蟹! うま! うま! 蟹!!
ああ〜幸せ。
口いっぱいに蟹の肉を頬張る、これ以上の幸せがあろうか。
「いやー仕事が出来てホッとしました」
「レベル上げててよかったです」
コックさんとサモナーさんが心底ホッとした様子で言う。
「何を言う! 二人とも最高の仕事をしている! ボーナス出す!」
「やった!」
「ありがとうございます!」
この日の為に用意したカニパーティー専用ルーム。
長机には茹で蟹、焼き蟹、蟹鍋、蟹しゃぶ、蟹グラタン、蟹クリームコロッケ、蟹飯、蟹雑炊。
夢か?
いや現実だ。
夢にまで見たシェルクラブである。
しかも普通の蟹より遥かに大きい。
何せ、その足は子供の胴体ほどはあるのだ。
一本だけで二十人はお腹いっぱいになれる。
様々な食べ方があるが、やはり一番は茹でたものを贅沢に頬張る形だろう。
まさしくシェルクラブでしか味わえない醍醐味だ。
「うま……」
「運営さん泣いてない?」
「泣いてない」
泣いていた。
一年だぞ。
一年待ったんだぞ。
開始二週間で姿だけ見せつけられて、そこからずっとお預けだったんだぞ!
目の前で何度も何度も冒険者が挑んでは逃げられ、全回復され、返り討ちに遭う様を見せられて!
攻略法知ってるのに言えない!
巣穴だよ!
餌に毒盛れ!
魔石抜け!
と言いたくなるのを一年耐えた!
偉い!
俺は偉い!
「しかし、あれが正規攻略とは思いませんでしたね」
サモナーさんがおたまで蟹味噌を甲羅から掬いながら言った。
「まあ、普通はボス見たら殴りますからね」
「巣を探して毒殺って、ゲームとしてどうなんです?」
「そういうゲームなんだよ。実はギミックにも力を入れてあるんだ」
ライブダンジョンは敵を正面から殴り倒すだけのゲームじゃない。
というか、真正面から殴ると死ぬ奴が結構いる。
シェルクラブなんか特にそうだ。
「しかも発見したのがアイドル杯っていう」
「料理作ってたら蟹が寄ってきたんでしたっけ」
「魚焼いてたらね」
シェルクラブを倒したのは、韓国のアイドルチームだった。
最初は本当に戦う気がなかったらしい。
アイドル杯の評価を稼ぐ為に、ダンジョン食材で料理をする。
歌う。
踊る。
可愛くキャンプする。
そういう方向性だった。
ところが魚を焼いていたら、妙にシェルクラブの反応が良かった。
そこから、
『これ、餌に出来ない?』
となった。
視聴者からは、
『カニさんにもご飯を!』
と盛り上がった。
そして料理担当の子が、沼地で採取した毒草を見ながら首を傾げた。
『……これ混ぜたら弱らないかな?』
発想が物騒だった。
さらに偵察して巣穴を発見。
シェルクラブが巣穴に魔石を貯めている事も確認。
偽物を作ろう。
でも魔石っぽい物なんてない。
『寒天で作る?』
何でそうなる。
何でそれで成功する。
結果として、ほぼ満点の正規攻略だった。
毒餌。
魔石のすり替え。
巣穴から追い出す。
弱体化したところを総攻撃。
しかも五人全員、戦闘職としては微妙だったので、罠と道具と環境を使い倒した。
神様も大喜びだったらしく、ずっとメイン画面に映っていた。
そりゃそうだ。
俺だって知ってなければ大興奮してた。
「で、今は軍人さん達がロケットランチャーで蟹を吹っ飛ばしてる、と」
「諸行無常ですね」
「やめろ。食材を爆散させるなと言いたい」
「でもダンジョン内では倒した相手はどうせドロップアイテムになりますし、魔石は手に入りますよ?」
「そうだけど! 魔石まで吹っ飛ばないか不安になるじゃん!」
俺が憤慨すると、コックさんが笑った。
「大丈夫ですよ。今日の分はサモナーさんが確保してくれますから」
「頼んだぞ」
「任せてください。もう召喚出来ますから」
そう。
シェルクラブの魔石がついに手に入った。
懸賞金まで掛けて集めた。
サモナーさんには一年かけてレベルを上げてもらった。
これで!
