戦場駆ける白き野兎   作:バサル

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第四十六話

「……申し訳ありません、シムナ兵長殿。私には無理です」

 

 沈黙の末私に出せた答えは、彼らを見捨てるという事。

 

 私の答えにシムナ兵長は『そうか』と呟くと、そのまま偵察を続けます。

 

 こんなにすぐ近くに居るというのに何も出来ない、してあげられない。

 

 罪悪感が胸を締め付け、ズキズキと痛みます。

 

 最初は微かに動いていた彼らもどんどん動かなくなっていき、30分も経たない内にシムナ兵長の言った通り皆動かなくなってしまいました。

 

 その間私が出来たのは、遠くから見ている事だけ。

 

 せめて、せめて私にもっと出来る事は無いでしょうか。

 

 私にも出来る事、そんな事は一つしかありません。

 

 

 索敵魔法です。

 

 

 ここから敵陣地までの距離は500M。

 

 私の通常索敵範囲を大きく超える距離です。

 

 でも、負担を度外視すれば索敵できない距離ではありません。

 

 苦しみながら死んでいった彼らに比べれば、索敵魔法の負担なんてへっちゃらです。

 

 

「シムナ兵長、私に索敵魔法で相手陣地を偵察させてください」

「……届くのか?」

「長時間の索敵でなければ十分私の魔法の範囲内です。索敵魔法を使えばより多角的な情報を得る事も出来ますし、何より敵狙撃手の有無を確認することが出来ます。どうか許可をください」

 

 シムナ兵長は少しだけ目を伏せると、ゆっくりと首を縦に振ります。

 

「無理はするな。身体に負担を感じたらすぐに解除しろ」

「はい、ありがとうございます!」

 

 

 無事許可を貰えた所で、早速索敵魔法を使用しましょう。

 

 

 索敵範囲は500M、私が普段索敵出来る範囲のニ倍以上の距離。

 

 身体への負担と得られる情報が雑になってしまう事を引き換えに、索敵範囲を伸ばすことが出来るのは既に分かっています。

 

 ですが今回行うのは偵察、得る情報も大いに越したことはありません。

 

 かなり無謀な挑戦なのは分かっていますが、実は一つ、もしかした出来るのでは無いかと考えていた事があるのです。

 

 今まで索敵魔法を使う時、私は常にその範囲を円状に意識していました。

 

 これは索敵魔法を一番最初に習った時のアドバイス通りに行ってきた結果です。

 

 でも、索敵範囲が自分の意思で広げたり縮めたり出来るのであれば、範囲の形を円状以外にも出来るのではないでしょうか。

 

 

 例えば扇形。

 

 

 前方のみに範囲を向ければ、後ろに割かなくてよくなった分より遠くまで索敵する事が出来るのではないでしょうか。

 

 あくまで私の思いつき、確証はありません。

 

 でもエリカさんは言っていたのです。

 

 魔法を上手く使う何よりのコツは、イメージであると。

 

 

 ぶっつけ本番ではありますが、試してみる価値はあると思うのです。

 

 私は心の中で、イメージを膨らませます。

 

 

 自分の目の前から大きく広がっていくイメージ。

 

 より遠くへ、そして詳細な索敵を。

 

 イメージが形になっていくと共に、私の中で何時も魔法を発動させるものとは違う感覚を感じます。

 

 それは、オースを探している時にも感じた索敵魔法が進化する感覚。

 

 間違いない、この流れに乗ればちゃんと成功する!

 

 私はそう確信し、索敵魔法を発動させました。

 

 

 

 

 視野に頼らない索敵魔法独特な感覚が前方へ向かって伸びていき、遂には川を越えて敵陣地まで届きます。

 

 対岸にポツポツと敵意は感じるものの、私を狙ってくる者特有の鋭い敵意を感じる事はありません。

 

 つまりこちらを狙っている狙撃手は居ないという事。

 

 そしてその機微を感じ取れるという事は、近接索敵の様なより密度の高い索敵が出来ているという事です。

 

 確かな手応えに安堵するのも束の間、索敵魔法は絶望的な情報も私へ届けました。

 

 

 それは、拠点に集まっている敵意の数です。

 

 今まで感じた敵意の数を大幅に超える密度と量。

 

 恐らく数百どころではありません。

 

 数千……もしかしたら万に届くかも。

 

 こちらで防衛しているアーノルド中隊の総数は、多くても数百程度。

 

