戦場駆ける白き野兎   作:バサル

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第三十九話

「ねえナナシ、何でナナシはそんなに皆の為に頑張ろうとするの?」

 

 問い掛けてくるのは大好きな親友、アルちゃん。

 

 だけどその質問は私にとって、よく分からないものでした。

 

「誰かの為に頑張るのって、普通の事じゃないの?」

 

 そう、それは私にとって至極当然の事。

 

 だって私は唯でさえ周りの人に迷惑を掛け続けているのだから、その分誰かの為に動くのは当然の事なのです。

 

 前世で父と母、そしてお兄ちゃんと一緒に暮らしていた頃、二人は何時も私にそう言っていました。

 

 

 お前は何をやっても駄目な奴だ

 

 何で何時もイライラさせる

 

 ああ、お前なんて――――れば良かったのに

 

 

 私は駄目な子だから、いっぱい周りに迷惑を掛ける。

 

 今思えばあの地獄の様な日々は、父と母による私への指導だったのかもしれません。

 

 タクマ中尉がしてくれた様に、私をまともにする為に二人はずっと頑張っていたのかも。

 

 それなのに私は、あの二人に恩を返す事もせず、捕まった事を良い事に二人から逃げ出した。

 

 私は駄目で悪い子。

 

 だからきっと前世では、あんな死に方をしてしまったのでしょう。

 

 あんな死に方をして当然だったのです。

 

 

 そしてこの世界への転生。

 

 優しいお父さんとお母さん、一緒に遊んでくれる友達。

 

 皆と一緒に暮らすニルバ村での幸せな日々。

 

 私はその生活に甘んじて、駄目な自分を治そうともせず日々を過ごしてしまいました。

 

 だからきっと、神様は私に罰を与えたのです。

 

 幸せな世界の崩壊。

 

 硝煙と死のみが支配する地獄の世界。

 

 全ては私が駄目な自分から目を背けてしまったから。

 

 だから私は、自分の事等考えずに誰かの為にのみ生きなければいけないんです。

 

 誰かの為に動いて、誰かの為に生きて、そして誰かの為に――――

 

 

「ナナシ! そんなっ……そんな風に考えちゃ駄目だよ!」

「……アルちゃん?」

 

 

 気づくとアルちゃんは、とても悲しそうな顔で私を見ていました。

 

「そんな生き方してたら、ナナシもすぐに死んじゃうよ」

「……死ぬのは怖いね」

 

 そう、死ぬのは何よりも怖い事。

 

 それは死を一度この身で味わった私が一番よくわかる事です。

 

 あんなのを味わうのはもう二度と嫌。

 

 でも――――

 

「怖い……けどね? でもアルちゃん……独りぼっちは死と同じ位怖いんだよ」

「ッ……」

「もう私の周りには誰も居ないの。お父さんも、お母さんも……ガブ、ガルド小隊長、エリカさん、トニーさん、ミカさん、ヘルシェさん……そしてアルちゃんも。皆もう死んじゃった……死んじゃったんだよ。独りはヤダ……ヤダよぅ……アルちゃん」

「ナナシ……」

 

 

 独りは怖い、独りは寂しい、独りは寒い。

 

 

 プルプルと震える身体を抱えて、私はその場に蹲ります。

 

 でも、独りじゃ身体を温める事も出来ないんです。

 

 ねえ、アルちゃん。

 

 私はどうすればいいのかな?

 

「ナナシ、よく聞いて。ナナシはもう独りじゃないんだよ」

「……え?」

「もっと周りをよく見て、よく考えてみて。ナナシの事、大好きに思ってくれてる人が居る筈だよ」

「そんな訳無いっ! だって私は……っ」

「大丈夫、だってナナシはこんなにも――――」

 

 ふいにアルちゃんの声と姿が遠のいていき、何を言っているのか聴き取れなくなっていきます。

 

「待ってアルちゃん! 置いてかないでよ、もう私を独りにしないでっ!!」

 

 必死に叫んでアルちゃんを探しますが、もうアルちゃんを見つける事は出来ません。

 

「アルちゃん……うぅっ……ぐずっ……ひぐっ……」

 

 独り残され暗い暗い闇の底で、唯々私のすすり泣く声だけが辺りに響くのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナナシ……おい、そろそろ起きろ」

 

 誰かが、呼んでる?

