戦場駆ける白き野兎   作:バサル

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第三十五話

 トゥーリスはとても寒い国です。

 

 その寒さは外で活動する事の多い兵士にとって死活問題であり、私達は常にその脅威に晒されています。

 

 だけど今は何故かその寒さを全く感じる事が無く、ポカポカ暖かいです。

 

 

 ポカポカ ポカポカ

 

 

 寒いのは辛い、寒いのは悲しい。

 

 ポカポカは心地良い、ポカポカは幸せ。

 

 だから私は、ポカポカが大好きです。

 

 ずっとこのまま、ポカポカを感じて眠っていられればいいのに————

 

 

 む?

 

 そういえば今私は何をしているんでしたっけ?

 

 確かタクマ中尉の指導を受けて、何とか耐えきれたけどボロボロで動けなくて、そしてその後ラウル兵長が私を背負って運んでくれたのです。

 

 兵長の背中はとても暖かくて、それで私はついうとうとして眠ってしまったのでした。

 

 なら、このポカポカは兵長のポカポカなのでしょう。

 

 本当はもう少しこのままで居たいけど、いつまでも兵長に迷惑を掛ける訳にはいきません。

 

 もう起きなければ——――

 

 そして私の意識は、微睡の中から浮上していくのです。

 

 

 

「……ん」

 

 目を覚まして一番最初に感じたのは、ポカポカと柔らかい感触。

 

 ここは何処だろうと辺りを見渡した所、どうやら何処かの家のベッドの上の様です。

 

 ポカポカの正体は掛けて貰っていた厚手の毛布だったみたいです。

 

 あれだけ痛かった身体の痛みは殆どひいていている所を見ると、ハンナ伍長が治癒魔法で治療してくれたのでしょう。

 

 ここまで運んでくれたラウル兵長とハンナ伍長には、しっかりお礼を言わなければいけませんね。

 

 そう思ってベッドから起き上がろうとすると、

 

 ――――ぽにゅっ――――

 

 先程一番に感じた柔らかい感触が、また私の手から感じます。

 

 何でしょうこれ、湯たんぽ? でも湯たんぽはこんなに柔らかく無いですし、この感触は無機物よりどちらかと言うと生物の……

 

 そこまで考えて、ようやく私の頭にある一つの結論が浮かび上がります。

 

 

 毛布の中に、何か居る。

 

 

 考えられるのは野生の動物が寒さに堪えて寝床に潜り込んだ可能性。

 

 特にレポと呼ばれる赤毛のキツネさんは、この寝床忍び込みの常習犯です。

 

 彼らは非常に頭が良く、場合によってはドアノブを自分で回して部屋に侵入し、寝床に忍び込んで朝方家主を驚かすといった話はよく聞きます。

 

 しかしこのぽにゅぽにゅはレポ特有のフサフサな毛がありません。

 

 ツルツルしてて手触りも良く、何とも病みつきになってしまいそうな感触。

 

 何とも謎は深まるばかり。

 

 ならばと私は、恐る恐る毛布を捲ってみる事にしました。

 

「そーっと……そーっと……」

 

 一応まだ野生生物の可能性もありますし、折角のぬくぬくから一気に外気へ晒すのは幾ら何でも可哀想です。

 

 そして私がゆっくり毛布を捲って中から出てきたのは、

 

「……すぅ……すぅ……」

 

 なんと現れたのはハンナ伍長ではありませんか。

 

 意外な正体に思わず思考が止まって固まってしまいます。

 

「んっ……んー……」

 

 毛布が捲れて寒かったのか、ハンナ伍長が呻き声を上げながらもぞもぞし始めます。

 

 というか何で伍長は下着しか付けてないんですかっ!?

