千雨とシンは高畑に連れられ女子中等部の中にある学園長室へ通された。室内にはぬらりひょんを彷彿とさせる小さな老爺がちょこんと座っている。近衛近右衛門、学園都市麻帆良のトップである。
「おお、来たの。さて、これから少し話をさせてもらうんじゃが……その前にそちらから聞きたい事があれば答えよう」
学園長の言葉に千雨は矢継ぎ早に質問した。
――あの妙な男は何だったのか
――鬼の様な怪物は本物なのか
――明らかにこの様な異常事態の対応に慣れている事が見受けられるのはどうしてか
「ふむ、少し長くなるが答えよう。まず言っておこうワシたちは魔法使いなんじゃ。そして、この学園は関東の魔法使いたちの重要な拠点での先生や生徒の一部は魔法を使える者もおる。今日君たちが遭遇した侵入者はワシら関東魔法協会と敵対する組織、関西呪術協会の過激派の術師じゃろう。鬼は呪術によって異界から喚びだされた存在じゃ。後、対応の早さについてじゃが麻帆良は先程仲が悪いと言うた関西の手の者などによく襲撃を受けておるのでの。さて、こんな所でいいかの」
「ま、魔法? マジかよ……壮大なドッキリとかじゃないのか? いや、でもあの鬼は……」
千雨はこれまでの常識が全部ひっくり返ったような感覚に襲われ、頭を乱雑に混ぜながらも、なんとか整理していく。その中でふと疑問が浮かんだ。千雨は幼い頃からシンに会うまで孤立していた。その理由が周囲との認識の齟齬である。何故かは分からないが、価値観が合わないのだ。それが魔法によるものでは……というのが千雨が思い浮かんだ事である。学園長らは千雨の落ち着くのを見守りながら待っている。千雨は自分の考えが真実なら、と怖さを感じながらも問うた。
――この学園にはおかしな事を普通に感じさせるような魔法はかかっているか
答えは是であった。瞬間、怒りの言葉が自らの意思を半ば無視して学園長に殺到した。数分後、肩で息をしながら謝罪する千雨に学園長は沈痛な顔で頭を下げた。
「本当に済まない事をした。世界樹の発する認識を逸らす魔法に耐性がある者がおるとは考えもつかなかった」
「千雨……」
「クソ、大丈夫だ。シン、サンキュな。原因が分かってスッキリしたぜ」
どこから見ても無理をしている千雨に誰もそれ以上声を掛けられなかった。これは、彼女自身が飲み込むしかない問題であったからだ。
「長谷川君には申し訳ないが、間薙君に対する聞き取りを始める。君は何者じゃ?」
「ただの一般生徒だ」
「一般人は鬼を倒す事など出来ぬと思うがのう。それも本当の意味で滅するなどのう」
「ん? 死ぬのに本当も嘘もないだろう」
「いやいや! 召喚された鬼の本体は異界にあるのじゃぞ、特別な魔法でもなければ完全に滅することは出来ん」
「そうなのか……」
「常識じゃぞ、ふぅむ。オヌシが何かを隠しているのは分かる。じゃが敢えてそれを聞くことはやめておこう。木乃香も助かったしのう。最後に一つ問おう。君は麻帆良に害を為す気はあるか?」
学園長はこれまでの好々爺然とした表情を一変させ、鋭い眼光で問うた。対するシンは佇まいを正して応える。
「俺はこの街が好きだ。害なんて為す気はない」
「良し、信じよう。しかし、君には男子中等部から転校してもらう。君は……」
「ちょ、待ってください! コイツは何も悪い事なんてしていない、それなのに麻帆良から追い出すなんて横暴すぎる!」
「ふぉふぉふぉ、話は最後まで聞きなさい。彼を追放なんてせぬよ。間薙シン君、君は女子中等部に転入じゃ! 長谷川君と同じクラスになるぞ」
「は? 意味が分からないんですけど」
「実はのう、君のクラスには色々と訳アリの生徒を集めていてな。未知数な彼を置いておくのにピッタリなんじゃ。ああ、性別は学園の共学化へのテストケースとでもすれば良い」
頭痛を堪える様な千雨と無表情ながら呆然とするシンを気にせず学園長は言葉を続ける。
「ああ、そうそう最後に大事な事を言い忘れとった。ワシら魔法使いの事は一般には秘密にしておるんじゃ。吹聴してくれるな、罰則もあるからのう」
「それじゃ、仲良くするんじゃよ、さてもう夜も遅いし話は以上。寮に戻るように」
○
二人の生徒が退出し、数分経った頃。学園長は、机に突っ伏してしまう。高畑は先ほどのやり取りに苦言を呈した。