 

 私を呼ぶ声に目を開けると、そこはさっきまで居た暗闇では無く、何処かの家の一室のベッドの上でした。

 

 じゃあ今のは夢……そうですね、でなければアルちゃんが居る筈はありません。

 

「起きたか、ナナシ。気分はどうだ」

 

 声のする方を向くと、そこにはクラン小隊長が椅子に腰かけて私を見ています。

 

「クラン……小隊長殿。何故ここに……」

「あー……そいつは後回しだ。とりあえずお前体調に問題はねえか? 結構深く入っちまったからな」

「深く……?」

 

 言われてみると後頭部が少し痛いような? さすってみると、少したんこぶが出来ていました。

 

「はい、たんこぶが出来ていますが問題ありません」

「そうか、なら何よりだ。んでナナシ……色々聞きたい事があるんだが、お前……自分のやった事覚えてるか?」

 

 私のやった事。

 

 言われて、思い出されるのは二人の男に抑えつけられた事。

 

 そして残った一人がラウル兵長に銃を向けて、そして――――

 

 

「! クラン小隊長殿、ラ……ラウル兵長はどうなったのです……っ!?」

 

 

 慌てて立ち上がろうとすると、腕が何かに引っ張られて激痛が走ります。

 

 腕の方を見ると、そこにあったのは手錠。

 

 私の腕はその手錠でベッドの柱と繋がれていたのです。

 

「悪いな、一応状況が状況だったんでお前の事を拘束させて貰ってる。んで、もう一度聴くぜ? お前……自分が何やったのかちゃんと理解してんのか?」

「あ……」

 

 淡々と告げるクラン小隊長。

 

 しかしその声色と表情には明らかな怒りが見て取れました。

 

 その怒気に気圧され、思わず喉から悲鳴が漏れます。

 

「どうだナナシ、答える気はあるか?」

「わっ……私は、ラウル兵長を助けたくて……だから……」

「だから、仲間をシャベルで撲殺しようとしたのか? 裏切り者を守る為に、仲間を殺す気だったって事だな」

「そんなつもりはありませんっ! 唯……」

 

 あの時は無我夢中で、唯あの人にラウル兵長を撃つのを止めて欲しかっただけ。

 

「あの時お前、拘束してた二人を無理やり引きはがしたんだろ? ガキでしかも女のお前がそんな事をするには、身体強化魔法を使わなきゃ出来ない芸当だ。しかもそれを発動した状態で全力でシャベルを振りぬいて、相手が無事で済むと本気で思ってたのか?」

「それ、は……」

 

 ああ、そんな事をしたら相手がどうなるかなんて私がよく分かってる筈じゃないですか。

 

 ずっとアルちゃんの隣で、そうやってアルちゃんがオーガを倒す所を何度も見てきたのですから。

 

 私は、あの人を殺す気だった? 

 

 ラウル兵長を守るためとはいえ、仲間を……人を?

 

「……っ!? はっ……」

 

 急激に込みあげてくる吐き気に、拘束されていない右手で口元を抑え蹲ります。

 

 自分の愚かさ、恐ろしさに気づいて、ガタガタと身体の震えが止まりません。

 

「……ナナシ、お前はまだガキだ。んで、ラウルの奴との関係も知ってる。だからお前がどういう気持ちであんな事をしたのかは分かる。だがな……」

 

 そう言ってクラン小隊長は椅子から立ち上がって私の元まで来ると、片手で襟元を掴んで私を持ち上げます。

 

 未だに襲ってくる吐き気、そして首元と繋がれた左手の苦しさに呻き声を上げてしまいますが、それより何より怖かったのはクラン小隊長の顔。

 

 まるで見る者を全て喰い殺さんばかりの視線が、私唯一点に注がれているのです。

 

「それでパニックを起こして仲間を傷つける様な奴を軍は……いや、オレは許さねえ。よく……覚えとけッ!!!」

 

 次の瞬間、私の身体はまるでゴム毬の様に壁へ叩きつけられます。

 

「あがっ……!?」

 

 まるでタバコを押し付けられた様に熱い右頬。

 

 それで私は、今クラン小隊長に殴られたのだとやっと理解する事が出来ました。

 

 幸いベッドに繋がれていたお陰で派手に吹っ飛ぶことはありませんでしたが、手錠の付いた左手からジワリと血が滲みます。

 

