戦場駆ける白き野兎   作:バサル

42 / 53
第四十話

 部屋を出て廊下を進んでいる内に、今自分が居る家が以前タクマ中尉が使っていた家だという事に気づきます。

 

 そしてハンナ伍長が向かっていくのは玄関では無く家のさらに奥。

 

 どうやら中尉殿はこの同じ家の中に既にいらっしゃるようですね。

 

 二人並んで廊下を進んでいると、隣に居るハンナ伍長が私に声を掛けます。

 

「……ナナシちゃん、ちょっと良いかな」

「はい、なんでしょう?」

「中尉に会う前に言っておかなきゃと思って。ナナシちゃん、多分大変な事になると思うけど、私が付いてるからね」

 

 そう言うハンナ伍長の顔は、深刻そうな表情で私の手をギュッと握ります。

 

 やはり私の置かれている状況は、相当深刻なのでしょう。

 

 

 下手をせずとも、面談を終えた後そのまま銃殺刑かもしれません。

 

 

 それだけの事をしてしまったので仕方の無い事ですが、この廊下を進む歩みはまるで前世で絞首台まで歩かされたあの時を思い出してしまいます。

 

 

 一歩一歩進む毎に、私の中で大きくなっていく恐怖心。

 

 これ以上進むのは嫌。

 

 叫んでこのまま逃げ出してしまいたい。

 

 あの時は取り押さえられて無理やり歩かされましたが、今私の隣に居るのはハンナ伍長唯一人。

 

 全力で走ればもしかしたら逃げ切れるかも――――

 

 

 そこまで考えて、私は自分の馬鹿な考えを振り払うように首を振ります。

 

 そんな事をすればハンナ伍長に迷惑が掛かってしまう。

 

 私一人の為に、伍長に迷惑を掛けるなんて……絶対駄目。

 

 

「ここだよ。この中で中尉が待ってる」

 

 ハンナ伍長が足を止め、目の前の扉を指差します。

 

 どうやら私が悩んでいる間に着いてしまった様です。

 

「準備は良いかな、ナナシちゃん?」

 

 ハンナ伍長の問いに、私はコクンと頷いて返答します。

 

 そして開けられる扉。

 

 不安と緊張を必死で抑えつつ、私は部屋の中へと入ります。

 

 

 

 

 

 

 重苦しい空気な部屋の中には数人の方が居て、その中にはクラン小隊長の姿もありました。

 

 そしてその中心で椅子に座る大柄の男性。

 

 年齢はガルド小隊長と同じぐらいでしょうか、肩に付けた階級章を見るに恐らくこの人がアーノルド中尉でしょう。

 

 男性は入ってきた私を見ると、すぐに椅子から立ち上がってこちらへ歩いてきます。

 

 私とハンナ伍長はすぐさま敬礼の姿勢を取りました。

 

「来たか、件の暴走少女。お前の名前と階級は?」

「はい、ナナシ・エルフィー二等兵であります!」

「そうか、俺の名前はアーノルド・ヴァルネス、階級は中尉だ。これからお前に幾つか質問する、それに正直に答えろ」

「了解しました、中尉殿」

 

 

 一体どんな質問が来るのか。

 

 不安を感じつつ身構える私でしたが、中尉からの質問はかなり意外な内容でした。

 

「よろしい、じゃあまず最初の質問だ。お前の年齢と、好きな食べ物を言え」

「……は…い?」

 

 年齢はまだしも、好きな食べ物??

 

 意外過ぎて思わず返答に困ってしまいますが、アーノルド中尉は至極真面目な表情で私をじっと見ています。

 

 と、とにかくちゃんと答えないと!

