戦場駆ける白き野兎   作:バサル

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第四十二話

 深々と降る雪の中、大勢の兵隊達が隊列を組み進軍を続けている。

 

 彼らの名はオーガ。

 

 トゥーリスの地を我が物顔で蹂躙してきた破壊の権化である。

 

 しかし彼らの表情には明らかな疲労が見られた。

 

 理由はトゥーリスの異常な寒さと無謀な侵軍。

 

 オーガもある程度寒い国ではあるが、トゥーリスの寒さはそれの比ではない。

 

 まだ暦的には秋だというにも関わらず周りには深々と雪が積もり、野営でもしようものならその寒さは容赦無く襲い掛かってくる。

 

 そんな中での侵軍は兵達を疲弊させ、見る見る内に士気を奪っていく。

 

 だと言うのにオーガ本国は、戦争の早期幕引きを図る為兵達にロクな休みを与えないままの侵軍を命令して来てくる。

 

 そんな中では兵達の不満は高まるばかりであるが、彼らは暴動を起こす事は無い。何故か?

 

 理由は彼らを監視するように後方で控えている者達の存在である。

 

 彼らは【ストレルキ】と呼ばれる特別な部隊で、その手に持つ銃は敵を倒すものに非ず。

 

 ストレルキの役目は、敵前逃亡を行う者、国の意思に逆らう者をその場で撃ち殺す事にあった。

 

 よってオーガの兵にはどれだけ不満があろうとも癇癪を起す事は許されず、唯々命令のまま侵軍を続ける他無かった。

 

 しかし希望がまったく無いわけでは無い。

 

 何故ならば、彼らの目と鼻の先には新たな村があるからだ。

 

 村を襲って制圧すれば、少なくとも今夜は寒さに震える心配は無い。

 

 しかも運が良ければ、溜まりに溜まった鬱憤を晴らす為の娯楽にもあり付ける。

 

 オーガ本国からは、侵略先の捕虜に関しては現場の兵士達の自由にして良いと言われている。

 

 故に彼らは一刻も早く村へ攻め入る為、その足を早めるのであった。

 

 

 

 

 しかし、

 

 村に着いて彼らは驚愕する事となる。

 

 何故ならば着いた時既に村は焼け、壊滅状態となっていたのだ。

 

 別動隊がここまで来ているという報告は受けておらず、オーガ兵達は状況に困惑する。

 

 

「畜生、何で村がもう焼けちまってるだよ!」

「知るかっ…だがこれじゃ、ここに留まる意味は無いな」

「んじゃこのまま先に進むってのか!? こっちはここ数日殆ど休む間も無く歩き続けてるんだぞ! こんなのもうやってっ」

「おい馬鹿止めろ!!」

「ッ!!」

 

 流石に悪態を付く兵士も出始めるが、ストレルキの銃が向くのを感じてすぐに大人しくなった。

 

 この中の誰もが知っているのだ。

 

 少しでもストレルキの目に付くような事をしてしまえば、反論の機会等与えられない。

 

 銃殺された後ゴミの様に捨てられ、この祖国から離れた何処とも分からぬ土地で眠る事になってしまう。

 

 彼らは唯、生きて祖国に帰るため必死だった。

 

 そんな中、一人の若い兵士がある物を見つけた。

 

「これは……雪だるま?」

 

 それは焼け焦げた家の横に鎮座する、一体の雪だるまであった。

 

 雪だるま自体はそれ程珍しい物では無く、オーガでも広く伝わっている風習の一つである。

 

 しかし人っ子一人居ない焼き尽くされた村の中で、ポツンと置かれたその姿には何とも言えない違和感を覚えたのだ。

 

 更にその雪だるまには一部見慣れない部位、長い耳が付いていた。

 

「これは……兎耳か? この辺の雪だるまはこうやって作るのが普通なのかな」

「おーい新兵! 先に進むとよ。さっさと戻ってこい!!」

 