 

 慌てて毛布を掛け直してその場から離れます。

 

 そして何故ハンナ伍長が私と一緒に寝ているのか考えてみました。

 

 

「……うん、全く分からない」

 

 

 結果は謎。

 

 仕方ありませんね、あまりにも情報が無さすぎるのです。

 

 もしかしたら寝ぼけて見間違えたのかとも考えましたが時折モゾモゾ動くベッドを見て、これはまごう事無き現実である事を突き付けられます。

 

 ともかく、流石に何の断りもなく一緒のベッドに潜り込むのはいけない事だと思います。

 

 しかも殆ど裸な姿で……というかさっきのぽにゅぽにゅは、もしかしてハンナ伍長のおっ……

 

「……どうしよう。私、怒れば良いのかな? それとも謝ればいいのかな」

 

 間違い無く傷を治してくれたのはハンナ伍長ですし、そこはしっかりお礼を言うべきでしょう。

 

 しかし、しかしです。

 

 いきなりお布団に人が入っていたら、それはそれは驚いてしまうものなのです。

 

 そこの所はしっかりお話して、めっ! しないと駄目ですね。

 

 よし、ハンナ伍長が起きたらちゃんとお話ししよう。

 

 そう私が決意した瞬間、

 

 ――――ドンドン!―――― にゃぁ!?

 

 突如部屋に響くノックの音。

 

 ビックリして思わず変な声が出てしまいました。

 

「おーい、もう起きてるか?」

 

 この声はエーロ上等兵でしょうか。

 

「は、はい! 中へどうぞ」

 

 私が返事をすると、エーロ上等兵は部屋の中へと入ってきます。

 

「おうお嬢ちゃん。その様子じゃ身体の方はもう大丈夫そうだな」

「はい、お陰様で回復しました。ご迷惑をお掛けしてしまい申し訳ありません」

「気にすんなよ、俺達は怪我を治すのが仕事だからな。けど、ハンナ伍長にはしっかり礼を言っときな。その肩の傷を完全に治す為に、昨日は大分無理してたみたいだからよ」

「え……?」

 

 言われて私は、ずっと鈍い痛みがあった左肩が完全に治っている事に気づきます。

 

「伍長は前にお嬢ちゃんの傷を完全に治せなかったのを相当気にしてたからな。そこへお嬢ちゃんとラウル兵長がボロボロになってやってきたもんだからもう大慌てよ。前みたいに完全に治せないのは嫌だからって、コイツまで使っちまった」

 

 そう言ってエーロ上等兵は不思議な色をした液体の入った小瓶を見せてくれます。

 

「これは……一体何なんですか?」

魔法増強薬(ブーストポーション)って言ってな、飲めば自身の魔法を一時的に強化できるが本来ならまだ研究段階の危険な代物だ。今の所一時的なな体力低下以外副作用は発見されてないが、使わねえことに越したことはねえ」

「そんな危険な物を……私の為に」

「それだけお嬢ちゃんの事大切に思ってくれてるって事さ。昨日はラウル兵長の傷を治した後、ずっとお嬢ちゃんを付きっ切りで看病してたからな」

「そう、だったんですね。だから私のベッドにハンナ伍長が……」

 

 謎が全て解けました、全てはハンナ伍長の優しさだったのですね。

 

 きっと看病している内に疲れて寝てしまったのでしょう。

 

 それなのに私は伍長に文句を言おうとしていました。

 

 伍長が起きたら、まず謝ってそれからお礼ですね。

 

 私が一人で納得していると、エーロ上等兵は首を傾げます。

 

「ん? 伍長はお嬢ちゃんのベッドで寝てるのか。昨日伍長は看病でここで寝るからって、もう一つベッドを持ってきてベッドメイクまでしてたんだけどな」

 

 そう言ってエーロ上等兵が見る先には、綺麗に整えられたベッドがもう一つ。

 

 無論、誰かが寝ていた様子は一切ありません。

 

「……じゃあ、何でハンナ伍長は私のベッドで寝てるんですか?」

「さあ、大方お嬢ちゃんが暖かいから湯たんぽ代わりにしてたんじゃないか? 伍長が言ってたぜ、お嬢ちゃんを抱いて寝たらポカポカで良く寝れるってよ」

「……」

 

 やっぱりちょっとだけめっ! した方が良いかもしれません。

 

 

 

「ごめんねナナシちゃん。この前一緒に寝た時気持ち良かったからつい……」

 

 それから1時間後、目を覚ましたハンナ伍長にベッドの件を聞くと、すぐに私に謝ってきました。

 

「いえ、私の方こそご迷惑をいっぱいかけてしまい申し訳ありませんでした。私の傷を治す為、一杯無理をしたと聞いています。お身体は大丈夫ですか?」

「うん昨日は少し疲れたけど、しっかり寝たからもう元気だよ。ナナシちゃんもその様子だと、完治したみたいだね」

「はい、ハンナ伍長殿のお陰でもう何処も痛くありません。本当にありがとうございました」

 

