戦場駆ける白き野兎   作:バサル

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第四話

 あの日村を出てから、色々な事がありました。

 

 半日どころか3時間程でベルン迄の距離を走り切ったアルちゃんでしたが、流石に少し疲れた様子でしたのでその日は宿を取って次の日から今後の行動を決める事に。

 

 しかし宿代は私がお母さんから貰ったお小遣いとアルちゃんがいつの間にか持ってきていた豚さん貯金箱でなんとかなったものの、1回の宿泊でかなりのお金を使ってしまったので早急にお金を稼ぐ必要がありました。

 

 しかしこれが中々大変で、13歳は兎も角11歳の子供を雇ってくれるという人は中々現れません。

 

 仕方なく街中をテクテク歩いていると、先ほど私が仕事を探している所を見ていたのか、いっぱいお給金は弾むから私の家で働きなさいという優しいおじさんが現れます。

 

 どんなお仕事か分かりませんでしたが、お家でする仕事という事は恐らく家事手伝いでしょうし、お給金は非常に魅力的なので一応ご自宅で詳しい話を聞こうとすると、アルちゃんがおじさんを追い返してしまい振り出しに。

 

「アルちゃん、一応話を聞くだけでも……」

「はぁ……ナナシはとりあえず人を疑う事から始めよっか?」

「……ごめんなさい」

 

 怒られてしまいました。

 

 正直私は生前それはもう酷い扱いを受けて育っていますので、今の時期なら野宿をしつつ適当な水さえ確保出来れば数週間は暮らしていける自信があります。

 

 しかしそんな生活をアルちゃんにまで強要したくはありません。

 

 どうしたものかと悩んでいると、

 

「ねえナナシ、私この募集受けてみようかな」

 

 アルちゃんが1枚のポスターを指さします。

 

 それは、志願兵募集のチラシでした。

 

「だ、駄目だよ!! 兵隊なんてすっごい危ない仕事だよ!?」

 

 私は必死に反対しました。大切な人に危険な事をこれ以上して欲しくはありません。

 

 でも、アルちゃんはもう心に決めているようで。

 

「分かってる。でもお金はいっぱい貰えるみたいだし、住む所にも困らなくなる。兵隊には住む為の宿舎を提供するって書いてあるし、これだけお金がもらえればナナシ一人分の宿代ぐらいならなんとかなるよ」

「けど……」

「私には魔法があるから軍に入ればきっと優遇してもらえる。ほら、募集要項にも魔法の資質がある者は優遇するって書いてあるし! それに……軍に入ればお兄ちゃんも居るから」

 

 アルちゃんは何時だって、自分がそうすると決めた事は絶対貫き通す強い人です。

 

 私がどう説得しても聞き入れてくれないでしょう。

 

 それならば私に出来ることは?

 

「……どうしても?」

「うん。もう決めたんだ」

「分かった、じゃあもう反対しないよ。その代わり……」

 

 私は、アルちゃんと離れたくありません。だから――――

 

「私も募集を受ける!」

 

 アルちゃんと、ずっと一緒に居ることを選びましょう。

 

 

 

 その後アルちゃんには本気で反対されましたが、私がアルちゃんと一緒に居たい事をちゃんと伝え、必死の説得を行うと、渋々ながら折れてくれました。

 

 という訳で二人揃って志願兵の募集を受けたのですが、魔法の素質があるアルちゃんと違い私には特出した技能も才能もありません。

 

 当然ながら正攻法では受け入れて貰えそうに無いので、最悪担当官をこの11年で培った必殺奥義泣き落としで篭絡するしか活路は無いと覚悟を決めていたのですが、念の為にと受けた魔法適正検査で私には希少な索敵魔法に適性があることが判明し、あっさり入隊が認められます。

 

 ちなみにアルちゃんはというと『本当に君は魔法が使えるの?』と疑いを掛けてきた担当官の目の前にあったテーブルを素手で叩き割り、ご納得して頂いた上で入隊を認められたとか。

 

 そして晴れてトゥーリス軍に入隊した私達でしたが、そこで村を襲った奴らの事を知ったのです。

 

 

 

 あの黒い影――オーガ兵による残虐な行為は、ニルバ村だけでなく国境沿いにある村や町で次々と行われており、自分達が行っている行為について『トゥーリスの圧政に苦しむ人々を助ける為の慈善活動』と称していたそうです。

 

