戦場駆ける白き野兎   作:バサル

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第四十七話

 それから1週間後。

 

 

 まだ日も出ていない早朝に、私は目を覚まします。

 

 すぐに起き上がろうとしますが、私をがっちりホールドしている腕が中々起き上がらせてくれません。

 

 腕の持ち主は私の寝床にさも当然のように入ってきているハンナさん。

 

 仕方ないので起こさぬ様、ゆっくりと腕を剥がして寝床から脱出する事に成功しました。

 

 

 周りを見渡しても殆どの人達がまだ夢の中ですが、今の私の1日はこの時間からスタートするのです。

 

 あれから紆余曲折あったものの、私はまたちゃんと眠る事が出来る様になりました。

 

 お薬を飲めなかった最初の日はやはり中々寝付けなかったのですが、いつの間にか忍び寄って来ていたハンナさんに抱き枕にされてる内に気付けば夢の中。

 

 あれはどちらかというと眠ったというより気絶したに近かった気もしますが、それから毎晩ハンナさんは私の寝床に潜り込んできて、気づけば私もちゃんと眠れるようになっていたのでした。

 

 ハンナさんの行動には困ったものなのですが、でも何故か一緒に寝ていると心がポカポカして、安心出来る気がするのです。

 

 ハンナさんが風邪を引いてしまわぬ様毛布を掛け直して、私はすぐさま身支度を整えます。

 

 

「……ナナシ、今日も偵察か?」

 

 

 準備している途中に後ろから掛けられる声。

 

 振り向くとクランさんが眠そうに目を擦りながら起き上がっていました。

 

「はい。最近は敵の偵察も増えてきましたので、直に大軍が攻めてくるかもしれません」

「そうか……シムナが居るから大丈夫だと思うが、気を付けて行けよ」

「ありがとうございます。午後には帰ってこれると思いますので、クランさんがお手透きであればまた訓練をお願いします」

「おう、任せとけ」

 

 

 クランさんと会話しつつ手早く纏めた装備を背嚢に詰め込み、軍服の上から真っ白なギリースーツを着ます。

 

 最初はダボダボで酷い有様だったこのギリースーツですが、セラフィナさんが綺麗に手直してしてくれたお陰で今はピッタリ私の身体に合う様になりました。

 

 そして最後に何時ものマフラーを首に巻いて準備完了。

 

「それでは行ってきます」

「ああ、また後でな」

 

 私はそのまま部屋を出て、外へと向かいました。

 

 

 

 扉を開け、外に出た瞬間私の顔に張り付く冷気。

 

 部屋の中は暖房を全力稼働させているのでまだ過ごしやすいですが、冬を真近に控えたトゥーリスの気温は容赦なく人に襲い掛かってきます。

 

 流石に何の準備も無ければ堪えてしまう所でしょうが、私にはセラフィナさんが直してくれたギリースーツとこのマフラーがあるのです。

 

 もう一度深くマフラーをかぶり直して、私は歩き出しました。

 

 辺りはまだ真っ暗でほぼ視界はゼロですが、流石に1週間も経てば今何処を歩いているかぐらいは分かるようになります。

 

 私は、迷う事無く拠点の入り口までやってきました。

 

 

「……来たか」

 

 

 そしてそこに立っているのは、私と同じく白いギリースーツに身を包んだ少し小柄な男性。

 

 神業的な狙撃の腕を持つ、シムナ兵長です。

 

「おはようございます、兵長殿。今日は何処に行きますか?」

「昨日と同じく敵の偵察を探す。付いて来い」

「了解しました」

 

 軽い挨拶と任務の内容を聞き、私達はすぐさま行動を開始しました。

 

 

 

 

 

 私達の拠点と敵の拠点の間を流れるこのコール川。

 

 この川のお陰で敵は大部隊をこちらに送る為には橋を使わざる負えず、トゥーリス側はこの橋を死守する事によって現在戦闘は膠着状態となっています。

 

 しかしそれは大部隊を送る場合の話であり、少数の人数であれば橋を使わずともこちら側へ敵を送る事が可能なのです。

 

 そうして敵は少数の部隊をこちらへ送り込み、主に偵察行動を行っています。

 

 私達の任務は、この偵察部隊を叩く事なのです。

 

 

 

 しかし辺りは未だ暗闇の中。

 

