戦場駆ける白き野兎   作:バサル

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第九話

 気づけば1時間近くサウナでくつろいでしまった私達は、流石に逆上せてきたので外に出ました。

 

 先程浴びたシャワーの水と、トゥーリスのヒンヤリとした夜風が肌に触れ、火照った身体を冷ましてくれます。

 

 相変わらず私達は裸のまま。

 

 理由はただ一つ、タオルが無いからです。

 

 幸い人目もありませんし、ある程度飛んだり跳ねたりで水気も切ったので暫くしたら乾いてくれることでしょう。

 

「ふぅ……久しぶりにリフレッシュできたね」

「うん、やっぱりサウナは大事。これからも定期的にここ使っていいのかな?」

「良いと思うけど、入る時間は考えた方が良いかもね。サウナはここ一つだし、この時間は競争率高そう」

 

 ちなみに今日サウナを貸し切りに出来たのはアルちゃんがサウナ作りを手伝ったご褒美という事らしく、サウナ本格稼働は明日からの様です。

 

 確かにサウナは大人気になる事が容易に想像がつくので、この時間はそれこそ芋を洗うような大混雑になるでしょう。

 

 それに懸念点はもう一つ。

 

 サウナは基本男女混浴なので私は別に気にしませんが、アルちゃんの裸を他の兵士の皆さんに見られるというのはすっごくモヤモヤします。

 

「そうだね、出来るだけ人が少ない時間帯に入ろう。深夜とかだったら人少ないだろうし」

「今度はエリカ伍長も誘って3人で入ろうね!」

「……う、うん」

 

 エリカ伍長とサウナ。

 

 きっとアルちゃんは私が女性が多い方が気軽に入れると気遣ってくれたのでしょうが、幼馴染のアルちゃんとなら問題無くても、他の女の人と裸の付き合いというのは緊張してしまいます。

 

 エリカ伍長の様な美人さんなら尚更です。

 

 それに、抱き着かれたり、くすぐられたりの過剰スキンシップが容易に想像できてしまいます。

 

 一緒に入ったら休むどころか、心労が倍増するのは目に見えてますね。

 

 するとどうやら私の心情がアルちゃんに伝わってしまったらしく、心配そうにこちらを覗き込んできます。

 

「ナナシ、やっぱりエリカ伍長の事苦手?」

「そんな事無いよ。とっても優しいし、良い人だと思ってる」

「でも、面と向かって話すと緊張しちゃう?」

「……うん」

 

 これは部隊の人殆どが当てはまります。

 

 そしてそれは皆さんの所為ではなく、内向的な性格をしている自分の所為。

 

 本当は1人が怖いのに、歩み寄るための1歩を踏み出せない弱さが原因です。

 

 今まではそれでも何とかなっていました。

 

 それはアルちゃんがいつも助けてくれたから。

 

 何時でも私を助けてくれるヒーロー。

 

 けど、そんなアルちゃんも悩んでいるのだと知った今、アルちゃんの助けになると決めた今、私はもっと変わっていかなければいけません。

 

「そっか、でもエリカ伍長は……ううん、部隊の皆はもっとナナシと仲良くなりたいって思ってるよ」

「……私も、もっと皆と仲良くなりたい」

 

 だから、勇気を出してみようと思います。

 

 私の答えにアルちゃんの顔がぱっと明るくなりました。

 

「うん! 私も協力するから。まずは皆にいっぱい話しかけて、いっぱいお話してみよう!」

「お、お話!?」

 

 あ、ダメです。早速心が折れてしまいそうです。

 

 相手から話しかけてくるのに対応するのはまだしも、自分から話しかけて行くのはハードルが高すぎます。

 

 もしそれで相手に面白い話と思って貰えなければ、冷ややかな視線間違いありません。

 

「いっぱいは……少し大変かも。そもそもなんて話掛けていいか分からないし」

「別に話す内容は何でも良いんだよ。今日の天気とか、昨日食べたご飯の事とか」

「そんな普通の事で良いの?」

「普通で良いの。というか、話の取っ掛かりなんて何でも良いんだよ。相手と楽しくおしゃべりしたいっていう気持ちが大事。話してる内に段々会話も弾んで仲良くなれちゃうから」

