アルちゃんに連れられやってきた場所には、仮設で作られたと思われる小屋が一つ。
森を切り開いたらしく、周囲は木で囲まれている為人目は一切ありません。
見た所小屋は木で作られており、恐らくここに生えていた木をそのまま使っているのでしょう。
その横に備えられているのは簡易シャワーでしょうか。
これはもしや――――
「ふっふっふ……どうやら気づいたみたいだねナナシ。そう、これは
「す、すごい……!」
なんということでしょう。
ちなみにトゥーリスではお湯を張った湯舟に浸かるという習慣は殆ど無く、汗を流すと言えば基本サウナになります。
なのでトゥーリスの家庭には1家に1台サウナ室があるほどで、私の家にもお父さん自家製のサウナ小屋がありました。
前の世界とは随分違う習慣で最初は戸惑ったものですが、これが入ってみると中々快適で、今ではすっかり私もサウナ派です。
てっきりサウナというのは暑さ我慢大会の様なものだと思っていましたが、トゥーリス式のサウナは温度がそれほど高くなく、湿度が高めで、ゆっくりポカポカ温まることができます。
その湿度や温度もストーブの上に熱したサウナストーンに水をかける事で調節できるので、長時間入っていても安心。
特に寒い冬場はサウナに籠りがちになって、お母さんに怒られてしまったのは今では良い思い出です。
「ナナシはサウナ大好きだもんね。軍に入ってからはサウナに入れる機会なんて殆ど無かったし、今日は久しぶりにサウナを楽しんじゃおう!」
「で、でも良いの? 勝手に使っちゃって……」
「いいのいいの! ほらほら、ナナシ! 服脱いじゃってー」
「えっ……ちょっとアルちゃん!?」
突然の事に私は抵抗しますが、相手はアルちゃんです。パワーで勝てるはずも無く、抵抗空しく私は戦場近くの森の中で裸になる事となりました。
「いきなり酷いよアルちゃん……」
脱いだ軍服と下着を畳みつつ、アルちゃんをじっと睨みます。
しかしアルちゃんは知らぬ存ぜぬといった感じで自分も服を脱ぐと、
「でもナナシだってサウナ入りたいでしょ?」
「それはそうだけど、服ぐらい自分で脱げるから」
フフンと胸を反らしつつ、得意げなアルちゃんは今日も元気いっぱいです。
どうやら調子が悪いという訳ではなさそうなので安心しました。
しかしこうしてみると、アルちゃんの身体つきはとても私と2歳違いとは思えませんね。
胸はポヨンで腰はキュッと、そしてお尻はポンッ。
最近はこの方が楽だからと腰まで伸びた金髪をポニーテールにしている様は元気なアルちゃんによく似合っています。
それに比べれると私の体型は……寸胴?
身長もアルちゃんの方が20cmほど高いので、並んで立つと子供と大人にしか見えません。
ここまで違うと本当に同じ性別なのかと疑わしく思えてきますが、何度確認しても生えては無いので私は女の子の筈です。
「どうしたのナナシ。私の身体に何か付いてる?」
「ううん、唯私ってずっとこのままなのかなって……胸も全然大きくならないし、身長だって伸びないし」
「小っちゃいナナシは可愛いし、私はそのままでも良いと思うけど」
「大きいアルちゃんには分かんないよーだっ」
「ごめんごめん、拗ねないでよナナシ。ナナシももう少ししたら大きくなるって」
「もう少しって、どれぐらい?」
「ん~……私と同じぐらい? 私だってここ1年でかなり大きくなったもん」
言われて1年前のアルちゃんを思い出してみます。
確かに背はもう少し低かった気もしますが、胸はもう大きかったような。
「ともかく、ナナシも私もまだまだ成長期なんだから、焦る必要ないよ」
「……そうかなぁ」
あんまり納得できませんが、2年後に期待するとしましょう。
そのまま畳んだ軍服を籠に入れ、まずは備え付けのシャワーで身体の汚れを落とします。
前線ではシャワーすら浴びれない日もあるので、これだけでも生き返る心地ですが、本番はこれから。
濡れた髪の水気を少し払い小屋の中に入ると、サウナ特有の熱気が顔を撫でます。
小屋の中は思ったより広く、中央にストーブとサウナストーンが配置されており、周りに人が座れる様段差が上段と下段に分かれて用意されています。
これなら大人数で入っても大丈夫そうですね。
