戦場駆ける白き野兎   作:バサル

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第六話

「先輩、皆に伝え終わりましたよ。後ミカに伝令頼んどいたんで、直に小隊長達も来ると思います」

 

 暫くして、トニーさんが伝令を終え帰ってきました。その手にはもうシャベル無く、代わりに2丁の銃が握られており、片方をヘルシェ上等兵に手渡します。

 

「お、気が利くじゃねーかトニー。オレの取って来てくれたのか」

「序ですよ。それで敵は見えました?」

「いんや。だが奴さんが準備進めてるならそろそろ……だな。ナナシちゃん、単発索敵で森を探れるかい?」

「了解しました。索敵開始します」

 

 私は索敵魔法を起動し、周囲を警戒します。

 

 すると、森の方に微かな敵意を感じました。

 

 この感じは間違いなく敵ですね。

 

 でもその微かさから敵の数は一人だと判断できます。

 

 オーガの基本戦術は圧倒的な物量による正面突破、一人などという事があるのでしょうか。

 

「敵意を感知。数は1、森の中からこちらを伺ってると思われます」

「やっぱり斥候を出してきたか、これで確定だな。ナナシちゃん、しばらくしたら敵の本隊がうじゃうじゃ来るぞ」

 

 なるほど、アレは向こうの索敵兵という訳ですか。

 

「おっ、敵が来たんです? じゃあヘルシェさん一発かましてやってくださいよ」

「ばーか。折角向こうさんが騙されてくれてるのに斥候殺しちまったら敵を警戒させるだけだろーが。奴さんにはこっちが作業合間に休憩してる様に見えてるだろうし、そのまま本隊に知らせて貰ってノコノコ出て来て貰うんだよ」

 

 トニーさんの言葉に、ヘルシェ上等兵は呆れた様に返します。

 

 しかしみすみす斥候を返してしまっては、こちらの命取りになる気もします。

 

「ですが、森からこちらまでの距離はかなり近いですよ。あまり大人数に近づかれては、幾ら私が索敵しても手遅れになるのではないでしょうか」

 

 森からこちらまで凡そ150Mと言った所でしょう。

 

 敵が全速力で走ってくれば数十秒で届いてしまう距離、正直余り生きた心地がしないです。

 

「まあ、普通ならそうだよね。けど相手の不幸はオレ達を知らなすぎる事なんだよなぁ」

「と、言うと?」

「それは――――」

「それはオレ達が、ゲリラ戦を最も得意とするからだ」

 

 突如割り込む声に顔を向けると、そこにはいつの間にかガルド小隊長と、アルちゃんの姿がありました。

 

「ヘルシェ上等兵、状況報告を」

「今の所斥候が一人、こちらを偵察してるのが確認されてますね。そいつが本隊に情報を届ければすぐやってくると思いますよ」

「分かった。オレはアルマ二等兵とトニー二等兵を連れて森で奴らを叩く、ヘルシェ上等兵は他の隊員と共に森から追い立てられた敵を片付けろ」

 

 ガルド小隊長はヘルシェ上等兵から状況を聞くと、即座に指示を飛ばしていきます。

 

「ちょっ…良いんですか小隊長!? オレはともかくアルマは森での戦いに慣れてないんじゃないんですか?」

 

 それに対してトニーさんが難色を示しました。私としてもアルちゃんにはあまり危険な事はして欲しくないので全面同意です。しかし、

 

「だいじょーぶ。ここの所小隊長にみっちり鍛えられてるから! それに村に居た頃は森で狩りとか手伝ってたからね」

「アルマ二等兵の突撃兵(アサルト)適正は高い。確かに経験不足ではあるが、十分作戦実行は可能だ」

「……なら良いですけど。すいません、出しゃばった事を言いました」

 

 二人の言葉にトニーさんは納得してしまったようです。

 

 落ち込んだ様子のトニーさんに、アルちゃんは笑顔で駆け寄ります。

 

「心配してくれてありがとね、トニー君」

「別にそんなんじゃねーしっ! 精々怪我しないようにしろよな!!」

「はーい。気を付けます」

「いやー、青春だねぇ」

 

 そんな二人の様子を楽し気に眺めるヘルシェ上等兵。

 

 対して私は何だか気分がモヤモヤします。

 

 思えば昨日の夕方からアルちゃんとお喋りできてません。

 

 今日はご飯、一緒に食べれるでしょうか。

 

 しかし、そんな事を考えている内に状況はどんどん進んでいきます。

 

「そしてナナシ二等兵、お前には索敵魔法で突入した後のオレ達の支援をしてもらう。これを耳に付けておけ」

 