「学園長、いくら不審な点があっても生徒に精神系魔法は良くないですよ」
「通じんかった……」
「え?」
「レジストとか、そういうレベルではない。根本的に無効化された。そして、気づいてもおったようだ。ワシの最後の質問に答える時だけ心を見せてくれたがの」
「彼は、一体何者でしょうか、読心に気づいていて指摘しないなど悪い人間ではないとは思いますが。長谷川君とも仲が良さそうだったし」
「彼の心を見た時、膨大な魔力を感じた。あのナギより遥かに上のな。良いか、高畑君。彼と絶対に敵対してはいかぬ。ワシには彼がとてつもなく恐ろしい力を持っているように感じる。彼から目を離すのは良くない」
自分たちの長が初めて見せる鬼気迫る表情に高畑は何も答えられなかった。
○
女子寮に有言実行で送ってくれた友人に感謝して、別れる間際。
「千雨、もし俺が人間じゃないと言ったらどうする」
「どうもしねーよ。お前はお前だろ」
「そうか、じゃあな」
去っていく後姿をなんとなく見ながら、呟く。
「あいつの笑顔、初めて見たな……」
○
その日の2-Aクラスはいつにも増して騒がしかった。その理由は、報道部に所属する朝倉和美がある情報をゲットしたからだ。その情報とはA組に転入してくる生徒がいるというものだ。2学期の微妙な時期に来るとは何か事情があるのではと考える生徒は少数派で、ほとんどの者たちは新しい仲間が増えることをノー天気に喜んでいた。
そして、チャイムが鳴りホームルームの時間となった。普段とは違い、全員静かに転入生を待ち望んでいるのか静寂が教室を支配している。ガラリと扉を開け担任である高畑教諭が入ってきて目を白黒させ、頭の後ろをカリカリと掻いた。
「やあ、みんなおはよう。今日はホームルームの前に重要なお知らせがあるんだけど……君たちの様子からして、もう広まっているみたいだね」
「はーい! 転入生がいるんですよね!」
A組の双子の姉の方である鳴滝風香が元気よく叫んだ。
「その通り、じゃあ入ってきてくれ間薙くん」
高畑の呼びかけに答え、教室に入ってきたシンはどこからどう見ても女子ではない男子生徒そのものであった。瞬間、教室が揺れるほどの驚きの声が響き渡り、騒然とする。男性が苦手な宮崎のどかはアワアワと取り乱し、和美はスクープとばかりにカメラで連写する。そこでクラスの委員長である雪広あやかと高畑が落ち着くように声を上げ、ようやく狂騒は収まった。そして、クラスの代表としてかあやかが高畑に質問する。
「あの……高畑先生、彼は一体? ここは女子校ですよ」
「実はね、麻帆良学園のお偉いさんの中で共学化を推している人がいて、その一環として彼はテストケースという形でA組に転入する事になったんだ」
「な、成程そういう事でしたら……」
「さて、じゃあ自己紹介を頼むよ」
シンは軽く頷くと『間薙シン』と黒板に書いた。そして、声に出して自分の名の読みを発しかけたが、それは和美が猛烈な勢いで立ち上がり椅子が倒れる音に中断させられる。和美は興奮しながら、語りだした。
「間薙シン!! 麻帆良の二の打ち要らずと名高い、あの伝説の男!?」
「朝倉この人の事知ってるの?」
「もちろん! 間薙シン、身長170㎝体重65㎏と標準的な体格ながらその打撃の威力は凄まじいらしいわ。体重差が2倍ほどもある大男も彼のパンチでKO……というか藻掻き苦しんだらしいわ」
「おおっ! 凄いアルね。でもワタシ知らなかったアル」
「まあ、彼が有名なのは男子校エリアだし、本人の気性は至って穏やかで自分からバトルを仕掛ける事は無いらしいしね、ちなみに表情は鉄仮面だけど話してみるとワリとひょうきんらしいよ」
シンが自己紹介をするため口を開きかけた矢先にこの熱い他己紹介を受けて、顎に手を当て少し考えると、どうでもよくなったためこう言った。
「これからヨロシク、俺の事は彼女が良く知っているようだから彼女に聞いてくれ」
表情は一つも変わらずの発言だったためか、和美を少し責める声や慰め交じりの歓迎の声が挙がる。和美も手を合わせ謝意を示し、シンもひらひらと手を振り気にしないようにした。その後、座席は一番後ろの列でちょうど千雨の隣に決まる。シンは千雨が目立ちたがらない性格なのを知っているので軽く手を挙げ挨拶するのみにとどめた。しかし、そのやり取りに何かを感じた者が若干一名いた。
