戦場駆ける白き野兎   作:バサル

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第四十四話

 医療班の人達と談笑していたハンナさんを無事GETした私達は、早速サウナ小屋へと向かいました。

 

 アーノルド中隊のサウナ小屋は部屋と同様男女分かれて存在し、女性用のサウナ小屋はラート湖に面した岸辺にあります。

 

 

 トゥーリスのサウナはこういった湖の岸辺に設置される事が多く、理由はサウナで整った後すぐに冷たい水に飛び込めるからです。

 

 サウナに入った後は冷水に使って整った後またサウナに戻る。

 

 トゥーリスのサウナはこのルーティンを複数回こなすのが普通です。

 

 そしてそれが例え寒さ厳しい真冬であろうとも変わる事はありません。

 

 その為にトゥーリスのご家庭には必ず砕氷機が常備されているのです。

 

 真冬には厚さが軽く数十センチを超える氷といえど、トゥーリス人のサウナ熱には勝てないという事ですね。

 

 もっとも季節はまだ秋。

 

 ラート湖もまだ殆ど凍っておらず、そこまでの労力は必要ありません。

 

 そしてサウナ小屋に近づくと、何とも懐かしい匂いがしてきます。

 

「この小屋…もしかしてスプルースで出来てるんですか?」

「ああ。オレが森から切り出して、ウチの工作班の奴らが作ってくれたんだ。かなり本格的だろ? 中もちょっとしたモンだぜ」

 

 スプルースというのはトゥーリスで古くから使われている木材で、サウナ小屋を作るには最適と言われている木です。

 

 非常に芳しい香りを放ち、温度変化に強くて肌触りも最適というまさにサウナの為に生まれてきた様な木なのです。

 

 ちなみに家にあったサウナ小屋もお父さんが山から切り出してきたスプルースで出来ていました。

 

 サウナに入るとこの香りが更に強くなるので、今から入るのが楽しみですね。

 

 タクマ中隊で入ったサウナはサウナというより選択されてる気分でしたし、折角の機会ですから全力で楽しんでしまいましょう。

 

 私が決意を固めていると、隣に居たハンナさんが声を掛けてきます。

 

「ナナシちゃん何だかご機嫌だね。てっきりサウナ苦手なんだと思ってた」

「? 全然苦手じゃないですよ。寧ろ大好きです」

 

 はて、何故ハンナさんはそう思ったのでしょう。

 

 左に首を傾げる私と、右に首を傾げるハンナさん。

 

 見事にシンクロしていました。

 

「そうなの? 前に皆で一緒に入った時は凄く緊張してて辛そうだったから、てっきり嫌いなのかなって」

「……あ」

 

 思い出されるのは以前エリカさん主催の保険授業の最後、皆でサウナに入った事。

 

 あの時の事は今でもちょっとトラウマなのです。

 

 流石にあの時程では無いのですが、女性と一緒にサウナに入るのはちょっとだけ緊張感が漂います。

 

 しかも今回一緒に入るのは、私的要注意人物筆頭であるハンナさん。

 

 ガードは固くしなければなりませんね。

 

「……大丈夫です。あの時はほんのちょっぴり緊張していただけなのです。それにあの時はその……大勢居たので」

「そっかぁ。じゃあ今日はゆっくり楽しめるね」

「そう……ですね」

 

 幸いサウナ小屋は外から見てもかなりの広さ。

 

 恐らく数十人で入っても問題無く寛げる程度の大きさはありそうです。

 

 パパっと服を脱いでパパっと入る。

 

 そしてハンナさんとある程度距離を取りつつサウナを楽しむ。

 

 この作戦で行くしかありません。

 

 私は強い決意を胸に、サウナへと挑むのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 なのに、どうしてこうなってしまったのでしょう。

 

「ふぅ……やっぱりサウナは気持ち良いね、ナナシちゃん!」

「そ……そうですね」

 

 私の隣には、ぴったりくっつく様にハンナさんの姿がありました。

 

 というか、ここに来るまでの間ずーっとハンナさんは私の傍から離れていません。

 

