貞操逆転世界の女子校で教師やってます   作:空想の墓場

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5月って着る服悩むよね

 教壇に初めて立った時。決して狭くない一室の全てを見通す感覚に驚愕したのを覚えている。

 

 それは何も、寝てる人がいるなーとか、あいつ話してるなーとか、動作行為のことだけを言っているわけじゃない。もっと漠然とした概念的な何か。クラスの雰囲気、それぞれの関係性、授業についてこれているか、興味関心はあるか、面白いと思ってくれているか。

 

 そして、彼ら彼女らが、自分をどう思っているかとか。

 

 

 

 

 

 5月。それは最も体温管理が困難な季節。座る生徒たちの服装は十人十色で。

 

 台東羽(だいとうばね)女子高校の制服はブレザータイプ。下は自由。制服が好みだからという理由でこの学校に進学してくる人物も少なくないらしいが、正直なところ他校との違いはあまりよくわからない。男性がいなくなったことで、相対的な価値観である『女らしさ』が薄れた結果、前世と比べると女性のファッションスタイルは驚くほどに多様化した。とはいえ、校則で制服の着用を義務付けられている以上、校内において服装で個性を出すのは至難の業。

 

 普通にブレザーを着用している者。ブレザーの下にセーターを着込んでいる者。

 

 ワイシャツ一枚に、あまつさえ腕まくりまでしている者もいれば、ブレザーの上からジャージを羽織って、足元を毛布で覆っている者までいる始末。あまりのちぐはぐさに、見ているだけで頭がおかしくなりそうだ。

 

 教室に備え付けられた温度計を横目に見る。現在、およそ17℃。かく言う僕も、長袖のワイシャツの上にカーディガンを羽織っているだけで、比較的薄着といえる。

 

 学生時代は気付かなかったが、教師として授業をする側になってみると分かる。かなり暑い。

 

 カラオケを想像してもらえると分かりやすいだろうか。流石にあそこまで大声で叫ぶ訳ではないが、立って喋るという行為は、思っている以上にエネルギーを消耗するようで。教室の冷房が利きすぎて寒い学校あるあるは、きっと教師の恣意的な理由によるものだったのだろう。

 

 しかし、あまり薄着でもよろしくない。ここは肉食獣を封じるオリ。さしずめ僕は放り込まれた羊か。それを証明するかのように、窓際に座る生徒たちがこちらを見つめながらコソコソと密談を交わしている。

 

「……パツパツになった二の腕が」

「スキマから見える鎖骨……」

 

 タイムスリップができるなら、過去の自分に言ってやりたい。「それ、バレてるぞ」と。本人たちは隠せているつもりなのだろうが、案外筒抜けだったりする。正確な会話こそ聞き取れはしないものの、表情、視線、口元の動き。こちらから得られる情報量は、生徒たちよりもはるかに多い。必然的に、「あぁ、ロクでもないこと話しているんだろうなぁ」ということが手に取るように察せられる。

 

 長袖の今でさえこれなのだ。夏場になればどんなことが起こるかなど、想像に難くない。実際、前の学校ではちょっとしたパニックが起きた。

 

 漫画やアニメのスケベキャラが女性のあられもない姿を見て、鼻の下を伸ばしたマヌケな表情をすることがあるけれど、所詮あれは創作の中のデフォルメされた描写に過ぎない。

 

 無表情のまま、目を血走らせながら。こちらを食い入るように見つめていたあの子たちの脳内では、僕はどんな目に遭わされていたのだろう。情欲に支配された視線が自分に降り注ぐということは、言葉には表しようもない恐怖を喚起するのだ。対象の人間性を否定し、本能を満たすための道具として映されているということ。それがどんなにおぞましいことか。

 

 しかし、それはそれで健全というべきなのだろう。曲がりなりにも生物教師として言わせてもらえば、生殖本能があるからこそ生物は繁栄することができたわけで。尊厳やら人権やらとなんだかんだ理由を付けて性を拒絶するのは人間のエゴで。理性と本能は等価交換なのかもなんて思ってみたり。

 

 前世だと、劣情を煽るから女子はポニーテール禁止などというイカれた校則もあったくらいだ。つまるところ、年頃の青少年にとって、目に入るものすべては刺激になりうる。抑えろという方が酷だ。僕だって昔はそうだった。はるか昔、前世で10代だったころ。