 大国であるオーガ連邦からすればトゥーリス大公国は取るに足らない小国であり、ちょっかいを掛けて脅せばどれ程不利な要求であっても呑まざる負えないという考えだった様で、その後軍は引き上げていき、トゥーリス大公国に対してオーガ連邦から即時軍の解体と無条件降伏が要求されたのです。

 

 この要求に対してトゥーリス大公国は、志願兵の急募とオーガ連邦との国境に強固な防衛線を構築する事で返答しました。つまり徹底抗戦の構えです。

 

 予想されるオーガ兵の数は最低約45万。

 

 それに対して国境に配備できるトゥーリス兵は15万ほど。

 

 凡そ3倍の兵力差に加え、自国で開発した最新の装備で固めているオーガ兵に対して、トゥーリス兵の装備は戦争前にオーガから輸入された2世代ほど前の装備が主流となっています。

 

 兵士の数、装備で圧倒的に負けている上に、オーガ連邦にはまだ兵力の余裕があるという絶望的な状況ですが、戦わなければトゥーリスはオーガの属国となってしまい、私達は彼らに奴隷同然に扱われることになるでしょう。

 

 私はニルバ村で見たオーガ兵の姿を思い出します。

 

 その姿はまさに獣と評するに相応しい姿で、あんな奴らの好きにされるなんて絶対に嫌です。

 

 だから私達は、まだ訓練を始めて3週間の新兵を最前線に送るという軍の無茶苦茶な判断も素直に受け入れました。

 

 こうしてトゥーリス存亡を賭けた、決死の防衛線が幕を開けたのです。

 

 

 

 防衛任務に就いて1週間――――

 

 小鳥の囀りに私は目を覚まします。

 

 平和な朝の目覚めは貴重です。

 

 これが銃撃や砲弾の爆発音ですと、うっかり永眠してしまう可能性もありますからね。

 

 隣を見ると、そこには未だぐっすりお休み中のアルちゃん。

 

 アルちゃんと奇跡的に同じ隊で配属されたのは、私にとって何よりの幸運だったと思います。でないと流石の私でもこんな劣悪な環境で安眠など不可能でしょうから。

 

 そっと顔を覗き込むと、なんとも幸せそうな顔で寝ています。この顔をしばらく眺めていたい所ですが、そろそろ起きて任務に戻らなければなりません。

 

「アルちゃん。朝だよ! そろそろ起きよう」

 

 声を掛けますが、アルちゃんが起きる様子はありません。

 

 肩を揺すってみたり、ほっぺをツンツンしてみたりしますが効果無しです。

 

「アール――ちゃ――――ん!!!」

 

 今度はちょっと大きな声で呼んでみます。

 

「んー………」

 

 少し反応がありましたが、相変わらずむにゃむにゃ夢の中。

 

 これはちょっとやそっとじゃ起きそうにありませんね。

 

 仕方ありません。では少々不謹慎ではありますが、他の人に聞こえぬ様耳元で……

 

「アルちゃん敵襲! どうしよう、囲まれちゃったよ」

「うぇっ!?」

 

 飛び起きました。

 

 気持ちはよく分かります。生きた心地しないですよね。

 

「おはよう、アルちゃん」

「…………ナナシ? ……敵は?」

「今のは嘘。だってアルちゃん中々起きないんだもん」

「はぁー……ビックリさせないでよぉー……」

 

 ゆっくり寝かせてあげたいのは山々ですが、基本軍隊は秒単位でキッチリスケジュールが組まれているので少しでも遅刻したら大問題です。

 

 鉄拳制裁当たり前、そこに女子供は関係ありません。

 

 アルちゃんが殴られる所なんて見たくないのは当然として、連帯責任で私もボコボコになってしまいます。ここはキッチリ私がスケジュール管理しなければ。

 

「ごめんね。けど遅刻したら大変だから」

「……ん、そうだね。よ――し、今日も一日頑張りますかぁ!」

 

 気合一発、アルちゃんは自分のほっぺたを叩いて喝を入れます。

 

 どうやらアルちゃんもしっかり目が覚めたようなので、一安心ですね。

 

 ちなみに塹壕内の寝床は男女兼用で、小隊の人達は皆ここで睡眠を取ります。

 

 今も数人の方がまばらに転がっていますが、私達が騒いでいても特段起きてくる様子はありません。

 

 ともあれこれ以上騒いで皆さんの睡眠を妨害する訳にはいかないので、そろそろ出かけるとしましょう。

 

 

 

 最近のオーガ兵は2日から3日の頻度で攻めてきます。

 

