向かってくる敵意の内、三つはそれぞれ私の逃げる可能性のある進行方向へ、そして一つが先程私が逃げ込んだ入口の近くで止まっています。
今から走っても、私が出口に着く前に待ち伏せされ、撃ち殺されてしまうのは確実。
かと言ってずっとここへ籠っている訳にもいきません、そんな悠長な事をしている間に四方から手榴弾でも投げ込まれたらこの逃げ場無しの空間では為すすべなく爆死してしまいます。
「どうしよう、せめて別の出入り口があれば……!」
そう考えていた私の目に留まったのは、家へと侵入する為の窓。
ここからそっと家の中に侵入すれば、一時的に敵から逃れる事が可能かもしれません。
一瞬窓から勝手に人の家に入る事に抵抗を覚えますが、今は一刻を争う状況。
「ごめんなさい、失礼します」
ここには居ない家主へ謝罪し、私は窓から家の中へと入りました。
家へ入った後私は索敵魔法を解除、より広範囲を索敵する単発索敵を行います。
恐らく招集が掛かったのか、村の彼方此方へ散っていた敵意が中央へと集まっていきます。
しかしエーロ上等兵が逃げた方向へは敵意が向かう様子が無く、どうやら上手く逃げてくれた様です。
その事に安堵しますが、中央に敵が増えるという事はあそこで捕まっている仲間達を助ける事がより困難になったという事です。
特にあの時撃たれていたタクマ中尉。
もし中尉が生きていたとしても、一刻も早く助け出して治療しなければ間に合わなくなってしまいます。
索敵魔法を近距離索敵に切り替え、皆を助け出すにはどうすればいいか私は必死に考えました。
「……そうだ、多くなったならまずは中央から敵を引き離せばいいんだ。私がもっと騒ぎを大きくして敵をいっぱい引き寄せれば、敵はこっちにやって来る筈」
そうすればもしかしたら、ハンナ伍長達が隙を見て皆を逃がしてくれるかもしれません。
あまり可能性の高い方法とは言えませんが、それでも今の私に出来る事はこれだけです。
故に私は、可能性に賭けて行動を開始します。
まずは家の周りに居る敵意の位置を索敵魔法で把握し、反対側の窓の近くに敵が居る事を確認します。
そしてそこまでこっそり近づくと、家の中からわざと物音を立てました。
途端にその敵意の注意は、外から家の中へと向かいます。
そして中を確認する為、敵意はゆっくりと家の玄関の方へと動き出しました。
その隙に私はこっそり窓を開けて、いざという時の退避路を確保します。
後はドアの入り口近くに隠れ、中に入ろうとした敵を撃ち殺す。
私に真っ向から兵士に向かうだけの戦闘力はありません。出来る事は、とにかく相手の不意を突いた一撃に賭けるのみ。
丁度ドアの近くにあった棚の下に隠れ、敵が入ってくるのを待ち続けます。
敵意がゆっくりと近づいてくる毎に、どんどんと鼓動が早くなっていく心臓。
もし失敗したらどうしよう。
捕まったら間違いなく殺されちゃう。
押し寄せてくる不安を拭う為、私はギュッとマフラーを握りしめます。
今はもう居ない親友、アルちゃんから貰ったマフラー。
でもこのマフラーを付けている間は、アルちゃんと一緒に居るような温もりを感じる事が出来るのです。
「お願いアルちゃん、私に力を貸して。アルちゃんが持ってた勇気を、私にも頂戴」
心なしかマフラーが熱を帯びたように感じると同時に、不思議と不安が少し和らいだ気がします。
もしかしたら、本当にアルちゃんが力を貸してくれているのかもしれません。
これなら……いける!