 気になりはしたが、別段他におかしな所も無い唯の雪だるまである。

 

 彼はそう結論付け、仲間達の戻ろうとして、

 

 

 

 一発の銃声と共に、地面へと崩れ落ちた。

 

 突然の銃声に警戒する兵士達。

 

 たがしかし、続けざまの銃声により一人、また一人とオーガ兵達は倒れていく。

 

 何が起こっているのか分からずパニックになるオーガ兵達を前に銃声は止む事無く続いていき、そして銃声が消える頃にはその場に立っている者は誰一人居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……へくしゅっ!!」

 

 寒さに思わずくしゃみを出しつつ、私はもうこの辺りに生存者が居ない事を確かめます。

 

 辺りは一面の闇、本来ならこんな状況でそんな事を確認出来る筈もないのですが、索敵魔法に視界は関係ありません。

 

 視界に囚われない索敵魔法独自の感覚が、周りに敵意が残っていない事を私に教えてくれました。

 

 どうやらもう安全の様です、共あればさっさとこんな場所から移動しましょう。

 

 私は前方に両手を構えると、えいっと力いっぱい押し出します。

 

 すると、

 

 

 ――――ボコッ――――

 

 

 闇が晴れ、差し込む光が私を照らします。

 

 太陽はまだ空に輝いており、今が夜では無い事を示していました。

 

 ならば何故、さっきまで私の周りは真っ暗だったのか。

 

 それはこれが私を覆っていたからです。

 

 後ろを振り向くと、そこにあったのは一体の雪だるま。

 

 しかしそのお腹は大きく抉れ、中にはぽっかりと空洞が出来ていました。

 

 つまり私が今まで居たのはこの雪だるまの中に潜んでいたのです。

 

 事は今から数時間前、アーノルド中尉の招集から始まりました。

 

 

 

 

「オレの部下から報告が入った、どうやらこちらに向かってきている部隊があるようだ」

 

 

 アーノルド中隊の拠点までもう少しと言う所で、敵がこちらに向かっているとの情報が入ったそうです。

 

 幸いまだ敵はこちらの存在には気づいて無い様なので、急げば逃げきれるかもしれません。しかしどうやら、中尉殿はそうするつもりが無いご様子。

 

「我々の台所は常に火の車、節約をせねば明日の弾薬も心許なかろう。そこへ敵が態々物資を運んで来てくれるんだ。受け取らん手は無いな」

 

 そう言って中尉は、すぐさま敵を迎撃する準備をはじめました。

 

 中尉が戦場として目を付けたのは、既に住民が避難を完了させた一つの村。

 

 しかもその場所は、敵に利用されない様味方の手によってすでに焼き払われていたのです。

 

 敵の侵攻具合からこの村に来る事は明らかですが、ここまで完璧に破壊されていれば敵は利用する事は出来ず、只通り過ぎる事しか出来ません。

 

 それを見越して中尉は、村の彼方此方に兵士を潜ませて敵を待ち伏せする事にしたのです。

 

 そして私が潜むことになったのが……この雪だるま。

 

 結果は見事的中、オーガ兵達は最後まで自分が何をされ居るかも分からずバタバタと死んでいきました。

 

 正直雪だるまに近づかれた時は生きた心地がしませんでしたが、幸い気づかれなかったので後ろからズドンと撃たせて頂いたのです。

 

 こちらは殆ど損害無く、相手は完全に全滅。

 

 しかも大量の物資を手に入れる事が出来て万々歳なのですが、

 

「うぅ……寒い。早く火に当たりたいけど」

 

 雪の中で何時間も籠っていた私にはそれ処ではありませんでした。

 

 何時もはポカポカと私を温めてくれるマフラーも、疑似冷蔵庫の前ではその効力が半減してしまいます。

 

 ともかく一刻も早く任務を終えるため敵の全滅を確認した合図を送った所、村の彼方此方に潜んでいた皆さんが出てきてオーガの死体から物資を漁り始めました。

 

