【疑念】
麻帆良学園女子中等部の屋上にて、二人の少女が密談をしていた。一人は小柄な竹刀袋を肩に背負う、桜咲刹那。彼女は退魔の剣術『神鳴流』の使い手である。そして、関西呪術協会の長の娘、近衛木乃香を陰ながら護衛していた。本来なら刹那が木乃香の傍を離れる事は少ないのだが、現在は式神を用いて対処している。そんな事をしているのは先日女子校に転入してきた男子生徒が原因だ。学園長がやった事なので、危険人物ではないと思われるが護衛として警戒すべきと刹那は考えていた。その為、知恵を借りようと女子中学生ながら凄腕のスナイパーである龍宮真名に相談を持ち掛けているのだ。真名はすらりとした長身で褐色肌の美女で中学生にはとても見えない程だ。
「龍宮、あの間薙という男をどう見る?」
「そうだな……身のこなしから見て手練れなのは間違いないな。まあ、それはお前も分かっているか」
「ああ、信じられない事に一切の隙が見つからない。私が聞きたいのは、奴がお嬢様にとって危険であるかどうかだ。龍宮は戦場を潜り抜けていて、私より目利きは上だろう」
「勘になるぞ」
「構わない」
「間薙が教室に入って来た時、気配がした。私にとって馴染み深い、死の気配だ」
「死?」
「刹那、アレと戦うのはやめておいた方がいい。人の形をした死そのものだ。まあ、本人の気質は穏やかだ。要注意くらいでいいんじゃないか」
そう言い残し去っていく真名に礼を言い、刹那は決意を新たにした。
(もし、相手が死神でも私はお嬢様を必ず護る!)
○
麻帆良の最強頭脳と呼ばれる超鈴音は、学園にも秘密にしているラボで思考を巡らせていた。
「間薙シン、本来の歴史では存在していない生徒ネ。しかも、召喚鬼を問答無用で殺害できる力とは……」
鈴音は自分の持つ優れた技術力をフルに活用し、イレギュラーであるシンの情報を全て洗い出した。出てきた情報は、東京で生まれごく普通の家庭で育ち中学進学を機に麻帆良へやってきたというものだ。何も不審な点は無い。だが、それこそが異常極まりない。鈴音は同じクラスの古菲程ではないが拳法を修めている。なので体捌きや所作を見れば大体の実力は見抜ける眼力がある。その観察眼から見たシンの評価は異次元、である。強い、その一言に尽きる。そして、油断が無い、A組の面々とふざけ合っている時、食事をとる際、穏やかに会話している時。それらのタイミングで奇襲をかけたとしても恐らく対応される。言ってしまえば臨戦態勢がデフォルトなのだ。戦場を渡り歩いてきた真名でさえ、そんな事は不可能だ。一体どんな環境に居れば、あのような怪物が生まれるのか。少なくとも普通の家庭で育ってあんな事にはならない。情報を偽装しているのは確かだ。
「私の影響カ? しかし、計画は必ず成功させる。絶対に」
【和泉亜子】
落ちて来る鉄の塊。逃れようと必死に足を動かすが、鋭い痛みが襲う。地面に転がり、背中へと手を伸ばすと真っ赤な血がべったりと付いている。暗転する意識。
「ッ! はぁ、またあの夢か」
朝から最悪の気分で目を覚ます。ウチは和泉亜子、個性豊かな2-Aでは霞んでしまうような普通の女子中学生や。唯一、人とは違うのは背中に大きな傷がある事。あ、あと目と髪の色の色素が薄いとこもかな。
「おはよー亜子」
「おはようさん、まき絵」
「……ねぇ、今日どっか行かない?」
「うん、ええよ」
まき絵はよく子どもっぽいとか言われるけど、勘が良くて人をちゃんと見てくれるから時々凄いなと思ってしまう。今のやり取りだって、ウチがあいさつに答えた声色から何かを感じ取って遊びに誘ってくれたのだと思う。意識しての事か無意識かは分からないけど、こういう所がまき絵の美点だ。
○
麻帆良で穴場のカフェのテラス席でウチらはおしゃべりをしていた。話題はどんどん移り変わり、覚えていられない程だ。そんな中、最近クラスにやって来た男の子である間薙君の話になる。
「そーいえば、間薙君の事どう思う? 顔は無表情だけど、キリっとしてカッコ良くない?」