上段にいけば発生した蒸気を浴びやすく、すぐにポカポカになれますが、今回は長めに楽しみたいので下段で楽しむとしましょう。
壁のあちらこちらに吊るされているのはヴィヒタと呼ばれる白樺の若い枝葉を束ねたもので、これもサウナには欠かせない必需品。
吊るされているヴィヒタの1つを手に取り、私は下段にある段差の一つに腰掛けます。
「んー、もう少し湿度上げた方が良いかな。ナナシ、ロウリュするよ?」
ロウリュというのは中央で熱せられているサウナストーンに水を掛ける事で、水蒸気を発生させて湿度をあげる事です。
「うん。お願いー」
「じゃあ、いっくよぉー」
中央に置いてあるサウナストーンに水を掛けると、ジュワーーっと水が弾ける音共に蒸気が発生し、一段と部屋の湿度が上がっていきます。そのまま部屋の湿度を確かめながら数度に渡ってロウリュを行うと、アルちゃんは私の隣に腰かけます。
「うひゃぁー。久しぶりのサウナはやっぱり気持ち良いねぇ」
「そうだね、生き返る心地」
早くも額や身体から大粒の汗が滴ってきますが、特に不快には感じません。
寧ろこうして大量の汗をかく事で、身体から老廃物を排出してより健康になれるのです。
そしてそれを促進させてくれるのが、先程私が手に取ったこのヴィヒタ。これで直接肌を叩く事によって、血行や発汗を促進させるそうです。
ですが私のヴィヒタの使い方は普通の人とはちょっと違います。
今サウナの中にはアルちゃんしか居ませんので、丁度良し。
私はヴィヒタを敷くと、その上に頭を乗せ横になります。
「はぁ……極楽」
これがナナシ式、一番サウナを堪能できるスタイル【寝サウナ】です。
ヴィヒタから香る爽やかな森の香りを嗅ぎつつゆったりゴロゴロ……最高です。
「またナナシ寝転んでる……そのまま寝ちゃったらダメだからね?」
「だいじょーぶ。寝ちゃってもアルちゃんが起こしてくれるし」
そう、このナナシ式最大の弱点は、気持ち良すぎて油断すると寝ちゃうことです。
幾ら温度低めとはいえ、長時間サウナに入りっぱなしは身体によくありません。
なのでこうして起こしてくれる友達か、お母さんが居る時じゃないとできない最高の贅沢なのです。
「もーっ! 行儀の悪いナナシには……こうだ!!」
「にゃぁ!?」
突如脇腹に滑り込んでくるアルちゃんの指に、思わず変な声が出てしまいます。
「だ、ダメだよアルちゃん!? そんな所触っちゃっ」
「んふふふー。相変わらず肌スベスベだねナナシ」
「むーっ……それならアルちゃんだって………えい!」
「ひゃぁ!?」
お返しにアルちゃんのおっぱいを揉んでやりました。
涙目で悲鳴を上げるアルちゃんですが、私も脇腹を散々擽られたのでお相子です。
しかしアルちゃんがただやられっぱなしで終わるはずも無く、持ち前の身体能力で私から離れると、両手を広げジリジリと私に迫ってきます。
「ナナシやったね? こうなったらとことん付き合ってもらうよ」
ニッコリと笑うアルちゃんの後ろからは明らかな怒りの感情が見て取れます。
その迫力はもはや手負いのクマの如し。
これはいけません、やり過ぎました。
私が後悔した時にはもう手遅れで、そこから暫くの間、私はアルちゃんのおもちゃと化すのでした。
「ねえナナシ、この戦争ってここからどうなると思う?」
二人で大はしゃぎしてから少し経って、ぽつりとアルちゃんが呟きます。
それは、以前私がアルちゃんに問いかけた言葉。
この戦争の行く末――――それは戦場に居る人達誰もが気になっている事でしょう。
あの時アルちゃんが掛けてくれた言葉で、私はとても救われました。
しかし、今の戦況を評価するのであれば――――
圧倒的戦力を有するも、魔法に対する理解度の低さ故に、自軍に多数の被害を出しつつも未だ防衛線を突破できないオーガ。
対してトゥーリスは、その優位性と兵の練度によって防衛戦を上手く立ち回り、自軍の損害を最小限に抑えつつ防衛線を維持。
これだけ聞けばトゥーリスがオーガに大勝しているように聞こえます。
しかし実態は防衛を出来ても兵と物資が圧倒的に足りず、敵を攻める事が出来ないトゥーリスと、被害を出しつつもそれを補うだけの兵と物資で只管攻めてくるオーガ。
この戦争は、長引けば長引くほどトゥーリスが不利になっていきます。