「……今回は未遂だから目を瞑る。けど次はねえ、分かったな」

「はい……もう……しわけ……ありません……でした」

「ハンナを呼んでくる、お前はしばらく寝てろ」

 

 そう言ってドアを乱暴に開け出ていくクラン小隊長。

 

 部屋の中で独りになった後、右頬の熱と共に自分がしてしまった事への後悔が一気に襲ってきます。

 

「あっ……ああ……私、また迷惑を掛けちゃった。しかも、私に期待してくれていたクラン小隊長を失望させちゃった……」

 

 期待を裏切ってしまった。

 

 やっぱり私は駄目な子だった。

 

 ごめんなさい、ごめんなさい。

 

 何度も何度も、心の中で謝り続けても、全てはもう遅く。

 

 次第に胸が苦しくなってきて、肺が上手く空気を取り入れてくれなくなってしまいます。

 

 

「ひっ、はぁ……は、ぁ……っ」

 

 

 息を吸っても吸っても肺が満たされず、唯々苦しさがどんどん増していくだけ。

 

 段々とボンヤリとしてくる視界、上手く思考が纏まらずこのまま死んでしまうのかと思っていると、

 

「ナ、ナナシちゃん!? どうしたの、しっかりして!」

 

 私を呼ぶ声が、途切れかけて居た私の意識を引き戻してくれます。

 

「あっ……は、ハンナ……伍長……い、いきが……」

「息が上手く出来ないのね? まずは落ち着いて、そしてゆっくり息を吸うの。焦っちゃ駄目、私と同じ様にやってみて」

 

 隣に座ってハンナ伍長がゆっくりと息を吸い、吐く。

 

 その呼吸の音を頼りに必死に真似しようとしますが、やはりうまく息をすることが出来ません。

 

 涙が滲んで、言葉にならない嗚咽が口から洩れます。

 

「大丈夫だよ、ゆっくり……落ち着いて。私が付いてるから」

 

 私の背中をさすり、優しい言葉を掛けてくれるハンナ伍長。

 

 その温もりに張り詰めていた糸が少しずつ解けて、次第にちゃんと呼吸できるようになります。

 

「……っは、はぁ……はぁ……」

「うん、その調子。ゆっくり吸って……吐いて」

「……はい、ありがとう……ございます。ハンナ伍長殿」

「良かった、もう大丈夫そうね」

 

 私の呼吸が安定したのを確認すると、ハンナ伍長は私の左手に手を置きます。

 

 なんだろうと思っていると、あろうことか伍長はそのまま手錠の鍵を外してしまいました。

 

「えっ……あ、あの……伍長殿?」

「ん? どうしたのナナシちゃん」

「これ、外しちゃって良いんですか!? だって私は……」

 

 本来ならその場で射殺されても仕方が無い程の失態を犯してしまった私。

 

 このままここで拘束されていて然るべきなのですが。

 

「でも、これがあると邪魔で怪我も治療しづらいから。ほらナナシちゃん、傷を見せて。まずは顔の方から治療しよっか」

 

 

 なのにハンナ伍長はそんな事気にした様子も無く、いつもの様に優しく接してくれます。

 

 私がしてしまった事を伍長も知っている筈なのに。

 

 そんな伍長の優しさに、心の中で申し訳なさがどんどん積もっていきます。

 

 

「むー……クラン小隊長思いっきり殴ったのね。酷い腫れだけど、傷が残らない様しっかり治すから安心して」

 

 

 熱を持った頬に触れるハンナ伍長の手。

 

 頬に走る痛みに身体がピクンと跳ねますが、それも一瞬。

 

 伍長の手から発現する治癒の光が、みるみる内に私の頬から熱と痛みが引いていきます。

 

 治癒魔法を使って貰って数分も経たない内に頬の痛みはすっかり消え、血が滲んでいた左手も綺麗に治療されます。

 

「うん、これで粗方の傷は治せたかな。ナナシちゃん、他に痛い所は無い?」

「はい、大丈夫です。ありがとうございました、ハンナ伍長殿」

「どういたしまして。所でナナシちゃん、さっきの症状前にもなってたけど、今までも同じ様な事になった事ある?」

 

 さっきのというのは、あの息が出来なくなる症状でしょうか。

 

 息苦しく感じる時は戦場中で何度かありましたが、あそこまで酷い症状ははじめてですね。

 