 態々サウナの中でも隅っこの方を選んで座ったのに、普通にハンナさんも着いてきてしまったのです。

 

 こうなってしまっては、今更離れるとハンナさんを傷つけてしまうかもしれません。

 

 唯何も起こらぬ様、大人しくしてやり過ごす他無いのです。

 

 

 しかしこのサウナ、クランさんが言っていた様に中もかなりの物でした。

 

 中央に用意されているサウナストーンは勿論の事、壁のいたる所に掛けられたヴィヒタ。

 

 そして極めつけはサウナストーンの横に置かれているロウリュ用の水。

 

 あれは通常の水ではなく、バーチと呼ばれる専用のアロマ水です。

 

 白樺の葉や樹皮を煮出して作られた物で、ロウリュすると小屋全体を甘い森の香りで満たしてくれるサウナの強い味方。

 

 一般家庭では広く使われている物ですが、今は戦時中。

 

 それなりに手間の掛かる代物なので、使えること自体かなりの贅沢と言えるでしょう。

 

「お、お前ら早速堪能してるみたいだな!」

 

 少し遅れてクランさんとセラフィナさんもサウナの中へ入ってきます。

 

 無論お二人とも裸なので、さりげなく視線を外す事も忘れません。

 

「ん? ナナシ何で目を逸らすんだよ??」

「ふえっ? あ、いえ……特に意味は……」

「ホントかぁ…?」

「だーめですよ、ナナシちゃんをイジメちゃ!」

「別にイジメちゃいねーよ! ……ったく、とりあえずロウリュするか。セラフィナも好きな所座って寛げよな」

「は、はい……分かりました」

 

 遠慮がちに私達と反対方向に座るセラフィナ上等兵。

 

 

 どうしよう、声を掛けた方が良いのかな?

 

 けど私達から離れた所に座ったっていう事は、あんまり関わって欲しくないって事かも。

 

 でも何だかとっても寂しそう。

 

 

 声を掛けるべきか、そっとしておくべきか、頭の中でグルグル思考が回転して答えは出ません。

 

 ですが私がそうやって悩んでいる間に、隣に居たハンナさんがすぐにセラフィナ上等兵に駆け寄ります。

 

「セラフィナさんもこっちで一緒に楽しもうよ」

「えっ?……で、でも私は……」

「ほらほら、ロウリュが始まっちゃうよ」

 

 半ば強引に腕を引っ張られ少々困惑気味なセラフィナ上等兵でしたが、ハンナさんに押される形でこちらの席へとやってきます。

 

 そして二人が座ったタイミングでクランさんがロウリュを始めます。

 

 サウナストーンにかけたアロマ水が弾ける音と共に、小屋の中に心地良い熱波と香りが駆け巡りました。

 

「あふぅ……気持ち良い」

「やっぱりサウナは無いとダメだよね。セラフィナさんもそう思うでしょ?」

「はい……心が洗われるようです」

 

 トゥーリス人にサウナが嫌いな人なんて居ません。

 

 先程まで気が進まない様子だったセラフィナ上等兵も、今はとてもリラックスした表情をしていました。

 

 そこへロウリュし終えたクランさんもやってきました。

 

「まずはこんなとこか。あー……ここん所戦い続きだったからサウナなんて久しぶりだぜ」

「お疲れ様です小隊長。侵攻してきた敵の様子はどうでしたか?」

「どうもこうもいつも通り、物量仕掛けてやりたい放題って感じだな。けど戦車…だったか? 例の新兵器はあんまり見なかったぜ」

「そうなんですか? 一時期は結構見ましたけど、何か理由でもあるんでしょうか」

 

 ちなみにトゥーリス内では敵の新兵器の呼称は戦車で統一されている様です。

 

 戦う車と書いて戦車。

 

 偶然にも前世と同じ呼ばれ方をする様になった悪魔の兵器は、クランさん曰く戦場ではあまり見かけなくなっている様です。

 

 まだ生産ラインが完全に追いついていない、もしくは虎の子としてここ一番の為に温存している。

 

 考えられる理由は幾つかありますが、恐らく一番の理由は――――

 