「ナナシちゃんお疲れ様! 怪我は無かった??」

 

 私がプルプル震えていると、よく通る私を呼ぶ声が聞こえてきます。

 

 振り向くとこちらへ走ってくるハンナさんの姿が見えました。

 

「はい。何処も怪我してませんが………ちょっと寒いですっ」

「ずっと雪の中だったものね。ほら、これ飲んだら少し温まるよ」

 

 そう言ってハンナさんは水筒から出したコーヒを私に差し出してくれます。

 

 ああ、この温かさは身に沁みますね。

 

「ありがとうございます。はぁ…体の芯から温まりますね」

「熱いから気を付けてね。向こうでエーロさんが火を起こしてくれてるから、落ち着いたら当たりに行こう」

 

 ちなみに、あの後クランさんとの約束でハンナさんの事も階級では無く普通に呼ぶ事になりました。

 

 正直本当に良いものかと迷ったのですが、呼んだ時ハンナさんの顔がパァっと明るくなったのを見て、もっと早くこうすれば良かったと思ったのです。

 

 もっとも……

 

 

『ナナシちゃんさえ良ければ、お姉ちゃんって呼んでも良いんだからねっ!』

 

 

 そう言ってた時のハンナさんの目は暴走した時のエリカさんにとてもよく似ていたので、私の中での要警戒者ランキング上位にハンナさんがランクインする事となりました。

 

 以前ハンナさんはエリカさんを尊敬していてエリカさんの様になりたいと仰っていましたが、そんな所まで真似っこしなくて良いと思うのです。

 

 

 

 

 その時、念のため近距離発動していた私の索敵魔法がほんの僅かな敵意を感知します。

 

 敵意の発信源は先程私が背後から撃ったオーガ兵。

 

 どうやら倒し切れていなかったようですね、反省です。

 

「ハンナさん下がってください、そのオーガ兵まだ息があります」

「えっ……ほ、ほんと!?」

 

 ハンナさんに下がって貰い、私はホルスターからT-35を抜いて死にかけのオーガ兵へと慎重に近づきます。

 

 近距離索敵で何とかかろうじで拾える程度の小さな敵意。

 

 このオーガ兵が既に戦闘不能なのは明らかですが、万が一ということもあります。

 

 しっかりと止めを刺して、完全な安心を手に入れるとしましょう。

 

 すぐ近くまで寄ると、オーガ兵が何か呟いているのが聞こえました。

 

 更に近づくと、段々とオーガ兵の言っている事が聞き取れてきます。

 

 

「しに…たく……ねぇ…」

 

 

 なんと、今コイツは何と言いましたか?

 

 散々私の大切な物を壊して、奪い取って、やりたい放題してきた癖に。

 

 いざ自分の番になったら命乞いですか。

 

 そんな言葉、聞き届けられると本当に思っているのでしょうか。

 

 化物(オーガ)の癖に、まるで人みたいな事をするのは止めてください。

 

 オーガ兵の目の前まで行き、私は銃を構えます。

 

 すると私の姿を見るなりオーガ兵は、ガタガタと震えながら泣き喚きます。

 

 

「やだっ……た、頼む……殺さないで……くれっ」

 

 

 その命乞いに私は耳を貸す事無く狙いを定め、そして――――

 

 

「あぁ……かあちゃっ」

 

 

 

 

 ――――パァン――――

 

 

 発砲と共に脳天を貫かれたオーガ兵は今度こそ物言わぬ死体となりました。

 

 周囲の安全を再確認し、下がって貰っていたハンナさんに合図を送ります。

 

「もう大丈夫ですよハンナさん。敵の死亡を確認しました」

「あ、ありがとうナナシちゃん。ごめんね、あんまり役に立てなくて」

「いえ、ハンナさんのお仕事は人を癒す事です。こういったお仕事は私達にお任せください。ですがまだ生きているオーガ兵が居る可能性がありますので、私は近距離索敵でもう少し索敵を続けます」

