戦場駆ける白き野兎   作:バサル

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第四十八話

 広場に近づくと共に響いてくる銃声。

 

 誰かが居る事は間違いないようです。

 

 そっと近づいて覗いてみると、そこには先程別れたシムナ兵長の姿がありました。

 

 どうやら木に付けた目標に向かって狙撃の練習をしているようですね。

 

 

 練習の邪魔をしない様影から覗いているつもりでしたが、少しして兵長がこちらを振り向きます。

 

「そこに居るのはナナシか?」

「にゃっ!?」

 

 まさか気づかれているとは思わず、つい変な声が出てしまいました。

 

 すぐに兵長の元へ走り寄って謝罪します。

 

 

「れ、練習の邪魔をしてしまい申し訳ありませんっ!」

「……何か用か?」

「いえ、用という訳では無いのですが……その、語学の為に見学させて頂いても良いでしょうか?」

「……」

 

 返事は返ってこず、シムナ兵長はそのまま練習へと戻ってしまいました。

 

 ですが、断られなかったという事はこのまま見ていても良いという事ですよね。

 

 

 その後暫くの間、兵長の狙撃練習を見学させて貰います。

 

 ボルト操作からの構え、そして発砲。

 

 一連の動作に全く淀みが無く、そして発砲した全ての弾が目標の中央へと吸い込まれていきます。

 

「ホントに凄いです……どうしたらそんなに百発百中になれるのでしょう」

 

 気づくと私はポツリと呟いていました。

 

 きっと帰ってくる言葉は一言『練習』ですね。

 

 そう思って居ると、シムナ兵長は手を止めてこちらへと歩いてきます。

 

「ナナシ、お前は敵を撃つ時何を考えて撃っている?」

 

 そして突然投げかけられる問い。

 

 今までそんな事強く意識した事はありませんでしたが、強いて言うならこれでしょうか。

 

「えっと……当たってくださいと願って撃っていると思います」

 

 願いというより、祈りに近い気持ち。

 

 私が銃を撃つ時、それは大抵追い詰められた時ばかりでしたし、藁にも縋る想いとはまさにあのような感じなのでしょう。

 

 しかし私の答えを聞いたシムナ兵長は、ゆっくりと首を振ります。

 

「願っては駄目だ。必ず当たる、そう確信した時だけトリガーを引くようにすれば良い。そうすれば自ずと弾は敵に当たる。オレは何時もそうしている」

「……でも、私は撃つ時確実に当たるだなんて思えたことはありません」

 

 そう思える様になっている自分すら、到底想像も出来ないのです。

 

 するとシムナ兵長は、

 

「少しここで待っていろ」

 

 そういって何処かに行ってしまいました。

 

 

 

 待つ事5分程。

 

 帰って来た兵長の手には、以前私が渡したライフルが握られています。

 

「前はお前の身体に合っていなかったから調整した、これからはこの銃を使ってみろ」

 

 そう言ってライフルを渡すシムナ兵長。

 

 見た目は特段変わった様子はありませんでしたが、構えてみるとその違いがすぐに分かりました。

 

「グリップがとっても持ちやすい…! それにストックがまるで身体に張り付くみたいにぴったりっ」

 

 以前は大きすぎて身体に合わなかった部分が私の身体に合わせて削ってあるため、構えるとまるで身体の一部になった様に非常にしっくりきます。

 

「グリップとストックを削ってお前の身体に合う様に調整した。その分軽くなっているから取り回しも前よりはやり易い筈だ。早速あそこを狙って撃ってみろ」

 

 そう言ってシムナ兵長が指差したのは、先程まで兵長が狙っていた木に付けられた目標。

 

 距離も大きさも、以前アーノルド中尉に言われて狙ったシラカンバの枝と同じぐらいです。

 

「……分かりました、やってみます」

 

 伏射の構えを取ると、以前より断然使いやすくなっているのがよく分かります。

 