「多分道の問題じゃないでしょうか。戦車が通るための道が完全に整備出来てないんだと思います」

「道?……けどあの戦車は多少の凸凹道は無理やり突破してくるんだろ。あの……なんだ、きゃたぴらって奴で」

「はい、確かにそうですがそれにも限度があるのです。そもそもトゥーリスは車が通る為の道すら殆どありませんから、戦車が通れそうな道もかなり限定されます。木々を押しのけながら進む事が出来ないので森の中は通れず、何とか通れそうな場所でも凸凹が激しすぎてキャタピラにかなりの負担が掛かってしまうのです。多少の時間なら問題無いでしょうが、国境を越えて首都まで攻め入るつもりなら道中で故障してしまう可能性は決して低く無いと思います」

「なる…ほど」

 

 頭にはてなを浮かべてそうなクランさん。

 

 実際これから雪もどんどん積もってきますし、戦車にとって悪条件は大きくなるばかりでしょう。

 

 ですが、だからと言って安心できる状況という訳ではありません。

 

 敵には豊富なマンパワーがあります。

 

 それを駆使して急ピッチで道の整備を整えてくる可能性は十分考えられるのです。

 

「ですから、今戦車が見えないからと言って油断してはいけません。準備が整えば奴らはまた戦車を大量投入してくるでしょう。特にこの場所は首都に向かう為の最短コース、敵の戦車が殺到してくる可能性が高いです」

「っ!?……またここに……アレが来るの?」

 

 私の言葉に、今まで喋っていなかったセラフィナ上等兵が反応します。

 

 その瞳には戦車への恐怖と、確かな憎しみの炎が浮かんでいました。

 

「恐らくは……今すぐという事は無いと思いますが」

「っ……」

 

 辛そうな表情を浮かべながら俯くセラフィナ上等兵を見て、私は分かってしまいました。

 

 セラフィナ上等兵は確かルーク小隊所属で、私達ガルド小隊と同じく国境防衛任務に就いていた筈。

 

 つまりあの戦車による一方的な蹂躙を経験しているのです。

 

 そして今このアーノルド中隊に居るという事は、原隊のルーク小隊はもう存在していないのでしょう。

 

 

 仲間を失って、敵に虐げられ、その中で唯一人生き残ってしまった。

 

 その辛さは、私もよく分かります。

 

 だけどそんなセラフィナ上等兵に、何と言葉を掛けて良いのか私には分かりません。

 

 さっきだってそうです。

 

 セラフィナ上等兵が寂しそうだと分かっていたのに、声を掛ける事も出来ず唯見ているだけでした。

 

 すぐに駆け寄って、声を掛けたハンナさんとは大違いですね。

 

 もっともっと、私が上手く話しかける事が出来たら――――

 

 

 

 ――――ムニュッ――――

 

 

 

 突如背後から伸びてくる手が、私の頬っぺたを掴みます。

 

「……にゃにをするんですか、ハンナさん」

 

 下手人は私の隣に居たハンナさん。

 

 抗議の視線を送ろうとしますが、後ろにピッタリ貼りつかれているため向くことが出来ません。

 

 というかこれ、私羽交い絞めにされてませんか??

 

「前にも思ったけど、ナナシちゃんの肌ってホントにモチモチだね。ほら、こんなに伸びるよ」

「にゃぁーっ!?」

 

 そんな私に構うことなく、ハンナさんは私の頬っぺを楽しそうに弄んでいるのです。

 

 やっぱりハンナさんは危険人物でした!

 

 何とか抜け出そうとジタバタ藻掻いていた所、

 

「ホントにモチみてえだな。オレもちょっと触ってみるか」

「にゃ?」

 

 気づけば目の前にはクランさんが、手をわきゃわきゃさせながら佇んでいました。

 

 そしてクランさんの手が触れた瞬間、全身走る電流の様な衝撃。

 

 え、ちょっと摘ままれただけでこの衝撃??

 

 クランさんの怪力はもう既に何度も味わっています。

 

 ではそんなクランさんに全力で頬っぺたを引っ張られたらどうなるか?