 

「年齢は11歳! 好きなのはニルバニアシチューですっ」

「よし、じゃあ次の質問だ。お前の好きな動物は何だ?」

「……ええ?」

 

 そこからもアーノルド中尉の質問は、特に軍事関係の事では無く私の趣味や趣向に関する事ばかりでした。

 

 私はそれに一つ一つ答えながらも、中尉の考えが分からずに居ます。

 

 

 そして幾つかの質問の後、

 

 

「よし、じゃあこれが最後の質問だナナシ。しっかり答えろよ」

「は、はい……了解致しました」

「お前は俺の敵か? YESかNOで答えろ」

 

 

 今までの質問で弛緩していた緊張感が一気に引き戻されます。

 

 ですがこの質問の答えは、既に私の中で決まっているもの。

 

 

「NOです。私に中尉殿と敵対する意思はありません」

 

 

 間髪入れず、私は答えます。

 

 目の前には、まるで私の心を見透かそうとせんばかりに凝視するアーノルド中尉の顔。

 

 その圧迫感に怯んでしまいそうになりますが、ここで目を逸らせばきっと信用して貰えない。

 

 私は必死で目を逸らすことなく、中尉を見続けます。

 

 そして短い静寂の後、

 

「そうか、なら良い。これで質問は終わりだナナシ、楽にして良いぞ」

 

 アーノルド中尉はニッコリと微笑むと、先程まで座っていた椅子に腰かけました。

 

 質問は終わり、という事は私の処遇が決まったという事でしょう。

 

 思わず私は中尉に質問します。

 

「あ、あの……中尉殿! 私はどの様な罰を受ければっ」

「まあ待て、お前の聞きたい事は分かるがまずはこっちだ。それでハルユ、結果はどうだ?」

 

 しかしアーノルド中尉は私の言葉を片手で制すと、隣に居た初老の男性に声を掛けます。

 

「彼女の言葉からは嘘は感じられませんでした。中尉の意地悪な質問にも素直に答えていましたし、とても純粋で真っすぐな子の様ですな」

「そうか、じゃあ問題無いな。で、索敵魔法の練度は上々……更に身体強化魔法まで使えると。よし、じゃあ決まりだな」

 

 ポンと手を叩き立ち上がると、私の方を見るアーノルド中尉。

 

 遂に処遇が言い渡されるようです。

 

 緊張しながら次の言葉を待っていると、

 

 

「ナナシ、お前は使える! これからはオレの元でその力を存分に振るってくれ」

 

 

 ……おや? この流れ、何処かで聞いた覚えがある様な。

 

 

 ―――ちょっと待てぇぇぇぇ!!!!――――

 

 

 突然響き渡る叫び声。

 

 声の方を振り向くと、叫んでいたのはクラン小隊長でした。

 

「そりゃねえだろ親父(パッパ)!! コイツはオレが先に目を付けたんだぞ、絶対やらねえ!!」

「いーや、コイツからはシムナと同じ遊撃の適性をビンビン感じるぞ。間違いなく何処かの小隊で型に嵌めるより柔軟に動かさせた方が良い働きをする。オレの人を見る目はお前もよく知ってるだろ」

「ッ……そりゃあ…そうだけどよ。けど、コイツは魔導兵だ。その辺のイロハを教えるならオレの所が一番だろーがっ!!」

 

 突然言い争いを始めるクラン小隊長とアーノルド中尉。

 

 どうしたものかと唯オロオロしている私でしたが、直後すぐ隣で大きなため息が聞こえます。

 

「はぁー……やっぱりこうなっちゃったね」

「ハ、ハンナ伍長殿! 私は一体どうしたら……」

「大丈夫、何時もの事だから直に収まるよ」

 

 そう言って呆れ顔で二人の様子を眺めるハンナ伍長。

 

 見れば周りに居る他の方々も、伍長の様に二人の言い争いを止める事無く唯静観しています。

 

 本当にこのまま放っておいて良いのでしょうか。

 

 私がそう考えていると、怒り心頭で言い争いをしていたクラン小隊長がズカズカとこちらへ歩いてきます。

 

「おいコラナナシ!」

「ひっ…ひゃぁい!?」

「お前はオレのだよな!? ちゃんと約束したもんな?」

 

 約束というか、あれはもはや脅迫の一種だと思うのですが。

 

 しかし最終的に私が承諾したのは事実ですので、私は必死に首を縦に振ります。

 

「よし、じゃあお前から親父(パッパ)にガツンと言ってやれ! なんなら蹴りの一発ぐらいかましても良いぞ!」

「にゃぁっ!?」

 

 そう言って私をアーノルド中尉の前に押し出すクラン小隊長。

 

 目の前には、腕を組んで仁王立ちしているアーノルド中尉。

 

 その迫力に、私は生まれたてのムースの如くプルプル震えることしか出来ません。

 

「あっ……あの、中尉……殿っ」

「どうしたナナシ、言いたい事があるならハッキリ言え。お前はオレの元で働く事が不満か?」

「いっいえ! その様な事は決して!! 寧ろ光栄です!!」

「よろしい、じゃあオレの直属の部下になる事に異論は無いな?」

「それ…は……」

 

 チラっと後ろを見ると、今にも飛び掛かってきそうな形相で私を睨むクラン小隊長。

 

 私にどうしろと言うんですかっ!!