 もはや勝負にならない程の戦力差に、頭の中が真っ白になってしまいます。

 

 

 これがもし一度に攻めて来たら――――

 

 

 

 ――――ズキンッ――――

 

 

 突如私を襲う激しい頭痛。

 

 今まで何度も感じて来た索敵魔法の負荷症状です。

 

 私はすぐに索敵魔法を解除して、襲い掛かってくる頭痛と吐き気に必死に耐えながら結果をシムナ兵長に報告します。

 

 

「……索敵、完了しました」

「結果はどうだった?」

「対岸に…狙撃手の反応は……ありません。でも、敵の数が多すぎて……恐らく万に届く数は居ると思います」

 

 もはや死刑宣告に等しい様な事実。

 

 しかしそれを聞いても、兵長は特に驚いた様子はありません。

 

 それどころか、

 

 

「……少し増えたな」

 

 

 ぼそっとそう呟いたのです。

 

 その言葉につい頭痛の痛みを忘れて大声を出してしまいます。

 

 

「えっ……兵長殿は敵の数を知ってたんですかっ!?」

「ああ」

「じゃあこんなに悠長に偵察している暇ないじゃないですかっ! 万ですよ、万!! 到底勝てる兵力差じゃありません! 早くアーノルド中尉にも報告しないとっ」

「必要無い」

「なんでですっ!?」

「既に知っている」

 

 

 それ以上私に紡げる言葉はありませんでした。

 

 絶句、絶句状態です。

 

 

 その後必要最低限の事しか喋ってくれない兵長の言葉を要約すると、状況はこの様な感じだそうです。

 

 

・元々敵の数は数千人規模で、最近になってジワジワ増えてきている。

・一方こちらも随時補充はしているものの、この拠点だけに戦力を割けるほどトゥーリスの兵力事情は豊かではなく、総勢200人程で対処している。

・この兵力差で国境防衛戦が崩壊してから今日までしっかり拠点を守り抜いている。

 

 

 聞けば聞くほど俄かには信じられない話でしたが、実際こちらの拠点は健在ですし、ああして敵の戦力を確認してしまえば信じる他ありません。

 

 

「お前の索敵魔法の力も確認した。少し楽をさせて貰えそうだ」

「そう…ですか、それはなによりです。兵長殿」

 

 

 すると兵長は持っていたヨモツ・ライフルを構えると、銃口を対岸に向けます。

 

 

「兵長殿、一体何を……?」

「撤収する。その前に仕事だ」

 

 仕事? 仕事って今してる偵察なのでは??

 

 ポカンとしている私を他所に、兵長はジッとヨモツ・ライフルを構えたまま動きません。

 

 しかもよく見ると、兵長のヨモツ・ライフルには狙撃手に必要不可欠な物、スコープが装備されていませんでした。

 

 いえ、よくよく考えれば今回は偵察任務だというのに、シムナ兵長が双眼鏡を使った所すら見た覚えが無いのです。

 

「あ、あの兵長殿。その銃スコープがっ」

 

 

 ――――パァンッ――――

 

 

 私の声は発砲音に搔き消されます。

 

 無論その発砲音の発生先は目の前のシムナ兵長です。

 

 まさか、対岸の敵を狙っている? スコープも無しで??

 

 

 私は確認する為もう一度索敵魔法を使用します。

 

 範囲は先程の負荷を考慮してより対岸寄りに、敵意の感知度合いも少し大雑把に調整。

 

 そして対岸に確認できる複数の敵意。

 

 先程より警戒度が少し上がってるように感じました。

 

 さらに後続から、新たな敵意が幾つか集まって来ます。

 

 

 そして、再度シムナ兵長の発砲音。

 

 

 発砲の後、今まで感知していた敵意の一つが消えたのを私は視てしましました。

 

 

 この人、本当に当ててる!?

