戦場駆ける白き野兎   作:バサル

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第四十九話

 オーガの横暴なトゥーリスへの侵略より始まった戦い『冬戦争』。

 

 当初オーガはこの戦争を数日中に決着するつもりだったが、トゥーリス軍の脅威の粘りによってその目論見は大きく外れる事となった。

 

 

 

 

 

 

 トゥーリス首都ヘルキュア  軍司令部

 

 

 忙しなく動き続ける軍人達の中、彼らの姿を鷹の様な鋭い瞳で見ている人物が居た。

 

 彼の名前はクスター・E・マールへイン。

 

 トゥーリス軍最高司令官であり、この戦争に置けるトゥーリス軍の脅威の粘りを実現させた立役者である。

 

 彼は何れオーガが侵略してくることを予期しており、その為の準備を秘密裏に進めていた。

 

 

 オーガとの国境に配備された強固な防衛線 通称『マールヘイン線』の他、

 

 現在トゥーリスの生命線となっている魔導兵の迅速な配備と教育体制。

 

 徴兵年齢の引き下げによる大幅な兵士確保。

 

 

 これらの前準備のお陰もあり、トゥーリスはオーガの初動を大幅に遅らせる事に成功した。

 

 防衛線崩壊後も各地部隊にゲリラ戦による遅滞作戦に移行させ、オーガ兵達の進軍はかろうじで食い止められている。

 

 しかし既にオーガはトゥーリスの国土15%を侵略しており、今も尚大量の兵士をこの首都ヘルキュアに向けて侵軍させ続けている現状は、決して楽観し出来るものでは無かった。

 

 

「元帥閣下、現在の戦局を纏めましたのでご確認をお願いします」

 

 

 そこに1人の若い兵士が大量の資料を持ってやってくる。

 

 クスターは彼から資料を受け取ると、1枚1枚目を通し始めた。

 

 

 

 現在の戦局は大きく分けて、

 

 

 ・トゥーリス北部から攻めてくるオーガを迎え撃つ北部戦線

 

 ・トゥーリス第二の都市であるヴィプリを制圧し、トゥーリスを南北で分断しようとしているオーガを迎え撃つ中部戦線

 

 ・ラート湖南岸を制圧しようとするオーガを迎え撃つ南部戦線

 

 

 この三つに分かれており、それぞれの場所で壮絶な戦いが繰り広げられていた。

 

 その中でも特に激戦なのは中部戦線であり、このままでは後一月もしない間にヴィプリが陥落する恐れがある事を資料は告げている。

 

「やはりこのままではヴィプリはもたんか」

「そうですね、現在の状況は控えめに言って芳しくありません。既にオーガ軍はヴィプリを包囲するよう展開しており、その数は日を増すごとに増えています」

「ふむ……ではこの状況、どうすべきだと思うかね? レオ・ワイズ少尉」

 

 そう言って目の前の少年、レオ・ワイズを見据えるクスター。

 

 レオをは顔を伏せ、辛そうに口にする。

 

「このままヴィプリに留まれば、あそこに居る者達は一人残らずオーガの餌食となるでしょう。今ならまだ退路は残っています、ここはヴィプリを捨てて撤退する他無いかと」

「そう……だな、可能なら私もそう命令したい所だ。しかしそれは出来ない、何故ならヴィプリが敵の手に落ちてしまえばトゥーリスは完全に南北に分断されてしまう。そうなれば北部の防衛部隊ももはや戦う事は出来まい」

 

 何故ならばトゥーリスは南部に主要都市や施設が集中しているため、南北が分断されてしまった場合、北部で戦っている兵士達への補給が絶たれてしまうのだ。

 

 故にヴィプリは断固死守せねばならないのである。

 

 クスターの言葉にレオはもはや押し黙るしかなかった。

 

 

 元々クスターは、国力の劣るトゥーリスがオーガに勝てない事を理解していた。

 

 だからこそ防衛戦やゲリラ戦を徹底し、出来る限り時間を稼ぐ道を選んだのだ。

 

