戦場駆ける白き野兎   作:バサル

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第三十七話

 私は唯森の中を走り続けています。

 

 もうどれだけ走っているのか分からない程、ずっと、ずっと。

 

 だけどなんで走ってるのかも分からなくて、何故か頭がボンヤリして上手く考える事が出来ません。

 

 唯今は走らなきゃいけない、それだけが漠然と分かっているのです。

 

 周りには私の仲間達が居ました。

 

 私に沢山のポカポカをくれた、ガルド小隊の皆さん。

 

 けれど走っている内に一人、また一人と人が減っていくのです。

 

 一人減る度にズキンと痛む私の胸。

 

 

 何とかしたい。

 

 でも私には何も出来ない。

 

 

 そんなもどかしい気持ちを抱えている内に、遂には特に良くしてくれた大切な人達まで消えていきます。

 

 

 ミカさん

 

 トニーさん

 

 ガルド小隊長

 

 エリカさん

 

 ヘルシェさん

 

 

 待って、消えないで! 私を置いていかないで!

 

 

 私は必死に叫びますが、その声は届く事なく、遂に私と一緒に居るのはずっと居てくれたアルちゃんだけになってしまいます。

 

 

 ―――アルちゃん、これからどうしよう――――

 

 

 アルちゃんは答えてくれません。

 

 只走るスピードを上げ、アルちゃんはどんどん私を置いていってしまいます。

 

 

「待ってアルちゃん! 置いてかないでよ!! 一人はヤダよ、寂しいよ……」

 

 

 必死にアルちゃんに追いつこうと手を伸ばしますが、前を行くアルちゃんの姿はみるみる小さくなっていきます。

 

 そして遂にアルちゃんの姿が見えなくなる頃、私の背後からゾクリと感じる嫌な気配。

 

 ああ、この感じ……この気配を私はよく知っています。

 

 一度纏わりつかれたら簡単に振りほどく事は出来ず、そのまま私を絶望へと引き摺り込もうとする死の恐怖。

 

 早くアルちゃんに追いつかないと!

 

 そう思って必死に走りますが、何故か私の身体は鉛の様に重くなって上手く走ることが出来ません。

 

 

 どんどん近づいてくる死の気配。

 

 だけど逃げ切る事ができなくて。

 

 そして気配は、私のすぐ後ろにまで迫ってきます。

 

 きっと今振り返ったら、私を殺す死神と対面することになる。

 

 恐怖に震える身体を必死に抑え、『動け!動け!』と念じます。

 

 

 その時、ヒタっと私の左肩に何かが触れます。

 

 そして耳元で囁く声が聞こえました。

 

 

「よお、また会ったなクソガキ」

 

 

 忘れる筈も無い、私の左肩を貫いて弄んだあのルカと呼ばれたオーガ兵の声。

 

 頂点に達する恐怖。

 

 悲鳴を上げる事も出来ない程硬直する身体。

 

 そしてルカの手は左肩からゆっくりっと私の首へと近づいていき――――

 

 

 

「ッ――――!?」

 

 

 気づくと周りは真っ暗で、ついさっきまで背後にいたルカの気配は消えていました。

 

 未だ恐怖に支配されている思考が段々と鮮明になっていき、さっきまでの出来事は夢であったことを認識します。

 

 ホッとするのもつかの間、すぐに私は周りの様子が妙な事に気づきます。

 

 昨日まで大人しくしていた動物達が騒がしく鳴いているのです。

 

「牛さん……お馬さん、何でそんなに鳴いてるの? まだ夜だよ……」

 

 怖い夢を見たせいか、未だボンヤリする頭をシャキッとさせるためフルフルと首を振ります。

 

 すると頭に感じる妙に懐かしい感触。

 

 というかその感触は強弱はあれど全身から感じる事に気づきます。

 

 何だろうと思考する事数秒。

 

「……! そっか、昨日は干し草の中で寝たんだ」

 

 ともすれば真っ暗に思えたのは唯干し草が光を遮っているだけで、外はもう朝なのかもしれません。

 

 もし寝坊していたら一大事です。

 

 早く起きないと!

 

 そう思いモゾモゾと干し草から這い出そうとした時、

 

 

 ――――ガチャリ――――

 

 

 小屋のドアが開く音が聞こえました。

 

 今干し草の中から出て行ったら訪問者をビックリさせてしまうかもしれないので、動くのを止め、息を潜めます。

 

 訪問者は小屋に入ると、小屋の中を動き回り何かを確認している様です。

 

 動物達に餌をやりにきたのでしょうか?