 

 

 チャキンッと響く薬莢の飛び出す音、そして発砲。

 

 まるで正確無比な機械の様に二つの音が交互に響き渡ります。

 

 

 ――――パァンッ チャキンッ パァンッ――――

 

 

 しかもその発砲と同時に対岸に居た敵意が一つ、また一つと消えていくのです。

 

 ヨモツ・ライフルの装弾数は5発

 

 つまり5発撃てば弾の補給が必要となります。

 

 装弾は慣れた兵士であっても手間取る事が多く、それが戦場ならば猶更の事です。

 

 しかしシムナ兵長の装弾には一切の淀みが無く、すぐさま補給を完了させて次の射撃へと移っていくのです。

 

 結果1分程の間に16発もの狙撃を行い、しかもその全てが命中という神業を私は真近で体験しました。

 

 

「す、すごい……凄すぎる……」

 

 

 唯々感嘆の言葉を呟く事しか出来ない私を他所に、シムナ兵長は素早く撤収の準備を纏めています。

 

「ナナシ、今索敵魔法を使用しているな。敵の中に狙撃手の気配はあるか?」

「えっ?……あ、はい。少々お待ちください」

 

 何故か索敵魔法を使用しているのが気づかれている事に内心動揺しながらも、感知度合いを上げて索敵を続行します。

 

 ですがこちらを狙っている類の敵意は感知出来ませんでした。

 

「狙撃手の気配はありません、兵長殿」

「まだ補充しきっていないか……撤収するぞ」

「え? もう攻撃しないんですか??」

 

 私の疑問に答える声は無く、準備を済ませた兵長は足早に元来た道を歩ていきます。

 

 疑問がどんどん積もっていきますが、このままでは置いてけぼりです。

 

 仕方なく私は兵長を追いかけて、その場を後にしたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

「……あの、兵長殿。幾つか質問よろしいでしょうか?」

 

 

 橋の辺りまで帰って来た所で、私は意を決してシムナ兵長に話しかけます。

 

 兵長は無言のままでしたが、こちらを向いてくれたのでこれは了承と取って良いのでしょう。

 

 私は緊張しながら言葉を続けます。

 

「まず兵長殿はもしかして、索敵魔法かそれに近い魔法を使えるのでしょうか?」

「……どうしてそう思った?」

「だって、銃にスコープを付けて無い状態で百発百中だったじゃないですか! あんな事魔法を使わなきゃ出来る筈ありませんっ」

「練習すれば誰でも出来る」

 

 事も無さげに淡々と言い切るシムナ兵長。

 

 そんな訳無いでしょうと突っ込みたくなる気持ちを私は必死で抑えます。

 

「……じゃあ、さっきのは魔法を使わずに全部やったってことですか?」

「そうだ」

「……仮に出来たとして、じゃあ何でスコープを付けないんですか?無しであそこまで出来るなら、スコプがあればもっともっと凄い事が出来ると思います」

「スコープを付けた場合、レンズの反射で敵に位置がバレる恐れがある。だから使わない」

「な、なるほど……」

 

 確かにその理屈は分かります。

 

 狙撃手というのは如何に相手にバレる事無く行動できるかが非常に重要なのです。

 

 双眼鏡やスコープの反射は、視界が開けていればかなり遠くまで見えてしまいます。

 

 だからそういった危険要素を排除するのはとても大事なのでしょう。

 

 

 スコープ無しであれだけの事が出来る腕があればの話でしょうが。

 

 

 とりあえずこの話をしてもこれ以上無駄だと判断し、私は他の質問に切り替えます。

 

「では、なんでさっきはすぐ攻撃を止めてしまったのでしょうか? 相手に狙撃手が居ないのであれば、こちらから一方的に相手を攻撃できる大チャンスじゃないですか」

「ここで撃ち続けた所で敵に与えられる損害はたかが知れている。敵の狙撃手の補充が間に合っていないという情報が手に入った以上、続ける意味が無い」

「で、でも少しでも多く敵に損害を与えられるのであれば続けるべきでは無いでしょうか?」

 

 唯でさえこちらと相手では兵力差が違いすぎるのです。

 

 少しでもあるチャンスは大幅に活用するべきだと私は思います。

 

 ですがシムナ兵長は、ゆっくりと首を横に振りました。

 

「同じ場所に留まって狙撃を続ける事は、それだけで自分へのリスクを高め続ける。敵は狙撃手だけじゃない、お前もこれから遊撃を続けるなら、常に引き時を考えながら行動しろ」

「っ……分かりました」

 

 少し思う所がありましたが、経験豊富な方の忠告は素直に聞くべきですね。

 

「お前には確かに遊撃になる素質がある。中尉が目を付けた理由が分かった」

「そ、そうでしょうか? 私にはよく分かりません」

「遊撃の主な任務は偵察だ。その点でお前の索敵魔法の力は有益に働くだろう」

「でも、私は銃の腕はダメダメです。練習は欠かさず続けていますが、中々上達しなくて…」

 

 小銃はそれなりに扱えるようになりましたが、ライフルに至ってはまだまだ扱えているとは到底言えない腕前なのです。

 