蟹食べ放題!
「ただ、召喚獣って食べても大丈夫なんです?」
「大丈夫。異世界では大人気の料理だ」
「異世界。お話聞きたいです」
「そこダンジョンが主要産業だし、ネタバレになるからダメー」
全部説明したら説明したで面倒なのだ。
俺だって未来知識を完全に把握しているわけじゃない。
そもそも既に原作と違う。
当然だ。
異世界じゃなく現代日本なんだから。
武器が刺さらない?
なら素材研究する。
ポーションが作れない?
製薬会社が研究する。
飛行魔法が使える?
空軍が研究する。
大型モンスターが出た?
ロケットランチャー持ってくる。
逞しいにも程がある。
「ところで運営さん」
「何?」
「ドラゴンも食べます?」
「食わない」
即答した。
「えっ」
「多分美味くない。食べてるって聞いた事ない」
「そうなんですね。残念です」
「俺も全部知ってるわけじゃないから、食べたければ毒があるかどうかから調べてね」
「わかりました。次の目標とかあります?」
「ない」
「ないんですか?」
「蟹食えたから、俺の個人的な目標は達成した。シェルクラブこそ頂点よ」
俺は満足げに蟹脚を頬張った。
口をベッタベタにしてプリッとした白身にかぶりつく。
最高。
あとで風呂は必須になるが。
「後は普通に運営するだけ」
「それが一番大変じゃないですかね」
「言うな」
現在、ライブダンジョン周辺には洒落にならないほど人がいる。
一年前はホテル一軒建てて、これ絶対赤字だろと言われていた。
今?
ホテルが足りない。
圧倒的に足りない。
国と民間が急ピッチで増築している。
道路も増えた。
バスも増えた。
鉄道の延伸計画まで出ている。
空港計画も立っている。
研究所も建った。
自衛隊施設も出来た。
警察署も拡張された。
各国の領事関係者まで常駐し始めた。
ダンジョン素材専門商社。
装備屋。
ポーションショップ。
ダンジョン料理店。
冒険者向けトレーニングジム。
攻略映像専門の映画館。
何でもある。
何もなかった北海道の片田舎が、一年で魔境になった。
土地を先に買っておいて本当に良かった。
「運営さーん!」
扉の向こうから社員が飛び込んできた。
「どうしたー?」
「アメリカチームがドラゴン倒しました!」
「知ってる。ここからでも攻略映像見れるし」
「次、溶岩エリアなんですけど!」
「うん」
「ロケットランチャー持ったまま突入しようとしてます!」
「好きにさせれば?」
「装備が燃える可能性あります!」
「それも経験。どうせ生き返るんだし」
俺はカニにかぶりつく。うまいうまい。
「あと、ドイツチームが耐熱装備について問い合わせを!」
「企業に回して!」
「中国が溶岩のサンプル採取許可を!」
「ダンジョン内の物なら持ち帰れる範囲で勝手にしろ!」
「アメリカが耐熱車両持ち込めないかって!」
「車両!?」
嫌な予感がした。
「装甲車です!」
「ダメに決まってるだろ!! 入口通らんわ!!」
「分解して持ち込む案が!」
「なんでそんな方向に頭使うんだよ!! せっかくのシェルクラブなんだ、もっとゆっくり食べさせろ!」
コックさんが笑いながら蟹を食べている。
サモナーさんも笑っている。
お前ら。
「運営さん、大人気ですね」
「世界中から問い合わせ来てますよ」
「俺は蟹食ってたいだけなのに……」
世の中ままならない。
◇
溶岩エリア。
予想通り、現代兵器無双は一度止まった。
敵は殺せる。
問題は、人間が進めない。
『熱っ! 熱っ! これ以上無理だ!』
『撤退! 一旦戻れ!』
『ロケットランチャー以前の問題だ!』
『水! 水魔法!』
『そんな都合よく使える奴いねえ!』
