異世界転生者の救世英雄譚   作:逆月(浪人生の姿)

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2025/3/7 加筆と修正


第1章 第1節 転生、侯爵家
第1話


 

俺は己を凡人だと自認している。

 

その昔、母親か、先生だったかに「君は賢い子だね」と言われたことがあった。当時はそうなのかもしれないと思っていたが、今では自分はそうでないとはっきり否定できる。

 

その他大勢より多少勉強できたから所謂名門の高校に受かった、たまたま話が合ったから仲の良い友達や親友と呼べるような人もできた。たぶんそういった些細な運でそれなりの人生を送れていただけで、少し道を違えてたら結果は全く変わっていた、そういう風に思う。

 

今回だってそうだ。

機転が利く人だったら彼女の前に出るのではなく、彼女の手を引いて一緒に避けるだろう。

戦える人だったら怪我することなく敵を取り押さえられただろう。

きっと非凡な人達なら無事にこの状況を抜けられる。

やはり俺は天才や秀才のような言葉は似合わない、どこにでもいるような普通の人間だった。

 

お腹に深々と刺さる包丁を見てそのことがよく理解できた。

 

 

 

 

 

痛い、凄く痛い。冷たいような、熱いような。そんな感覚が身体中を這いずり回り俺の精神を貪り食らう。

 

お腹から赤い血が大量に出て地面に広がっている。転がったときに抜けたのだろうか、お腹に包丁は刺さっていなかった。

 

こんな状態、いや、こんな状態だからこそか聴覚が冴え渡っている。たしか、聴覚は死に際でも正常に働くことが多いんだったか。

視界は赤く染まっていても救急車の音が鮮明に聞こえる。

辺りは悲鳴や上擦った声がとびかっていた。まあ人はかなりいたし、騒がしいのは当然か。

 

あ、誰か来る。

 

「···くん、陽仁(はると)くん!?」

 

あれ、おかしいな。急に視界が暗くなったし、耳鳴りも聞こえる。

 

「もう大丈夫だよっ、救急車が来たからね!?お願いだから目を閉じないで!」

 

手が温かい。まるで手と脳の感覚だけ生きてるようで、強く手が握られていると分かった。

ああ、これは彼女の手だろう。

 

良かった、ちゃんと助けられて。

 

「返事を、返事をちょうだい…っ!」

 

ごめん、ちゃんとした別れもできなくて。ごめん。

 

 

「…陽仁(はると)くん?っ、目を、目を開けて!」

 

 

 

高校2年生の夏、俺は死んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

覚醒直後特有のふわふわとした感覚。

 

身も心も宙に浮いているかのように軽やかなのに、頭のなかはぐるぐると渦巻いている気がする。

 

状況を把握しようと目線を動かしても辺り一面白い空間だ。どうやら病院ではないらしい。

何かのドッキリかとこの空間に至るまでを思い出そうとしても出てくるのは通り魔に刺されて倒れた記憶だけ、やっぱり俺は助からなかったようだ。

 

だけど彼女が刺されなくて良かった。後ろの人たちのざわめきに気づかなかったら俺じゃなくて彼女が死んでしまっていたかもしれない。

目撃者も多かったし犯人も直ぐに捕まるだろう。

 

…。

ここが話に聞く天国なのだろうか。天使も悪魔も居らずただ自分一人とは随分と斬新な天国だ。

 

 

 

 

 

いつのまにか白い女性がいた。白い服とヴェールに包まれたその人にはこれまた白い翼が生えており、天使か女神のようだった。作りもののように美しい人だが、その顔は苦しそうに歪んでいた。

 

どうにかして助けないとという気持ちが心の底から湧き上がるが、体は動かない。貴女は何故こんなにも苦しそうなのか問いかけようと口を動かしても言葉も話せない。

彼女を見ることしか俺には許されなかった。

 

彼女の瞼が開かれ、その桃色の唇から鈴の音のように綺麗で、それでいて心配になるほどか細い声が発せられた。

 

 

「お救い下さい」

 

「滅びへと向かっている民たちを、世界をどうか」

 

「私たちが狂わせてしまった、かつて誰よりも英雄だった彼をどうか」

 

「どうかお救い下さい」

 

 

気づいたら体は動かせるようになっていた。

それなのにどういうことかと口を動かしても音にならない。彼女のほうへ向かってもその距離は縮まらない。

 

なんとか足掻こうにも次第に動きは怠慢に、視界は黒く染まっていく。

遂には体の感覚は無くなり、意識も薄れていく。

 

最後に俺に残ったものは、彼女の苦しそうな表情と助けを求める声だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

混濁とした世界から出るような、長風呂のあとにコーヒー牛乳を飲むような、気持ちの良い解放感が全身を包んだ。

ただうまく目を開けられず視界もぼやけており、なにやら泣き声のような音も響いていた。

どうやら俺の口から漏れているらしい。

 

…ああ、なるほど。

確かに死んだし、これはそういうことだろう。

 

俺は異世界に転生したようだ。

 

きっと、あの女神のような彼女を助けるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくして視界が安定し、俺が今いる部屋や親について確認できた。

 

「━━」

 

「━━」

 

「━━」

 

今俺を抱き抱えて喋っている2人が俺の両親━━おそらく━━である。彼らが話している言語はやはり聞き覚えがないが、発音やイントネーションなどは英語に比較的近いように感じる。

前世では英語と少しのドイツ語しかできなかったので、文法や単語次第だが思っていたよりは早く言語の習得ができそうで安心した。

 

父親は赤髪とガタイの良さが特徴的だが表情も相まってか真面目な人という印象だ。武将にいるかもしれない。

母親は透き通るような水色の髪と白のメッシュが特徴的であり、かなりの美人さんだ。

 

2人とも随分と若く見える、顔立ちから推察するに20歳くらいだろうか。

本来なら子育てなど大変だろうが、二人の服装や後ろにメイドが控えていることから貴族かそれに準ずる富豪であることが窺える。ちなみにメイドさんも青髪だ。

 

この世界の人はどうやらアニメキャラであるかのように派手であるらしい。目が痛い。

 

この部屋は教室程度の大きさであり、机や箪笥、いろいろなもの(絵本やおもちゃか?)でうまっている棚などがあった。近代以前の文明なのかと思っていたら意外な物を見つけた。

 

天井に照明がある。

いや、厳密には照明らしきものだが。

 

今は昼間で明るいが夜はこれに明かりが灯るのかもしれない。子ども部屋だから家電とかはないが電気は通っているのでは?

 

「━━」

 

「━━」

 

夜が少し楽しみになってきたところで、父親と話していた母親が俺に向き合うと自分の片胸をさらけ出した。

 

…ああ、もう授乳の時間か。赤ん坊に生まれ変わって良かった点であり同時に悪かった点である。これほど美人の人の胸を合法的にお触りできることは嬉しいが、それ以上に赤ちゃんプレイに対して羞恥心を覚えるのだ。

男子高校生(種族的に猿に近い生物)だったが癖はいたってノーマルだったはずだ、たぶん。

 

「━━」

 

 

…この(赤ん坊)のせいか、本能(親子)のせいか彼女に対して欲情することもなかった。

 

残念に思っていないよ、本当だよ。

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