悪魔は人に何を見る   作:斜超

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夜想曲

 月明かりが照らす夜。一組の男女が歩いていた。女は橙の髪を後ろで結び丸眼鏡を掛けて何やら紙袋を提げている。男の方は黒髪に中肉中背といった風で見た目は平凡であった。異様なのはその男の瞳だった。例えるなら黒い太陽、明るく暗い……そんな光と闇が混じり合った目だった。

 

 

 女――長谷川千雨は、麻帆良学園女子中等部の二年生だ。少し前を歩く同年代の少年を見て、彼との出会いを思い返した。

 

 千雨は周囲との認識の違いからあまり周りに馴染めなかった。千雨の常識から考えると路面電車やバイクと並走する人間はありえないし、麻帆良のシンボルである『世界樹』の大きさは異常に感じる。しかし、周りはそれを当たり前に受け入れる。そのギャップが原因で非常識な奴らとは合わないと周囲との交流を絶っていた。

 

 中学生になると千雨はネットで自らを肯定して、見て貰う為にネットアイドルをやろうと一念発起し色々とコスプレの為の服飾の情報等も漁っていた。そんな作業も一段落し、後はアップロードするのみとなった時気晴らしに散歩へ向かった。

 

 そこで運悪く集団同士の喧嘩に巻き込まれ、巨漢が千雨の元に吹っ飛んできた。大きな衝撃を覚悟し目をギュッと閉じたが、いつまでも痛みはやってこない。恐る恐る目を開くとそこには巨漢の頭を片手で掴む少年がいた。少年はチラリと千雨を見てから、喧嘩する者達の元に歩いていった。千雨は止めようとは不思議と思わなかった。何故か負ける事は無いだろうと予感がしたからだ。予感は的中した。少年が軽く振るう拳を一度でも受けた者は例外無く崩れ落ち悶絶し戦闘不能。一分も掛からずその場に立つのは少年と千雨だけになった。そしてそのまま立ち去ろうとする少年に礼をしたいと言って千雨は呼び止めた。

 

 それが始まりだった。

 

 (あの時、こいつに後で礼をしたいからって連絡先交換してなかったら今どうなってたんだろーな)

 

 千雨は礼の品として少し高めのクッキーを購入し世界樹広場で少年と待ち合わせた。そして数日ぶりに再会し、千雨は感謝の言葉と共にクッキーを手渡してから二人は話をした。そこで意気投合し友人となり現在に至る。人見知りで伊達眼鏡越しではないと緊張し赤面してしまう千雨がここまで早く仲良くなったのには理由があった。少年は非常識な力を持っていたが、常識もまた持っていたからだ。ここで言う常識は”麻帆良”のではなく世間一般の――もっと言えば千雨の持っているものだ。少し話をして、少年が自分の感性に近い物を持つ事が分かってから千雨はこれまで溜め込んでいた鬱憤を晴らすように愚痴をぶちまけた。少年の方も興味深そうに聞き、中でも千雨のクラスメイトにロボ子がいる事に目を見開き驚いた様子だった。

 

 それからポツポツと共に東京などに行く仲になる。今回は千雨の携帯の機種変がてらに電気街へ行った帰りである。夜になってしまったのは電車の遅延が原因だ。既に学生寮には連絡を入れているので心配は無い。

 

 「なあ、別にいいんだぞ寮まで送ってくれなくても」

 

 「気にするな、こんな機会でもないと女子寮には行けないからな」

 

 「……お前って、見た目に反してふざけた奴だよな」

 

 「褒めてるのか?」

 

 「褒めてねーよ!」

 

 今二人は千雨の住む女子寮に続く桜通りを歩いていた。麻帆良の中心部に到着し、解散しようとしたが寮まで送ると少年は聞かなかった。千雨としては気持ちは有り難いが寮の前で二人で居る所をクラスメイトに見られやしないかヒヤヒヤしてしまうのだ。特に報道部に所属するパパラッチを自称する少女に目撃されれば下手をすれば新聞沙汰だ。

 

 ピタリと前を歩く少年が立ち止まった。女子寮まで後少しという所であった。

 

「どうした?シン」

 

 少年の視線を追うと、なるほどと千雨は納得せざるをえなかった。中年の男がこちらを振り返り見ていたのだが、格好が常軌を逸していた。烏帽子に狩衣を身に纏い、顔は真っ白に殿上眉と平安時代からタイムスリップしてきたように見える。

 

「なんだアイツ……」

 

 千雨は思わずそう呟いた。それに反応するかの様に時代錯誤者はコトリと首を傾げる。その目からは何か不審なモノを見る様な色が千雨にも感じ取られた。

 

「人払いの符を使っている筈なのに、ここにおるとは……貴様ら一般人ちゃうな。西洋魔法使いの犬め! 近衛の姫まであと少しという所に」

 

「は? このオッサンヤバそうだぞ シン!」

 

「下がっていろ千雨」

 

 不審な男はどこからともなく札を取り出し念を込めた。

 

「来い!!」

 

 そして現れたのは五メートルは優に越える筋骨粒々の赤鬼と小柄な長髪の青鬼。千雨は余りにも現実感が無い光景にこれはタチの悪いドッキリじゃないかと周りを見渡した。カメラを探したが存在しない。

 

「おいおい、ウソだよな……」

 

「去ねや」

 

 男が腕を振るうと連動する様に赤鬼がその巨大な腕を少年目掛けて振り下ろした。

 

「シン? シン!!」

 

 土煙の中で姿は見えないが、千雨は見たくなかった。この学園で唯一の理解者がぐちゃぐちゃになった所をだ。だが、目を閉じる事は出来なかった。体が金縛りになった様に硬直していたからだ。千雨の体は止まっていても、時は待たない。土煙が晴れた。

 

 晴れた先には赤鬼の攻撃を腕を交差して受ける少年の姿があった。

 

「は?」

 

 思わず千雨と男の声が重なる。

 

 そして、少年が無造作に腕を振るうと赤鬼は体勢を崩し仰向けに倒れる。その大きな隙を見逃さず瞬く間に赤鬼の頭部へと移り拳打を叩き込む。ズンと大地を揺らした一撃に巨体がびくりと動き、絶命した。

 

 相方であった青鬼は呆然として叫ぶ。

 

「アホな! 死んでもうたやと……」

 

「狼狽えんな! 召喚されたお前らは本当に死ぬことないやろ!!」

 

「……本当に死んどるから驚いてんや! コイツは何や!? お前何をした!」

 

 返答は拳だった。腹を貫かれ、死体が増えた。

 

「ば、ばけも」

 

 白塗りの顔を更に真っ白にして紡がれる言葉は最後まで続かなかった。不自然に顎を跳ね上げ気絶したからだ。

 

「やあ、これは一体どういう状況かな?」

 

 千雨の背後から歩いてきたスーツ姿の体格の良い男性が問い掛ける。

 

「高畑先生?」

 

「こんばんは、千雨君。そして君は……」

 

「間薙シン」

 

「二人とも事情を聞きたいから学園長室まで来てくれ。ここの後始末は……」

 

「すいません、遅れました」

 

「葛葉先生に任せよう、すいません後を頼みます」

 

 シンと千雨は顔を見合わせてから、高畑教諭に付いていった。

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