 実際国際世論はトゥーリスに同情的であり、開戦直後から隣国であるスヴァリク王国や西方の大国であるライル帝国から軍事、物資、資金の援助があった。

 

 しかし彼らが行うのはあくまで間接的な支援のみであり、決して本格的な戦争への参戦を行おうとしなかったのである。

 

 他国の参戦無くしてトゥーリスに勝ち目は無い、だがもっとも期待されていた二か国の沈黙は、トゥーリスにとってもはや致命的であった。

 

 

 だがそれでも。

 

 彼らは諦める訳にはいかないのである。

 

 それは自らの祖国の為、そして家族を守る為。

 

 彼らが諦めれば祖国はオーガによって蹂躙され、トゥーリス国民は奴隷のように扱われる事になるだろう。

 

 守るべき祖国の仲間達を、愛すべき家族達を、その様な目に遭わせる訳には行かない。

 

 例え最後の一兵になったとて、戦い続ける覚悟をトゥーリスの兵士達は決めていた。

 

 

 重苦しい空気が立ち込める中、そこへ一人の人物が割って入る。

 

 

「元帥閣下、撤退が無理なのであれば援軍を送る他ありません。その任務を、どうか私達に任せて頂けないでしょうか」

 

 

 2人が声の方を振り向くと、そこには長い金髪をたなびかせる美青年が立っていた。

 

「た、隊長。こちらへ来られていたのですね」

「ああ、お前にばかり雑務を押し付ける訳にはいかないからな」

 

 青年の姿を見て、すぐさま敬礼の姿勢を取るレオ。

 

 そんな彼の方を叩くと、青年はクスターへと改めて向き直った。

 

「ハッセ大尉か。だが君の部隊はまだ編制して間もないと聞いている、実戦に耐えうるのか?」

「ここまで十分な訓練を積んで参りました、問題ありません。そして今はトゥーリス危急存亡の時、ここで動かずして、何時動くというのでしょう? 我ら『トゥーリ・ライヴエ』にお任せを、必ずや元帥閣下の元へ朗報をお届けする事をお約束致します」

 

 凛とした姿勢のまま深々と頭を下げるハッセ。

 

 その姿勢にしばし考え込んでいたクスターであったが、最後は無言で頷いた。

 

「ではすぐに部隊を纏め出撃します。レオ、隊員閣員へ伝達。今から1時間以内に装備を纏めてヴィプリへ向かう」

「はっ! 了解致しました隊長殿」

 

 すぐさま準備へと向かうレオ。

 

 それを追う様にハッセもまた部屋を後にした。

 

 2人を見送ったクスターは、1人小さな溜息を付く。

 

 

「本来ならこの国の未来を担うべき優秀な若者を前線へ立たせ、私の様な老人ばかりが安全な後方でぬくぬくと過ごしている。何れ私は、地獄へ堕ちるだろうな」

 

 

 せめて自分が後10も若ければ、この様な思いをする事無く自分自らが前線へと赴く事が出来たのにと悔やむクスター。

 

 しかし彼には、そんな時間は許されていない。

 

「申し訳ありません元帥閣下、お時間よろしいでしょうか」

 

 レオ達と入れ替わる様に他の者が続々とクスターの元へやってくる。

 

 軍の最高司令官である彼には、弱音を吐く時間すらも許されないのだ。

 

「ああ、問題無い。要件は何か?」

 

 すぐに思考を切り替え応対するクスター。

 

「それが……元帥閣下にお会いしたいという方がいらしてまして」

「ほう、もしや他国の使者か?」

「はい」

 

 思わぬ朗報に顔を緩ますクスター。

 

 その使者が持ってきた話が何であれ、自国のみでは既に八方塞がりなトゥーリスにとっては有益になる可能性は高いからだ。

 

「なるほど、それで彼の使者何処の国の者だ?」

「どうやらライル帝国の方の様なのですが……」

「どうした、何か問題があったなのか?」

「……いえ、現在応接室にてお待ち頂いております。御会いになりますか?」

「無論だ」

 

