戦場駆ける白き野兎   作:バサル

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第四十一話

 援軍に来たアーノルド中尉の部隊の方々は怒涛の速さで状況を整理し、僅か30分ほどで撤退の準備を完了させてしまいました。

 

 しかしここにある物資や資料等をすべて持っていく事は流石に不可能な様で、持っていく物は最小限に整理され、残りは先程の家の中へと集積されていきます。

 

 私も何かお手伝いをと思ったのですが、危ないからと断られてしまいます。

 

 何が危ないのかと首を傾げてしまいますが、その理由はすぐに分かりました。

 

 集積が終わると援軍の方々は即座に家から退避し、次の瞬間――――

 

 

 ――――ドゴォォォォォォォォン――――

 

 

 壮大な火柱と共に、家は一瞬で燃え盛る炎に飲まれてしまったのです。

 

「あっ……え、い、家が!! 火事、火事ですハンナ伍長殿!!」

「そうだね、燃えちゃったね」

 

 想像の斜め上を行く光景に思わず隣に居たハンナ伍長に縋りついてしまいますが、少々悲しそうなものの涼しい顔でこの惨状を眺める伍長。

 

 見れば周りの人達も誰一人動揺している様子はありません。

 

 

「ここに置いておいても敵に奪われるだけだからな、ちと勿体無いがこうするのが一番だ」

 

 

 後ろから聞こえた声に振り向くと、そこにはアーノルド中尉が立っていました。

 

「で、でも中尉殿! この家の持ち主に何の断りも無くこんな事をしては駄目です!!」

「ふむ、ナナシ二等兵。お前の意見にも一理あるな。確かに人の家に土足で上がり込んであまつさえ放火する等鬼畜の所業と言わざる負えない。しかしな……」

 

 そう言うと中尉は私のすぐ傍まで来て肩に手をポンと置き、ニッコリと笑って宣言します。

 

()()()()()()()()()()()()()んだ。ここで物資を放置して相手の補給を許した挙句、その弾で部下が撃たれる様な事になれば目も当てられん」

「それ……は…」

「なに、お前に慣れろとは言わんよ。お前の意見は全て正しい。だがこれが戦争という事だ、それだけは覚えておけ」

「……分かりました」

 

 戦争は綺麗事では決して無い。

 

 そんな事は私だってとっくの昔に知っています。

 

 こんな戦いにルール等無く、オーガに対してどんな残酷な仕打ちをしても心が痛むことはありません。

 

 けどそれはオーガに対してだけの話で、私達が守るべきである一般の方々に対してこの様な仕打ちをする事に、どうしても疑問を持ってしまいます。

 

 口では分かりましたと言いましたが、内心私は全然納得等出来ていませんでした。

 

 そんな私の心情を察しているのか、アーノルド中尉は続けます。

 

「ナナシ、この光景を見て辛いか? 苦しいか?」

 

 当然の問いに戸惑いますが、少し考えて私は自分の本心を中尉に告げます。

 

「……はい、とても辛いです。こんなこと駄目だって思います」

「そうか……オレもだ」

「…え?」

 

 意外な言葉に中尉の顔を見上げると、先程の笑顔とはうって変わり、そこには悲しみにくれる顔がありました。

 

「だからこそ、オレは……オレ達にこんな事をさせるオーガを憎む。奴らが攻めてこなければ、オレ達はこんな事をしなくても済んだんだ。そうだろう?」

 

 

 中尉のその言葉。

 

 

 それは私の中にすーっと入っていき、私の中にあったモヤモヤの内の幾つかを打ち消してくれます。

 

 そうだ、こんな事誰だってやりたくないに決まっている。それは中尉だって同じなんだ。

 

 だけどオーガが居るから、奴らが攻めてくるからこんな事をしなきゃいけなくなるまで追い詰められているんだ。

 

 

 全てオーガが悪い。

 

 奴らさえ居なければ、皆辛い目になんてならなかった。

 

 お父さんもお母さんも死ななかったし、私は今でもニルバ村で、アルちゃんやガブ達と楽しく暮らす事が出来ていた。

 

 ガルド小隊の皆だってそれぞれの人生を歩めたし、ラウル兵長だって……。

 

 奴らさえ、奴らさえ居なければ。

 

 

 その時、何時か感じた黒い感情が私の中で確かに灯るのを感じます。

 