 昨日戦闘があった為、恐らく今日は塹壕や被害を受けた防衛施設の修復及び改良がお仕事になるでしょう。

 

 こういう日、私とアルちゃんはガルド小隊長の指導の下訓練の時間となります。

 

 二人で基礎トレーニングを終えた後、アルちゃんはガルド小隊長と突撃の訓練。

 

 私はひたすら体力作りと、銃の練習です。

 

 体力に関しては入隊してからこってり絞られている他、空いた時間は基本的に鍛えるようにしている為大分マシになってきたように感じますが、銃に関しては上達が見込めません。

 

 なぜならば、平均的な11歳よりも少々発育が遅めな私には、自動拳銃ならまだしもライフル銃等は重さと大きさで取り回しに難儀してしまうのです。

 

 もっとも、入隊当初の様に銃を撃った反動で転げまわるなんて事は無くなったので、多少は練習の成果は出ている様ですが。

 

 ひたすら訓練に打ち込んでいる間に辺りはいつの間にか暗くなり、的が見えなくなってきたので訓練を切り上げアルちゃんと合流します。

 

 ところが、

 

「ごめんナナシ、私はもうちょっと訓練続けるね」

 

 アルちゃんはガルド小隊長ともう少し訓練を続ける模様です。

 

 なんでもアルちゃんはアサルトとしての素質がピカイチらしく、既に実戦でも十分な戦果を上げています。そんなアルちゃんにガルド小隊長も期待しているという事なのでしょう。

 

 訓練を見学という選択肢も浮かびましたが、前に見学した時に大凡人間離れした行動から参考にするのは無駄と分かっていますので、今回は訓練終了です。

 

 

 

 

 

 

 私の所属するガルド小隊は30人編成で、小隊長であるガルド曹長と副小隊長兼衛生兵のエリカ伍長を軸に、突撃兵5名、小銃兵20名、索敵兵2名、工作兵1名の構成となっています。

 

 コミュ力お化けのアルちゃんは入隊早々皆さんと仲良くなっていましたが、私に同じ真似が出来るはずも無く、未だに挨拶以外で話しかけた事のない人が殆どです。

 

 さて、なぜこのこの様な話になるかと言うと―――

 

「うふふ、今日のご飯も美味しそうね」

「……」

 

 私の目の前でニコニコと陣取る綺麗なお姉さん。

 

 借りてきた猫の様に縮こまる私。

 

 そう、現在その所為で困った状況になっているからです。

 

 私はガルド小隊長とアルちゃんに訓練を切り上げる事を伝え、夕食を取る事となりました。

 

 基本警戒任務中等は塹壕の中で取る事が多いのですが、今日の様な比較的平和な日は後方の野戦厨房で食事を取る事ができます。

 

 この野戦厨房というのが中々素晴らしく、前線の兵士でも出来るだけ温かい食事が取れる様車輪付きのカート上になった構造で、即座に設置、調理が可能となっている優れものです。

 

 辛い任務が多い仕事ですが、どんな時でも美味しいご飯は心を温めてくれます。

 

 その温かみを堪能する為野戦厨房に赴くと――――

 

「あら、ナナシちゃん。訓練お疲れ様、今からご飯?」

 

 軍服を着つつも朗らかな雰囲気を持つ美人さんが、私に話しかけてきます。

 

 即座に私は姿勢を正し、敬礼の姿勢を取ります。

 

「はい、エリカ伍長殿。ガルド小隊長殿とアルマ二等兵は暫く訓練を続けるとの事でしたので、食事を取りに参りました」

「あー……また熱が入っちゃったのね。後で止めに行かないと」

 

 この方の名前はエリカ伍長。

 

 ガルド小隊のNo.2で兵士としての練度も然ることながら、対象の傷を癒す事の出来る治癒魔法を扱える凄い人です。

 

 治癒魔法は適性がある人が少ないことに加え、扱うのがとても難しいことで有名な魔法で、扱える人は衛生兵(メディック)と呼ばれ、何処の部隊でも引っ張りだこなのだとか。

 

 基本任務に厳格で、どちらかというと寡黙なガルド小隊長とは対照的で、いつもニコニコとしている優しいお姉さんと言った印象の方ですね。

 