私がそう確信した瞬間、ゆっくりとドアが開いてオーガ兵が家の中へと入ってきます。
周囲を警戒していますが、棚の下に潜んでいる私に気づく様子はありません。
索敵魔法で後続が居ないのも確認済み、奇襲を仕掛けるには絶好のチャンスです。
オーガ兵がドアを閉じ、完全に中に入ったタイミングで私は構えていたT-35を敵に向け、3発発砲します。
――――パァン! パァン! パァン!!――――
響く銃声と、少し遅れて崩れ落ちるオーガ兵。
目の前から急速に敵意が薄れていき、敵を仕留めた事を確信します。
「まずは一人、でも――――!」
私はすぐさま棚の下から這い出して、目の前のオーガ兵の持っていたポーチを漁ります。
銃声に気づいて他の敵意がこちらにどんどん集まってきているので、あまり時間は掛けていられません。
「敵が来る前に目当ての物を見つけてここから……あった!」
ポーチから出てきたのは、三つの手榴弾。
その内二つをポーチにしまい、敵の様子を探りながらピンに手を掛けます。
残り三つの敵意の内、二つが既にドアの近くまで来ているのを確認。
すぐに手榴弾のピンを抜き、オーガ兵の死体の上へ置いて先程開けた窓まで全力で走ります。
オーガ製の手榴弾がピンを抜いてから爆発するまで凡そ4秒。
心の中でカウントしつつ、私が窓によじ登るのと、家のドアが勢い良く開けられるのがほぼ同時でした。
恐らく手榴弾の存在を見てしまったのでしょう、後方から聞こえる悲鳴を無視して私は窓から外へと飛び出します。
直後、背後で起こる大きな爆発。
「ッ———!!」
爆風に煽られてバランスを崩したまま落下してしまいますが、幸い雪が積もってくれているお陰で大した痛みも無くすぐに起き上がれそうです。
上手く手榴弾が機能した様で、近寄ってきていた二つの敵意も消滅。
残る敵意に加えて今の爆発で更に敵がやってくるでしょうが、新しい武器も手に入りました。
「大丈夫、このまま索敵魔法でアドバンテージを取り続けて、何度か奇襲を仕掛けていけば」
残った敵意も倒す為、私が立ち上がった瞬間――――
「駄目だナナシちゃん、これ以上抵抗しないでくれ」
突然背後から掛けられた声に、身体が硬直します。
なんで? ずっと索敵魔法は発動させてるし、敵意の気配は無かった筈なのに。
いや、それよりも今の声は……
私がゆっくりと声のした方を振り向くと、そこには銃を私に向けたラウル兵長が立っていました。
「ラウル……兵長?」
見間違う筈がありません、目の前に居るのは確かにラウル兵長です。
そして認識してしまった事で、さっきまで無理やり抑えていた感情が心の底から溢れ出してきます。
「兵長殿、大変なんです。オーガがいっぱい攻めてきて、ここに居た殆どの仲間も捕まっちゃって!」
「……ああ、知ってるよ」
「それにさっき、広場でタクマ中尉が撃たれたんです! 早く処置をしないと命にかかわるかもっ!」
「それも……知ってるよ。全部知ってるんだ、ナナシちゃん」
「全部……?」
ラウル兵長は辛そうな顔になりながら、私をまっすぐ見ます。そして、
「こうなる様手引きしたのは、オレだから。オレはオーガと通じていたのさ」
自分がオーガのスパイだったことを、私に告げました。
「そんなっ……どうして、どうしてですか!? 何でオーガなんかと!」
私は思わず声を荒げます。
私の大切な場所を、人を根こそぎ奪っていくオーガ。
なんであんな奴らと優しいラウル兵長が仲間で居るのかが分からなくて、思いの丈をぶつけます。
だけどラウル兵長は、ただ静かに首を横に振るだけでした。
「それはキミには関係ない事だ、答えるつもりは無い。それよりナナシちゃん、今すぐ武器を全て捨てて投降しろ。じゃないとオレは、キミを射殺しなければならなくなる」
改めて私に向けられた銃が、ラウル兵長が本当にオーガ側の人間なのだという事実を私に突き付けます。