 あの時はこれがなんなのか分からなかったけど、今の私には分かります。

 

 これは、憎悪、恨み、憎しみ。

 

 ああ……私はどうしようもなく、オーガを憎んでいるのです。

 

 奴らが生きているのが許せない。

 

 私から全てを奪っていく奴らに、仕返しをしてやりたい。

 

 そうだ、奴らは……オーガはこの世界に生きていてはいけない災厄の化け物(オーガ)なのだから。

 

「中尉殿……」

「なんだ、ナナシ」

「どうしたら、あの化け物達を……オーガをいっぱい殺せますか?」

 

 私の質問にアーノルド中尉は、

 

 

「任せておけ、これからお前に奴らの殺し方をしっかり仕込んでやる」

 

 

 自信たっぷりな笑顔で返してくれました。

 

 ああ、きっとこの人についていけば大丈夫だ。

 

 そう思わせてくれる姿に、私は心から安心感を感じます。

 

 

「はい、ありがとうございます。アーノルド中尉殿!」

 

 

 私も精一杯の笑顔を作って中尉に返し、ゴウゴウと燃え盛る家を見守るのでした。

 

 

「……ナナシちゃん」

 

 

 笑顔を浮かべる私達の後ろで、悲しそうな表情をしているハンナ伍長に気づかぬまま。

 

 

 

 

 

 残った物資が燃えるのを見届けた私達は、村を後にしてアーノルド中隊の拠点へと向かう事となりました。

 

 タクマ中隊の生存者は決して多くはありませんでしたが、生存者の中にあの時分かれたエーロ上等兵の姿もあり、私はホッとします。

 

 

「よおお嬢ちゃん! お前さんのお陰でこうして無事に逃げ切れたぜ。お嬢ちゃんも無事で何よりだ」

「はい、エーロ上等兵殿もご無事で何より……わしゃわしゃするの止めてくださいっ!」

 

 

 再開直後力いっぱい頭を撫でられて髪がぐしゃぐしゃになってしまいましたが、豪快に笑うエーロ上等兵の姿を見る事が出来て、とても嬉しい気持ちになりました。

 

 聞く所によると原隊が壊滅してしまった事もあり、医療班の方々もこれからアーノルド中隊所属となるそうです。

 

 そしてクラン小隊は元々アーノルド中隊所属なので、クラン小隊長やハンナ伍長とも引き続き一緒に行動出来そうです。

 

 エーロ上等兵やクラン小隊長、そしてハンナ伍長とこれからも一緒に居られるのはとても嬉しいのですが、目下私は危機的状況に置かれています。

 

 それは、

 

「……」

 

 歩く私のすぐ後ろで、ずっと私を睨みつけている方が居るからです。

 

 雪に溶ける様な白い服で全身を覆った男性。

 

 その所為で表情をあまり伺う事は出来ませんが、間から覗く眼光は、鋭く私を貫いているのが分かります。

 

 恐らく索敵魔法を使えばバッチリ敵意を感知出来てしまう事でしょう。

 

 しかし何故私はこんなにも敵意を向けられているのでしょうか。

 

 

 考えてみて、その姿がラウル兵長と対峙してきた時に乱入してきたあの白集団と合致します。

 

 しかもあの背丈、もしかして私が無理やり引き剥がしてしまった方のどちらかなのでは?

 

 ちなみに、何故あの時私があんな力を出せたのかは謎のままです。

 

 あの感じ、恐らく身体強化魔法が発動したとしか思えないのですが、私にその才能が無いのは初期の訓練で判明しています。

 

 もしかしたら突然私の眠っていた才能が開花したのかとあの後も何度か試してみたのですが、幾ら力んでもあの時程の力が出る事はありませんでした。

 

 一体あれはなんだったのか、悩みの種の一つですが今はそんな事より目先の事案です。

 

 あの時私は無我夢中で振りほどいてしまったので、もしかしたらあの方に怪我をさせてしまったのかもしれません。

 

 そうだとすれば私を睨むのも納得できます。

 

 は、速く謝らないと!!