 

 今となっては、そんな気は全く起こらなくなってしまったが。

 

「――ということで、5月も半ばに入り、中間試験2週間前になりました。各自計画的に学習を進めるように。成績不良者には、補習もありますからね」

「英人先生の補習ならいいかも~?2人きりの『特別指導』、お願いします!」

 

 妖しく瞳を輝かせる女生徒に笑顔を向けながら。

 

「いいですよ。過去15年分の全国模試のコピーを用意しておきます」

「期待してたのと違う!」

 

 朗らかな笑いが起こる。その中心にいるのは、宮武さんをはじめとした、バレー部の面々。

 

 僕はあまり部活動に興味がなかったから知らなかったのだが。元々台東羽(だいとうばね)はバレーの強豪校としてそれなりに名が知れていたらしい。僕がこの学校に赴任してきた初日、校長がまるで自分の手柄のように自慢してきたことが印象に残っている。その中でも、2年生でありながらエースとして活躍する宮武さんは、有名大学のコーチも観戦に来たことがあるほどだとか。

 

 この世界においても、スポーツができるということは一種のステイタスになりうるらしく。数少ない男性の知り合いが言うには『付き合うならやっぱりスポーツウーマン』がいいとのこと。その時の僕は、広義に人間を指すときの代名詞が”man”ではなく”woman"になっていることに感心するばかりで、その後に語られた彼の理想の女性像については、全く興味を持っていなかった。

 

 たった1か月そこらで何が分かるんだ、と言われてしまうかもしれないが。このクラスの中核を担うのは、間違いなく彼女たちバレー部員のグループだ。スクールカーストというと聞こえが悪いものの、人と人が関わる以上、日向と日陰は明白に姿を現す。それこそ、太陽を軸に惑星が回るように。

 

 ちなみにウチは理系のクラスである。とはいっても、ガッツリ大学進学を狙っている生徒はほとんどいない。台東羽(だいとうばね)女子高校は普通科と特進科に分かれていて、成績優秀な生徒たちは3、4組に集められる。2組はあくまで理系選択というだけで、基本的に進路は私立大学か専門学校、就職になる。

 

「じゃあさー。逆に、よくできた人にはご褒美が欲しいでーす」

「ふむ」

 

 ご褒美、ね。学生は勉強が本分なのだから、それで褒美をもらおうなどおこがましい――なんて考えるほど、僕は老害ではない。僕の大学では、教職をとるために心理学の単位も修得する必要があった。その際受けた、人間のモチベーションに関する講義が脳裏にフラッシュバックする。

 

 例えば、よくできた子を褒めるだとか。自発的な行動に対して報酬を与えることで、その行動を促進させる手法があることは、知識としてある。教師として、生徒の学力向上のためには、使えるものは何でも使うべきであると僕は考えている。彼女たちがご褒美を望むのならば、ここは自分も一肌脱ぐべきか。

 

「分かりました。検討しましょう」

「マジ!?激アツじゃん!」

「成績優秀者には――」

「……ごくり」

「ギフトカード1500円分」

「違う!先生は何もわかってない!!」

「分かってますよ。教師が生徒に金銭を渡すのは違法、でしょう?僕も身を切る覚悟です」

「切るんじゃなくて捧げて欲しかったんだよなぁ……」

 

 全員が一斉に盛大なため息を吐く。教室内の二酸化炭素濃度が急上昇した気がした。

 

「冗談はこれくらいにして。ホームルームは以上になります。何か伝達事項はありますか?」

 

 ぐるりと視線をめぐらせて、返事はない。これでお開きのようだ。

 

 ……あぁそうだ。言い忘れていたことがあった。伝えなくてはならない、とても重要なこと。

 

「そうそう、次の授業だけど。生物室に移動になります」

 

 

 

 

 

 生物室。日が差し込む自身のデスクとは一転。向かいの教室棟に光が遮られたこの部屋は、全体的に日当たりが悪く、少し肌寒い。

 

 ワイシャツ一枚で過ごす人間は、流石にもういない。一コマ当たり60分。大学の講義になれてしまった身からすると、「短いなー」と思わなくもないけれど、生徒たちの体を冷え切らせるのには、十分すぎるほどの時間だったようで。