あるいは隣国、周辺国がトゥーリス救援の為この戦争に参戦してくれるのならば戦況は変わった可能性もあります。
しかし、西に位置する隣国『スヴァリク王国』は戦争開始早々から非公式に物資支援や義勇軍を送ってくれているのですが、表立ってトゥーリス擁護に動くつもりはないようです。
恐らくトゥーリスがこのままオーガに蹂躙され、属国となる事と予想しているのでしょう。
だからこそ下手にオーガを刺激せず、その牙が自分に向けられる時の為、自国の戦力を貯めておく算段なのだと思います。
そして南に位置する隣国『エストール諸国連邦』は数年前オーガに侵攻され無条件降伏、現在はオーガの属国として扱われています。
一応独立国としての扱いは受けていますが、その行動は全てオーガの影響を受けたものとなっているため、この状況で敵対こそすれ味方になることはありません。
周辺諸国で一番期待を持てるのは、昔からオーガと仲が悪い事に加え、トゥーリス程では無いにせよ魔法文化に明るく、国土も大きい『ライル帝国』
魔法文化の影響か、ライル帝国とトゥーリスの海上交易は盛んで、小国のトゥーリスが未だ踏ん張れているのはライル帝国からの支援物資の影響が大きいのです。
今回の戦争が始まってからも、ライルはトゥーリスに対しての援助を表明し、沢山の支援物資が送られてきています。
そしてライルは現在エストール近くの国境に兵力を集めており、そこで睨み合ってくれているお陰でトゥーリスは西と南からオーガに侵略されるという最悪の事態を防げているのです。
ですがライルの動きはそこまでで、トゥーリスを救援する為に兵を動かすつもりは無い様です。
国土も兵力もトゥーリスとは段違いのライル帝国ですが、それでもオーガと真正面から仕掛ければ、かなりの被害を受けることは目に見えているので、大々的にオーガと殴り合うつもりは無いという事なのでしょう。
このまま戦い続けても、周辺諸国と軍事的協力を得られない。
ともすればトゥーリスの未来は唯一つ。
「トゥーリスは何時かオーガに負ける。それは決まってる事だと思う」
長い沈黙の後、私はアルちゃんに答えました。
どれだけ足が速くても、体力お化けには何れ追いつかれて、そして抜かされる。
それが兵士になって、戦場を直に見た私の結論でした。
私の言葉を聞いて、アルちゃんは特に気にした様子はありません。
恐らくアルちゃんも同じ様に考えていたのでしょう。
アルちゃんは目を閉じ、一度大きく息を吸いました。
そして―――――
「ナナシ、今すぐ兵士を辞めて逃げて」
真っすぐ私の瞳を見据え、私に逃げろと告げたのです。
「え……?」
「分かってるでしょ? このまま兵士を続けてても、何れ負ける。そしたら兵士はきっと皆殺されちゃうよ」
「っ――――それは、そうかもしれないけど!」
「それに、ナナシに戦争なんて……戦いなんて向いてない!」
そんな危険も、そんな事も、ずっと前から分かっています。
でも、それでも私が戦場に居るのは――――
「お願い分かってナナシ、私はナナシに死んで欲しくない」
「分からないよ! なんでいきなりそんな事言うの!?」
「ナナシ昨日だって倒れたじゃないっ! このままじゃきっと近い内に、手遅れになるっ!!」
真剣なアルちゃんの雰囲気に、私は混乱するばかりでした。
アルちゃんが私の事を想って、逃げろと言ってくれているのは分かります。
正直私はアルちゃんの言う通り、戦いになんて向いてません。
何れ銃を持って、人を殺さなければならない事を考えると足が竦みます。
でも――――
「……アルちゃんが言いたい事は分かった。逃げてもいいよ」
「ナナシ、分かってくれたんだね!」
「でも、私一人じゃない。逃げるならアルちゃんも一緒」
私が戦場に居るのは、アルちゃんと一緒に居たいから。
ただ大好きな人と一緒に居たいという理由だけで、私は戦場に立っているのです。
逃げるなら、アルちゃんも一緒でなければ意味はありません。
敵前逃亡は銃殺刑、そんな事は兵士になった時から何度も聞かされています。
それでも、アルちゃんと離れるくらいなら、軍から逃げる事を選びます。
しかし、私の言葉を聞いて――――
「ダメだよ。私は逃げるなんて」
アルちゃんの瞳からスッと光が消えていくのを感じました。