 

 

「あっ……あの、すみません!!」

 

 

 私は振り向いて男性に声を掛けます。

 

「……なんだ?」

 

 明らかに怒りが感じ取れる敵意の籠った声。

 

 やっぱりこの人、凄く怒ってます。

 

「ご、ごめんなさい! 貴方はあの時私が吹き飛ばしてしまった人ですよね? 怪我とかしなかったですか? 本当にごめんなさい!!」

「別に怪我なんてしてない、そんなヤワな鍛え方してるとでも言いたいのかお前?」

「そ、そんな事は決して!?」

 

 蛇に睨まれた蛙とは、正に今の私を指す言葉なのでしょう。

 

 何とか怒りを収めて頂こうと只管謝りますが、男性の機嫌はどんどん悪くなってしまいます。

 

 こうなってしまっては私を殴って頂いて怒りを収めて貰うしか無いと考えた矢先、突如横から割って入ってくる声。

 

「おいリク、ナナシとなんかあったのか?」

 

 やってきたのはクラン小隊長でした。

 

 リクと呼ばれた男性は、小隊長の顔を見るなり明らかに狼狽しています。

 

「ク、クランさん!? 別に…何も無いですけど」

「ホントかぁー? お前遠目から見ても明らかにナナシにガン飛ばしてただろ」

「それは…」

「こっから仲間になるんだからよ、ちゃんと仲良くしろよな。ほら、ナナシも挨拶しとけ」

「! は、はい。ナナシ・エルフィー二等兵です」

 

 クラン小隊長に促され、ピシっと敬礼をして挨拶をします。

 

 対して相手は苦虫を嚙み潰した様な顔でそっぽを向くばかり。

 

「ほら、リク。今度はお前の番だぜ」

「ッ……リク・ニエミ二等兵だ」

 

 ですが最終的にクラン小隊長の後押しで名前を聞くことが出来ました。

 

 リクさん。

 

 二等兵という事は私と同じで戦争になってから軍に入った志願兵の方でしょうか。

 

 出来れば仲良くなりたいのですが…

 

「……」

 

 リクさんの私を見る目は相も変わらず怒りの感情でいっぱいです。

 

「よし、挨拶も終わったし後は握手でも……っておいリク、どこ行くんだよ!」

親父(パッパ)に伝達事項があるんで。失礼します、クランさん」

 

 結局リクさんはそのまま居なくなってしまいました。

 

「ったくリクの奴。悪いなナナシ、ちょっと気難しい所あるけどアイツも悪い奴じゃないんだ」

「いえ、リクさんを怒らせてしまったのは私の所為ですから。それより小隊長殿、少し気になったのですが……なんで皆さんはアーノルド中尉殿の事を親父(パッパ)と呼ぶのですか?」

 

 最初はクラン小隊長がアーノルド中尉のご家族なのかとも思いましたが、リクさんや他の方もそう呼んで居たので気になっていたのです。

 

「ん? 中隊の関係者は大体そう呼んでるぜ。でっかくて、頼りになって、まさに親父(パッパ)って感じだろ? お前も今度呼んでみろよ、きっと喜ぶぜ」

「そんなっ……恐れ多くて私には無理です!!」

「なんでだよぅ、新兵のリクだってそう呼んでんだ。別にお前が恐縮する必要ねーだろ」

「と・に・か・く! 私には無理です」

 

 私はブンブンと首を振ってNOの意思表示をします。

 

 そんな私をクラン小隊長は呆れ顔で見ていました。

 

「あのなぁ……そういえばナナシ、お前ガルド小隊に居る時もそんな堅苦しくやってたのか?」

「堅苦しく…とは?」

「お前…本気で言ってるのか? 例えばお前、オレの事を呼ぶ時はなんて呼ぶ?」

「はい、『クラン小隊長殿』です」

「それだ馬鹿っ」

 

 クラン小隊長の声と同時に、私の頭部に強い衝撃が掛かります。

 

「にゃぁっ!?」

 

 まさか狙撃かと思いペタペタと頭部を触ってみますが、何処も吹き飛んでいる様子はありません。

 

 しかしジンジンと痛むおでことクラン小隊長の様子から、やっと今のが小隊長によるデコビンだった事に気づきました。

 

 なんという馬鹿力、この威力は怒ったアルちゃんと良い勝負なのです。

 

 私は涙目になりながら、抗議の視線を向けます。

 

「酷いです……小隊長殿」

「うっせぇ、それよりその堅苦しい呼び方止めろよな。オレの事は普通に名前で良い」

「で、ですが……上官の方に声を掛ける時はこの様な呼び方が適切だと思うのです」

「ほーう。ちなみにナナシ、お前ガルド小隊に居た時も上官に対しては皆そうやって堅苦しく接してたのかよ」

 

