――――判決、被告〇〇を死刑と処す。
淡々と伝えられたボクの死刑宣告。
その時思った感想は【どうでもいい】でした。
今起こっていること全てがまるで他人事の様で、正直どうしてこうなってしまったのかも理解できていないボクにとって本当に他人事だったのかもしれません。
でも刑が決まった後、ボクが殺したと言い張る人達の遺族の顔を見た時瞬間、ボクの心は生まれて初めてと言っていいほどにかき乱されました。
彼らからボクに向けられた純粋な怒りと殺意。
ボクを生んだ両親から何時も受けていた怒りなど些末に思えるほどの感情に、ボクは吐き気でその場に崩れ落ちてしまいました。
そこからボクが死刑になるまでの間、様々な人達から怒りの感情を受けました。
警察や遺族達からは勿論の事、全く関係の無い人達からも毎日の様に届くボクを呪う手紙や言葉。
いつの間にかボクは、世界中の人達から疎まれ、恨まれる存在となっていたのでしょう。
それを知った時、ボクはもう耐えられませんでした。
毎日唯この日々が終わることだけを祈り続けました。
いずれ来るはずの死刑執行だけがボクの救い。
そう思っていた。
けど違った。
ボクが最後に見た絞首台の縄は、今まで味わってきた怒りや殺意を全て濃縮した様な黒い気配に満ち溢れていて、思わず足が竦んでしまいました。
そんなボクを見て、周りの人間は嘲笑っていました。
お前はこうなって当然の人間だ。
もっと苦しめ。そして犠牲者に詫びろ。
なんで、こんな事になってしまったのでしょう。
様々な感情でぐちゃぐちゃになってしまったボクは、そのまま縄の前まで連れていかれ。
やめて ボクじゃない 助けて 死にたくない。
ボクは人生で初めて泣き叫び、命乞いをしました。
こんな風に死ぬのだけは嫌だ。
皆から恨まれて死ぬのは嫌だ。
だけど、そんな僕の最後の命乞いも全く聞き入られる事無く――――
絞首台は、あっけなくボクの命を奪っていったのです。
思えば、私が感情豊かになってしまったのはこちらに生まれた時ではなく、この時からだったのでしょう。
きっと私はこの時に壊れてしまったのです。
人生を終える最後に私は壊れて、本当はそこで終わる筈だった。
でも、終わる筈だった私には何故か次あって、でも壊れたままの私は前の様にはいられない。
昔みたいに無感情ではいられない。
だからきっと、これから先もずっと、この苦しみは――――
「ナナシちゃーん。朝だぞー。早く起きないとお兄さんが悪戯しちゃうよー?」
そんな私を呼ぶ声に、私の意識は夢から切り離されていきます。
また昔の夢。
毎夜寝る前に祈るほど見たくないと思っているのに、最近は頻度が上がってきている気がします。
夢の影響か、しっかり休んだ筈なのに身体は鉛の様に重く、気分は最悪。
ですが泣き言は言っていられません。ここは戦場なのですから。
重い体に鞭を打ちつつ瞼を開くと
「お、やっと起きたかい? それにしてもナナシちゃんの頬っぺたはもちもちでよく伸びるねー」
目の前には、良い笑顔で私の頬っぺたを引っ張る青年の姿がありました。
「……」
気分最悪だった筈なのに、またここから更に下がることになるとは予想外です。
ともかくこの今の感情を視線に込めて無言の抗議を敢行します。
「おっと、そんな恨めしそうな顔で見ちゃダメだよナナシちゃん。お兄さんはナナシちゃんの為思って起こしてあげたんだからさ」
「恨みませんのでまず手を放していただけますか、ヘルシェ上等兵殿」
「ああそっちか、ごめんごめん。あんまり良い手触りだったんでついね」
どう見ても本心で謝ってるとは思えないですねこの人。
正直この軽薄そうなお兄さん事、ヘルシェ上等兵は苦手です。
先程の様な私に対するスキンシップ多めな行動はまだ目を瞑れますが、この人はあろうことかアルちゃんにも同じ様にちょっかいを掛けるのです。許せません。
という訳で出来るだけ距離を置きたい相手なのですが、世の中そう上手いようにはいきません。
ヘルシェ上等兵は索敵魔法を使えないものの、周囲索敵の経験は豊富らしく、軍事行動中は殆ど一緒に行動する相手なのです。
どれだけ苦手な相手でも先輩は先輩。
そしてガルド小隊長からも一緒に行動中はヘルシェ上等兵の指示に従う様命令を受けています。
辺りを見渡すと辺りはまだ薄暗く、時計を確認しても予定起床時間より1時間ほど早い事に気づきます。
という事は、何かしら敵に動きがあったという事なのでしょう。
ここは我慢しつつ、従順な兵士として振舞うべきでしょう。
「起こして頂きありがとうございます。敵に動きがあったという事でしょうか?」
「いんや、今の所動き出す様子は無いね」
「……ん?」
敵が動いてないならば、私はまだ寝ていて良い筈では?