 しっかり頭を下げお礼を言うと、ハンナ伍長は『気にしないで』と返します。

 

「ナナシちゃんが元気になってくれて、私も嬉しいから」

「この御恩は、いっぱいハンナ伍長殿のお手伝いをして返させて頂きます」

「お、そいつは助かるな。今は落ち着いてるが、ここが拠点として動き出せばまた忙しくなる。お嬢ちゃんは中々手際も良いし、即戦力だぜ。なあ伍長?」

「そうですね。その時はナナシちゃんにもいっぱい頑張って貰おうかな」

「はい、お任せください」

 

 頼りにして貰えている。

 

 それが私にはとても嬉しくて、絶対に頑張ろうと心に決めました。

 

 その後これからの事についてのお話になったので、私は気になっていたことを質問します。

 

「あの、所でラウル兵長は大丈夫なのでしょうか?」

「ああ、兵長ならハンナ伍長の治癒魔法で傷が治った後すぐに出て行ったぜ。何でもまだやる事があるとかでな」

「ナナシちゃんより傷は浅かったけど、それでもかなりの重傷だったから今日一日ここで休むよう言ったんだけどね」

「そう、ですか…」

 

 やる事、それはもしやタクマ中尉から他の命令を受けていたという事でしょうか。

 

 だとすればまた兵長は何処かで困っているかもしれません。

 

 

 兵長の力になりたい。

 

 けど、昨日みたいに私が余計な事をしてしまった所為で兵長を傷つける事になったらどうしよう。

 

 

「ねえナナシちゃん、一つ聞いても良いかな?」

 

 私が悩んでいると、ハンナ伍長が声を掛けてきます。

 

「はい、何でしょうか」

「昨日の傷、あれってタクマ中尉から受けた傷なの? 前の時みたいに」

「! …はい。タクマ中尉にご指導頂きました」

「やっぱり、じゃあラウル兵長の傷もって事ね」

 

 目を瞑り、うんうんと頷くハンナ伍長。

 

 そして目を開けた瞬間、その瞳は私でも簡単に分かるほど怒りに燃えていたのです。

 

 

「中尉は何を考えているのかな! 今は有事で皆助け合わなきゃって時なのに、仲間を労わる処か傷つけるなんておかしいよ!!」

 

 

 普段のハンナ伍長からは想像できない程の怒りの感情に、思わず尻込みしてしまいます。

 

「えっ…あっ……ハ、ハンナ伍長。私がして貰ったのは指導なので、寧ろ感謝しているぐらいなのですがっ」

「あんなの指導なんかじゃない! そもそも女の子のお腹を殴るなんてどうかしてる。それにナナシちゃんが肩を怪我している事だって知ってる筈なのにあんな執拗に……もう怒った! エーロ上等兵、私中尉に一言言ってきます!!」

「ちょっ…落ち着けって伍長! 一応アイツはオレ達の上官だぞ、楯突いたらどんな目に遭わされるか分かったもんじゃねえっ」

 

 いつも余裕そうなエーロ上等兵が血相を変えてハンナ伍長を止めに入ります。

 

 それでもハンナ伍長は前に進もうとしたので、私が足にしがみ付くことで阻止します。

 

「放してくださいエーロさん! エーロさんだってこんなのおかしいって思いますよね!?」

「ああ、けどオレ達は軍人だ。上官に対して不平不満は漏らしちゃならねえし、楯突くなんてもっての外! それは軍学校に行ってたアンタが一番わかってる筈だろ?」

「それは……」

「そうですよハンナ伍長殿! しかも事と次第によっては伍長殿の直属の上官であるクラン小隊長にも飛び火しかねません!」

 

 下手をすればハンナ伍長もクラン小隊長も酷い罰を受ける事になってしまうのです。

 

 私達が必死の説得を続けた結果、ハンナ伍長は何とか分かってくれました。

 

 しかし二人掛かりで止めても尚進み続けようとしていたハンナ伍長のパワー。

 

 もしかして、伍長は突撃兵(アサルト)の適性もあるんじゃないでしょうか。

 

