1982年、東ベルリン。
ドイツ民主共和国の正規軍である国家人民軍に所属するユルゲン・フィアルスト中尉は一個歩兵中隊を率いて、アウトバーン1号線を封鎖。ベルリン制圧を目指して突破を図ろうとするソ連軍機甲師団と対峙していた。
「ああクソ! 援軍はまだか! ゲレオン! 第9装甲師団はどこにいる!?」
激しい銃声と破裂音のせいで、自分の声すらあやふやに聞こえる。
とにかく目いっぱいの声量で叫んで、叫んで、二度目で何とか無線手であるゲレオン上等兵に届くぐらいの声を出すことが出来た。
こっちは歩兵部隊だってのに、クソったれのロシア人どもは戦車を出してきやがった。
戦車に対抗できるのは戦車だけだってのに、国家人民軍の第9装甲師団はポツダム近郊で味方部隊(ただし政府やソ連軍寄りの奴ら)に足止めを食らっているという。
足止めをしてるのは一体どこの馬鹿野郎なんだ! 今は国家存亡の危機なんだぞ!
けたたましい音と共に、頭上を砲弾や銃弾が飛び越えていく。
土嚢から体を少しだけ出して、通りの向こう側めがけて自動小銃を撃ちまくる。
戦車相手に5.45㎜弾なんて意味がないことは知っていたが、何もしないよりはマシに思えた。
「ポツダムからベルリンに向かっていた第9装甲師団もソ連軍と交戦中の模様!」
そう報告した直後、T-80戦車の砲身が火を噴いて彼の隠れていた土嚢ごと吹き飛ばす。哀れなゲレオン上等兵は目の前で真っ二つになり、土嚢のところには下半身だけが残されていた。
「ああクソ! クソ! 撤退だ! 防衛線Gに撤退する! 第2分隊は援護射撃!」
その声が部隊の各位に聞こえているかは分からなかったが、ユルゲンが動き始めると各々で息を合わせて撤退を始めた。
敵に背中を向ければ、当然攻撃は激しくなる。
時折振り返って応戦する。こちら目掛けてビュンビュンと無数に向かってくる鉛の弾丸は、まるで自分が豪雨か、あるいは猛吹雪の中にいるような錯覚を起こさせる。
一発でも当たれば終わりの大嵐だ。
手ごろな建物の影に滑り込むとすぐに射撃して、逃げ遅れた味方の撤収を援護する。
しかし、どれだけ奮闘してもソ連軍の猛攻を前に味方は次々と倒れていった。
「クルツ軍曹……?」
「中尉! よくご無事で」
生き残りを率いて猛攻撃を抜け、何とか防衛線Gまで後退したユルゲンのことを古株の軍人であるクルツ軍曹が出迎えた。
「ソ連軍はとんでもない軍量だ! たった一個中隊じゃ守り切れない! 味方はどこだ!」
「どこの部隊も混乱してます。地上軍の中にはソ連側に付く部隊もあって、今は敵味方の識別が難しい状態です。とにかく落ち着いてください、中尉」
中尉とは言えまだまだ若い士官であるユルゲンは、まるで学校の先生に叱られたようにな気分になった。実際、ベテラン下士官であるクルツ軍曹は多くの若手士官にとっては部下でありながら、同時に先生のような人でもあった。
軍曹から水筒に入った水を貰い、それを少しだけ口に含む。
軽く口内を潤したあと深呼吸をして、ストレスがたまったときの癖で頭を掻きむしる。
と……そこで気が付いた。さっきの前線にヘルメットを忘れてきていた。
まぁ、これが平時の訓練だったら怒られていたところだが今はもう関係ない。ヘルメットがあっても、戦車に吹き飛ばされれば終わりなのだから。
遠くから、あの忌々しいT-80戦車のガスタービンエンジンと、キリキリキリというキャタピラの回る音が聞こえて来る。子供の頃は戦車が好きで、あの音をカッコいいなんて思っていたけれど、今はもう不協和音のようにしか聞こえなかった。
"軍曹、RPG7はどこだ?"