 

 勿論クラン小隊長の元に行くことが嫌な訳ありません。

 

 けどアーノルド中尉はクラン小隊長より階級が上で、軍では階級による上下関係は絶対。

 

 つまりアーノルド中尉の命令に逆らう等絶対駄目です。

 

 頭の中でグルグル巡る思考に翻弄されながらも、私は――――

 

 

「ごっ……ご指導ご鞭撻の程、宜しくお願いします!」

 

 

 アーノルド中尉の命令を受ける事にしました。

 

「よし、これでお前はオレの物だ! そういう訳だからすまんな、クラン」

「ぐっ……ぐぬぬぬぬ……ナナシのバーカッ!!」

 

 嬉しそうに笑うアーノルド中尉と、心底悔しそうに項垂れるクラン小隊長。

 

 未だ状況をよく呑み込めていない私を置いて、話はどんどんと進んでいくのでした。

 

 

 

 

 

 

「あ、あの……」

 

 二人の話が落ち着くのを待って、私はアーノルド中尉に声を掛けます。

 

「どうした、ナナシ」

「えっと……結局私の処遇はどうなるのでしょう」

「む? それはさっき言った通り、オレの直属として使っていくぞ」

「い、いえそうではなくてですね。私がしでかしてしまった事に対する罰はどうなるのでしょうか」

「罰? 何のことだ」

 

 何を言っているかよく分からないといった表情のアーノルド中尉。

 

「わ、私は仲間を傷つけてしまったばかりか……その……こ、殺そうとまでしてしまったんです! 何かしらの罰を受けるのが当然だと思います」

「らしいな、一連の話はクランから報告を受けているぞ。無論次は無いが、特段被害は出てないのでその件は不問だ」

「ふ、不問?」

「そうだ、実際今はそんな事に時間を割いている余裕も無いからな。もっともそうだな……ナナシ、お前がどうしても罰を受けたいというのならとびっきりのを考えておいてやる。それまで楽しみにしておけ!」

 

 そう言って豪快に笑うアーノルド中尉。

 

 まったくもって楽しみになんてなれませんが、どうやら私の罪は許されてしまった様です。

 

 今まで張りつめていた物が切れてしまう様な感覚と共に、私はその場にペタンと座り込んでしまいます。

 

 一時は銃殺刑まで覚悟していたのですから、安心で気が抜けてしまうのは当然なのです。

 

 

「さて、では当面のお前の運用についてだが……シムナ、暫くお前に任せたいがどうだ?」

 

 

 そう言ってアーノルド中尉が視線を向ける先に居たのは、白い服を身に纏った少し小柄な男性でした。

 

 シムナと呼ばれた男性は少し視線を私に向けると、一言も発さず唯一度首を縦に振ります。

 

 

「よし、そうと決まればさっさとここを引き払って拠点へ戻るぞ。各位準備を急げ!」

 

 

 アーノルド中尉の号令の元、今まで黙っていた人達が忙しなく動き始めます。

 

 中尉はそのまま部屋を後にしようとしますが、私にはどうしてもまだ聞きたい事があるのです。

 

「あ、あの……中尉殿! 一つ質問をしてもよろしいでしょうかっ」

 

 私の呼び止める声に足を止めるアーノルド中尉。

 

「なんだ? あまり時間が無いから手短に頼むぞ」

「っ……ラウル兵長の事です。あの人がどうなったのか、ご存じでしょうか」

 

 

 それは目覚めてから、ずっと気になっていたこと。

 

 あの人はトゥーリスにとって裏切り者で、しかもタクマ中尉を殺した張本人。

 

 信じたくは無いですが、冷静になった頭はその事実を私に突き付けます。

 

 だけど、

 

 それでもラウル兵長はとっても優しい良い人だったのです。

 