 ズイズイと詰め寄ってくるクラン小隊長。

 

 その圧に思わず視線をそらしてしまいます。

 

「それは……その……」

「どうなんだよ?」

「……特に親しい方でご要望の方は、普通に名前で呼ばせてもらう事もありました」

 

 だってガルド小隊の皆は、私にとって家族の様な人達だったのですから。

 

 特にエリカさんは階級で呼ぶと拗ねちゃいましたからね。

 

 思い出されるのは、ガルド小隊での生活。

 

 大変で、苦しくて、辛い事も多かったけど、それでも嬉しかった事も確かにあった皆との日々。

 

 思い返すだけで、自然と笑みが零れてしまう大切な思い出です。

 

 ですがそんな私と対照的に、目の前のクラン小隊長は不満げに頬を膨らませます。

 

「なんだよっ……つまりお前にとってオレはまだ親しい間からじゃねえってのかよ」

「ふぇっ!? えっ……あ、別にそんな意味ではっ!」

「じゃあ良いだろっ! オレの事も普通に呼んだって。それともオレと仲良くなりたくねえってのか?」

「いえっ! 決してその様な事はありませんっ!!」

「じゃ、呼べるよな?」

 

 じぃーっと私の目を見て話すクラン小隊長。

 

 流石にここまで言って頂いているのに、これ以上ゴネるのは失礼でしょう。

 

 私は一度深呼吸し、意を決してクラン小隊長を呼びます。

 

 

「で、では……クラン……さんっ」

 

 

 緊張で少したどたどしくなってしまう声。

 

 不快な気持ちにさせてしまったのでは。

 

 恐る恐るクラン小隊長の顔色を窺うと、そこには。

 

 

「おうよ。やーっと呼びやがったなっ」

 

 

 私を部下にすると言った時と同じ、太陽の様に眩しい笑顔をしたクランさんの姿がありました。

 

 少々乱暴に私の頭を撫でるクランさん。

 

 けど、全然嫌な気持ちにはなりません。

 

 寧ろ暖かくて、心地良くて。

 

 少しの間、私はそんなクランさんのなでなでに身を委ねるのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみにそれから私は、クランさんに色々な事を教えて貰いました。

 

 元々クランさんはタクマ中隊に対する敵の動きから、情報が洩れている可能性を考えていたそうです。

 

 なのでその事をタクマ中尉に報告し、有事の事を考えて自分の上官であるアーノルド中尉にも一報を入れていたとの事。

 

 報告を受けたアーノルド中尉が部隊を動かしてくれたお陰でクランさんは足止めの任務から解放され、こうして私達の救援へと駆け付けてくれたとの事でした。

 

 なるほど、話をはよく分かりました。

 

 しかし分からない点が一つあります。

 

 それは、何故アーノルド中尉もここにやってきているのかという事です。

 

 クランさんにその事を聞くと、

 

『あー、散歩の序に寄ってみたらしいぜ』

 

 との事。

 

 

 さん……ぽ?

 

 

 思わず首を傾げてしまいますが、クランさん曰く『あの人はそういう人』だそうです。

 

 そうしてクランさんが教えてくれたアーノルド中尉のお話は、どれもこれも無茶苦茶な物ばかりでした。

 

 

 曰く

 

・ヘルキュアの軍学校に入学するも、()()()()()()()()()()を繰り返して何度も停学処分を受け、停学中に配属された部隊でも()()()()()()()()()結果拘禁処分を受け、最終的に退学処分。しかし国家存亡の危機により軍へ再招集される。

・戦場では指揮官であるにも関わらず誰よりも最前線で戦い、誰よりも多く敵を殲滅する。

・例え銃弾飛び交う戦場の中でも、決して冷静さを失わない。

 

 

「前なんか敵のスナイパーが居る場所でどっから持ってきたか分かんねえロッキングチェアで寛ぎはじめてよ、そんで狙ってきたスナイパーをきっちりカウンタースナイプで仕留めてたぜ」

 

 

 笑えるだろ? と実に楽しそうに語るクランさん。

 

 ごめんなさい、全然笑えないです。

 

 語られる話にドン引きしつつ、私はもしかしたらとんでもない人の部下になってしまったのではとほんの少し後悔したのでした。 

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