 ガルド小隊長から手渡されたのは、小さな宝石が付いたイヤホンの様な代物でした。

 

 早速耳に装着してみますが、それほど大きさがある訳ではないので特に違和感はありません。

 

「これは通信魔法具と言って、装着しているオレとお前が遠距離でも通信可能となる。有効範囲は1.5kmといった所だが、今回の作戦なら問題ないだろう。お前はこれを使って敵の位置を特定次第オレに知らせろ」

「了解しました」

「だが、使用に際し微量だが自身の魔力が消費される。くれぐれも魔力残量には注意を払え」

 

 なるほど、便利な物にはある程度のリスクが付きまとうという事ですね。これがいっぱい生産されれば戦場も大きく変わると思うのですが、魔力が無い人には使えないとなると難しい問題です。

 

「以上。何か意見がある者はいるか?」

「ありません。ナナシ二等兵、索敵任務了解いたしました」

「ありません。アルマ二等兵、吶喊致します!」

「ありません。オーガ狩り了解」

「ありません。さっさと敵さん倒して飯にしましょう」

「結構。ならば作戦を開始する。ナナシ二等兵、索敵魔法で森の様子を探れ」

「了解しました、索敵開始します」

 

 索敵の結果、森周辺に敵意の反応無し。

 

 どうやら敵の斥候は情報収集を終えて引き上げたようですね。

 

「索敵終了、敵意は感知できません。どうやら斥候は引き上げたようです」

「分かった。では今の内に森へ潜伏するぞ。アルマ二等兵、トニー二等兵、付いてこい!」

 

 ガルド小隊長の号令と共に、3人の姿はあっという間に森へと消えていきました。

 

「さーて、ここから忙しくなるよ。よろしくね、ナナシちゃん」

「……了解しました。全力を尽くします」

 

 

 

 

 

 

 ヘルシェ上等兵や他の隊員の方達と迎撃準備を整えて数十分、通信魔道具からガルド小隊長の声が聞こえます。

 

「こちらガルド、聞こえるかナナシ二等兵」

「肯定です、ガルド小隊長殿」

「よし、こちらは敵の部隊を視認した。見た所中隊規模の様だが、確証が欲しい。索敵魔法で探ってみろ」

「了解しました、索敵開始します」

 

 索敵魔法によって視た森の様子は、まるで敵意の渦の様でした。

 

 大きな塊が全部で三つ。中央の塊を守る様に残りの塊が左右で陣取っています。

 

 恐らく一塊30人から40人程度の集団ですから、相手の数は100人以上と言った所でしょう。

 

 対してこちらの陣営は森に居るガルド小隊長、トニーさん、アルちゃんの3人、そして塹壕作業をしていたガルド小隊や他の小隊員の方を合わせても30人ほど。

 

 戦力差は3倍以上、かなり厳しい数字ですね。

 

 伝令が走っていますので直に応援が来るとは思いますが、それまでは私達だけでここを死守しなければなりません。

 

「索敵完了。敵はこちらから見て東南方向に楔形陣形で展開しています。主力と思われる中央部隊と、その左右に1部隊ずつ確認。恐らく総勢で100人以上居るものと思われます」

「大方想定通りだな。ではこれより左翼の部隊をA、中央をB、右翼をCと呼称する。オレ達はこれから目標Bに襲撃を掛ける。お前は両翼の部隊の動きを監視し、情報をこちらに送れ」

「……了解しました」

 

 鈍い頭痛と吐き気が私を襲います。

 

 敵の状況をより詳細に視るため、索敵時間が伸びているのが原因でしょう。

 

 でもまだ大丈夫、我慢できます。

 

 私は自分を鼓舞しつつ、再度索敵魔法で戦場を視続けました。

 

 

 

 通信が終わり少しして、森が騒がしくなってきます。ガルド小隊長が行動を開始したのでしょう。

 

 銃声と共に悲鳴とも怒号とも取れる様な叫び声がこちらまで響いてきます。

 

「おーおー、向こうも派手にやってるみたいだね。ご愁傷様」

「ガルド小隊長達は大丈夫でしょうか」

「あははは、大丈夫大丈夫。あの人はマジもんのバケモンだからさ、だだっ広い荒野ならまだしもあんな障害物だらけの森じゃ数の優位も大きな差にならない。二人を連れて行ったのだって、戦力というよりは経験積ませるためって意味が大きいと思うよ」

 

 確かに以前ガルド小隊長が突撃に失敗した敵を蹂躙する姿は鬼神の様でした。突撃兵(アサルト)の人達は身体強化魔法に長けていて常人離れした動きをするのが常ですが、ガルド小隊長の場合は度を越している気がします。