 

「寒ーい……。せんせー、あっためてー」

「あ、お触りNGです」

「ちょい近いって!英人くん困ってんじゃん!」

「はい困ってます。何度言っても先生と呼んでくれないことに」

 

 一限の後の休み時間。僕は生徒2人に絡まれていた。両腕を広げてこちらに迫ってくる小柄な少女から距離をとる。それと同時に、その子を後ろから羽交い絞めにするもう一人。

 

 背後からヘッドロックを極めているのは、件のエース、宮武千明さん。メリメリと危うい音を立てながら、頭部をがっちり固定する腕をタップしているのが同じくバレー部員の、金城更紗(きんじょうさらさ)さん。

 

 近づけないよう協力してくれるのはありがたいが、そろそろ金城さんの顔色が見たことないレベルに変色してきてるから。ウチのクラスから殺人犯と被害者同時排出とか笑えないんでやめてあげてください。

 

「宮武さん。そろそろ放してあげた方が……」 

「へ?あっ。ご、ごめん更紗!やり過ぎた!?」

「……げほっ。ふーう、死ぬかと思ったぜぃ」

 

 宮武さんが慌てて拘束を解除すれば。少しせき込んだだけで異常はなさそうだ。ひとまず胸をなでおろす。金城さんはひとしきり首周りをさすった後、眠たげな瞳をこちらへ向ける。決して絞められたせいで酸素が足りないからというわけではなく、彼女はいつもこんな感じだ。先ほどの授業中も、机に突っ伏して寝息を立てていた。

 

「千明っちの言うとーり、ほーんとガード固いよなー」

「生徒とは適切な距離感をとるよう心がけていますから」

「それにしては遠すぎじゃない?ほら、私の胸に飛び込んできていいんだよ!?」

「丁重にお断りいたします」

「なんでえええええ!!」

 

 なんでもクソもないんだが。普通に倫理的にアウトだからです。懐いてくれるのは結構だが、僕としてはもっとこう……。敬愛っていうのかな、あくまで先生として好かれたいという気持ちが強い。

 

 なおもぶーぶーと唇を尖らせていた宮武さんだったが、突然何かを閃いたように。

 

「あっ」

「?」

「なんだー?」

 

 豆電球が灯るイメージを幻視した。悪い笑みを浮かべるさまをこれだけ近くで見せられれば、教壇に立っていなくてもわかる。彼女はきっと、ロクでもないことを考えている。

 

「中間テストのご褒美」

「……まさかとは思いますが」

「クラス1位だった人が、英人くんとキ――」

「無理」

「早っ!?敬語忘れるほど!?」

 

 断られるとは思っていなかったのか、宮武さんは驚きに満ちた表情で硬直する。むしろなんで行けると思ったのか。まさか僕を失職させるために送りこまれたスパイかなんかじゃないのかとすら思える。

 

「おでこ!」

「場所の問題じゃありません」

「ハグ!」

「十分アウトです」

「握手!」

「手汗ひどいんで、やめた方がいいですよ」

「ET!」

「……………………むむ」

「そんな悩む!?」

 

 ぜ―はーと、肩で息をしながら。逆に聞きたいくらいなんだが、なんでそうまでして僕と触れ合いたいのか分からない。正直言って、僕は自身をイケメンだとは思っていない。どんなに甘く見積もっても、中の上が良いところだろう。

 

 とにもかくにも、スキンシップやそれに準ずるものをご褒美にするわけにはいかない。まずもって接触すること自体問題になりかねないし、よしんば問題にならなかったとしても、いずれ増長し要求が苛烈になることは目に見えているからだ。

 

 がっくりとうなだれた宮武さんの背に手をつき、木陰からひょっこり顔を出すみたいにして金城さんが疑問を投げかけてくる。

 

「せんせーって、何でそんなに触られるの嫌なんだー?ケッペキショーってやつ?」

「今の時代、コンプライアンスだなんだかんだと、色々厳しいんですよ。避けられるリスクは回避するに越したことはありません」

 

 『なるほどねー』。言葉とは裏腹に、納得いっていなさそうな猜疑の目。ホント、色々あるんだよ、色々、ね。

 

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