 例え敵が迫って来ていたとしても、本来ならそれを見つける事は出来ません。

 

 ()()()()() 、

 

 

 

 敵の居そうなポイントに辿り着くと、すぐにシムナ兵長は狙撃の準備に入ります。

 

 ちなみに私は今回ライフルを持って来ていません。

 

 そもそもあの時シムナ兵長に預けて以来返して貰っていないのが主な理由なのですが、理由はもう一つ。

 

「兵長殿、索敵に入ります」

「ああ」

 

 シムナ兵長の準備が出来たのを確認し、私は目を閉じて索敵魔法に集中します。

 

 私がライフルを持っていないのは、索敵に全神経を注ぐため。

 

 敵はこの暗闇で狙われる等とは夢にも思っていないでしょうが、私の索敵魔法ならば見えない者も視えるのです。

 

 

 範囲は周囲300M程、単発索敵開始。

 

 魔法を起動すると同時に、流れ込んでくる周囲の情報。

 

 

 ――――2時の方向に敵意確認。 数、7。

 

 

「敵、確認しました。2時の方向、数は7です」

「……分かった」

 

 

 一度敵の位置さえ分かってしまえば、範囲を絞る事で単発索敵でなくても敵を追う事が可能になります。

 

 現在敵は潜んだまま動く様子はありませんが、日の出近くになれば行動を開始するはず。

 

 その動いた瞬間を、こちらが狙い撃ちするという訳ですね。

 

 私達はそのまま敵が動き始めるのをじっと待ち続けます。

 

 

 

 次第に東の空が薄く白んで来た頃、敵が遂に動き出しました。

 

「敵、動き出しました。隊列を組みつつこちらの拠点へ向けて移動中。先頭一人が突出しています」

「確認した、まずはソイツを仕留める」

「了解しました」

 

 静かにライフルを構えるシムナ兵長。

 

 辺りはまだ薄暗くて視界なんて殆ど無い筈なのですが、どうやらこの人には敵が見えているようですね。

 

 

 数秒の沈黙の後、シムナ兵長が発砲します。

 

 それと同時に消える先頭の敵意。

 

 

「先頭に着弾を確認。後方に控えていた敵の一人が足を止めています、今なら――――」

 

 

 私が報告し切る前に放たれる第二射。

 

 無論その後、足を止めていた敵意は消えます。

 

 そこから正確無比な射撃が5発。

 

 装填のラグを感じさせない程素早い射撃が、あっという間に敵意7つを倒してしまったのでした。

 

「……敵意全て消滅しました。お疲れ様です、兵長殿」

「後続が居る可能性がある、索敵範囲を伸ばして警戒しておけ」

「了解です」

 

 正直この腕前を見せられてしまっては、私が銃を取り上げられたのも納得せざる負えません。

 

 実際私が撃つよりこうしてサポートに徹した方が、よっぽど早く敵を倒す事が出来るのです。

 

 いえ、そもそも私のサポートすらこの人には必要無いのかも。

 

 そう思うと少しだけ悲しくなってしまいますが、今はそんな事を考えている暇はありません。

 

 私は自分の役割を果たす為、索敵魔法を再開しました。

 

 

 

 

 

 

 

 結局その後敵の後詰めがやって来る事は無く、お昼になった辺りで私達は任務を切り上げて拠点へと戻りました。

 

「今日はお疲れ様でした、兵長殿。また明日もよろしくお願い致します」

「……ああ」

 

 一言残して去っていくシムナ兵長。

 

 一緒に行動するようになって1週間ですが、未だに兵長は必要最低限の事以外私と殆ど話してくれません。

 

 一度意を決してお昼を一緒に食べませんかとお誘いした事もありましたが、アーノルド中尉に報告があるからと断られてしまったのです。

 

「はぁ……どうしたら兵長殿ともっとお話しできるのかな」

 

 恐らく私は兵長に嫌われてしまっています。

 

 きっとこうやって毎日私と一緒に行動するのも嫌なのでしょう。

 

 でも、だからこそ兵長にこれ以上嫌われてしまわない様頑張らなければなりません。

 

「クランさんなら兵長殿の事詳しいかも……後でちょっと聞いてみよう」

 

 そう考えていると、

 

 

 ――――グゥ――――ッ――――

 

 

 辺りに響くお腹の音。

 

 周囲には私以外に誰も居ません。

 