「あー、確かに整った顔立ちやんな。あと意外とオモロい人やわ。前ゆーなが授業中寝てた時のやつ覚えとる?」
「当たり前じゃん! 先生が誰か起こしてやってーて言ったら間薙君がやった」
『工事現場の声マネ!!』
「あはは! ゆーな飛び起きてたわ、どっからあんな音出してるのか謎やけどな」
「凄いよね! あれれ、噂をすればってやつだね、おーい! 間薙くーん」
本当にまき絵の言う通りで、彼の話をしとったら歩いてきた。それから間薙君も加えて雑談し始める。意外と言ったら失礼かもしれないが、会話が上手で話しやすく感じた。あと、同年代とは思えない程落ち着いている。だからだろうか、ウチは他の友達には話さない様な事を聞いた。
「間薙君ってトラウマ、とかあったりする? 例えば、今でもふとその時を思い出して嫌になったりする事」
「無いな」
「そっか、強いねんな」
「嫌な事はむしろ多かったがな」
「全部乗り越えたん?」
「いいや、俺の心は……人とは違って、痛みに鈍感なんだ。和泉は過去から今まで続いている痛みがあるみたいだな」
「せやな、消してしまいたい事があるよ」
「亜子……」
まき絵が心配そうにこちらを見ている。あかんな、こんなんじゃ、せっかく楽しく話してたんが台無しになってまう。話題を変えよう。そうやって口を開きかけた時。間薙君はなんでか、何時になく真剣な表情で言った。
「消してはいけない。それがある事によって悲しんだ事や悩んだ事は和泉を形作っている大切なものだ。捨ててしまいたいかもしれないが、それを抱えて生きるのが人間の強さだと思う。和泉はさっき俺の事を強いと言ったが、俺はお前の方が強いと思う。痛みを感じながら歩く奴と最初から痛みなんて感じない奴。どちらが強いかは明白だ」
「あ、はは。初めてやわ、そんな事言われたの。ありがとう、嬉しいわ」
「辛い時は、そこにいる佐々木や大切な存在を頼ればいい。だから、抱えて生きるんだ」
視界がぼやけてしまう。本気で言ってくれているのを感じて、心が温かくなる。
○
落ちて来る鉄の塊。逃れようと必死に足を動かすが、鋭い痛みが襲う。地面に転がり、背中へと手を伸ばすと真っ赤な血がべったりと付いている。意識が遠くなるが、ウチはそれに耐え上体だけ起き上がる。でも、それが限界だった。そこに、誰かの手が差し伸べられる。ウチはその手を取った。
「夢か……ありがとうな間薙君」
それから、同じ夢は見る事が無くなった。
【相坂さよ】
私、相坂さよ。六十年余り幽霊やってます。でも、幽霊の才能無いみたいで誰にも気づいてもらえません。今のA組は凄く個性的で面白そうな方ばかりで、お話とかしたいです。そして、できればお友達に……なってくれないかなあ。
『はあ、寂しい』
「そうだろうな」
『うっひゃー! で、出たー!!』
「落ち着け」
背後から突然声を掛けられ、びっくりした私は逃げようとするが腕を掴まれ阻止された。観念して振り返ると、そこに居たのは転入生の間薙さんだった。幽霊じゃなくてよかったと一安心した後に、そういえば私こそが幽霊であったと思い出す。急だったので焦っていろんなことを忘れてしまっていたらしい。たははと誤魔化すように笑って間薙さんにしっかり向き直る。すると、彼は軽く息を吐きじっとこちらを見ていた。さっきまでのやり取りで分かっていたことだが、彼は私の事をくっきり、はっきりと見えて触れる事さえ出来るようだ。今まで、肝試しの学生から霊能者にも見えなかった私を認識できるなんて、彼は人とは違う何かがあるのかもしれない。長年このクラスに居るが、女子校である筈なのに男の子が転入してくる事は無かった。彼は特別な事情があってA組にやって来たのかもと今更ながら思った。しかし、そんなことはどうでもよくて。私は絞り出すように望みを告げた。
『あのっ! 私とお友達になってくれませんか』
「友達? いいぞ」