メイン画面に映し出されるアメリカチームが撤退する。
広場から笑いと拍手が起きた。
いや、笑ってやるな。
かなり頑張ったぞ。
『おっとー! 現代兵器を解禁され、最先端を爆走してきたアメリカチーム、ここでついにストップ! 敵ではなく気温に敗北ー!』
実況が容赦ない。なお実況と報道は独占期間中でも容赦なくする。
それが条件である。ダンジョンで秘匿は許されない。
『おっとアメリカ、新たなチームが耐熱装備を持ち込んでいます! 企業提供! 企業提供です! アメリカからの直送だ、対応が早い!』
「早っ」
昨日の今日だぞ。
何であるんだよ。
『おおっと! 耐熱装備が重い! 動きづらい!』
『暑い!』
『視界が悪い!』
『魔物来た!』
『逃げろ逃げろ!』
ダメだった。
『おっと、2番カメラは術師中心! 水系魔法で周辺温度を下げながら進んでいるー!』
『いける! いけるぞ!』
『MP消費が激しい!』
『MPポーションの開発が必要かー!』
撤退。
広場が湧く。
広場も独占はできない。普通に一般人が見学に来ている。
当然、各国のスパイも。
ただし、入場料は独占した国と折半だ。
なかなかに盛り上がっている。
いい。
こういうのでいいんだよ。
武器の強さだけじゃどうにもならない。
知恵を出して。
工夫して。
試して。
失敗して。
それを皆で見てあーだこーだ言う。
これがライブダンジョンだ。
「神谷さん」
横から声を掛けられた。
「はい?」
武田首相だった。
「楽しそうですね」
「そりゃもう」
「世界中がアメリカの奮闘を見て頭を捻っていますよ。どうやって次へ進むか」
「この辺、先に独占チケットを使うかあとで使うか悩ましいですよね」
実際、最後は取り合いになっていた。
俺は大画面を見る。
ヒーラーを多めに入れ、熱によるダメージを無理やり回復しながら進んでいる。
『熱い熱い熱い!』
『ヒール!』
『熱い!』
『ヒール!』
『これ攻略って言うのか!?』
『進めてるから攻略だ!』
脳筋だなぁ。
嫌いじゃない。
「これなら、三年後も残っていますかね」
首相が言った。
「どうでしょうね」
100階層。
まだ半分ちょっと。
現代人は強い。
知識もある。
技術もある。
国家予算まである。
それでもライブダンジョンは簡単じゃない。
魔法知識はこれから開発だしね。
「まあ」
俺は笑った。
「全部クリアされても、ダンジョンはなくなりませんよ」
「……そうなんですか?」
「ええ」
武田首相がこちらを見る。
「じゃあ一般人も楽しめる?」
「もちろん」
だから焦る必要なんてない。
宝箱はある。
魔物はいる。
素材もある。
レベルも上げられる。
クリアされたら終わるゲームじゃない。
むしろ。
本番はその後だ。
三年後。
普通の高校生が。
会社員が。
主婦が。
老人が。
資格証を握りしめてこの広場に来る。
ステータスカードを作って。
自分のジョブを知って。
初めてのゴブリンに悲鳴を上げる。
そして世界中の誰かがそれを見る。
それが神様の望んだライブダンジョンなのだろう。
「だから今は」
大画面から悲鳴が上がった。
『うわああああ! 溶岩から何か出てきた!』
「……攻略組には存分に苦しんでもらいましょう」
「あなた、時々悪い顔しますね」
「一年カニをお預けされた人間ですから」
武田首相が笑った。
俺は席に戻る。
まだ蟹が残っている。
冷める前に食べなければ。
世界の未来?
国際情勢?
ダンジョン攻略?
それも大事だ。
だが今は。
「蟹! うま! うま! 蟹!!」
最高である。
マシュマロ
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