 なので当然、今鳴ったのは私のお腹です。

 

「うーっ……お腹空いたな」

 

 

『偵察任務の前は、食事も水も取るな』

 

 

 兵長からそう教わったため、私は何時も朝食は食べない様にしています。

 

 なので流石にお昼頃になると、こうしてお腹の音が鳴ってしまうのです。

 

「とりあえず、ご飯食べに行こう」

 

 お腹が減っては戦は出来ぬ。

 

 何処で聞いた言葉かは忘れてしまいましたが、今私達がやっているのはまさにその戦ですからね。

 

 まずはこのお腹の音を何とかするべく、私は食堂へと向かいました。

 

 

 

 食堂にはもうお昼という事もあり、沢山の人が食事を取っています。

 

 とりあえず順番を待っていると、配膳をしている男性から声を掛けられました。

 

「やあ、ナナシちゃん。今日も偵察任務お疲れ様」

「こんにちは、エルモさんもご苦労様です」

 

 この方はエルモ・セサミ上等兵。

 

 よく食堂で配膳をしていて、何度かお話をしている内に仲良くなった方ですね。

 

 私が偵察任務でお腹を空かせているのを察してくれ、よくご飯を大盛にしてくれるとっても優しいお兄さんです。

 

「今日のメニューはカナヴィーロッキだよ、オレの自信作だから是非ナナシちゃんも堪能してくれ」

 

 そう言ってエルモさんがこちらへ鍋を向けると、辺りに立ち上るカレーパウダーのとっても良い香り。

 

 カナヴィーロッキというのはトゥーリスに昔から伝わるカレー料理です。

 

 バターを弱火で溶かした後、そこで野菜をしっかり炒め、水とカレーパウダー、そしてコーンフラワーでトロミーを付けて煮込むシンプルなカレーですが、トゥーリスでは付け合わせに黒スグリのジャムを乗せるのが一般的。

 

 最初に食べた時はカレーにジャムが合うのか不安でしたが、甘めに仕上げてあるカレーにこのジャムがとってもよく合って今では私の大好物の1つですね。

 

 しかも作っているのは料理上手なエルモさん。

 

 これが美味しくない筈はありません。

 

 お腹ペコペコな事も手伝って、とっても気分が高揚してしまいます。

 

 私の順番が来るのが待ち遠しいですね。

 

 すると、

 

 

「……あー、お嬢ちゃん。オレの先に行くかい?」

 

 

 前で並んでいた方が、先にどうぞと列を譲ってくれます。

 

 ビックリして私は首をブンブンと横に振ります。

 

「そ、そんなっ! 大丈夫ですっ。ちゃんと待てますからっ!!」

「いやー……後ろでそんなに目を輝かせてるお嬢ちゃんより先に食うのは流石になぁ。お腹減ってるんだろ? 子供は遠慮なんかするもんじゃないぜ」

「えっ……あ、あのっ…………はい、ありがとうございます」

 

 ですが結局この方のご厚意に甘える事になりました。

 

 そんなに私、腹ペコに見えたのでしょうか。

 

 これじゃあアルちゃんの事笑えないです、恥ずかしい。

 

 縮こまりながら前へ行かせてもらうと、エルモさんはニコニコ笑いながら山盛りのお皿を私に渡してくれます。

 

「何時も頑張ってるナナシちゃんにはサービスだ。熱々が一番美味しいけど、舌を火傷しない様に注意してね」

「ゆっ…ゆっくり味わって食べるので大丈夫です。お気遣い、ありがとうございます」

 

 どうやらエルモさんにも私がお腹ペコペコなのがバレてしまっている様です。

 

 きっと今の私は顔が真っ赤になってしまっている事でしょう。

 

 私はエルモさんと先程列を譲ってくれた方にもう一度お礼を言うと、逃げるようにその場を後にしました。

 

 

 

 

 ご飯を貰って座れる場所を探していると、丁度ご飯を食べてるクランさんとセラフィナさんを見つけました。

 

 ここ最近セラフィナさんは、クランさんと一緒にであれば外に出たり、男性の居る場所に居ても取り乱さなくなってきたそうです。

 

 基本乱暴者で大雑把なクランさんですが、確かに一緒に居てくれたら安心する気持ちはよく分かります。

 

 このままセラフィナさんにはもっともっと元気になって頂きたいですね。

 

 