 こんな状況下で使者がやって来るという事は、よっぽど火急の話なのだろう。

 

 クスターすぐに使者と会う旨を伝え、応接室へと向かった。

 

 

 

 この機会をトゥーリスの状況打開に必ず生かしてみせる。

 

 そんな覚悟を持って応接室へと入ったクスターであったが、使者の姿を見るなり絶句してしまう。

 

 応接室で自分を待っていた相手は使者というにはとても若すぎる、十代半ば程の少女だったからだ。

 

「クスター閣下、お会いできて幸栄です。私はレニア・フォン・アインスと申します」

 

 思わずドアの前で立ち止まってしまったクスターに、レニアは挨拶をする。

 

 その姿に我に返ったクスターは、慌てて挨拶を返した。

 

「クスター・E・マールへインだ。貴殿がその……ライル帝国からの使者という事で間違いないのだろうか?」

「はい、間違いありません。本来なら私の様な若輩者ではなく父がこの場に赴く予定だったのですが、現在父は病に臥せっており、その名代としてこちらに伺いました。クスター閣下を混乱させてしまったようで、大変申し訳ありません」

「いや、こちらこそ使者殿に対して申し訳ない。お父上のご快復を祈らせて頂こう。そして、その様な中で我が国に来てくださった貴女にお礼申し上げる」

 

 言葉を交わしながら、クスターは改めて目の前の少女を観察する。

 

 ライル特有の鮮やかな金髪はセミロングに綺麗に纏められており、その神秘性を秘めた灰色の瞳に非常に映えていた。

 

 先程の丁寧な応対と良い、恐らくはかなりの名家の出なのだろう。

 

 今も申し訳なさそうにクスターの顔色を窺っているレニアの姿は、彼に少々内気な印象を与えた。

 

 そうクスターが考えていた時、ふと彼女の付けている狐を模した髪飾りが目に留まる。

 

『あの髪飾り……確か何処かで見覚えが』

 

 そんな考えが頭を過るも、今は使者への応対が先と、考えを頭の片隅に追いやった。

 

 

「それでは、今回こちらに来て頂いた理由を伺おうか」

 

 

 クスターがレニアに話を促すと、彼女はニッコリと笑みを浮かべて話し出す。

 

 

「はい、ご安心ください閣下。このお話は、きっと閣下にも喜んでいただけると思います」

 

 

 その笑みは先程の少女とは思えない程妖艶さを帯びており、思わずクスターはたじろいでしまう。

 

 

「ではお話致します。我らが猊下、アウグスト・フォン・ヴァイゼル様のお言葉を」

 

 

 そして今まさに、トゥーリスの未来を左右しかねない会合が、開かれようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラート湖周辺 オーガ前線拠点

 

 

 深々と降り積もる雪の中、1人の少女がその雪を見ていた。

 

 年齢は十代中頃だろうか。

 

 艶やかな黒髪に、幼さの残る顔立ち。

 

 その表情には憂いの様な物が感じ取れ、雪の中を一人佇むその姿も相まって、一瞬の神秘性が感じられる。

 

 そしてその手には、大凡少女には似つかわしくない物――――ライフルが握られていた。

 

 彼女の名前はニーナ・チチェンコ。

 

 オーガには非常に珍しい、女性兵士である。

 

 ニーナが暫く雪を眺めていると、後方から彼女を呼ぶ声が聞こえた。

 

 

「おいニーナ、こんな所に居たのか」

 

 

 ニーナはその声に気付くと、声の主の元へと駆けよっていく。

 

 するとそこには、屈強な中年男性が立っていた。

 

「ヴラスさんこそ遅かったじゃないですか! ここの偉い人との話は終わったんですか?」

「ああ、暫くはここで仕事する事になりそうだ」

「そーですか、ふぅん……」

「なんだ、不満そうじゃねえかニーナ」

「別に、そんな事無いですけどっ」

 

