その後ポカポカになった私達は外に出て、クールダウンを行います。
ラート湖の水は当然とても冷たいのですが、サウナでポカポカになった身体にはさして辛くありません。
本当はあの時アルちゃんと一緒に飛び込んだ川と同じか、もっと冷たいぐらいの筈なのですが、人間の身体というのは本当に不思議な物です。
しかしあまり入り過ぎてしまうと身体が冷え切ってしまう為、水に入るのは10秒ほどが目安。
ちゃぷちゃぷと冷水を堪能した後、私はすぐ岸へと上がりました。
水は放っておくとすぐ凍ってパリパリになってしまう為、すぐ持ってきたタオルで身体を拭きます。
所が、
「ひゃっほ――――ぅ!!」
――――ザブ――――ンッ――――
突如上がる水飛沫。
再びびしょびしょになってしまう私の身体。
拭こうにもタオルまで濡れてしまったのでどうしようもありません。
「……クランさん?」
「あん? ああ、水掛かったか?」
「見ての通りびしょびしょの濡れネズミですっ」
「悪い悪い、けどどっちにしろすぐまた濡れるんだから大丈夫だろ!」
全く悪びれる様子もなく笑うクランさん。
今にもバタフライで泳ぎだしそうなテンションです。
というかこの人本当に大人なのでしょうか。
確か年齢は20代後半と聞いた気がするのですが、とてもそうは見えませんね。
「あ……良かったら私のタオル使う? まだ使ってないから」
見かねたセラフィナ上等兵がタオルを貸してくれました。
ちょっと申し訳ない気もしましたが、パリパリバリバリはやなのでお借りして濡れた身体を再度拭き直します。
「ありがとうございます、セラフィナ上等兵殿」
「普通に名前で良いよ。私も入隊した時期はナナシちゃんと殆ど変わらないし」
「そう……ですか、ではセラフィナさんで」
「うん、改めてよろしくね」
その後2人で水浴びをしているクランさんとハンナさんを眺めながら、ベンチに腰掛けサウナの熱を冷まします。
しばらく続く沈黙の後、再度セラフィナさんが話しかけてきました。
「……ねえ、ナナシちゃん。ちょっと聞いても良い?」
「はい、なんでしょうか?」
「あまり思い出したく無い事だと思うんだけど、ナナシちゃんの居たガルド小隊も……全滅しちゃったんだよね?」
「……はい。戦車で国境を突破された後敵の勢力に対して遅滞戦を行っていましたが、最後は敵の物量に圧されて……どうせ敵に捕まるくらいならと友達と一緒に川に飛び込んだのですが、私だけが生き残りました。そして紆余曲折ありまして、現在はこのアーノルド中隊のお世話になっています」
皆との日々を思い出しつつ、私はこれまでの経緯をセラフィナさんに話します。
「ありがとう……話してくれて。ごめんね、辛い事思い出させちゃったよね」
「いえ……大丈夫です。確かに辛い事は一杯ありましたが、こちらの皆さんも私に良くしてくれます。それに私は兵士ですから、何時までも落ち込んでいる訳にはいきません」
「そっか……ナナシちゃんはとっても強いんだね。私とは大違い……」
「私が……強い?」
「そうだよ、とっても強い子。だって一杯辛い目にあったのに、今はちゃんと前を向いて歩いてる。止まっちゃった私とは大違いだよ」
そしてセラフィナさんは、自分の身に起こった事を私に話してくれました。
突然現れた戦車に塹壕を蹂躙され、そこから押し寄せてくる大量のオーガ兵。
塹壕は敵を待ち受けるにはとても有効な手段ですが、一度敵に張り付かれてしまうと逃げ道を失ってしまうリスクがあります。
本来なら密着される前に余裕を持って倒す事の出来る歩兵も、突っ込んできた戦車の対処をしながら対応する事はまず不可能。
防衛線はすぐに崩壊してしまい、塹壕から逃げる事も出来ず多くの兵士がそこで命を落としてしまったそうです。
「最後はルーク小隊長が残って時間稼ぎしてくれたお陰で、私達は撤退する事が出来た。でも撤退してる最中に敵に追いつかれて……っ」
「セ、セラフィナさん…大丈夫ですか? 無理に話さなくても…」