 

 それはコミュ力オバケなアルちゃんだけだと思います。私が会話を振っても、1言2言喋ったら気まずい沈黙が流れる未来しか見えません。

 

「分かった。お話も頑張ってみるけど、他にも仲良くなる方法って無いかな」

「うーん……他だとやっぱり一緒に行動したり、何か同じことをしてみるとかじゃないかな」

「一緒に行動……」

「ほら、ナナシだとヘルシェさんとよく一緒に行動するでしょ? ヘルシェさんとは他の人より少し仲良くなれてる気がしない?」

 

 言われて少し考えてみます。

 

 前線では間違いなく一緒に行動している時間が一番長い相手ですが、最初に会った時と今の関係を考えれば考えるほど、寧ろ関係が劣悪になっているとしか思えません。

 

「アルちゃん、寧ろそれ逆効果だと思う。私、今ではヘルシェさんの事いつか殴ってやろうって思ってるし」

「ええっ!? 何があったの?」

 

 苦手な人は多いですが、現状嫌いな人はあの人だけですので。

 

「だってあの人、いっつも私の事からかってくるんだよ? 今日だって私の事ウサギちゃんって呼んでからかってきたしっ」

「あー、なるほど。確かにナナシってウサギっぽいかも。綺麗な銀髪に白い肌、おまけにおやつ食べてる時のモフモフっぷりは、まさにユキウサギ!」

 

 ユキウサギというのは、トゥーリスに広く生息する雪の様に真っ白な毛が特徴の兎です。その毛はモフモフでとても暖かく、ペットとして飼育している人は一緒に寝て湯たんぽ代わりにするとか。

 

「ナナシはポカポカで抱き心地良いから、抱いて寝ると良い夢見れるんだよね。すごいピッタリな渾名だと思うけど」

「アルちゃんまで私の事ウサギって言うの!? 酷いよっ」

 

 アルちゃんなら分かってくれると思ってましたが、まさかヘルシェさんに同意してしまうなんて。

 

 アルちゃんに裏切られたショックで私の心は脆く崩れ去ります。

 

「寧ろなんでそんなにウサギって呼ばれるの嫌がるの?」

「それは――――だってひ弱な兵士の事をウサギって呼ぶんでしょ?」

「あー、そういえば軍に入って最初の訓練をしてくれた教官が叫んでたような……」

「私は確かに兵士としてはダメダメかもしれないけど、だとしてもそう呼ばれるのは良い気しないよ」

 

 ちなみに、私個人としてはウサギの事は好きな部類です。

 

 昔お母さんにユキウサギを飼いたいと我が儘を言った挙句、ユキウサギを捕らえるべく森へ出かけたこともあります。

 

 結局野生のユキウサギが素早過ぎて、断念してしまいましたが。

 

「そういう事かぁ、それはちょっと嫌だよね」

「……でしょ?」

 

 やはりアルちゃん。ちゃんと話せば私の心をちゃんと理解してくれるのです。

 

「でもナナシも知ってるでしょ? 赤目のユキウサギは幸運の象徴なんだよ。ヘルシェさんもその事知っててナナシの事ウサギって呼んだんじゃない?」

「それは……」

 

 赤目のユキウサギ。

 

 それはトゥーリスに伝わる昔話で、狩りに出かけていた王様が道に迷っていた所、赤い瞳をしたユキウサギに助けてもらい無事森から出られたというお話です。

 

 以後このトゥーリス国では赤目のユキウサギは幸運の象徴とされており、国旗の一部に採用される程とても大切にされているのです。

 

 そして、私の瞳も同じ赤色。

 

 あの人がそんな事まで考えて私をウサギと呼んだのでしょうか?