 視線を逸らしながら呟くニーナ。

 

 しかしその頬は僅かに膨れており、彼女が何か思う所があるのは明らかであった。

 

 ヴラスはやれやれと溜息を付く。

 

「それよりお前、雪なんか見て楽しいのか?」

「え? そりゃ楽しいですよ、だってこんなに綺麗じゃないですか」

「綺麗……ねぇ、そりゃ見栄えは良いかもしれねえが、仕事には邪魔な厄介もんだ。降らねえに越したことはねえ」

「でも、この国って冬はずーっと雪みたいですよ? 寒さも段違いだってさっきここの人が言ってました」

「ったく……厄介な事になっちまったもんだ」

 

 どうやらヴラスは寒さが苦手らしく、今も降り続ける雪を忌々しそうに眺めている。

 

 そんな姿を見ていた二ーナはおもむろにヴラスの背後へ近寄ると、思いっきり抱きついた。

 

「な、なにしやがるニーナ!?」

「えへへー、こうすれば温かくないですか? 私結構体温高い方ですから、ヴラスさんが寒いなら何時でもこうやって温めてあげますよ」

「いらんお世話だ馬鹿野郎!」

「えー……折角温めてあげようと思ったのに」

 

 無理やり引き剝がされ、不満気にヴラスを見つめるミーナ。

 

 そんな様子を呆れ顔で見ていたヴラスだったが、次第に顔つきが厳しい物へと変化していく。

 

「……ニーナ、今回の相手の事は分かってるな?」

「はい、ここへ来るまでに散々聞かされましたから。()()()()ですよね」

「そうだ、奴は今までの相手とはレベルが違う。決して油断するな」

「分かってますよ、ヴラスさん。幾ら私だって戦場で浮かれたりなんかしません」

「なら良いが……な」

 

 

 白い死神。

 

 

 それはオーガ兵の中で噂されている、鬼神の如き強さを持ったトゥーリスの狙撃手に付けられた渾名。

 

 真っ白いギリースーツに身を包み、音も無く死を届けてくるまさに死神。

 

 この戦場で猛威を振るうその白い死神の所為でオーガ側の狙撃手の損害は計り知れず、業を煮やしたこの場の司令官が用意した対白い死神用の切り札。

 

 それがこの2人なのだ。

 

 

 

「先日対岸からこっちの兵士が何人か狙撃されたそうだ。何人か送った斥候も帰ってきてないと聞く、恐らく白い死神にやられたんだろう」

「向こうからって事は、大体500Mぐらいですか? ちょっと遠いですけど、全然狙えない距離じゃないですよね」

「普通ならな。だがその狙撃を見ていた奴の話じゃ、対岸にスコープの反射らしき光は無かったって話だ。恐らく奴はスコープ無しで狙撃してるんだろう」

「えっ……そんな事人間に出来るんですか!?」

 

 流石の内容に驚きを隠せない様子のニーナ。

 

「やっと敵のヤバさが分かったか。そうと分かればニーナ、いつも以上に警戒を」

「……大丈夫ですよ、ヴラスさん」

「……あ?」

「相手がどんな化物だって、私達には敵いません。だって世界最高の狙撃手なヴラスさんと、その一番弟子である私が居るんですから、絶対に負けませんよ!」

 

 そう言ってニッコリと笑うニーナに、ヴラスは呆れつつも安堵の表情を浮かべた。

 

「そうだな、オレ達が負ける訳ねえ。死神退治と洒落込むぜ、ニーナ」

「はい、ヴラスさん!」

 

 

 

 

 吹きすさむ雪の中、新たな脅威がナナシの前に現れようとしていた。




第二章 冬戦争前編これにて終幕です。


本編ストックが無くなってしまったため次回投稿まで少し間を置かせていただきます。

出来るだけ早く投稿を再開できる様頑張ります。

感想・評価など頂けますと励みになりますので、皆様応援よろしくお願いいたします。
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