 

 だとすれば出て行って手伝った方が良いかもしれません。

 

 どうしたものかと悩んでいると、突然――――

 

 

 ――――ドスンッ!!――――

 

 

 私の居る干し草の中に、何かが突き立てられます。

 

 

 バクンと跳ねあがる鼓動。

 

 思わず悲鳴を上げそうになるのを何とか抑えます。

 

 今の衝撃は恐らく銃剣か何かを突き立てられたのでしょう。

 

 友軍なら既に確認し終えているこの村でそんな事はしない筈です。

 

 ともすれば……

 

 私が思考している間にも、訪問者は干し草に向かって数度何か突き立てます。

 

 

 ――――ドスン! ドスン! ドスン!――――

 

 

 お願い! 当たらないで!!

 

 

 私の祈りが通じたのか、幸いその衝撃は私を貫くことはありませんでした。

 

 恐らく誰も居ないと判断したのでしょう、訪問者はその後少し辺りを歩くと小屋を出ていきます。

 

 足音が遠ざかっていくのを確認し、ようやく助かったと実感して緊張で強張っていた身体が弛緩します。

 

 

「私……生きてる」

 

 

 一先ず当分命の心配はしなくて大丈夫な様です。

 

 しかしさっきの訪問者は一体なんだったのでしょう。

 

 ともかく状況を確認する為、私は索敵魔法を発動します。

 

 すると、

 

 村の中に幾つもの敵意を感知してしまいます。

 

 

「て…敵!? まさか、村がオーガに襲撃されてるの?」

 

 

 敵意の数は全部で30ほど。

 

 その大半が村の中央に集中していて、残りは疎らに村の中を歩いている様です。

 

 恐らく疎らに居るのが周囲を偵察している兵で、中央に居るのが本隊と見て間違い無いでしょう。

 

 そして村の中央に敵が居座っているという事は、既にこの村は占拠されているという事です。

 

 この村に居たタクマ中隊の総人数は凡そ70名程。

 

 対して敵の数は半分にも満たないのに何故こうも簡単に攻められたのか。

 

 いえ、そもそもここを拠点としたのは2日前からで、ここの存在が敵に知られるのが幾ら何でも早すぎます。

 

 敵の侵攻はクラン小隊長達が食い止めていた筈なのに……もしかして……

 

 前線で食い止めていた部隊が全滅、そして捕虜となった人からここの情報が漏れたとすれば辻褄はあいます。

 

 だとすればもはや、この周辺一帯も全てオーガの手に落ちている可能性があるという事。

 

「……これ以上考えても仕方がない。今は状況を確認する方が先」

 

 落ち込み始めた思考を必死に切り替え、私はまず外の状況を詳しく把握する事にしました。

 

 敵が陣取ってる以上、仲間は殆ど捕まっているか殺されている状況でしょう。

 

 ですが捕まっているだけなら、まだ助けられるかもしれません。

 

 幸い私には索敵魔法があります。

 

 仲間の位置は分かりませんが、敵に気づかれる事無く村の状況を確認する事は可能です。

 

 干し草から這い出します。

 

 思った通り外は既に明るく、もう朝になっていました。

 

 とりあえず、まずは装備の確認をしておきましょう。

 

 今私が持っていた武器になりそうなものは、ここに来て新たに支給された小銃のT-35と、サバイバルナイフが1本のみ。

 

 銃を使えば周りに私の存在を知らせるようなものですし、出来るだけ控えた方が良さそうですね。

 

 一旦T-35をホルスターに戻し、サバイバルナイフを手に持って準備完了。

 

 索敵魔法で、周囲の敵の動きを把握します。

 

「……よし、周りに敵は居ない」

 

 ここが村はずれという事もあり、周囲に敵は居ないようです。

 

 ここを出るなら今がチャンス。

 

「まずは皆さんの安否確認。……お願い、無事でいて」

 

 心でそっと願いつつ、私は小屋のドアを開けて外へと出ました。

 

 

 

 まず確認すべき場所は、村の中央でしょう。

 

 ここに敵が集まっている以上、情報を得るにはまずここを確認しておく必要があります。

 

 この小屋から村の中央までは直線距離で凡そ200M程。

 

 走ればすぐに向かえる距離ですが、無論そんな事をしたら敵に見つかってしまいます。

 

 索敵魔法と目視を活用し、敵が居ない事を確認。少しずつ進んでいきます。

 

 索敵魔法だけに頼ればもっと効率的に動く事も可能ですが、以前のライドの様な例外が居ないとも限りません。

 

 度々身を隠しつつ、何とか村の中央を目視できる場所まで近づくことに成功します。

 