 

 

 絶対無いですね。

 

 

「アルちゃん、あの人はそこまで考えてないと思うよ」

「そうかなぁ。でもヘルシェさんナナシの事気に入ってるみたいだし、少なくとも悪気があってそう呼んだんじゃないと思うけど」

 

 アルちゃんはあの人の事を何も分かって無いようですね。

 

 私を何度もからかってくる時点で悪気アリアリに決まっていますし、私をからかって楽しんでいるに決まっています。

 

 しかし、ヘルシェさんは例外としても一緒に行動したりしてコミュニケーションを取るのは有効に思えました。

 

 軍事行動以外で皆さんと一緒に交流する方法を、もう少し考えてみるとしましょう。

 

 

 

 

 

 暫く二人で夜風に当たっている内になんとか身体も乾いてくれたくれたので、私達は軍服を着て就寝場所である塹壕へと戻ります。

 

 

「ナーナーシ!」

 

 

 その道中、後ろからいきなりアルちゃんが私に抱き着いてきました。

 

 

「えっ!? ちょっ――――」

「あっ――――」

 

 

 咄嗟の事だったのでバランスが取れず、私はアルちゃん共々地面に倒れてしまいます。

 

 折角サウナとシャワーで綺麗にしたのに泥だらけです。

 

「痛た……もーっ! アルちゃんいきなり酷いよ。折角サウナで汗流したのに」

「あはは、ごめんごめん。なんだかナナシに抱き着きたい気分だったから」

 

 それなら普通に言ってくれれば良いのにと思いつつ、立ち上がり付いた土を叩いて落とします。

 

 対してアルちゃんは、倒れたまま森の隙間から覗く夜空を眺めていました。

 

「けど、ここまで色々あったね。村の皆が死んじゃって、私達二人だけになっちゃって、何とか軍に入れたけど、訓練もそこそこの内に前線に送られちゃって……結局お兄ちゃんとも連絡取れずじまいだし」

「……仕方ないよ。オーガの侵攻を止めるために皆必死だから」

 

 お兄さんの事を話す際、アルちゃんは少し声のトーンが低くなります。

 

 元々お兄さんに会えることを期待して軍に入ったアルちゃんにとって、未だお兄さんと合流出来ないことが辛いのでしょう。

 

 しかし現状のトゥーリス軍はこの防衛線を維持する事に手一杯であり、一般兵からの人探し要請に割く余裕は無いという事のようで、未だアルちゃんのお兄さんが何処に居るのかは分かっていません。

 

 場の空気が少し重くなって来ているのを感じ、私はとっさに話題を変えることにしました。

 

「最初アルちゃんが軍に入るって言った時はどうしようかと思ったよ」

「それは私のセリフだよ! まさかナナシも入るって言いだすなんて予想外だったよ」

「だって、アルちゃんと離れたくなかったんだもんっ」

 

 私は頬を膨らませながらアルちゃんに言い返します。

 

 あの時は恥を忍んで切り札を使う覚悟で臨んでいましたので、無事入隊できて何よりでした。

 

 そんな私の様子が可笑しかったのか、アルちゃんはクスクスと笑いながら続けます。

 

「ありがとね、ナナシ。あの時ナナシが着いてきてくれなかったら、私きっとダメになってた。きっと心が折れちゃって、全てを諦めちゃってたよ」

「……私、アルちゃんの役に立ててるかな?」

「勿論! 寧ろナナシが一緒に居てくれなきゃダメ。これからもよろしくね、ナナシ」

「うんっ! こちらこそだよ、アルちゃん」

 

 一杯の笑顔で、私を必要と言ってくれる一番の親友アルちゃん。

 

 そんなアルちゃんを絶対に守りたいと、この日私は強く想いました。

 

 その為にもっと強くなりたいと

 

 強く

 

 強く――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 オーガ連邦軍 陣地――――

 

 

 

 兵士達が溢れる前線の最中、一人の男は頭を抱えていた。

 

 彼の名はメレル・リャザン中佐。

 

 現在トゥーリスに対し進軍しているオーガ軍の第七師団所属連隊を指揮している人物である。

 

 当初彼はこの戦いに対し乗り気ではなかった。

 