 

 

 ――――私の頬っぺた千切れちゃう!?――――

 

 

「や――――っ!? 助けてっ!! 助けてくださいっセラフィナさん!!」

 

 

 私は必死に暴れながらこの中で唯一助けてくれそうなセラフィナ上等兵に助けを求めます。

 

「おいこら暴れんなナナシ! ちょっと触っただけじゃねえかっ!?」

「ちょっと!? ちょっとと仰いましたかっ!? 肉が抉れたかと思いましたっ!!」

「んな訳あるか! でもこれ、確かに癖になる柔らかさだな……おいセラフィナ、お前もちょっと触ってみろ」

「えっ? わ、私は流石に……」

 

 やっぱり私の味方はセラフィナ上等兵だけの様です。

 

 でもこの状況を助けて頂けるとと――――――――っても助かるのですが。

 

 私がそう思っていると、セラフィナ上等兵が遠慮がちに近づいてきます。

 

 これはもしや、私を助けてくれる!?

 

 期待に目を輝かる私にセラフィナ上等兵は、

 

 

「……じゃあちょっとだけ」

 

 

 それはもう見事に死刑宣告をしてくれたのです。

 

 

 

 希望を失った人がどうなるか。

 

 それは何もかもがどうでも良くなり、唯理不尽を受け入れるだけの人形にならざる負えないのです。

 

「えっと、ごめんね? ナナシちゃん」

「もー、好きににしてください…」

 

 

 ――――ネコちゃんの次は牛さんかぁー、ナナシは色んな動物になっちゃうんだね――――

 

 

 何故かそんな呟きが聞こえた気がしました。

 

 きっと気のせいですね。

 

 そしてセラフィナ上等兵は、無抵抗になった私に手を伸ばして――――

 

 

 ――――ムギュッ――――

 

 

 まさかのお腹っ!?

 

 

「んにゃぁっ!?」

 

 

 何故かセラフィナ上等兵は頬っぺでは無く私のお腹を鷲掴みにしていたのです。

 

 不意打ちできたこそばゆさに、思わず変な声が出てしまいます。

 

「あ……ほんとだ柔らかい」

「な、なんでお腹触るんですか!?」

「ご、ごめんね!? ここが一番柔らかそうだったからっ」

「うー……」

 

 申し訳なさそうに謝る姿を見ると流石にそれ以上怒る気にはなれませんが、その間もセラフィナ上等兵は私のお腹をもにゅもにゅ触ってきます。

 

 正直すっごくくすぐったくて抜け出したい気持ちで一杯ですが、私はその時気づいてしまったのです。

 

 セラフィナ上等兵の顔が、先程までとは違ってほんの少し穏やかになっている事を。

 

 その顔は以前にお会いした時の優しいセラフィナ上等兵と同じでした。

 

 そういえば以前アルちゃんも、私のお腹を触って元気を取り戻してくれましたね。

 

 

 私は人との交流が下手だから、どうやって励ましたり、声を掛けたりすれば良いのか分からないけど。

 

 それでもこうして誰かを笑顔にする事が出来るのなら、それは私にとって幸いな事。

 

 ちょっとぐらいくすぐったいのだって、全然我慢できるのです。

 

 だってセラフィナ上等兵を少しでも元気付けれたと思っただけで、私の心にはポカポカが溢れてくるのですから。

 

 

「へぇ、そんなに柔らかいんだ。私もちょっと触るねナナシちゃん」

 

 

 ぜ、全然我慢……

 

 

「なんだよお前らだけズルいぞ! オレにも触らせろよなっ」

 

 

 が……ま……

 

 

 

 

「もうやだ――――っ! もうサウナ出るっ!! 放して――――ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 どうしましょう、戦争が終わる前に私はサウナがトラウマになってしまうかもしれません。

 

 結局あの後も3人によるモミモミタイムは10分程続きました。

 

 流石にやりすぎたと反省したのかハンナさんとセラフィナさんは謝ってくれたのですが、クランさんは知らん顔です。

 

 このモヤモヤ、何時か何かしらの形でお返すると、私は心の中で決意したのでした。

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