なら何故、私は頬っぺがヒリヒリになるまで引っ張られて起こされなければならなかったのでしょう。
「……ヘルシェ上等兵殿、私を起こした理由はなんでしょうか?」
「そりゃあ男ばっかでむさ苦しい中仕事するより、可愛い子と一緒の方がやる気も出るってもんでしょう」
なるほど、つまり自分都合で休息を取っている私を起こしたという事ですね。
やっぱりこの人はダメな奴です。
兵士にとって睡眠は何より重要な要素。
誰だって疲れ果てた身体を休める為、1分でも多く眠りたいと思っているのです。
それを正当な理由も無く1時間も削られた日には、その場で殴り合いになっても仕方がないと思います。
もっとも、あのまま寝ていてもきっと疲れなんて殆ど取れなかったでしょうし、私の体格では殴り合いに行こうにも容易く組み伏せられてしまうのは目に見えてますので実行はしません。
しませんか、この不満な気持ちは全て視線に込めるとしましょう。
ジト――ッ
「ごめん、ごめんってナナシちゃん! 冗談だよ、ホントはちょっと手伝ってほしい事があってね。悪いとは思ったんだけど起こしに来たんだ」
どうやら私の不機嫌さが伝わった様で、ヘルシェ上等兵は申し訳なさそうに謝ってきました。
なら最初からそんな冗談言わなければ良いと思うのですが、私はこの人より大人なので愚痴を言ったり等しません。
極めて冷静に、ヘルシェ上等兵に質問します。
「要件を伺います」
「実は塹壕の一部を改良しようって話が出ててね、それで他の小隊の奴らも総出で今掘ってる最中なんだけど、それの手伝いをお願いしたい訳さ」
なるほど、確かに塹壕の改良は急務ですね。
塹壕は我々防衛側の生命線、それが改良されれば兵士の死亡率に大きく関わります。
ですが改良している最中に敵が突撃でもしてくれば目も当てられません。
多少無理をしてでも手早く終わらせなければならないという訳ですね。
「分かりました。では私も塹壕堀をお手伝いします」
「いやいや、流石にナナシちゃんに力仕事はさせられないよ。そういうのは男手に任せとけ」
これでも近頃は毎日鍛えてますので、多少の力仕事なら平気だと思うのですが。
「ナナシちゃんのお仕事は、作業してる間の周囲警戒。ガルド小隊長に索敵魔法の使用許可も取ってるからよろしくね」
「了解しました」
索敵魔法、私の様な子供が兵士として見出されることになった最大の素養。
私自身まだまだこの魔法を扱いきれている訳ではありませんが、それでも部隊に貢献できる唯一と言っても良い取柄です。
しっかり役目を果たして見せましょう。
現場に行くと、私が呼ばれた理由がよく分かりました。
塹壕改良地の向かい側、つまり敵の勢力圏は深い森で覆われています。
森までの距離は丁度私の索敵魔法範囲内といった所でしょうか、これなら仮に敵が森に潜んで奇襲を企てても即座に感知が可能です。
早速索敵魔法で周囲に敵が居るかを探ります。
結果は敵意ゼロ。
どうやら現在森に敵が潜んでいるという事は無さそうですので、すぐさまヘルシェ上等兵に報告します。
「索敵終了しました。森側に敵が潜んでいる様子はありません」
「流石ナナシちゃん。まだ暗いってのによく視えるもんだ」
「それが索敵魔法の利点ですので」
視覚に頼らない索敵魔法は、対象迄の間に障害物があろうと関係無くその存在を感知する事が出来ます。
燃費の悪さと身体の負担を考慮しても、便利である事に変わりありません。
「あれ、ヘルシェさんナナシも連れてきたんですか? ソイツまだ寝てる時間でしょう」