 等と考えている間にも私のお腹はご飯を寄越せとくぅくぅ鳴り続けます。

 

 折角ですし、お二人が良ければご一緒させて頂きましょう。

 

「おはようございます、クランさん、セラフィナさん。席をご一緒してもよろしいでしょうか?」

「おー、お疲れナナシ」

「おはよう、ナナシちゃん。私の隣が空いてるからどうぞ」

「はい、ありがとうございます」

 

 セラフィナさんにお礼を言って隣に座らせてもらいます。

 

 するとセラフィナさんは、私の山盛りのお皿をお皿を見て目を丸くしていました。

 

「ナ、ナナシちゃん随分一杯食べるのね」

「! あ、あの……えっと……」

「コイツは育ち盛りだからな。これぐらい食ってもっと背を伸ばさねえといけねえのさ」

 

 そう言ってバシバシと私の頭を叩くクランさん。

 

 当然めちゃくちゃ痛いです。

 

 クランさんはもうちょっと手加減というものを覚えて欲しいですね。

 

 これで私の身長が縮んでしまったら、一体どうやって責任を取ってくれるのでしょうか。

 

 無論口には出さず、抗議の視線を送りますが、クランさんは相変わらずヘラヘラと笑って気づいている節はありません。

 

 仕方ないので第二弾、頬を膨らませて抗議の意思を表します。

 

 これなら流石に気づいて貰えるでしょうと思ったのもつかの間、

 

 

 ――――プスッ――――

 

 

 何故か横から伸びた指が私の頬っぺをツンツンし、折角貯めた空気が全部抜けてしまいます。

 

 驚いて指が来た方を向くと、なんと犯人はセラフィナさんでした。

 

「うえっ……セ、セラフィナさん??」

「……あっ! ごめんねナナシちゃん。なんだか触り心地良さそうだったからつい」

 

 申し訳なさそうに謝るセラフィナさんを流石に怒る事は出来ません。

 

 しかし何故でしょう。

 

 最近こうしたセラフィナさんからのスキンシップを良く受ける気がしますね。

 

 私としては、怪力ゴリラなクランさんにペシペシされるのに比べればムズ痒い程度なので全然気にならないので良いのですが。

 

 しかしセラフィナさんの介入により、今日もクランさんに分かって貰う作戦は失敗なのです。

 

 仕方ありません、次までにもう少し作戦を練るとしましょう。

 

 

 

 そのまま3人でご飯を食べつつ、情報交換を行います。

 

 折角のタイミングなので、私はシムナ兵長の事を聞く事にしました。

 

 

「シムナの奴ともっと話すにはどうすりゃいいかって? あー……無理だな、諦めろ」

 

 

 しかし帰って来たのは何とも残酷な一言。

 

「シムナ兵長、とても寡黙な方ですからね。私も殆ど話した事ありません」

「飯誘っても絶対来ないしな、アイツ。ったく……一応オレはアイツより階級上だっていうのに、大したタマだっつーの」

「えっ……クランさんも断られちゃったんですか?」

「ああ、何か練習があるとかどうとか言われてな。アイツ手が空いたらすぐ拠点の裏手で銃の練習してるぜ。何でも元々は猟師をやってたらしいけど、あの熱心さはむかしからだってさ。アイツと同じ村出身の奴が話してたぜ」

 

 

 練習。

 

 

 その言葉はあまり喋りたがらないシムナ兵長からよく聞く数少ない言葉です。

 

 もしかしたら、今も裏手で練習をしているかもしれません。

 

 お邪魔になってしまうかもしれませんが、私ももっと銃の扱いを上手くなりたい。

 

 その為には兵長の練習を見るのはすごく勉強になると思うのです。

 

 

「……私、ちょっと兵長殿の所へ行ってきます」

 

 

 私は残ったご飯をかきこんで、立ち上がりました。

 

 

「おう。けどこの後の訓練はどうすんだよ?」

「あっ……ご、ごめんなさい。その……今日は…」

「……ま、良いさ。その分次はみっちり鍛えてやるから覚悟しな!」

「! はい、ありがとうございます」

「気を付けてね、ナナシちゃん」

「はい、ではまた。セラフィナさん、クランさん」

 

 2人に挨拶して、私は食堂を後にします。

 

 向かうは拠点の裏に広がる広場。

 

 シムナ兵長が居る事を祈って、私は足を早めるのでした。

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