でも、
ラウル兵長の銃を突きつける手が、僅かに震えている事に私は気づきました。
それにさっき、私の索敵魔法は兵長から敵意を感じ取りません。
現に今だって、こんな状況であるにも関わらず兵長からは敵意は全く感じられないのです。
やっぱりこんな事をしているのには理由があるのでしょう。
なら、私は……
「……私が抵抗しなければ、ラウル兵長殿は困らなくなりますか?」
「っ……ああ、そうしてくれるととても助かるよ」
その言葉を聞いて、私は持っていたT-35とサバイバルナイフを投げ捨てました。
これで良い、これで良いんです。
ラウル兵長にはいっぱいご迷惑をお掛けしました。
なら、これ以上困らせる様な事をしては駄目。
オーガに捕まったらどんな目に遭わされるのか。
きっと酷い責め苦を受け続けて、最後は殺されてしまうのでしょう。
それを想像すると、恐怖で足が竦みます。
でも、それでも兵長の負担が少しでも減るのなら、きっとこれが一番良い事なのだから。
「ありがとう、ナナシちゃん。出来るだけキミには手荒な事をしない様、奴らに伝えるから」
ラウル兵長は銃を下げ、私に手を伸ばします。
私はその手を取るため、ラウル兵長の元へと歩き出したその時、
――――パァン!!――――
一発の銃声。
そしてその銃声が鳴りやんだ直後、目の前に居たラウル兵長の身体が崩れる様に地面へと倒れ込んだのです。
「えっ……?」
何が起きたのか分からなくて、私は只その場に立ち尽くします。
すると私の背後から、白い服を着た人達が数人現れてラウル兵長を取り囲んでいきました。
「コイツがラウルで間違いない。くそっ、舐めた真似しやがってッ!」
「まだ息があるがどうする?」
「生かす価値なんて無いだろ、とっとと殺して合流するぞ」
そう言って白集団の一人が、小銃をラウル兵長に向けて構えます。
このままじゃラウル兵長が殺されてしまう、それは絶対駄目!!
「だっ……ダメ! この人を殺さないでくださいっ!! お願いします!!」
気づくと私は、銃を向ける男とラウル兵長の間に立って叫んでいました。
「なんだこのガキ、まさかコイツの仲間か? だったら!」
男はラウル兵長に向けていた銃を私に向け直し、トリガーに指を掛けます。
しかし直後、隣にいた人物が銃を向ける男を制止しました。
「いや、待て。多分この子はナナシ・エルフィーだ。さっき聞いた特徴と一致する、撃つなっ!」
私の名前を呼んだ男はそのままこちらまで歩いてきて、しゃがみ込んで私に目線を合わせます。
「キミはナナシ・エルフィー二等兵だね。怯えなくて良い、オレ達はキミの仲間だよ」
そう言ってみせてくれたのは、自分がトゥーリス軍人だと示す階級章。
どうやらこの人達は、本当に仲間の様です。
「そしてそこに倒れている男は、ここへオーガを手引きした裏切り者なんだ。だからここで殺す必要がある、分かるね?」
私を気遣った、優しい声色と言葉。
でもこの人は、ラウル兵長を殺す気なのです。
私はブンブンと首を大きく横に振ります。
「きっと何かの間違いです! この人は私に優しくしてくれたとても良い人なのですっ」
「でも、さっきこの男はキミに銃を向けていたよね?」
「そんな事ありませんっ! きっと気のせいなのです!! ラウル兵長殿は……私の事をいつも気遣ってくれて、優しくしてくれて、落ち込んだ私をいっぱい励ましてくれました! そんな優しい人が、オーガの仲間な訳がありません!! 貴方達は勘違いで仲間を殺すような人なのですかっ!?」
「……そうか、キミはその男と仲が良かったんだね。けど、そのソイツがやった事は決して許される事じゃあ無いんだ。今すぐそこをどいてくれ」
「どきませんっ! なんでっ……なんで分かってくれないんですかっ……」