A組にやってきて、初めての休み時間。シンは誰も話しかけてはこないだろうと予想し、千雨と軽く話していた。そんな席に近づく2つの小さい者の姿があった。
「どうもーはじめましてだね!」
「驚いたな、俺に話しかけてくるとは……肝が据わっているな」
「ふふふ、ホントはちょっと怖かったけど、急にこんな女の園に連れてこられて、気まずいかもと思ったから声かけたんだよ! イイ子でしょ」
「正直助かった。良いヤツらだな、改めて……間薙シンだ」
「鳴滝風香だよーよろしくぅ!」
「鳴滝史伽ですー」
「ああ ヨロシク」
名乗りあい、双子は同時に握手を求める。シンの手、というか拳に触れた時の反応は劇的で「固っ!」と声を揃え言ったと思えば、何を思ったかシンの力こぶにしがみつきだした。体の両方から期待の眼差しで見つめられたので、シンは立ち上がることにした。高くなってゆく視界に歓声を上げる双子はとても楽しそうだ。シンも気を良くして腕にぶら下がる双子の重みなど気にせずぐるりと回ったり、腕を上下に上げ下げしてやった。
「遊園地のアトラクションみてーだな」
千雨がそうつぶやき、A組の面々も双子と遊ぶシンに興味を持ったようだ。
○
その日の授業が終わり、シンがそそくさと帰ろうとすると。
「あーシン、ここの校舎慣れてないだろ? 案内してやるから来いよ」
「助かる。さっきは男子トイレを探し回った」
「……そうか、大変だったな」
「今も大変だ」
「こっちだ! 行くぞバカタレ!」
千雨により、男子トイレや音楽室、美術室等々を案内された後。何故かまたA組の教室まで戻ろうとする千雨にシンは首をかしげながら、扉を開いた。すると。
パン! パン!
『A組へようこそ!! 間薙くん!』
クラッカー花火と共にクラス全員から歓迎の声を掛けられる。教室は飾り付けられ、お菓子やジュースが並べられパーティーの様相だった。千雨は扉に手を置いたまま固まる友人の肩をポンと叩く。
「ほら、何か言ってやれよ」
「ああ……皆、俺は本気で嬉しい。ありがとう、これからよろしく頼む」
A組の面々は異口同音に新しいクラスメートへと言葉を返した。そして輪の中心に座ったシンに真っ先に話しかけてきたのは朝倉和美だ。朝の件を思い出してか、頬をカリカリと掻きながら和美は言う。
「いやー自己紹介の時はゴメンね」
「気にするな、自分の事を紹介されて新鮮で面白かった」
「そう言ってもらえると助かるよー、そうだ! 間薙くんの事知るためにいくつか質問していっていい?」
「いいぞ」
「ありがと! じゃ行くよ」
「好きな食べ物は?」
「特にない、なんでも食べる」
「趣味とか好きな事は?」
「神話とかを読む事だな。新しい発見がある」
「特技とかある?」
「一度通った道なら、頭の中で地図として思い描くことが出来る」
「好みのタイプは?」
「女」
「アホか! そういう事じゃねーだろ!」
すかさず千雨から突っ込みが入る。シンは求めていたものが与えられ、上機嫌に頷いている。
「仲良いねお二人さん。最後の質問、あんたら付き合ってるの?」
「なっ! 付き合ってなんかねーよ。ただの友達だ」
そっぽ向いて赤面しながら、千雨は答えた。その反応に周りのボルテージは上がっていく。そんな中和美はシンに水を向けた。
「大切な友人だよ。俺はこいつの為なら世界も壊すくらいには気に入っている」
「お前はRPGのラスボスか! 気軽に世界滅ぼそうとすんな」
「面白い関係だね。それにしても、長谷川がこんなに喋ってるの見るの初めてかも」
「ええ、千雨さんに仲の良いお友達がおられて私安心しましたわ」
次に話しかけてきたのは、A組のクラス委員の雪広あやかだった。慈愛の眼差しで千雨を見るあやかは、涙をハンカチで拭いながら笑顔を見せている。
「いいんちょ、なんで泣いてんだ?」
「千雨さんにお友達が居たのが嬉しくて、つい」
「お前は私の母親か!? ったく」
「雪広、だったか? 千雨も喜んでるみたいだ感謝する」
「まあ!」
その後も新しいクラスメイトと普段は目立たなかった千雨の元気な姿にA組の面々は、アルコールでも入っているかのようなテンションで騒ぎまくった。パーティーは外が暗くなるまで続いた。シンは大体の生徒の名前と顔を覚え、とりあえず気軽に話をできるくらいの関係になった。