 家の影に身を隠しつつ顔だけ覗かせて辺りを確認すると、そこには十数人のオーガ兵の姿と、縛られて捕虜にされている仲間の姿がありました。

 

 今すぐ助けに飛び出したい気持ちに駆られますが、今飛び出した所で私も捕まってしまうのが目に見えているのでグッと堪えます。

 

 縛られている人数は凡そ20名程、そしてその中にはタクマ中尉の姿ありました。

 

 中尉は銃を向けるオーガ兵に対して何かを言っている様ですが、オーガ兵は聞く耳を持つ気が無い様でそのまま銃のストックで中尉を殴り飛ばします。

 

 倒れ込みながらも何とか自分で起き上がる中尉の姿に安堵しつつ、今の状況が絶望的なのだと改めて感じさせられます。

 

 中隊の指揮官であるタクマ中尉が捕まってしまっている以上、他の人達もほぼ捕まっていると見て良いでしょう。

 

 しかも皆さんが縛られている場所までは道中障害物が無く、近寄ればすぐに見つかってハチの巣にされてしまいます。

 

 

 何か皆さんを助ける方法は無いか。

 

 私がそう考えていると、誰かが村の反対側から走ってきて、オーガ兵達に合流します。

 

 その人物の姿を見て、私の頭は真っ白になってしました。

 

 

 縛られる事無く、オーガ兵達と会話している人物。

 

 それは、ラウル兵長でした。

 

 

「なん…でラウル兵長殿がオーガと話してるの…?」

 

 

 縛られている仲間達を放ってオーガと話している。

 

 その状況だけで、ラウル兵長がどういう存在なのかは一目瞭然です。

 

 でもその事実が信じられなくて、信じたくなくて、私は思考を放棄してしまいます。

 

 

 だってあんなに優しくしてくれたのに。

 

 私の事、凄いって言ってくれたのに。

 

 やだ……信じたくない、思いたくない。

 

 

 ラウル兵長が、オーガ側の人間だなんて。

 

 

 いや、違う……そうじゃない。

 

 きっと私が間違ってるだけなんだ。

 

 ラウル兵長にもきっと色々考えがあっての行動の筈。

 

 そうだ、ラウル兵長は今目の前に居るんだから、行って聞いてみれば良い。

 

 私は建物の影から身を乗り出して、兵長の所へ向かおうとして――――

 

 

 突如背後から伸びてきた手が口を覆い、私を家の影へと引き戻します。

 

「ン――――――ッ!?」

 

 突然の事に私は目を瞑って無我夢中で暴れます。

 

 しかし、

 

「落ち着けお嬢ちゃん、オレだ!」

 

 耳に届いた聞き覚えのある声に、私はゆっくりと目を開けて声の主を見ます。

 

 私を抑えていた人物は、エーロ上等兵ではありませんか。

 

「良いか、大声も暴れるのも無しだ。分かったら一度頷いてくれ」

 

 エーロ上等兵の言葉に私がしっかり頷くと、ゆっくりと口を覆っていた手が外されて喋る事が出来るようになります。

 

 それと同時に冷静になってきた頭が、先程までの自分の醜態を責め立てました。

 

 私の馬鹿、今出て行ったらラウル兵長と話す前に敵に捕まっちゃう。

 

 今はまず、この状況を打開する事だけ考えないと。

 

 寸前で止めてくれたエーロ上等兵に感謝しつつ、より落ち着く為にその場で深呼吸をします。

 

 

 スゥ―― ハァ―― スゥ――

 

 

「落ち付いたかい、お嬢ちゃん」

「はい、ありがとうございますエーロ上等兵殿。ご無事だったんですね」

「ああ、お嬢ちゃんも無事だったみたいで何よりだ。けど今まで何所に行ってたんだ? ハンナ伍長もずっとお嬢ちゃんの事捜してたぞ」

「えっと……村外れにある小屋の干し草の中で寝ていました。そのお陰で敵にバレずに済んだみたいです」

 

 もっとも運が悪ければあそこで串刺しにされて死んでいたでしょうから、唯運が良かっただけなのですが。

 

「それより他の皆さんはご無事なのですか? ハンナ伍長は??」

「安心しろ。オレ達救護班は敵が襲撃してきた場所から大分離れてたから何とか隠れるのが間に合った。ハンナ伍長も無事だ」

「良かった……」

 

 そして私は、エーロ上等兵から起こった事と現状を教えて貰います。

 

 オーガ達が襲撃してきたのは早朝だった様で、当番で起きていたエーロ上等兵が銃声を聞き、慌てて他の人達に知らせて救護班の皆さんの殆どは近くの森へと逃げたそうです。

 