段々と語気を荒げる男に対して、私はポロポロと涙を零しながらラウル兵長をかばい続けます。
私の態度に、これ以上話し合いは無駄だと思ったのでしょう。
男が隣の二人に合図を送ると、二人掛かりで私をラウル兵長の元から引き剥がします。
離れてなるものかと必死に抵抗しますが、大の大人二人掛かりで抑え込まれて身動きが取れる筈も無く、そのまま抑えつけられます。
「あぐっ……」
「暴れるなガキ! これ以上暴れるとぶん殴るぞ!!」
「っ……まったく何で仲間同士でこんなことしなきゃならないんだか」
雪の積もる冷たい地面へと押し付けられ、完全に身動きが取れない身体。
しかしその時、同じく撃たれて倒れていたラウル兵長と目が合います。
口から血を吐き、その瞳は虚ろで意識を失いかけている様です。
このまま意識を失ったら間違いなく死んでしまいます。
「ラウル……兵長!!」
私は兵長が意識を失わぬ様、必死に名前を呼びます。
押さえつけられながらも唯一動かせた右腕をラウル兵長の方へ伸ばし、必死に声を掛け続けます。
「……ナナシ……ちゃん」
すると今まで虚ろだったラウル兵長の瞳に微かな光が灯り、ゆっくりと私の方を向いてくれました。
ですが、
「ラウル兵長。貴方は軍属でありながら祖国を裏切り、掛け替えの無い同胞の命を幾つも奪った。それは決して許される行為では無い」
男は銃を抜き、ラウル兵長に突きつけます。
ラウル兵長はその姿を見て、静かに口を開きます。
「……最後に、一つ少し良いか」
「あまり時間がありません、手短にお願いします」
「ああ……そこの女の子、手厚く……保護してあげてくれ。ずっと上官に酷い仕打ちを受け続けていたんだ、もうそんな事が無い様……っ」
血を吐きながら、ラウル兵長は自分の事では無く私の事を助ける様にと懇願します。
なんで、私なんかの為に。
駄目です兵長、そんなこと言わないで。
もっと自分の事を考えてください。
「……分かりました。では兵長、お覚悟を」
男は改めてラウル兵長に銃を向け直すと、そのトリガーに指を掛けます。
兵長が殺される。
なのに私は、ずっと見てるだけ?
迷惑かけっぱなしで、何も返せないまま?
そんなの……そんなの絶対駄目。
助けるんだ。
私なんてどうなったって良い。
兵長を……助けなきゃ、助けなきゃ行けないんだ。
だから、
動け。
動け、私の身体。
動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動けぇぇぇっ!!
――良いよ、ナナシ。ちょっとだけ力を貸してあげる――
一瞬聞こえた、もう絶対に聞くことが出来ない親友の声。
そしてそれに呼応するかの様に、全身から力が漲ってきます。
まるで炎の様に熱くなるマフラー。
そしてあり余る程の力を解き放ちながら私は叫びます。
「どけぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
しがみ付く男達を振り払い、立ち上がる。
その為に少し身体に力を入れる、それだけで私にしがみ付いていた2人を呆気なく引きはがす事が出来ました。
間違いありません。
この力は、アルちゃんと同じ身体強化魔法。
「なんだっ!? この子まさか
ラウル兵長に銃を向けていた男は、状況が理解できなくて呆気に取られている様です。
それならば好都合ですね。
目に付いたのは村の人が雪掻きで使っていたであろうシャベル。
それを拾うと、私は男に向かって大きく振りかぶります。
以前アルちゃんがオーガにしていた様に、この男を――――
「やらせねえよ」
「……えっ?」
突如聞こえた背後からの声。
ビックリして振り向こうとしますが、なぜか私の世界はグルグルと回転し始め、訳が分からなくなってしまいます。
何があったのか最後まで分かる事無く、私の意識はそのまま深い闇へと落ちていきました。