Project:スムータ   作:北極鳥ユキ

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ベルリンの影(4)/1985

「それで、マイクロフィルムはどこにあるんだ?」

 

 訊ねると、中年の兵士が分厚いフォルダーを見せてきた。

 それは棚に収まっている他のフォルダーたちと同じ紙の束であり、どう見ても「マイクロ」には見えない代物だ。

 

「それが、どうにもここでは無いようです」

 

 その兵士はペラペラとフォルダーをめくり、一つの資料を見せる。

 

「どうやら、ここのある紙の資料をマイクロフィルムにまとめた物が別の場所に──」

 

 その声を遮るように、保管庫内に破裂音が響いた。AKの射撃音だ。

 それが廊下の向こう側から響いて来たことが分かる。どうやら、防衛陣地が接敵したらしい。

 動きが予想よりもかなり早い。しかし、マイクロフィルムの場所は手の中にある。

 

「もう来たのか。とにかく、これをもって脱出しよう」

 

 慌ててフォルダーを回収すると、保管庫内に散らばっていた兵士を集めた。

 

「撤収だ。退路を確保するぞ」

 

 入口の両開きの扉に駆け寄った兵士が扉に手をかけた直後、その頭が弾ける。

 音のないままに後頭部が砕け、血の霧が背後の棚を赤く染めた。

 

 防衛陣地はあっけなく突破されたらしい。

 しかも最悪なことに気が付いた。敵は消音機を付けている──つまり、どこぞの特殊部隊だ。

 

「クソっ! A分隊、あの入口に制圧射撃だ! 続けてBも射撃! 交互に撃って敵を通すな!」

 

 命令とともに一斉にマズルフラッシュが瞬く。

 アルミ製の扉には乾いた打音が連続し、軽やかな音と共に穴が空く。

 

「閃光弾を投げ込まれるなよ!」

 

 今となっては懐かしい記憶だが、第40航空突撃連隊にいた頃は精鋭の空挺兵として特殊部隊並みの戦闘訓練は受けていた身だ。敵の戦術はある程度分かっている。

 

 訓練を積んでいる特殊部隊だろうと相手は人間だ。弾が当たれば死ぬ。

 知る限り保管庫に通じているのは、約一時間ほど前に通って来た長い廊下が一本だけ。

 そこを狙えば確実に蜂の巣にできるし、敵だって強行突破は躊躇するはずだ。

 

 これで多少の時間稼ぎはできるだろう。しかし、ジリ貧であることには変わりない。

 

 なんとか思考を巡らせる。どうやって脱出する? 強行突破するか? 勝ち目は? いや、人数差があるなら守りに入った方が有利か。

 

「シルラー少尉! 何かバリケードになりそうなものはないか」

 

「このバカでかい棚ぐらいです!」

 

 激しい射撃音の合間を縫って、辛うじてシルラーの声が聞こえてくる。

 

 数メートルはある棚だ。人の力では倒すことはできそうにない。そのままでも遮蔽ぐらいには使えるがそれは敵も同じ。近接戦闘に持ち込まれればこっちが不利だ。

 

「誰か! 他の通路は見てないか!」

 

「あります! 防爆のデカい硬そうな扉が向こう側に!」

 

 再び銃声の合間をぬって叫び声がする。声の主を見ると若い兵士が入口とは対角線でちょうど反対側の壁を指さしている。

 視線を向けてみるが、無数に並ぶ大きな棚が視界を遮っていて視認することはできない。

 

「全員射撃を続けろ! シルラー少尉ついてこい!」

 

 足を引きずりながら、全速力で走る。

 シルラー少尉はあっさり横を追い抜いて、棚をいくつか迂回して反対側の壁に到達する。

 それから少し遅れて、扉まで到着した。壁には鋼鉄製の扉がぽつんと置かれていた。脱出路というよりは、金庫の扉に見える。

 

「開きそうか?」

 

「ええ、なんとか。しかし、どこに続いているのかは……」

 

「なんだっていい。どんな道でもハチの巣になるよりはマシだろ?」

 

 保管庫を銃声が包む中、二人掛かりで重たい防爆扉をこじ開ける。重々しい金属音の末に、コンクリート造りの通路が口を開いた。

 向こう側に広がっているのは、真っ暗な穴だった。見る限り、奥行きは十数メートル以上はあり、どこかには続いていそうだ。

 

 もしもこれで行き止まりなら、確実に死が待っている。

 しかし、振り返った所で待っているのは特殊部隊。そこにあるのもやっぱり死だ。

 

「よし、とにかく道らしい。シルラー少尉、兵士を何人か率いて逃げろ」

 

「少佐は?」

 

「敵を引き込んで、保管庫ごと爆破する」

 

「爆破ですって?」

 

「キミには言っていなかったな。悪く思うな。『シルラー少尉』なんて偽名を名乗る奴は信用できなかったんだ」

 

 呆然とする『シルラー少尉』にフォルダーを押し付ける。こっちが初めから疑っていた事には気が付いていなかったらしい。

 

 ペーター・F・シルラー少尉……四年前に軍を脱走した士官……懐かしい名前だった。

 彼は脱走後に反ソ連テロリストとなり、全ての始まりであるザーパド81演習へのテロ攻撃に参加して死んでいる。

 

 そんな奴と同姓同名の”若すぎる”士官が目の前に現れたら、誰だって疑うだろう。

 

 情報統制によって一般兵士でその名を知る者は少ないが、軍内部に潜む監視者たち(シュタージ)の間では有名な名前だった。目の前の『シルラー少尉』が嘘つきであるように、ここにいるユルゲン・フィアルストもまた嘘つきだった。まあ、お互い様という訳だ。

 

「お前の正体が誰でもいい。とにかく、こんな仕事を任せたブルクハルト”クソったれ”少将にこれを届けてくれ。もし出口が無かったらフォルダーを焼き払え。敵に渡すんじゃないぞ?」

 

「いつから俺がシルラーじゃないと……」

 

「なんでもいいと言っただろう。これは命令だ──うっ」

 

 パスン、と空気の抜けたような鈍い音がする。脇腹に衝撃が伝わってきて、それはすぐに鋭い痛みに変わった。振り返ってマカロフ拳銃を撃ちまくる。

 がむしゃらに引き金を引くが、体が崩れ落ちて狙いが定まらない。

 

「少佐!」

 

「裏に隠れていろ!」

 

 射撃を続けながら、視線を巡らせる。

 どこかに……起爆用のスイッチが……あった! 

 棚の下に有線コードの伸びている。その先に起爆スイッチが繋がっているはずだ。

 

 覚悟を決めると、棚に向かって飛び出す。飛んできた弾が何発か体をかすめたが何とか突破。体を棚にぶつけながらスイッチを握る。

 棚の影からは消音機付きの銃身が見えてきたので、そこに向かって撃ちまくった。

 

「S07 has been hit! One casualty!」

 

 マスク越しのくぐもったアメリカ英語が保管庫に響く。

 敵はアメリカ人か。気分的にロシア人の方が殺しやすかったのだが、まあいい。

 

「死ね! メリケン野郎!」

 

 "スイッチを握る手に、力を込めた。"

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