掛けられた声に振り向くと、そこにはシャベルを持った男性が一人。
この人はトニー二等兵、私やアルちゃんより少し前にガルド小隊に配属された先輩です。
年齢も16歳と私達に近いですが、あまり話したことはありません。
「おはようございます、トニーさん。人手が居るとの事でお手伝いに来ました」
「この辺は森が近いからな、一応ナナシちゃんの索敵魔法で警戒して貰おうって訳だ」
「なるほど、けどナナシ、寝ぼけて敵を見逃さない様にしてくれよ」
「しっかり目は覚めているので問題ありません」
「そうかよ。けど寝起きには違い無いんだろ? ほら、これでも食っとけ」
そう言ってトニーさんはポシェットからチョコレートを取り出して、私に差し出します。
「チョコレートは最近品薄だと聞いていたのですが、良いのですか?」
「ばーか、ちびが遠慮すんじゃねえよ。オレは辛いもんの方が好きだからな」
チョコレートは栄養価も高いというのに勿体ない。
しかしそれなら気兼ねなく頂けるというものです。
「ありがとうございます。チョコレートの分しっかり働かせて頂きますので、周囲警戒はお任せください」
「そうしてくれ、オレもこんなとこで死にたかないからな」
トニーさんにお礼を言い、早速チョコレートにかぶりつきます。
途端に口の中で広がる濃厚な甘み。
暫く甘い物を口にしていなかったので、この甘みは私を心地よい幸福感で包んでくれます。
軍の支給品で稀に配られるチョコレートは、長期間保存出来る様に固くて甘さもかなり控えめで作られているのですが、このチョコレートは恐らく市販品でしょう。
尚更これは貴重品なのでは?
頭の中でそんな感想が浮かびますが、一度手を付けてしまえばこの甘さの誘惑には勝てません。
もきゅもきゅっ もぐもぐっ もきゅもきゅっ
もきゅもきゅもきゅっ もぐもぐもぐっ もきゅもきゅっ ばりっ
…ばりっ?
気づけばそれなりの大きさがあった筈のチョコレートは残らず私のお腹の中へ、外装の銀紙を口に含んでしまっていた様です。甘味から一転、なんとも言えない鉄の様な味が口の中へ広がります。
そこで突如、周囲から聞こえるクスクスという笑い声。
そちらを向くと、
「お前、銀紙まで食うとかどんだけ腹減ってたんだよ……」
「あははははっ! いやー、やっぱりナナシちゃんを見てると和んで良いねぇ。ほら、ナナシちゃんそればっちいからぺっした方が良いよ」
顔を逸らして笑いを堪えるトニーさんと、まったく堪える事無く大笑いなヘルシェ上等兵の姿がありました。
カァーッと顔が熱くなるのを感じ、私は顔を伏せます。
その様子を見たトニーさんは堪え切れなくなったのか、遂に笑い出してしまいました。
「お前、いつもムスっとしてるけどこういう顔も出来るんだな。そっちの方が可愛げあって良いと思うぜ」
「知らないです。今すぐ忘れてくださいっ!」
「まあまあナナシちゃん、そんなにお腹空いてるならお兄さんのライ麦パンも食べるかい?」
「いりませんっ!!」
二人のからかいは、見かねた周りが注意するまでしばらく続きました。
その後残後堀を始めて暫くした頃、作業をしていたヘルシェ上等兵が手を止め、じっと森の様子を伺い始めます。
森に何かあるのかと索敵魔法を発動しますが、特に敵意は感知できません。
「森に何かあるのですか?」
「……イスカミの群れが飛んでいった」
ヘルシェ上等兵の視線の先を見ると、確かに鳥の群れが森を離れ飛んでいくのが見えました。
イスカミというのはこの辺りに群生している野鳥で、数十羽の群れが木の幹に巣を作って生活する小さな鳥です。