肩を抱いて震え始めたセラフィナさんに声を掛けますが、首を横に振ると話を続けます。
「…大丈夫。ナナシちゃんが川に飛び込んだのは正解ね、オーガ兵に捕まった人達の末路は悲惨だから。凡そ人としての扱いなんてして貰えない、散々弄ばれた挙句飽きたら捨てる様に殺される。ルーク小隊の仲間達も捕まらずに逃げられた子達以外はそうやって皆殺されてしまったわ」
「っ……」
「私ももうすぐ殺されちゃうんだと思っていたけど、運良くクランさん達に助けて貰って生き残る事が出来た。でも駄目……ナナシちゃんみたいに立ち上がれない。一人じゃ部屋の中から出る事も出来なくて、ずっと震えてることしか出来ないの」
まるで懺悔するかの様に話すセラフィナさん。
その瞳から、ポロポロと涙が零れ落ちます。
セラフィナさんの様な優しい人が、何でこんなに苦しまなければならないのでしょう。
唯皆を守る為に頑張っていた人が、こんなに傷つき続けなければならないのはおかしいです。
それは何故か。
答えなんて決まっています。
全ては、オーガが居るからです。
奴らが全部居なくなれば、優しいセラフィナさんがこれ以上苦しむ必要も無くなる筈なんです。
だから――――
「大丈夫ですよ、セラフィナさん」
「……えっ?」
私は震えるセラフィナさんの手を握り、精一杯の笑顔を作ります。
そして、
「アーノルド中尉殿が仰ったんです、奴らを殺す術を教えてくれると。私は未熟ですが、頑張って、頑張って、頑張ってオーガを一人でも多く殺します。オーガが全部居なくなれば、きっとセラフィナさんがまた笑える様な世界が戻ってきますから。だからそれまで、待っていてください」
今の私の決意を、セラフィナさんに伝えました。
これで少しでも安心してくれるかな?
そう思って勇気を出して口にした言葉でした。
でも何故でしょう。
「ッ……ナナシ……ちゃん……」
何故かセラフィナさんの表情は、安堵では無く恐怖でした。
やはり私では頼りないのでしょう。
でも私頑張りますから。
どんなに苦しくても耐え抜いてみせますから。
だからセラフィナさん、安心して待っていてくださいね。
翌日。
サウナでバッチリリフレッシュした私は、早速アーノルド中尉から呼び出しを受けます。
中尉の元へ向かうと、そこには中尉の他にシムナ兵長の姿もありました。
「よく来たなナナシ、早速だがお前についてもう少し知っておきたくてな。お前はコイツを扱えるか?」
中尉がそう言って私に渡してきたのは、ヨモツ・ライフルでした。
ライドとの戦闘時一度使いはしましたが、正直完全に扱える自信はありません。
「オレはお前に遊撃としての任務を与えようと思う。遊撃がどういう存在か分かるか?」
「はい。遊撃とは決まった小隊に配属せず、戦場を臨機応変に行動する存在です」
「そうだ、故に戦場では基本単独行動する事になる。時に偵察、時に陽動、時に狙撃手。様々な役割を熟さなくてはならない。お前は索敵魔法を使えると聞いているから偵察については問題無いだろう。だから次に、お前の銃の腕を見ておきたい」
そういってアーノルド中尉は、一本のシラカンバの木を指差します。
「ナナシ、ここからあの木の枝を一本撃ち落としてみろ。そうすればお前の銃の腕は合格だ」
ここからあの木まで大凡100M程でしょうか。
銃の射程としては十分な距離ですが、木の枝を撃ち落とすとなると話は別です。
「中尉殿、伏射でも構いませんか?」
「ああ、撃ち方はお前の好きにして良いぞ」
「分かりました、やってみます」
私はすぐさまその場に伏せ、銃を構えます。
ヨモツライフルは銃身が長く、私の腕力で固定するのは非常に難しいですが、あらかじめ持って来ていた背嚢を台座代わりにする事で少しはカバーする事が可能です。
肩と胸で銃を包み込むように固定し、準備は完了。
数度深呼吸した後息を止め、撃つ瞬間に全神経を集中させます。
お願い……当たって!