「ナナシちゃん、今度から中尉の所に行く時は私にも絶対教えてね」

「分かりました、必ずタクマ中尉殿の元に向かう前に一度報告します」

 

 私がキチンと約束すると、やっとハンナ伍長からいつもの朗らかな笑みが零れます。

 

「ナナシちゃんは素直で良い子だね。けど、こうなってくるとラウル兵長にもお話しておかないとかな。エーロさん、少しの間こっちの事任せても良いですか?」

「ああ、だが1、2時間で帰ってきてくれよ。オレもそろそろ眠い」

「ごめんなさい、用が済んだらすぐ交代しますから」

 

 ハンナ伍長はエーロ上等兵に頭を下げると、私の方へと向き直ります。

 

「よし、じゃあ一緒にラウル兵長を探しに行こうか。ナナシちゃんも兵長の事気になってるんだよね?」

「お願いします。もしかしたらラウル兵長殿は、またタクマ中尉に新しい任務を受けているのかもしれないんです」

 

 私はハンナ伍長に昨日ラウル兵長が受けた任務の事、そしてその結果を全て話します。

 

 伍長はちゃんと最後まで話を聞いてくれましたが、途中から険しい顔になっていきます。

 

「……ほんとに理不尽極まりない話だね。やっぱり一言」

「だから勘弁してくれ伍長!」

 

 また今にも飛び出しそうな勢いでしたが、もう泣きだしてしまいそうなエーロ上等兵の懇願によって何とか思い止まってくれたようです。

 

「と、ともかく行こっかナナシちゃん!」

「よろしくお願いします」

「気を付けて行けよ。伍長の事を頼むぜお嬢ちゃん」

 

 そして私達はエーロ上等兵に見送られ、ラウル兵長を探す為外へと出かけました。

 

 

 

 まず外で作業をしている方々にラウル兵長を知らないか聞き込みをして回りました。

 

 すると村の入り口で見張りをしていた方が、早朝早くに森の方へ向かったラウル兵長を見たという話を聞くことができ、私達は森の入り口までやってきます。

 

「森に入ったって事は、薪でも探しに行ったのかな?」

「もしくは、また食料調達を命令されているのかもしれません」

「……小隊長が帰ってきたら絶対報告しよう」

 

 ボソボソと呟くハンナ伍長。

 

 心なしか、また険しい表情になっている気がします。

 

「伍長殿…?」

「え? あ、な…何かなナナシちゃん」

 

 私が声を掛けると激しく動揺するハンナ伍長。

 

 この様子ですと、タクマ中尉に対する怒りはまだまだ冷めてはいないようですね。

 

 伍長にはあまりこの話題を振らない方が良さそうですね。

 

「流石に森の中に居るのであれば、探すのは難しいと思います。エーロ上等兵も待ってますし、ハンナ伍長殿はもう戻られた方が良いのではないでしょうか」

「そう、だね。でもナナシちゃんはどうするの?」

「私は少しだけここで待ってみて、会えなければ作業に戻ります」

 

 今の所特に命令は受けていませんが、ここを拠点として使用するにはまだまだしなければならない雑務が一杯ある筈です。

 

 本来ならそれをすぐにでもお手伝いしに行くべきなのですが、どうしてもラウル兵長の事が気になってしまうのです。

 

「……分かった。でもここは寒いし、風邪引かない内に帰らなきゃ駄目だよ」

「はい、ありがとうございます」

「後、夜になったらさっきの家に顔出してね。一応綺麗に治ってると思うけど、経過観察は重要だから」

「分かりました」

「じゃあまた後でね、ナナシちゃん」

 

 手を振りながら去っていくハンナ伍長を見送って、私は森の入り口でラウル兵長を待ちます。

 

 幸い雪はそれほど酷く降ってはいませんが、近くに遮蔽物が無いため冷たい風が身体を容赦なく吹き付けます。

 

「兵長、早く来ないかな……」

 

 ポツリと呟いた私の独り言。

 

 返す言葉は無く、周囲に響くのは風の音のみ。

 

 少しだけ心細くなってしまう心を覆うように、私はマフラーを深く被って待ち続けます。

 

 ですが結局、ラウル兵長に会う事は出来ませんでした。

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