 何故なら現在のオーガ軍は指導者による大量粛清の結果、優秀な軍人を大量に失っている状態であり、まともに運用できる状態とは言えなかった。

 

 しかし上層部はトゥーリス如き小国等現状の戦力で十分蹂躙できるとし、強引に進軍を推し進めた。

 

 その背景には近年オーガにとって脅威となりつつある、とある国への牽制という意味が込められており、トゥーリスの抵抗など微塵も考えられていなかったのだ。

 

 結果オーガ軍はトゥーリスの激しい抵抗に遭い、既に兵の死者数は1万人近くとなっていた。

 

 この結果に怒り狂った指導者は軍の責任者を次々と更迭、または銃殺とし、その余波は彼の足元まで迫っていたのである。

 

 更に彼を追い詰めていたのは現場の兵士達であり、トゥーリス軍の扱う軍用魔法をはじめて戦場で目にしてしまった彼らはその恐怖に怯え、唯でさえ低かった兵達の士気は今や地を這う勢いとなってしまった。

 

 中には敵前逃亡をする兵士達も出てきており、そういった者達に対しての見せしめの為、前線部隊の後ろには逃亡兵を撃つための部隊が上部の決定で編成されているほどである。

 

 このまま無理に進軍を続けていても、無駄に兵を消耗していくだけ。

 

 しかし手を拱いていれば自身が粛清の憂き目に遭う。

 

 いっその事全てを投げ出し、ここで自害してしまった方が幾分楽なのではないかとまで考えている彼をギリギリの所で踏みとどまらせているのは、偏に軍人としての矜持である。

 

「せめて……せめて一矢報いなければ、死んでも死に切れるものではない」

「おやおや中佐殿、自暴自棄はいけませんなぁ」

 

 自身の独白に対して返す声に、メレルは後ろを振り返る。

 

 そこには怪しげな笑みを浮かべた青年が立っていた。

 

「申し訳ありませんが、火急のお話故にアポイントを取らずに来てしまいました」

「……君は誰だね?」

「おっと、これは失礼。ボクの名前はイワン・トマシェフスキー、しがない技術屋ですよ」

 

 イワン・トマシェフスキー、その名前にメレルは聞き覚えがあった。

 

 オーガ兵器開発局きっての天才とされ、彼の作る兵器は今やオーガの主力兵装として兵士達をささえており、その若さで技術大尉まで上り詰めた男。

 

 その才覚は指導者からも高く評価されており、自分とは違いその将来を約束された人物。

 

 だがしかし、だからこそそんな男が何故この様な前線まで出向いてきたのか。

 

 その理由がメレルには見当も付かなかった。

 

「ここは前線だぞ。何故技術大尉である君がこんな所、ましてや私と話しに来るのだね?」

「それはおいおい話すとして、まずはボクの話を聞いてくれませんかメレル中佐。大丈夫、きっと貴方にとって魅力的な話だと思いますよ」

「……話してみろ」

 

 イワンの態度に胡散臭さを感じたものの、どうせ銃殺真近の自分を罠に嵌める意味も無いだろうと考え、メレルはイワンに話を聞くととした。

 

 もしくは、心のどこかで彼は感じていたのだろう。

 

 イワンからこの状況を打破してくれる何かを。

 

 対してイワンは、笑みを崩す事なく話を続ける。

 

「いや、流石メレル中佐。ボクの睨んだ通り話の分かる人で助かりましたよ」

「下らん世辞はいらん。早く本題を話したまえ」

「おっと、ノリが宜しくないのは減点ですねぇ。まあ良いでしょう、ではご希望通り早急にお話いたします」

 

 イワンはやれやれといった感じで肩を竦めると、その本題とやらを話し始めた。

 

 

「貴方にはこの戦いの英雄になって頂こうと思います。ボクの考えた兵器でね」

 

 

 

 

 メレル・リャザンとイワン・トマシェフスキー。

 

 この2人の男の登場によって、この戦いの流れは大きく変わることとなる。

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