄目だナナシちゃん、キミは全然悪くないじゃないか! キミが罰を受ける必要なんてっ」

「こらこら兵長、折角ナナシ二等兵が案じてくれたのにそれを無碍にするのはいけないよ。本来キミはまだまだ罰を受けるべきだが、ナナシ二等兵たっての願いにより不問とする。もう出て行って構わないよ」

「ッ……」

「なんだ出て行かないのか? なら、せめてそこで大人しく眺めていたまえ」

 

 叫ぶラウル兵長をタクマ中尉が制します。

 

「さて、では指導を始めようかナナシ二等兵。前回はすぐ音を上げてしまったが、今度はしっかりと耐えてくれたまえよ?」

「はい、よろしくお願いします。中尉殿」

「ナナシちゃん……」

 

 そしてタクマ中尉の『指導』が始まりました。

 

 お腹を執拗に殴られ、崩れ落ちた後思いっきりお腹を蹴り上げられます。

 

 激しい痛みで呼吸する事も難しくなって朦朧としてくる意識、でも私が気絶してしまったら今度はまたラウル兵長が罰を受けてしまうかもしれません。

 

 ヒュー、ヒューと喉を鳴らしながら必死に肺へ空気を取り入れ、私は指導に耐え続けます。

 

 そんな私の姿を辛そうに見つめるラウル兵長。

 

 お願いです、そんな顔をしないでください。

 

 私はまだまだ大丈夫ですから。

 

 

 

「ほぅ、今日は随分と我慢するのだねナナシ二等兵。人前で醜態を晒すのが怖いのかな?」

 

 殴る手を止め、タクマ中尉が私に声を掛けます。けれど痛みに耐えるので精いっぱいの私には、返事を返す余裕はありません。

 

 そんな私の様子を眺めながら、中尉の手が私の左肩へと伸びます。

 

「それとも私の指導が効果が表れて来たのかな? だとすればこれほど嬉しい事は無いね」

 

 ニッコリと笑みを浮かべ、私の左肩を優しく撫でるタクマ中尉。

 

 その瞬間、私の身体がビクンと跳ねます。

 

 

 駄目、そこは触らないでっ

 

 それをされたまた耐えられなくなっちゃう。

 

 未だ完全には癒えてない、私の最大の急所。

 

 ここを責められたら、きっともう耐えられない。

 

 

「ならばキミがどれだけ痛みに耐えれるようになったか、しっかり確かめてあげようじゃあないか」

 

 

 だけどタクマ中尉はそれを知ってか知らずか左肩を触る手にどんどん力を込めていき、傷口へ一気に押し込みます。

 

 

 ――メリメリッ――

 

 

「はぐっ!?」

 

 

 今でと比べ物にならない程の激痛に、思わず漏れてしまう悲鳴。

 

 何とか逃れようと暴れますが、上からガッチリと身体を抑え込まれていて非力な私ではどうする事も出来ません。

 

「どうしたのかなナナシ二等兵。そんなに暴れては指導にならんよ? ここまで頑張って耐えたのだから、もう少し頑張りたまえ」

「ッ!? あっ……はっ……」

 

 痛みと恐怖でグチャグチャになっていく頭。

 

 更にそのグチャグチャになった頭の中に今までの怖かった体験が一気に押し寄せてきて、喉元まで競り上がってきた吐き気を必死に抑えます。

 

 次第にどうしたらこの痛みから逃れられるのか、それしか考えられなくなってきます。

 

 そんな時視線に入ったのは、涙を流しながら私を見つめるラウル兵長の姿でした。

 

 全身ボロボロで辛い筈なのに私を心配してくれる兵長の顔を見たら、痛みに屈しそうになっていた心に少しだけ勇気が湧いてきます。

 

 そうだ、私は最後まで耐えきらなきゃ。

 

 じゃないと、ラウル兵長を悲しませてしまう。

 

「っ……大丈夫、です。指導を……続けて、ください」

 

 湧いた勇気を支えに、私は精一杯強がります。

 

 そんな私の顔を見て、今まで終始笑顔だったタクマ中尉の顔が曇ります。

 

「……ほぅ。良い心がけだね、何処まで耐えれるか楽しみだよ」

 

 まるで氷の様に冷たい視線。

 

 怖くて震えそうになりますが、ラウル兵長のくれた勇気が私を支えてくれます。

 

 そしてそこから1時間、永遠の様に感じた中尉の指導を私は何とか耐えきることが出来ました。

 

 

 

 ボロボロで立てなくなってしまった私を背負ってハンナ伍長の所まで運んでくれるラウル兵長。

 

 兵長も同じぐらいボロボロなのに、とても申し訳なってしまいます。

 

 だけど兵長の背中はとても大きくて暖かく、背負われているととても安心できました。

 

「ごめんよナナシちゃん」

 

 突然謝るラウル兵長。

 

 しかし何故謝られたのか、私には見当が付きません。

 

 寧ろ謝りたいのは私の方なのに。

 

「キミを巻き込んでしまった。キミは只オレを助けてくれただけなのに、それなのにオレは巻き込んだばかりか、キミを助ける事も出来なかった」

 

 悲しそうに吐露するラウル兵長。

 

 ですが、それはラウル兵長が悪い事ではありません。

 

 銃弾が貴重な事は重々分かっていた筈なのに、安易に使用を提案した私の所為。

 

 だからこうして指導を受けたのは全部私の自業自得です。

 

 それを何とか兵長に伝えたいのですが、どうやったら分かってくれるのでしょう。

 

 きっと単純に言葉にしても分かって貰えない。

 

 だから私は、今思っている事をそのまま口にする事にしました。

 

「ラウル兵長殿……」

「なんだい、ナナシちゃん」

「兵長殿の背中、とっても暖かいですね」

「……え?」

 

 キョトンとした顔で私を見るラウル兵長。

 

「とても大きくて、暖かくて……安心できます。ちょっぴり眠くなってきたかも……少しだけ、このまま眠っても良いでしょうか?」

 

 この所全然寝付けなかった筈なのに、何故か今なら気持ち良く寝れる気がします。

 

 兵長には大変申し訳ないですが、今はこの微睡に身を任せてしまいたいのです。

 

「……良いよナナシちゃん。ゆっくりお休み」

 

 返ってきたのは優しい言葉。

 

 その言葉がトリガーになって、急速に眠気が私の意識を奪っていきます。

 

「もう絶対にキミをあんな目には遭わせない。そうなる前に……」

 

 意識を失う直前ラウル兵長が何かを呟いていましたが、全てを聞くことは出来ず、私の意識は心地良い微睡に吸い込まれていくのでした。

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