 その上であんな神業を見せられてしまっては、これから遊撃をやっていく自信等私に持てる筈がありません。

 

「……ちょっとお前の銃を貸してみろ」

「? ……はい、分かりました」

 

 言われるがまま私は持っていたヨモツ・ライフルをシムナ兵長に渡します。

 

 兵長は幾つか動作を確認した後、すぐ銃を返してくれました。

 

「そのまま、少し銃を構えてみろ」

「え? こ、ここでですか??」

「そうだ」

「は、はい! 分かりました」

 

 すぐに私は言われた通り銃を構えます。

 

 しかし私の身長程あるヨモツ・ライフルは担ぐならまだしも立ったまま構えるとなると安定させることはほぼ不可能で、次第にプルプルと両腕が震えてきてしまいました。

 

「あ、あの……兵長殿? この後はどうすれば……」

「……」

「あぅ……」

 

 シムナ兵長は無言のままなので、私はプルプルする両腕を必死に踏ん張りつつ構えを続ける他ありません。

 

 時折私の身体をペタペタ触りながら様々な角度で私の構えを確認してくれているようですが、特に直す指示等は出してくれないのでこの事に何の意味があるのか私には分からないのです。

 

「……分かった。もう構えを解いていい」

「りょ、了解しました」

 

 やっと構えを解く許可が貰えた頃にはもう手に殆ど力が入らなくなっており、思わず銃を取り落としてしまいそうになってしまう程でした。

 

 何とか地面に落とす事無くキャッチできて一安心でしたが、シムナ兵長がこっちに近づいてきたかと思うと、今度は私の両手を開くように指示を受けます。

 

 言われた通り両手をを開いて差し出すと、兵長は私の手を開いたり握らせたりしながら観察を続けていました。

 

 これは……何をしているのでしょう? 手相占い?? いやいや、そんな訳無いですよね。

 

 そして兵長は納得したように頷くと、今度こそ私を開放してくれました。

 

 結局今のが何だったのか、私には何が何だか分かりません。

 

 

「あ、あの……」

「他は?」

「……はい?」

「他に質問はあるのか?」

「え、あ、……は、はい」

 

 どうやら答えてくれる気配はありません。

 

 仕方なく、私はもう一つ気になっていた質問を兵長に聞いてみます。

 

 

「さっき、何で私が索敵魔法を使っているって気づいたんですか?」

 

 

 一度目は許可を取ってからの使用でしたが、二度目は私が自分の判断で使用した索敵魔法です。

 

 ですからシムナ兵長は気づいていないと思っていたのですが、結果バッチリ見抜かれていました。

 

 勝手に使用してしまった事は後でしっかり謝るとして、その理由が気になっていたのです。

 

 兵長は少し間を置くと、私の目を指差します。

 

「魔導兵が強く魔法を使う時、その瞳が淡く光る。魔光と言われる現象だ。さっきお前の瞳が赤く輝いていた」

「魔光……」

 

 そんな事があるなんて、今まで全く知りませんでした。

 

 普段索敵魔法を使っている時も指摘された事は無かったのです。

 

「これから遊撃をする時は気を付けろ。特に夜間は目立つぞ」

「わ、わかりました……」

 

 とりあえず、どういった時に光ってしまうのかは検証しておいた方が良さそうですね。

 

 

 

 そうして色々質問しながら歩いている内に、いつの間にか私達は拠点まで戻って来ていました。

 

 シムナ兵長はそのままアーノルド中尉に報告へ行くとの事で、私はここから自由にしていいそうです。

 

「今日はご指導頂きありがとうございました! そ、それと……勝手に索敵魔法を使ってしまい、申し訳ありません」

「……問題無い。遊撃は基本自分の判断で動くことになる。但し、キッチリと自己管理をすることだ」

 

 幸いお咎めも無く、心の中でホッと一息。

 

 しかし次の瞬間、何故か私の銃をシムナ兵長が取り上げます。

 

「これは少し預かっておくぞ」

「え? な、何故ですか??」

「明日も同じ時間から偵察に出る。それまでしっかり身体を休めておけ」

 

 そう言ってシムナ兵長は去っていきます。

 

 

 銃、持っていかれちゃいました。

 

 私には扱うのは無理だから、諦めろって事なのでしょうか。

 

 しかし幾ら考えても答えが出る筈もなく。

 

 仕方なく私は、とぼとぼと部屋に帰るのでした。

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