「それよりナナシちゃん、今からご飯なら一緒に食べない? 今日のご飯も美味しそうよ」

「了解いたしました。ご一緒させて頂きます」

「……えっとねナナシちゃん、ご飯の時までそんなに硬くならなくても良いんじゃないかな」

「はい。申し訳ありません」

「別に謝らなくても良いのよ? ほら、私の事もエリカさんで良いからっ」

「ありがとうございます。ですが上官に対しては常に敬意を払うのが軍紀ですので」

「……もしかしてナナシちゃん、私の事苦手?」

「いえっ! その様な事は決してありません。エリカ伍長殿」

 

 一応嘘ではありません。

 

 そもそも私にとってここに居るアルちゃん以外の人達は苦手に分類されます。決してエリカ伍長だけが苦手という訳ではないのです。

 

 まあ美人さんを目の前にすると緊張してしまうので、猶更エリカ伍長は他の人より苦手度が高いのですが。

 

 私の返答に対してエリカ伍長はジト目で見つめ返してきます。

 

 これは、エリカ伍長の気分を害してしまったのでしょうか?

 

 私はエリカ伍長の瞳を真っ直ぐ見つめ返します。

 

 ここで目を逸らしてしまえば含む所ありと見做され有罪確定。ならば私の心に嘘偽りなしと態度で示すほかありません。

 

 二人で見つめ合う事数秒。

 

「ごめんね、ナナシちゃんを困らせたい訳では無いのよ」

 

 エリカ伍長は何時ものニコニコした表情に戻ってくれました。

 

 どうやら許されたようです。

 

「いえ、もし私が何か気に障る事をしてしまったならば謝罪させてください」

「んー……別にそういう訳じゃ無いんだけど、ナナシちゃんはアルマちゃんと違って大人しい子みたいね。けど……」

「……? どうかされましたか、エリカ伍長殿??」

 

 何故かエリカ伍長が笑顔のまま私の方へにじり寄ってきます。さり気なく両手を広げて……これは捕獲体制?

 

 そう判断した時には既に手遅れでした。

 

 私はそのままエリカ伍長に抵抗する間もなく捕まってしまい――――

 

「あら本当。この抱き心地はクセになるわね」

 

 抱きつかれました。

 

「エ、エリカ伍長殿? これは一体どういう……」

「この前アルマちゃんに聞いたのよ。ナナシちゃんを抱いて寝るとよく眠れるんだって、だから一度抱き心地を確かめてみたいなって思ってたんだけど……ナナシちゃん、今夜は私と一緒に寝ない?」

 

 その間もエリカ伍長によるハグは継続中です。

 

 エリカ伍長と私はかなり身長差があるため丁度胸の辺りに顔が埋まってしまい、あまりよろしくない態勢になってしまいます。

 

 しかもこの行為は野戦厨房のど真ん中で行われている訳で、当然周りに居た兵士の方々も次第に集まってきているのが索敵魔法を使わずとも分かってしまいます。

 

 これ以上騒ぎになるのは御免です。

 

「と、ともかく一旦放してください。私は抱き枕ではありませんっ!」

 

 私は少し強い口調でエリカ伍長にお願いしました。

 

 するとエリカ伍長は少し名残惜しそうにしながらも、私を開放してくれます。

 

「流石にちょっとやりすぎちゃったわね。ごめんなさい、ナナシちゃん」

「……いえ、ですがいきなり抱き着かれるのはビックリしますので、今後は自嘲して頂けると助かります」

「じゃあ、抱きつく前にお願いする様にするわね」

「…………」

 

 本音を言えば許可を求められてもアルちゃん以外にナデナデも抱きつきもして欲しくありません。

 

 しかし相手は上官です。上官の命令は絶対が軍の鉄則。ならば――――

 

「了解致しました。その時は出来るだけ優しく……お願いします」

 

 軍は厳しい所なのです。

 

 なれば上官の抱き枕にされる程度の事、許容せねばなりません。

 

 しかしエリカ伍長は成人女性の体格、全力で抱きつかれた場合私は軽く潰されてします。

 

 痛いのもある程度許容できるとはいえ、痛くないのに越したことはありません。こう言っておけば少しは配慮して頂けるでしょう。

 

 私の言葉を聞くと、エリカ伍長の顔はいつも以上のニコニコ顔で嬉しそうにされていました。

 

「うんうんっ! おねーさんに任せなさい」

 

 とても嬉しそうな所大変申し訳ないのですが、私もそろそろお腹がペコペコです。

 

 この辺りで切り上げさせて頂いて、ご飯を食べるとしましょう。

 

「あの、所で私もそろそろ食事を取りたいのですが」

「あらあら、そうだったわね。じゃあ一緒に楽しみましょう」

「はい。いただきます」

「いただきます」

 