 恐らくグリップやストック以外も、私が使いやすくなるように細かい調整をしてくれているのでしょう。

 

 何時も任務続きな上に、空いた時間はこうやって練習を続けているシムナ兵長。

 

 その中で時間を作って、態々私の銃を調整してくれた。私の為に時間を作ってくれた。

 

 心がポカポカ温かくなると同時に、そうまでしてくれた兵長に報いなければならないという気持ちが、私の中でフツフツと湧いてきます。

 

 

 ――――この一発、絶対に当てなきゃダメだ!!――――

 

 

 深く深呼吸をした後、狙いを定める事に全神経を集中させます。

 

 定まる照準、安定する銃身。

 

 そして私は、トリガーを引き絞りました。

 

 ドンっと、身体に掛かる衝撃。

 

 しかしその衝撃は以前に撃った時より大分少なく、身体全体でしっかり吸収する事が出来ます。

 

 そして真っすぐ飛んでいく弾丸は、目標にしっかりと当たりました。

 

 

「やった……当たった。当たりました!! シムナ兵長殿!!」

「ああ、今の感覚を忘れるな。そのまま練習を続ければ、お前は良い腕の猟師になれる」

「はいっ! ありがとうございます兵長……?」

 

 今、何かおかしなワードが聞こえたような?

 

 おかしいなと思い兵長の顔を見ると、何時も無表情な兵長が小さくではありますがしっかりと笑っていました。

 

 何が何だかよく分からなくなっている私の頭を、兵長の手がポンと撫でます。

 

「つまり、後は練習だ」

「は、はい……頑張ります」

 

 ポンポンと頭を撫でた後、シムナ兵長は自分の銃を持って歩いて行ってしまいました。

 

 暫く状況が呑み込めず、ポカンとしていた私。

 

 でも去っていく兵長はとても楽しそうでしたね。

 

「……さっきの、もしかして兵長殿の冗談だったのかな?」

 

 一瞬そんな事も過りましたが、既に兵長はここには居ない為真相は闇の中。

 

 だけど前よりちょっとだけ兵長と仲良くなれた気がして、私の心の中で嬉しさが溢れてきました。

 

「……よし、もっともっと練習して上手くなろう!」

 

 

 結局その後私は夜遅くまで、狙撃の練習に明け暮れました。

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 

 早朝の偵察任務を終えた私は、お昼からクランさんに付き合って貰って訓練を行う事になりました。

 

 クランさんの訓練は基本体力トレーニングがメインで、その内容は実にハードです。

 

 背嚢10kg装備状態でのランニングから始まり、プランク、スクワット、腕立てと準備運動の段階から容赦がありません。

 

 以前に受けたガルド小隊長の訓練のお陰で何とか付いていくことが出来ましたが、終わった頃にはヘトヘト状態です。

 

「どーしたナナシ、もうへばってんのか?」

「はぁ……はぁ……いえ、まだ大丈夫です!」

「よーし、良い根性だ!んじゃそろそろメインに行くか」

「はい、よろしくお願いします!」

 

 そしてそこから始まるのは、実践を想定した組手や魔法の練習。

 

 私が以前魔法適性を調べて貰った時は、索敵魔法のみに適正との事でした。

 

 しかし前に身体強化魔法らしき力を発動できた事で、こちらも練習しておく事になったのです。

 

「良いかナナシ、身体強化魔法の基本は身体に魔力を通すイメージだ。拳に魔力を込めるイメージをして、オレに一発入れてみろ!」

「は、はい! やってみます!」

 

 魔力を込める。

 

 右手に、込めて、打つ!

 

「てやぁーっ!!」

 

 気合と共に繰り出される……拳!