 

「あの人は加速の魔法が使えてさ、敵が銃を構える頃には視覚外に移動しててバッサリ。やられた奴は何が起こったのかも分からないだろうね。そして気づいたら隣にいた仲間の首が飛んでる訳で、周りは大パニック。今あそこで起きてるのはそういう事だよ」

「……なるほど、そして統制が取れなくなった敵兵がこっちに飛び込んでくるという訳ですね」

 

 会話を続けつつもガルド小隊長へ情報を送るため、索敵魔法を定期的に発動します。

 

 敵はヘルシェ上等兵の言っていた通りパニックになっている様で、B隊はまるで蜘蛛の子を散らす様に逃げ回っていました。残るAとCも主力が混乱している事もあって動くに動けない状況の様です。

 

「ナナシ二等兵、目標Bの指揮者らしき男を潰した。両翼の様子はどうか」

「はい、AもCも状況が理解できず混乱しているようです。未だ動く様子はありません」

「分かった。では敵が指揮権を回復する前にBを森から追い立てる。お前はAとCの動向を注視し、少しでも挟撃の様子を見せればオレに知らせろ」

「了解しました」

 

 すぐさま周りの人達に敵が来ることを伝え、辺りに緊張感が漂います。

 

 この陣地はまだ改良途中の為、敵が突撃して来た時の備えも少なく、設置型対人魔法の準備もありません。

 

 つまり敵が突っ込んでくるまでに銃撃で倒せなければ、容易に塹壕へと侵入されてしまうのです。

 

 もしここに突撃されたら……塹壕に居る私達はオーガ兵に蹂躙されて、皆死んでしまうでしょう。

 

 

 あの時の、ガブの様に――――

 

 

 最後に見たガブの顔と、ガブを殺したオーガ兵を思い出してしまい、震える身体をぎゅっと両手で抑えます。

 

 纏わりつく恐怖の影を抑え付けるために。

 

 

 

 

 私がそんな事を考えてる最中、遂に森から勢い良く敵が飛び出してきました。

 

 しかし大半の敵が森の方を見ており、こちらに対して警戒していないのは明らかです。

 

「かましてやるぜ、クソ野郎ども。撃て! 撃てー!!!」

 

 続いていくつもの発砲音。敵めがけて大量の銃弾が降り注ぎます。

 

 彼らの殆どが、銃弾を受けてバタバタと倒れていきました。

 

 その光景を見届けて、私は再度索敵魔法を使用します。

 

 森の浅い部分にBの残りと思われる敵意を確認。その数は大分減っており、残り10人程度といった所でしょう。

 

 しかしこの事態にAとCが動き始めます。CはBに合流、Aは動きが不規則で単発索敵では追いきれません。

 

 消耗を覚悟して、私は索敵魔法を常時発動させます。

 

 5秒、6秒と索敵を継続し、8秒を過ぎた辺りでAが森の奥へと移動していきます。

 

 これの動き――――恐らくガルド小隊長達への挟撃を狙ってますね。

 

「ガルド小隊長殿、AとCが動き始めました。CはBへの合流、Aは北東方向へ移動中。BCと挟撃体制を取ろうとしているものと思われます」

「分かった、オレ達は移動中のAを強襲する。ヘルシェ達に弾幕を張ってBCの注意を引くように伝えろ」

「了解しまし――――」

 

 突如襲ってきた激しい頭痛と吐き気に、私はその場にしゃがみこんでしまいます。

 

 理由はすぐに分かりました。

 

 これは索敵魔法の連続使用による身体への負荷――――

 

「どうしたナナシ二等兵!? 応答しろ! 敵が突撃してきたのか!?」

 

 耳元に響くガルド小隊長の声。

 

 それに応答する為に、なんとか呼吸を整えます。

 

「申し訳……ありません。索敵魔法による……負荷です」

 

 なんとか声を絞り出して、ガルド小隊長に伝えます。

 

 その間にもどんどん頭痛は酷くなっていって――――

 

 遂に私の意識は、深い闇へと落ちていきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 次に目を覚ました時、私はテントの中の簡易ベッドに寝かされていました。

 

 恐らく救護用の仮設テントでしょうか。

 

 あれだけ酷かった頭痛の影響は既に無いので、かなりの時間が経ったのでしょう。

 

 しかし身体は鉛の様に重く、余り自由に動かせそうにありません。

 

 仕方なく視線を動かして周囲を確認すると

 

「ナナシ……! 心配させないでよぉー!!」

 