 

 

 そうした経緯があり、結果私はエリカ伍長とご一緒に食事を取る事となりました。

 

 エリカ伍長は終始楽しそうに私がご飯を食べる様を眺めているのですが、私は気になってご飯の味もよく分からないです。

 

「あの、エリカ伍長殿?」

「なあに、ナナシちゃん」

「いえ、エリカ伍長殿はご飯食べられないのでしょうか?」

 

 エリカ伍長の前には殆ど手付かずの夕食が置いてあります。

 

 当然です。だってこの人、終始こちらしか見てないのですから。

 

 するとエリカ伍長はその事に気づいたのか、恥ずかしそうに食事に手を付け始めました。

 

「ナナシちゃんの食べる姿が可愛らしかったから、ついつい見惚れちゃってたわ」

「お褒め頂き、ありがとうございます」

 

 暫しの沈黙。

 

 どうしましょう、会話を長く続けられません。

 

 そもそも私は人とコミュニケーションを取るのが滅法苦手なのです。しかも相手が美人さんとなれば尚更の事。

 

 任務中は上官と部下という関係の下、忠実に命令を守れば良いので困ったりしませんが、まだよく知りもしない方とプライベートな会話を楽しむなど私の技量を大きく超えた難題なのです。

 

 そんな私の苦悩を知ってか知らずか、エリカ伍長から話しかけてくれます。

 

「ねえナナシちゃん。ナナシちゃんはどうして軍に入ったの?」

 

 優しい口調で話すエリカ伍長の顔は、先程の笑顔とは少し違い、何か憂いの様なものを帯びていました。

 

 こういう表情をする人には、軍に入ってからよく会います。

 

 そしてその人達の気持ちは恐らく、11歳で軍に入ったという境遇に対する同情。

 

 ですが、別に隠すような事でもありません。

 

 私はエリカ伍長に今までの経緯を全て話しました。

 

 村で起きた事。

 

 アルちゃんと二人でベルンの街へ逃げた事。

 

 そして生きる為に、アルちゃんと離れぬ為に軍に入った事を。

 

「2人共ニルバ村の出身だったのね。私も前に行ったことあるわ、黄金色に輝く麦畑が綺麗だったなぁ」

 

 そう言ってエリカ伍長は懐かしそうに目を細めます。でも

 

「もう麦畑はありません。奴らに燃やされてしまいましたから」

 

 私はあの光景を生涯忘れる事はできないでしょう。

 

 燃える故郷

 

 逃げ惑う人々を鬼気として追い続ける黒い影。

 

 そして、ガブを殺したであろうあの男の――――

 

「ナナシちゃん?」

 

 ふと気づくと、目の前には心配そうに私の顔を覗き込むエリカ伍長の姿がありました。

 

「……大丈夫です」

「ごめんなさい。嫌な事を思い出させてしまったのね」

「いえ、お気になさらずに」

 

 どうやら大分表情に出てしまっていたようです。

 

 私が転生して大きく変わった部分があるとすればここでしょう。

 

 前世での私はどんなに辛くても、それを表情に出すなどという事はありませんでした。

 

 なのにこちらで生まれ変わって11年で私は随分と感情豊かになってしまったと思います。

 

 村で過ごしている時は、それで問題ありませんでした。

 

 笑ったり、泣いたり、怒ったり、そうして過ぎていく日常なのであれば。

 

 でも今の私は軍人です、兵士なんです。

 

 訓練の時、教官に死ぬほど聞かされた言葉。

 

 

『兵士に感情等必要無い! ただ敵を倒せばそれで良し! 感情等犬にでも喰わせてしまえ!!』

 

 

 兵士は、こんなに感情をかき乱されていてはいけないのです。

 

 

 

 

 

 その後、少々の会話を挟んでエリカ伍長と別れ、塹壕に戻り仮眠を取ります。

 

 時間が合う時は極力アルちゃんと一緒に寝る様にしているのですが、生憎アルちゃんはまだ訓練かご飯を食べている頃でしょう。

 

 今はアルちゃんととても話したい気分ですが、貴重な休息時間を浪費する訳にはいきません。

 

 これも軍人としての鉄則です。

 

 私は1人、目を瞑って何時もの様に祈ります。

 

 どうか今日は、悪い夢を見ませんように。

 

 そして訓練で疲れ果てた私はすぐに夢の世界へと身を委ねるのでした。

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