 奴らはタクマ中尉の居た家を真っ先に襲撃して占拠。その後近くの兵士が居た家も次々襲撃して、少しでも抵抗した者はその場で射殺されてしまったそうです。

 

「なんで奴らがこの場所が分かったのか、それに何で真っ先に頭の居る場所が分かったのか、まったく訳が分からねえ」

「それは……」

「ん? お嬢ちゃん何か知ってるのか??」

「い、いえ……じゃあハンナ伍長は今森に隠れているんですか?」

「いや……それがお嬢ちゃんを見つけるまでここから離れる訳には行かねえってゴネてな。仕方ねえからオレと伍長でお嬢ちゃんを探しに戻ってきたんだ。とりあえず合流場所は決めてあるからさっさとそっちで合流して、」

 

 

 その時、辺りに銃声が響きます。

 

 音のした方を振り向くと、そこには銃弾を受け倒れるタクマ中尉と、それを見下ろすラウル兵長の姿がありました。

 

「お、おい……アイツは……何でアイツがオーガと一緒に居やがる!?」

 

 ラウル兵長の姿を見て、思わず声を上げるエーロ上等兵。

 

 あの構図、間違いなくタクマ中尉を撃ったのはラウル兵長です。

 

 

 何故、どうして

 

 

 そんな感情が頭を過りますが、同時に近距離モードで発動させていた索敵魔法がこちらへ向けられた敵意を感知します。

 

 敵意が向けられる、それは私達の存在が敵にバレたという事!

 

 頭に過る疑問を全て捨て、エーロ上等兵を守るため全力で動きます。

 

「ダメ、伏せて!!」

 

 私は咄嗟にエーロ上等兵に飛びついて、無理やりその場に伏せさせます。

 

 そして遅れてくる銃声と銃弾。

 

 何とか回避する事が出来ましたが、敵意はどんどん近づいてきます。

 

 一刻も早くここから逃げないと。

 

「敵にバレました、今すぐここから逃げます!」

「えっ…あ?」

「早く!! このままだと捕まってしまいますよっ!」

 

 向かってくる敵意は合計4。

 

 このままではすぐに囲まれてしまう為、私はホルスターからT-35を抜いて数発発砲します。

 

 無論ロクに狙いも付けていない銃弾は明後日の方向へと飛んでいきますが、銃声を聞いた敵意は警戒を帯びて向かってくるスピードを落とします。

 

 今の隙に家の影に隠れながら撤退しましょう。

 

「このまま匍匐前進で家の裏へ行ってください。絶対に姿を見られない様に注意して」

「わっ…分かった。けどお嬢ちゃんはどうするんだ?」

「私はここで敵の注意を引きながら、隙を見て逃げます」

「なっ……バカ言え! お嬢ちゃんを一人置いてなんてっ」

「議論は後回しです!! 私一人なら小さい身体を利用して逃げ回る事だって可能なんです。だから早くっ!」

 

 未だ動揺しているエーロ上等兵でしたが、最後は私の言う通りに家の裏へと向かってくれました。

 

 エーロ上等兵が家の裏へと移動するのを確認し、私は再度敵意の位置を確認します。

 

 

 

 相手は二手に分かれる形でこちらを取り囲む様移動中、しかしこちらの銃を警戒している様で、包囲はまだ完成し切っていません。

 

 私のすべきことは、エーロ上等兵が逃げるまでの時間稼ぎ。

 

 ならば次の一手は……こっち!

 

 私は再度発砲し、敵の動きが止まったのを見計らってエーロ上等兵が逃げた方向と逆に走り出します。

 

 

「なっ……ガキだと!?」

「バカっ! 敵だぞ、さっさと撃て!」

 

 

 背後から聞こえた声と、少し遅れて響く銃声。

 

 正直生きた心地はしませんでしたが、何とか私に弾が当たる事は無く、そのまま家と家の隙間の暗がりに飛び込むことが出来ます。

 

 この狭さは大人では身動き取りづらいでしょうが、私なら何の問題も無く通り抜けれます。

 

 そしてこの暗がりと、障害物の多さ、今の私が逃げ込むのにこれ以上適した場所はありません。

 

 案の定敵は中に入る事を諦め、四方に散って私を先回りしようと動き始めました。

 

 まずは何とか生き残る事が出来ましたね。

 

「……無事逃げきってくれれば良いけど。ううん、その時間を稼ぐためにも、私がもっと頑張らなきゃっ」

 

 私はT-35をギュッと握りしめ、向かってくる敵を倒す為覚悟を決めたのでした。

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