Project:スムータ   作:北極鳥ユキ

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ベルリンの影(2)/1985

 師団司令部を後にすると、小隊と合流すべくベルリンに向かった。

 

 しばらく車に揺られてベルリンの市街地に入る。この街で起きた最後の戦闘からそれなりに時間が経っているが、まだまだ復興は進んでいないようだ。

 

 積み上がった瓦礫と、あちこちに建てられたプレハブ小屋。

 そんな光景は子供の頃に歴史の授業で見た1945年のベルリンにそっくりだった。

 違いがあるとするなら、根元から倒壊したベルリンテレビ塔ぐらいなもの。

 街の象徴だったのに、今や広場に散乱する瓦礫の塊だ。

 

「ユルゲン少佐殿」

 

 外の風景を眺めていると、アレクサンダー広場に差し掛かったタイミングで運転手のカール少尉から声を掛けられる。

 視線を向けるとバックミラー越しに目が合った。

 

「どうやら尾行されているようです。先ほどから同じ車が後ろに」

 

「少将の監視か?」

 

「いいえ。そんなはずはありません」

 

「だったら……はぁ。俺に一体なんの用なんだか」

 

「制服を脱いで背広に着替えてください。一度西ベルリンに入って巻きます」

 

「西ベルリン? ほう、そいつは……」

 

 楽しみだ。と思わす声が漏れそうになって飲み込む。流石に悠長すぎる発言だった。

 しかし、生まれてこの方、西ベルリンに行ったことは無かったし、まして西側の資本主義社会というもの情報でしか知らない身だ。

 不思議とどこぞの輩に追われている緊張よりも、そんな憧れにも近い好奇心が上回っていた。

 

 かつてこの街を東西に分断していたベルリンの壁が崩壊してから、すでに半年以上が経過している。西ベルリンは引き続き、米軍を中心とした西側軍隊によって警備されているが、既に検問も廃されており住民は東西を自由に出入りすることが可能になっていた。

 

 尾行してくる追手がどちらさんかは知らないが、東側の人間ならそこまでは追いかけてこないだろうし、西側の人間なら手荒な真似はできなくなる。

 西ベルリンに入るというのは、実に合理的な選択だった。

 今日初めて会ったが、カール少尉は利口な奴らしい。

 

 そんなことを考えながら、背広の袖に腕を通す。

 シュプレー川を渡り、もう間もなくブランデンブルク門が見えてくるというところだった。

 

「あっクソ!」

 

 カール少尉の叫び声が聞こえる。

 直後、どんと激しい衝撃が体を襲った。

 

 衝撃で体がつんのめって、座席に顔をぶつける。

 痛む鼻先を抑えながら顔を上げると、粉々に割れたフロントガラスが飛び込んできた。

 どうやら車と正面衝突をしたらしい。真正面には同じくフロントガラスの割れた小型車(トラバント)がいた。

 

 不意に衝突した車の運転手と目が合う。黒っぽいスーツに深々とハットを被ったその姿は、どう見てもカタギではなさそうだった。

 まるで映画にでも出演できそうなぐらい、いかにもな見た目だ。

 

 カール少尉はハンドルに顔を突っ込んで気絶している。

 自分の身は自分で守ろうと思い、腰のホルスターからマカロフ拳銃を引き抜いた……のだが、すぐにそれが無意味だと悟った。

 乗っていた車は、いつの間にか同じような黒服姿の男に囲まれていたのだ。

 

 ご丁寧に全員がサプレッサー付きの拳銃を持っている。

 たった一人を襲うために、どこぞの諜報機関が頑張っているらしい。

 

 こうなったならどうしようもない。

 遺書は早めに書いておくべきだった……と後悔しながら、諦めて両手を上げて見せた。

 

 後部の扉が開いて男が一人、隣に乗り込んでくる。

 同じ調子で、前の扉も両方が開く。そのうちの一人が気絶したままのカール少尉を外に引きずり出すと、運転席に乗り込んでおもむろに車の状態を確認し始めた。

 

「私を殺すつもりは無いみたいだけど。さて、どちらさんかな」

 

「手荒な形で申し訳ありません。ユルゲン・フィアルスト少佐。お察しの通り、貴方を傷つける意図はありません。おとなしくご同行を」

 

 パチン。と戦場でよく聞きなれた音が響いて、とっさに頭を下げた。

 それはコンクリートに弾丸が当たる音。跳弾の音だ。

 

 運転席と助手席に座っていた黒服はまもなく体に弾丸を受けて、座席にずるりと崩れ落ちる。隣に乗り込んできた方の黒服は慌てて外に出ると、どこかに向かって射撃を始めた。

 

 それから、あっという間に銃撃戦が始まった。辺りには黒服たちの撃つサプレッサー越しの拳銃弾と、アサルトライフルらしき射撃音が響いている。

 

 何が何だかさっぱり分からないが、どうにもまだ遺書を書く時間はありそうだ。車内で芋虫みたいに這いつくばって体を小さくすると、急いで手帳に文字を書き始めた。

 ええと、書き出しはどうしようか。

 親愛なる……、いや、愛する……。私の妻アンゼリカ……。

 

「あー。もし? ()()()()()()()()でいらっしゃいますね?」

 

 慌てて手元に筆を走らせていると、知らぬ声に呼びかけられる。

 顔を上げてみると、ドアガラスの向こうから20代前半ぐらいの若い青年が顔を覗かせていた。

 

「いやぁ、人気者ってのもつらいね。今度はどちらさん? CIA? KGB? さっきの奴らはBNDっぽかったけど」

 

 気が付くと銃声は止んでいた。

 果たして今度はどこの勢力に誘拐されるのだろうか。

 あのクソ少将め、とんでもない役回りを押し付けてくれたものだ。

 

 相変わらず抵抗する手段は持ち合わせていなかったので両手を上げながら、命だけは奪わないでくれよ、と声かける。

 

 青年はきょとんとした様子で見つめてきた後、敬礼をした。

 

「えーっと、国家人民軍です。私はペーター・フランツ・シルラー少尉であります。ブルクハルト少将の命を受け、一個小隊40名を率い馳せ参じました」

 

「なんだって? シルラー少尉?」

 

 困惑しながら車を降りると、辺りには黒服たちの死体と、それを片付ける国家人民軍の野戦服に身を包んだ男たちがいた。

 男たちはこちらの姿を見るや否や整列して、ピシリと敬礼をしてくる。

 

 少しの間呆然とした後、ようやく気が付いた。

 彼らこそ、合流を図ろうとしていたシュタージ本部ビル突入部隊の面々だったのだ。

 

「……ってことは、私の部下か?」

 

「その通りです。少佐殿」

 

「ああ、そうか。まあ、その、助かったよ」

 

 シルラー少尉と名乗る青年の顔をみて、もう一度だけ聞いてみることにした。

 

 

 "それで……その、ほんとに命は奪わないよな?"

 

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