彼は意表を突かれたという表情を一瞬だけしてから、私に手を差し出す。どういう事だろうかと、意図がすぐには分からなかった。でも数秒経つと私は顔をくしゃくしゃにしながら、新しい友達と握手をしていた。喜ぶべき時なのに私は涙をぼろぼろと零してしまう。止めようとしても、全然止まってくれなくて数十分は泣きっぱなしだった。間薙くんは、こんな私をじっと見ながら待っていたが、私を見る目からはうまく言葉にできない感情が伝わってきた。何故かは分からないが憧れ?に近い気持ちだったと思う。内心で首をかしげていると、間薙くんは言う。
「相坂、今から学園長室に付いて来て欲しい」
『? いいですけど』
○
間薙くんは、立派な扉をノックしてから部屋の中に入っていった。今まで校内をうろつくことは多かったけど、学園長室には不思議と来ていなかったな。
「相坂、中に」
『あっ、はーい』
入って正面の立派な机に小柄で髭や眉毛がもさもさのお爺さんが座っている。朝礼がある時なんかに見せる飄々とした、好々爺染みた感じは見られない。ちょっと怖いというか、鬼気迫る?雰囲気だ。
「間薙くん、そこに本当に相坂さんが?」
「ああ、それでどうする。安息を与えるか、苦難の道を歩ませるか」
「ワシとしては、これまで苦しんできた分ゆっくり休んでもらいたいが……決めるのは相坂さんじゃ。彼女がどちらを選んだとしても尊重したい」
『安息? 苦難?』
なんだか自分が知らないうちに、話が進んで行っている気がする。学園長先生は私たちが来ることを知っていた様子だから、事前に間薙くんが伝えていたのだろう。そして、私の処遇を話し合っていたのかもしれない。学園内に幽霊がいるという悪評が立ってそれを嫌った学園長先生が私を除霊するなんて事になっていたりして。え?これって、生きるか死ぬかの瀬戸際ですか、いや死んでますけど。けど、私はまだ消えるわけにはいかない。友達をたくさん作りたい、もっと誰かと話したい、私を見て欲しい。
『間薙くん! 私は消えてしまうなんて嫌です。私にはまだやりたいことがあるんです』
「そうか、学園長。相坂は苦難を選んだ」
「! 複雑じゃな。この世の摂理を考えるなら成仏してもらう方が正しい。しかし、ワシはまた彼女に会えることが心の底から嬉しい。では間薙くん頼む」
こくりと頷いた間薙くんは、ポケットから珠の様な道具を取り出した。そして、それを掲げると私は光に包まれた。体が重くなって、体のバランスが急に乱れて倒れそうになるが間薙くんが支えてくれた。どうしてしまったのだろう、何の気なしに室内をきょろきょろしてしまう。すると、学園長先生と目が合った。さっきまでは私のいる大まかな所を見ていたが今は完全に視線がぶつかっている。もしかして。
「見えてます?」
「ああ、あぁ。また会えましたね。さよさん」
よたよたと、立ち上がり私に駆け寄り私の手を取る学園長先生。動きはまるっきりお爺さんだったが、何故だかそれを見ていると若い男の人の姿が脳裏によぎった。誰だったか思い出せないけど、きっと大切な人。
「……二度目の誕生だな」
「間薙くん、ありがとうございます。幽霊だった私が生き返るなんてこの世のルールではあってはならないことですけど、私とっても嬉しいです!」
「ああ、俺も嬉しい。学園長なんて、泣いてしまっている」
「うぇっ! 喜んでもらってるのは嬉しいですけど泣かないでください!」
「すみません、すみませんでした、さよさん」
学園長先生が泣き止むまで、背中をさすったりして落ち着いてもらいこれからの話をした。私は死んでいたので、戸籍なども死亡扱いだったが……なんと学園長先生のパワーでなんとかしてもらい、近日中に2-Aに通えるようにしてもらった。私としては万々歳でニマニマと笑顔が止まらない。間薙くんと学園長先生には足を向けて寝られなくなった。
「これからよろしくお願いしますね! 間薙くん」
「ああ、よろしく。楽しむと良い」
その後、無事にA組に入り、放課後どんちゃん騒ぎしたのは言うまでもない話でした。
次から原作に入ります。