「……分かった、じゃあ後で合流しよう。何か暖かい物作っておくから、風邪引かない内に来てね!」

「はい、ありがとうございます」

 

 

 ハンナさんと別れ、私は近距離索敵を続けながら敵の生死確認を継続しました。

 

 ですが私が倒し損ねていたオーガ兵以外は皆、キッチリ止めを刺されていて生きている者は居ません。

 

 しかもその殆どが一発の銃弾で撃ち殺されており、ここに居る方達の練度の高さが分かります。

 

 その中でも特に凄いのが、あの人。

 

 私が視線を向ける先に居るのは、あの時アーノルド中尉にシムナと呼ばれた男性。

 

 彼の事は、クランさんから色々教わっています。

 

 

 シムナ・ラハティ兵長。

 

 元々は猟師さんをしていたそうですが、アーノルド中尉曰く『理想の遊撃兵』だとか。

 

 しかし見た所クランさんやガルド小隊長の様な強者オーラは感じませんし、いまいちピンときません。

 

 ですがアーノルド中尉の話では暫く私はあの人に師事を受ける事になる様でしたし、今の内にしっかり挨拶をしておいたほうが良いでしょう。

 

 私はシムナ兵長に挨拶する為、彼の元へ駆け寄ります。

 

「あ、あの! シムナ・ラハティ兵長殿でよろしかったでしょうかっ」

「……そうだ」

「私はナナシ・エルフィー二等兵です。この度アーノルド中隊所属となりましたので、何卒ご指導ご鞭撻の程よろしくお願い致します」

 

 敬礼の後、しっかり頭を下げてご挨拶できました。

 

 しかし何時まで経っても返事が返ってきません。

 

 何か粗相をしてしまったのかと焦りつつ、チラっとシムナ兵長の顔を窺いますが、シムナ兵長は変わらぬ表情で私を見つめていました。

 

 ま、全く表情が読めません。

 

「あ、あの……兵長殿」

「……何か用か?」

 

 ど、どどどどどどうしましょう!?

 

 この後何を喋ったら良いのか全く分かりません。

 

 ですがこのまま黙っていては、兵長殿の機嫌を損ねてしまう可能性があります。

 

 何か話題……話題は無いものでしょうか。

 

 数少ない会話デッキからああでも無いこうでも無いと試行錯誤した末、私はシムナ兵長に銃を撃つコツを聞くことにしました。

 

 この方は理想の遊撃兵。

 

 しかも狙撃の名手だという事をクランさんから聞いています。

 

 ならば、そのコツを聞いて精進の糧にしましょう。

 

「あ、あの兵長殿。兵長殿は狙撃の名手と聞きました。是非銃を扱うコツ等を教えて頂けないでしょうかっ」

 

 しかし、兵長から帰って来たのはたった一言。

 

 

「練習だ」

 

 

 それだけでした。

 

 練習……確かにその大切さはよく分かります。

 

 ですが、それ以外にもこう……何というかコツ等は無いものなのでしょうか。

 

 しかし私がどう返答しようか迷っている間に、シムナ兵長は作業を終えてスタスタと歩いて行ってしまいます。

 

 残されたのは、あたふたしている私1人のみ。

 

 

「……私、兵長殿にも嫌われちゃってるのかな」

 

 

 残された寂しさから少し涙が出そうになるのをグッと堪えつつ、私は暫くその場から動けないでいました。

 

 

 

 

 その後私達は倒した敵から回収した使える物資を手早く纏めると、それを焼け落ちた家の下に隠された地下倉庫に全て保管しました。

 

 幸いここから拠点まではそれ程距離が無いとの事なので、後日部隊を派遣して物資を回収する段取りを整えるそうです。

 

 そして準備を整えた後、私達はアーノルド中隊の拠点へと移動を開始しました。

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