トリガーに指を掛け、発砲。
辺りに銃声が響きます。
しかし、結果は枝はおろか木にすらも当てる事が出来ませんでした。
「フム……よし、お前の銃の腕は大体分かったぞ」
「……はい、申し訳ありません」
「別に謝る必要はない、ここから鍛えていけば良いだけの事だからな。ナナシ、お前にはまず遊撃としての任務をその身でしっかり経験して貰う。そこでお前には今日一日、シムナと一緒に偵察任務について貰おうと思う。良いな、シムナ?」
アーノルド中尉が視線を向けると、シムナ兵長は首を縦に振り肯定の意志を示します。
「よし、じゃあ早速準備だな。ナナシ、まずはこの服を着てみろ」
アーノルド中尉が渡してくれたのは、シムナ兵長達が着ている真っ白い服でした。
「……これは?」
「コイツはギリースーツと言ってな、雪に紛れて敵に気付かれにくくなる遊撃の必需品だ」
なるほど、確かに外は一面の銀世界。
景色にしっかり同化する事が出来そうです。
早速腕を通して来てみますが……
あまりにも服が大きすぎて袖から腕を出す事は出来ず、ズボンもダボダボで足で踏んでしまっています。
挙句フードに関しては顔がスッポリ隠れてしまい、もはや前が見えません。
「……中尉殿」
「まいったな……こいつは予想外だぞ。それはここにある一番小さなサイズだったんだがな。とりあえずこっちにこいナナシ」
そう言ってアーノルド中尉は即席で服のサイズを私に合わせてくれました。
ダボダボになってしまった袖やズボンは可能な限り安全ピンで詰めて、ロープを使って緩々になってしまっている部分を固定。
フードの部分も中で少し織り込んで安全ピンで固定する事で、何とか視界を確保する事が出来ました。
「まあお前の場合、その銀髪は雪に紛れるしマフラーもある。風や雪が強く無い時は付けなくても大丈夫だろう」
「ありがとうございます、中尉殿」
「とりあえず毎日牛乳を飲んで、そのサイズに合う程度には身長を伸ばしておけ。そんなに小さいと雪に埋もれて身動きが取れなくなるぞ」
「っ……分かりました」
ちょっと気にしている事を指摘されてちょっとむむっとしてしまいますが、勿論口には出しません。
ちゃんと支給された牛乳は飲んでますし、私はまだ成長期。
これでも去年に比べたら2ミリほど身長だって伸びているのです。
ちゃんと将来性も見て頂きたいものですね。
「よし、これで何とか今日ぐらいは持つだろう。お前用のギリースーツは何とかしとくから、今日一日はそいつで頑張ってみろ」
「了解しました」
「良い返事だ……っと、そうだ。最後にこれも渡しておかないとな」
アーノルド中尉は、支給品の中からガサゴソと何かを探すと、空の瓶を私に手渡します。
「……中尉殿、これは一体何に使うのでしょうか?」
「なに、すぐ分かる」
思わず聞いてしまいましたが、中尉殿ははぐらかすだけで教えてはくれません。
その事を疑問に思いましたが、きっと何かの役に立つのでしょう。
私はその瓶をポーチの中へ仕舞い、先程渡されたヨモツ・ライフルを担ぎます。
銃の重さは約4kg程。
その重さがズッシリと身体に響きます。
重い、けど何とか持てる。
皆これを持って戦ってるんだから、私もちゃんと慣れておかないと。
「じゃあシムナ、後の事は頼んだぞ」
「……分かりました。ナナシ二等兵、付いて来い」
「は、はい!」
そして私はシムナ兵長に付いていきながら、アーノルド中尉の元を後にしました。
拠点を出て少し歩くと、すぐに私達の前に大きな橋が姿を現します。
ですが橋の入り口には幾重にも有刺鉄線が巻き付けられており、近くには石などを積み上げた簡易的なバリケード。