「軽い症状なら何度かありますが、あそこまでの事ははじめてです」

「そっか……ナナシちゃん、もしかしたらこれから先もナナシちゃんが不安を感じたり、辛い目に遭った時、さっきみたいな症状が出るかもしれないの。その時私が傍に居てあげれば対処できるけど、もし私が居ない時は自分で対処する必要があるの。もし症状が出た時、まずは慌てない事。焦って息を吸おうとしたら余計に苦しくなっちゃうから、とにかく落ち着いて、ゆっくり息を吸うの」

「ゆっくり……ですね、分かりました」

 

 あの苦しさの中でそれ程冷静に行動できる自信はありませんが、もし戦場のど真ん中であの状態になってしまったら。

 

 早急に復帰しなければ、周りに多大な迷惑を掛けてしまうのは間違いありません。

 

 そうならない為にもしっかり対策しておく必要があるでしょう。

 

「すぅー……はぁー……こんな感じでしょうか?」

「バッチリ。そのやり方で対処すれば、症状はじきに落ち着く筈だから」

 

 深呼吸の要領で呼吸した所、ハンナ伍長から太鼓判を頂けました。

 

「……それでね、ナナシちゃん。幾つか話しておかなきゃいけない事があるんだけど、いいかな?」

 

 先程まで優しく微笑んでいたハンナ伍長が真剣な眼差しをこちらに向けます。

 

 恐らく、私の処遇についての話でしょうね。

 

 私は伍長の瞳を真っすぐ見つめ、コクンと頷きます。

 

「はい、お願いします」

「分かった。まずは今の私達の状況だけど、村に居たオーガ兵はもう居ない。援軍が来て全員倒してくれたから」

 

 援軍というのは、先程の白い服を着た人達の事でしょうね。そしてそれを指揮していたのはクラン小隊長なのでしょう。

 

「けどタクマ中尉含めて中隊の殆どの人が死んでしまった。残ったのは中央で捕虜にされていた数人と、医療班だけ」

「ッ……」

 

 タクマ中尉は、やはりあのまま亡くなってしまった様です。

 

 指導は確かに辛かったですが、それも私を立派にしようと態々時間を作ってしてくれた事。

 

 日に日にやつれていた中尉の事を思えば、そんな時間を作るのも簡単では無かった筈です。

 

 ごめんなさい、タクマ中尉。

 

 何も恩返しできなくてごめんなさい。

 

 心の中で何度も謝り続けます。

 

「……ナナシちゃん、大丈夫?」

「ふぇ……?」

 

 気づくとエリカ伍長が心配そうに私の顔を覗き込んでいます。

 

「俯いて辛そうにしてたから。もしかして、また体調が悪くなった??」

 

 心配そうに私を見るエリカ伍長。

 

 どうやら気持ちが顔に出てしまっていたようです。

 

「いえ……大丈夫です。お話を続けてください」

「辛くなったら何時でも言ってね。それでタクマ中隊はもう存続が不可能だから、今は援軍に来てくれた部隊と再編制中。再編成が終了次第、ここを引き払って別の拠点に移動するみたい」

「なるほど。援軍に来てくれたのは、クラン小隊の方達ですか?」

「正確にはクラン小隊も、だね。今ここで指揮を執ってるのは、私達クラン小隊の上官であるアーノルド・ヴァルネス中尉率いるアーノルド中隊だよ。……それでね、ナナシちゃん」

 

 ハンナ伍長は一度言葉を区切ると、一呼吸置いてまた話しだします。

 

「ナナシちゃんにはこの後すぐ、そのアーノルド中尉に今までの経緯を話してもらう事になる。まだ色々と混乱してると思うけど、大丈夫かな?」

 

 この場の最高責任者からの呼び出し。

 

 つまりそこで、私の処遇が決まるという事でしょう。

 

 とても怖いですが、自分のしてしまった事に対する責任はちゃんと果たさねばなりません。

 

「大丈夫です、怪我もハンナ伍長殿のお陰ですっかり治りました。すぐに向かいましょう」

 

 私は出来るだけ声を張って、ハンナ伍長に大丈夫ですとアピールします。

 

「じゃあ行こうか。私も一緒に付いていくから、安心してね」

 

 そう言うハンナ伍長に連れられて、私はアーノルド中尉の元へと向かう事になりました。

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