 瞳に涙を浮かべたアルちゃんが、思いっきり抱き着いてきます。

 

「っ! ア、アルちゃん?」

「大丈夫!? 身体何処か痛くない??」

「……うん、もう頭痛も無いし大丈夫だよ」

「良かったぁー……倒れたって聞いたから心配したよ」

「ごめんね、けどアルちゃん……」

「ん、なあにナナシ?」

「……重い。私潰れちゃうよ」

「……あ」

「そうよ、アルマちゃん。心配だったのは分かるけど、ナナシちゃんは怪我人なんだから安静にさせてあげないとね」

 

 申し訳なさそうに離れていくアルちゃんと変わり、エリカ伍長が近づいてきます。

 

「さてと、ナナシちゃん身体の調子はどう?」

「はい、少し身体が重たく感じますが問題ありません」

「頭痛や吐き気はある?」

「いいえ、ありません」

「良かったわ。その様子ならすぐに良くなるわよ。けどナナシちゃん、なんで今回ナナシちゃんが倒れちゃったかは理解してる?」

「……はい、索敵魔法の連続使用による負荷です」

「そうね。魔法の使用には魔力も消費するし、身体への負担がある。特にそれが大きいのが索敵魔法なの。今後は無理せず、異常を感じたら上官に伝える事!」

「はい……ご迷惑を掛けてしまい申し訳ありませんでした」

 

 最初に魔法訓練を受けた際、自身の体調に異常をきたした場合にはすぐに報告する事と教えて貰いました。

 

 何故ならば索敵兵は部隊の要の一つであり、突然機能しなくなってしまえば大混乱を引き起こすからです。

 

 ちゃんと理解していた上で私は自己判断で魔法を使い続けてしまいました。

 

 結果私は任務中に気絶してしまって――――

 

「エリカ伍長殿、あの後戦闘はどうなったのでしょうか!?」

「なんとか敵の迎撃には成功したわ。唯、敵の一部が塹壕に突撃して多少の被害が出ちゃったけど」

「そう……ですか」

 

 敵が塹壕にたどりついたという事は、そこで防衛を行っていた人達は亡くなってしまったのでしょう。

 

 私がちゃんと役目を果たしていれば、その人達が亡くなることはなかったかもしれません。

 

 もっと私が索敵魔法を上手く使えていれば――――

 

 

「……ごめんなさい。私の所為です、私がもっとちゃんとしていればその方達は……っ」

 

 

 その時、温かい感触が私を包み込みます。

 

 気づくと、謝る私をエリカ伍長が抱きしめてくれていました。

 

「思いつめないでね、ナナシちゃん。今回の事はナナシちゃんに無理をさせたガルド小隊長に責任があるんだから。後でしーっかり注意しておきます」

「え、あっ……エリカ伍長?」

「大丈夫……大丈夫だから」

 

 その抱擁はとても暖かくて、心地良くて、以前抱き着かれた時とは違い、このまま身を委ねてしまいそう――――

 

「おー……ナナシが蕩けてる。やりますね、エリカ伍長」

 

 アルちゃんの一言で私は正気に戻ります。

 

「ア、アルちゃん!? 私は蕩けてなんか無いよ!」

「でもナナシ、顔真っ赤だよ。ゆでダコみたいっ」

「そんな事無いもん! アルちゃんの馬鹿っ!!」

 

 からかってくるアルちゃんと怒る私を見つめながら、ニコニコと微笑むエリカ伍長。

 

「あらあら、ナナシちゃんって普段はこんな感じの子なのね」

「そうですよー、普段のナナシは余所行きナナシなので。そしてこちらが、ちょっと怠け者で甘えん坊な本来ナナシです。可愛いでしょ?」

「私甘えん坊じゃないよ!」

「怠け者な所は否定しないのね」

「……」

 

 

 ナナシ・エルフィー11歳。好きな事はポカポカ陽気にするお昼寝です。

 

 

 その後、エリカ伍長の診察を受けて私は念のため今日1日はこの救護テントで休むこととなりました。

 

 アルちゃんが塹壕に戻った後も、エリカ伍長は次々運ばれてくる怪我人の治療を行っています。

 

 エリカ伍長は治癒魔法の使い手なのは知っていましたが、どんな重症患者でも立ち所に治してしまう程の腕前だという事をこの時知りました。

 

 副小隊長としての仕事をしながら、衛生兵(メディック)としての役割も完璧にこなし、尚且つ疲れている素振りを見せないエリカ伍長。

 

 その姿を見て私もああならなければと思いつつ、私はいつしか深い眠りへと落ちていきました。

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