更に周囲には敵を迎え撃つため塹壕が幾つも掘ってあり、ここが敵を迎え撃つ為の最前線だという事を再認識させられます。
「敵は既にこの橋の向こうに陣地を張っている。対岸までの距離は大凡500M、ヨモツ・ライフルなら十分狙える距離だ、気を抜くな」
「……分かりました。今回の偵察は、対岸に居る敵をですか?」
「そうだ。こっちにこい」
橋を迂回する形で進んでいくと、丁度対岸を良い感じに見渡せそうな丘がありました。
なるほど、あそこから敵の陣地を偵察するわけですね。
早速私がそこへ向かおうとしますが、シムナ兵長に襟首を掴まれ制止させられます。
「んにゃっ……兵長殿?」
「あそこは駄目だ、身を隠せる物が無い。敵の射程範囲だと言ったはずだ」
言われて先程の丘を見直すと、確かに敵の様子を見る分には最適な場所ですがそれは向こうにも同じ事なのが分かります。
幾らギリースーツを着ているからと言って油断禁物。
敵に狙撃兵が居れば、真っ先に狙われてしまうという訳ですか。
「あ、ありがとうございます」
「……付いて来い」
木々の生い茂っている方に歩いていくシムナ兵長。
確かにこっちなら身を隠せる場所が多そうですね。
シムナ兵長は木々を掻き分けて幾つか偵察できそうなポイント見つけると、最初に見つけた場所で偵察する事に決めたようです。
しっかりと身を伏せる兵長に習い私も頭を出さぬ様伏せながら、横に付いて対岸の様子を見てみると、遠くてはっきりとは見えませんが豆粒の様な点が忙しなく動ているのが分かりました
恐らくあれがオーガ兵なのでしょう。
そしてもう一つ、水辺ギリギリの所に幾つもの柱の様な物が立っています。
アレは一体何なのでしょう?
「あの、兵長殿。質問よろしいでしょうか」
「……なんだ」
「あの水辺に立っている柱は一体何でしょうか? 敵の兵器等には見えないのですが」
「アレは磔にされたトゥーリス兵だ。奴らは此方への挑発でああいった事をよくやる」
「……え?」
シムナ兵長の言葉に私はもう一度あの柱をよく見てみます。
すると確かに、柱の上部に人らしき姿を確認する事が出来ました。
しかも中には、まだ動いている人も居るのです。
それはつまり、生きたまま磔にされているという事。
「そっ……そんな!? ならすぐに助けてあげないと!!」
私はすぐさま立ち上がろうとしますが、シムナ兵長に抑え込まれます。
「どうやって助ける気だ。対岸までは距離がある上に、あそこは敵の本拠地だぞ」
「それ……は……」
「しかも彼らは拷問を受けた上でああして磔にされている。既に弱り切っている状態だ、直に死ぬ」
「それでもっ……仲間を放っておいて良い筈無いじゃないですかっ!」
きっと彼らは、絶望の中で助けを待っている筈なんです。
それを見て見ぬふりをするなんて、私には出来ません。
私は真っすぐシムナ兵長を見て訴えかけます。
兵長は私の顔をじっと見つめた後、視線を外します。
そして、
「どうしても彼らを楽にしたいというのなら、方法はある」
彼らを助ける方法があると教えてくれたのです。
「ほ、本当ですか!? それは一体どうすれば…」
「……それを使え」
兵長が指差した物。
それは、私が持っているヨモツ・ライフルでした。
「それで彼らを撃って楽にしてやれ」
「……はっ?……え、あ……ど、どういう……」
「この寒さの中怪我を負った状態で磔にされていれば、苦しみは相当な物だろう。だが、銃で撃てばその苦しみは一瞬で済む」
兵長が言っている事。
それはつまり、彼らがせめて苦しまない様解釈してあげるという事。
でもそんな事、仲間を撃つなんて出来る筈がありません。
どうする? と視線で訴えてくるシムナ兵長。
その問いに、私はすぐに答える事が出来ませんでした。