 私の最後に見た兵長は、明らかに重傷なのにも関わらず自分の事では無く私の心配をしていました。

 

 自分が危ない最中で、私なんかの事を想ってくれていたのです。

 

 もしまだ生きているなら、私に出来る事は何でもしてあげたい。

 

 そう思っての質問でした。

 

 しかし、

 

 

「……奴はオレ達を裏切り、この拠点へオーガを引き入れた。故に情報を引き出した後その場で銃殺刑にした」

 

 

 告げられたのはラウル兵長の死でした。

 

「そう……ですか」

 

 ラウル兵長のした事は、そうされて然るべき事である。

 

 それは理解していました。

 

 だけどそれでも、もしかしたらと抱いていた淡い希望は、その一言で脆くも崩れ去ったのです。

 

 俯いて悲しみに耐える私に、アーノルド中尉は続けます。

 

「……奴の故郷はオーガとの国境近く、今はオーガに占領されている場所だ。そこで捕虜になった家族の命を保証する代わりに、オーガに取引を持ち掛けられたらしい」

「! それって……」

「奴が裏切った動機だ」

 

 つまりラウル兵長は家族を人質にされて仕方なくオーガに従っていたという事。

 

 それならっ

 

「それならラウル兵長だって被害者じゃないですかっ! 何も殺す事なんてっ」

「一度敵と通じた人間は信用ならん、例え口で何と言っても本心を確かめる事は出来ん。それで許した相手がまた裏切って、仲間が犠牲になっては本末転倒だ」

「っ……」

 

 アーノルド中尉の言葉に、私は何も言い返す事が出来ませんでした。

 

 分かっています。

 

 中尉の仰っている事は至極当然で、指揮官として当たり前の事。

 

 これ以上感情を吐露して、中尉に迷惑を掛ける訳にはいきません。

 

 反論したい気持ちをぎゅっと抑えて、押し黙ります。

 

「質問は終わりか?」

「……はい、ありがとうございました中尉殿」

 

 私がお辞儀し感謝を告げると、アーノルド中尉はそのまま部屋を後にしました。

 

 しかし中尉が去った後も、私はその場を動くことが出来ません。

 

 

 また何も出来なかった。

 

 沢山貰ったものを何一つ返すことが出来なかった。

 

 

 込み上げてくる罪悪感が私の身体と心を満たし、重く、重く圧し掛かってくる様でした。

 

 しかし、

 

「うー……やいナナシ! すんなり親父(パッパ)に下ってんじゃねえ!!」

 

 私を覆っていたものは、突如後頭部に受けた衝撃により飛んで行ってしまいます。

 

 前方につんのめりそうになってしまった身体を抑えて振り向くと、そこには鬼の形相をしたクラン小隊長の姿が。

 

「しょっ…小隊長殿……痛いです」

 

 恐らくクラン小隊長の平手打ちを受けたのでしょう。

 

 ヒリヒリする後頭部を抑えて涙目で訴えますが、怒りは収まる様子はありません。 

 

「煩ぇ! お前はオレのだって言っただろーがっ。折角地獄のトレーニングでお前を虐め……鍛え抜いてやろーと思ってたのによっ」

「まあまあ小隊長。ナナシちゃんを取られて悲しいのは分かりますけど、八つ当たりは駄目ですよ」

「べっ…別に悲しくなんてねーよ!」

 

 見かねたハンナ伍長が助け船を出してくれますが、遂に怒ってそっぽを向いてしまうクラン小隊長。

 

 と言うか、さっき何やら物騒な言葉が聞こえてきませんでしたか?

 

 しかし聞こうにもクラン小隊長はそっぽを向いたまま私を見てくれません。

 

 その様子を見ていたハンナ伍長はため息を一つ。

 

「ごめんねナナシちゃん、小隊長拗ねちゃったからこの話はまた今度だね。それよりここを出る準備をしなきゃだし、一緒に行こうか」 

「え…あ、ハンナ伍長?」

 

 私が返事をする間もなく、ハンナ伍長は私を引っ張ります。

 

 後ろからクラン小隊長の叫ぶ声が聞こえてきましたが、それも何のその。

 

 結局私は伍長に連れ出される形で部屋を後にしたのでした。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。