「ナナシと違って、私はダメなの。もう何人も殺しちゃってるんだよ。村に来たオーガ兵、戦場に来てからもあいつ等を、ずっと、ずっと、ずっと!」
「で、でも……それはあいつ等の所為なんだから仕方ないよ!」
「分かってる! そう何度も言い聞かせてずっと頑張ってきた! でもね、ダメなの。一度人を殺しちゃったら、もう――――」
涙を浮かべ叫び続けるアルちゃん。
その表情には明らかな絶望が漂っています。
「ナナシ分かる? シャベルで人を叩き殺した時の感触、銃で撃ち殺した感触、それがね、ずっと残ってるの。何時までも離れてくれないのっ」
「アルちゃん……」
「こう……なっちゃうんだよナナシ。人を殺したらっ!」
遂にアルちゃんは、泣きながらその場に蹲ってしまいました。
何時も元気で、皆を励ましてたアルちゃん。
アルちゃんの笑顔に、私は何時だって救われてきました。
この世界に転生して、お父さんとお母さんの優しさに触れて、救われた私の心。
それでも家族以外とは接する事が怖くて、家に引き籠りがちだった私を外に連れ出してくれたのはアルちゃんでした。
何度拒絶しても、いっぱいの笑顔で遊ぼうと誘いに来てくれるアルちゃん。
そんなアルちゃんにくっ付いて、外に出る様になって――――
アルちゃんのお陰で段々と村の皆とも馴染める様になって――――
私に沢山の元気をくれたアルちゃんが、今目の前で泣いています。絶望にうちひしがれています。
このままで良いのでしょうか?
いいえ、良い訳がありません!
私はお馬鹿さんでした。
大切な人が、こんなにも追い詰められていたというのにそれに気づくことも無く、唯甘えていました。
数分前の自分を殴ってやりたい気持ちでしたが、そんな事をする前にやらなければならないことがあります。
アルちゃんを助けるのです。
私はそっと蹲るアルちゃんを抱きしめます。
「アルちゃん聞いて、ダメなんかじゃない。アルちゃんがあいつ等なんかに縛られる必要なんて無い」
アルちゃんは嗚咽を漏らしたまま蹲ったままです。
構うことなく、私は続けます。
「私はアルちゃんが大好き。ずっと一緒に居たいし、これからも離れる気なんてない。だから、あいつ等がアルちゃんに纏わりついて悲しませるなら、私が全部追っ払うよ!」
「……どうやって?」
アルちゃんは遂に、顔を上げて私の方を見てくれました。
「まずは私のお腹とか……脇腹とか触って!」
「へっ?」
自分でも何を言っているのかよく分かりません。
でも今は、どうにかしてアルちゃんを助けてあげたい。
「変な感触が残って離れないんでしょ! なら、私を触って上書きすればいいよ! アルちゃんさっき言ってたよね、私の肌はスベスベで気持ち良いって」
「そ、そうだけど……でもそれとこれとは――」
「やってみなきゃ分からないでしょ!!」
私はずいっとアルちゃんの前にお腹を突き出します。
呆気に取られた様子のアルちゃんは、少しして恐る恐る私のお腹に触れました。
アルちゃんの手がくすぐったくて、ピクッと反応してしまいますが、アルちゃんの為なので我慢します。
「……どう?」
「プニプニしてる……」
「そ、そうじゃなくてっ! 変な感触忘れられそう?」
「……もうちょっと触ってみないと分かんない」
「もうちょっとって、どれぐらい?」
今でもかなりくすぐったくて辛い状況ですが、これがどれぐらい続くのか不安になってきます。
そんな私の問いにアルちゃんは少し考えこむと――――
「とりあえず、今日残り一日ぐらい」
ほぼほぼ死刑宣告でした。そんなにモミモミされてたら私は死んでしまいます。
きっと今の私はとても愉快な表情をしていたのでしょう。
アルちゃんは私の顔を見て、クスっと笑ってくれました。
「ふふっ、冗談だよ。でもナナシのお腹触り心地抜群だね、確かに定期的に触ってたらあの感触も忘れられそう」
「うぅ……毎日とかだと流石に辛いけど、偶になら良いよ」
「偶にかぁ。じゃあ次何時になるか分かんないし、今の内に堪能できるだけ堪能しておこうかな」
「ええ!?」
そのまま暫く、アルちゃんによるお腹モミモミは続きます。
くすぐったくてちょっと文句も言いたくなりましたが、私も何時しか笑っていました。
何故なら――――
アルちゃんに笑顔が戻ったことが、私には何より嬉しかったのです。