 

 

 ――――ぺちんっ――――

 

 

 周囲に響く何とも情けない音。

 

 無論、失敗です。

 

 というか、あれ以来私は一度も身体強化魔法を成功させたことがありません。

 

 ここまで来るとあの時の力は何かの間違いだったのではと疑いたくなってしまいますね。

 

「お前……これで全力か? 身体強化以前に腰が入ってねえこんなへなちょこパンチじゃレポも倒せねえぞ!」

 

 呆れ顔で私を見るクランさん。

 

 むぅ……私のパンチがへなちょこなのは認めますが、それでも言って良い事と悪い事があると思うのです。

 

「はい、申し訳ありません!! でもレポさんは可哀そうなので殴っちゃダメだと思います!」

 

 私の指摘を受け、明らかに動揺するクランさん。

 

 フワフワモコモコのレポさんは愛でるもの! 決して殴って良い相手では無いのです。

 

「っ……言葉の綾だ馬鹿野郎! オレがそんな弱い物虐めする奴に見えんのか!?」

「いつもデコピンで酷い目に遭わされてます……」

「あれは指導だ! なんならもう一発喰らっとくか!?」

「にゃぁっ!?」

 

 

 ズシンっと頭に響く衝撃。

 

 破壊力抜群なクランさんのデコピンが私の頭にクリーンヒットしました。

 

 というかクランさん、言う前に手が出るのはどうかと思います。

 

 ヒリヒリするおでこを撫でつつ、続ける魔法訓練。

 

 ですが身体に魔力を込めるイメージというのが、中々ピンとこないままでいます。

 

 何時も索敵魔法を使う時魔力は身体というより周囲に発する様なイメージで使うので、どうしても身体の一部に込めるイメージが湧かないのです。

 

 クランさんが色々とコツを教えてくれるのですが、結果は芳しくなく。

 

 折角付き合ってくれているクランさんに非常に申し訳ないのです。

 

「うーん……中々上手く行かねえな。けど、一度出来たって事は絶対お前には素質がある筈だ」

「本当にそうなのでしょうか、とても私に出来る気がしないのです」

「バーカ、弱気になったら出来るもんも出来ねえんだよ。魔法がイメージってのはお前も良く知ってるだろ? 出来ねえって頭の隅で考えちまったら絶対出来ねえ。不安でも心配でも、それを心の何処かに押しやって、100%出来る気でやる! 見てろ」

 

 そう言ってクランさんは、拳を構えます。

 

 クランさんの視線の先にあるのは一本の木。

 

 大体距離としては5M程でしょうか、立派な木で恐らく樹齢は100年近くでしょう。

 

 しかしクランさんは一体何をするつもりなのでしょうか。

 

 疑問に思いながら見ていると、クランさんはそのまま気合一閃、構えた拳を前方に繰り出します。

 

 

 ――――ドンッ――――

 

 

 重く響く何かがぶつかったような音。

 

 直後、メキメキと音を立ててクランさんの目の前にあった木が圧し折れていきます。

 

「フッ……ま、こんな事も出来るようになるぜ」

「いっ……今のは一体どうやったんですか!?」

「オレが魔力の流れとか見たり、コントロールするのが得意って話は前したよな? 今のはその応用だ」

「……後半ははじめて聞きました」

「ん? そうだったか。まあとにかく、デッカイ魔力の弾を拳から撃ちだしたって感じだ。まあ加工してない魔力は体外に出すとすぐ消えちまうから、射程は精々7、8Mってとこだな」

 

 得意げな笑みを浮かべるクランさんの後ろで、ゆっくりと傾いていた木が遂に耐えきれず盛大な音と共に地面へ倒れます。

 

 

「どーだナナシ、ビックリして声も出ねーか?」

 

 

 多分私は相当ビックリした顔をしていたのでしょう。

 

 確かに私はビックリしていました。

 

 木が倒れたその瞬間、私は見てしまったのです。

 

 倒れた木の洞からビックリして上空へ飛び上がった一匹のレポの姿を。

 

 レポはぐんぐんと空高く昇っていきますが、すぐに重力に負けて下降を開始します。

 

 ジタバタと藻掻くも上空では何もできる筈も無く。

 