「イスカミは警戒心の強い鳥だ。けど渡りの時期でも無いのに群れが一気に離れていくのは尋常じゃない。トニー、他の奴らに一旦作業を止める様言ってくれ」
「了解、迎撃準備っスね」
「いんや、まだ確定じゃねえしこっちがバタ付いたら仮に敵が攻めてきてる場合情報を与えちまう。一旦手止めて、休憩してるぐらいに思わせとこうぜ」
ヘルシェ上等兵の指示を受け、トニーさんは伝令へと走ります。
まだ確定ではないと言っていたヘルシェ上等兵の顔は何時もとは違う真剣な面持ちで、事態はかなり緊迫しているのだと悟りました。
「ナナシちゃんは、索敵魔法後何回くらい使える?」
「単発索敵でしたら時間を置けば10回以上平気です。ただ……」
「継続して索敵したり、合間を置かずだと魔力の前に身体の方が持たないんだったね。継続した索敵は何秒ぐらいなら大丈夫?」
「……我慢すれば、10秒ぐらいは大丈夫だと思います」
それ以上は恐らく、酷い吐き気と頭痛で倒れてしまうでしょう。
索敵魔法を長く使用すると、頭の中に入ってくる情報量に耐え切れなくなって激しい吐き気と頭痛が襲ってくるのです。
正直10秒も耐えられる自信はありませんが、先程のチョコレートのお陰かコンディションは悪くありませんので、1度ぐらいなら何とかなるでしょう。
「おっけー、じゃあナナシちゃんにはオレが指示したら索敵魔法を使ってもらおうか。オレの見立てじゃ多分敵は来る、けどこっちが感づいてるのに気づいてない。ここが狙い目だ、そしてナナシちゃんの索敵魔法なら、こっちが探りを入れてるのに気づかれる事無く敵の位置が把握できる」
「……了解しました」
つまり私の索敵の精度が鍵を握る訳ですね。
重圧からか、嫌な汗が額から伝うのを感じます。
でも、私だって兵士です。兵士なんです。
与えられた仕事はしっかりこなさなければなりません。
一度小さく深呼吸をして覚悟を決めようとしたその時、突如後ろから大きくバシンッとお尻を叩かれます。
「っひゃい!?」
思わず悲鳴をあげてしまいました。
犯人は当然一緒に居るヘルシェ上等兵です。
「な、何するんですか!?」
「リラックスだよ、ナナシちゃん。固い顔してちゃダメダメ」
「それとお尻を叩く事に何の関係があるんですか!?」
「あんまり無いかな。強いて言うなら柔らかそうだったから」
この人はこんな非常事態になんて事をするのですか!? 非常識にも程ががあるのです!
怒りが収まらず、恨みを込めてヘルシェ上等兵を睨み返します。
そんな私の顔を見て尚、ヘルシェ上等兵はへらへらと笑っていました。
一発殴ってやりましょうか。
しかし、ふと気づくと私は、先程まで緊張でガチガチだった身体が楽になっている事に気づきました。
「緊張、解けたみたいで何よりだ。あんまり気負う必要は無いんだよ、やばくなったらお兄さんがキッチリフォローしてやるさ」
どうやら今までの一連の流れは、私の緊張を解くためのヘルシェ上等兵なりの気遣いだったようです。
「……ありがとうございます。ヘルシェ上等兵殿」
「お礼を言われる様な事はしてないよ。オレはナナシちゃんの先輩なんだし」
そう言ってニッコリと笑うヘルシェ上等兵に、私は少しだけ……ほんの少しだけこの人への苦手意識が和らぐのを感じます。
普段からこれぐらい気を配れる人なら、尊敬できるんですけどね。
「さて、んじゃ一仕事始めますか」
「了解です」
そして私達は、森に潜むと思われる敵に対しての行動を開始しました。