 真っすぐクランさんの元へと落ちていきます。

 

「……? おい、ナナシ! さっきから何見てんだよ?? 上になんかあんの……」

「あ」

 

 クランさんが上を向いたのと、可哀想なレポが落ちてきたのはほぼ同時。

 

 そうしてレポは見事、クランさんの頭へ着地を決めたのでした。

 

「うわっ!? な、なんだコイツ!! どっから飛んできた!?」

「駄目ですクランさん! レポさん怖がってますからっ!!」

「レポォ!?」

 

 ブンブンと首を振って引き剥がそうとするクランさんですが、相当怖い思いをしたレポはクランさんの顔にギュッとしがみ付いて離れません。

 

 キューキューと鳴いて、必死に助けを求めています。

 

「落ち着いてくださいクランさん、暴れるともっと怖がっちゃいますから」

「くっ……じゃあお前がなんとかしろっ!」

「了解です! ほらレポさん、こっちへ来てください。こっちは恐くないですよー」

 

 これ以上怖がらせない様、そっと下から手を差し出してこちらに来る様誘導します。

 

 私の姿を見て警戒した様子でしたが、流石にクランさんの上よりは居心地が良いと判断してくれた様で、少し私の手の匂いを嗅ぐと、ピョンっとこちらへ飛び移ります。

 

 ですがまだ怖さが残ってるのか、身体がプルプルと震えてしまっていますね。

 

「よしよし、もう怖くないですよ。いっぱい怖い思いさせてごめんなさい」

 

 安心して貰える様に背中を優しく撫でていると、段々とプルプルも無くなり大人しくなってくれました。

 

 これで一安心ですね。

 

「レポさん落ち着いてくれたみたいですよ、良かったですねクランさん!」

「……そうだな。所でナナシ、お前何でオレより先にそいつの心配してんだ」

「……あ。えっと……その……ご無事で何よりでした、クランさん!」

「取って付けたように言うんじゃねえっ!!」

「にゃぁっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局この後、レポさんのお家が無くなってしまった為私達は近場に良い木が無いか探し回る事となり、やっと良い場所を見つけた頃にはもう日が沈みかけていました。

 

「流石にこの時間からじゃ明日に響いちまうか、今日の訓練はこれで終わりだな」

「そうですね……長い時間お付き合いさせてしまい申し訳ありません」

「別に構いやしねえよ。元々オレはお前をみっちり鍛えてやるつもりだったしな」

 

 ぶっきら棒に告げるクランさん。

 

 最初会った時はとっても怖くて……今でもちょっと怖いけど。

 

 でも怖いだけじゃなくて、その奥にはとっても優しさがある人だという事を今の私はよく知っています。

 

 

 クランさんだけじゃない。

 

 ハンナさん、セラフィナさん、エーロさん、エルモさん、そしてシムナ兵長。

 

 私の事を気に掛けてくれて、優しくしてくれるとっても良い人達。

 

 ガルド小隊の皆さんもアルちゃんも居なくなってしまって、ずっと冷たくなっていた私の心に、皆さんがポカポカをくれました。

 

 だけど、そんな優しい人達がまた危険な目に遭うかもしれない。

 

 そんなの絶対嫌。

 

 もうあんな思いをするなんて……絶対嫌なんです。

 

 だから私は、もっと強くならなければなりません。

 

 強くなって、強くなって、何時か守って貰うのではなく、皆を守って上げれるぐらいに強くなりたい。

 

 唯々、そう思ったのです。

 

 

 

 この世界に神様が居るのかは分かりません。

 

 だけど、悪魔はきっと居るのだと思います。

 

 だから私は、悪魔にでも願いましょう。

 

 どうか、どうか私を強くしてください。

 

 代償なら、私の渡せる物を何でも差し上げます。

 

 だからどうか、皆を守れる力を私に下さい。

 

 

 私はずっと、そう願い続けるのでした。

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