1976年。
この年、ついにエジプト軍がイスラエルへ総攻撃を開始。
第四次中東戦争が始まった。
この石油価格の上昇はイラン・イラク戦争から続いていた断続的な石油価格の上昇と相まって、西側諸国の経済に対して直撃。アメリカ合衆国を中心として、原油を輸入していた各国の経済は混乱することになった。
石油価格の上昇は製造業を中心とした先進国経済を低迷させることになり、ニューヨーク株式市場の相場も断続的に下落を開始。
戦後長らく経済成長を続けていた日本やドイツなどの国々は中東産の安価な原油に支えられていたこともあり、成長に陰りが見え始めていた。
全く、バカらしい。経済なんて、すぐに良くなるだろう。
テレビニュースでは著名な経済学者が将来的な世界恐慌の予測を訴えていたが、多くの人がそう思い、実際にその予想は当たっていた。
先進国はすぐに対抗策を打つことで、経済への影響を最小限にとどめたのだ。
やがて、1977年に第四次中東戦争が終結するとOAPECの石油戦略も終わりを告げ、「石油危機」と呼ばれるようになった一連の経済的混乱は、文字通り「危機」だけで終わった。
日本やドイツではそれまで経験してきた高度経済成長の時代は終わりを迎えたものの、まだまだ安定成長と呼べるほどで持続的に経済は発展する段階にあった。
ニューヨーク株式市場の株価も危機以前に戻りつつあり、合衆国政府は経済に対して明るい見方を示していた。
ほら、やっぱり大丈夫じゃないか。
多くの人々はすぐに危機を忘れ、生活に戻っていく。このとき損をしたのは株式を慌てて売り払った投資家と、テレビに出演した経済学者ぐらいなものであった。
しかし、この「”第一次”石油危機」は全ての始まりに過ぎなかった。
事態が急変するのはそれから二年後のことである。
1978年。
……イラクとの紛争が続く、イランより速報です。
先ほど入って来た情報によりますと、首都テヘランにて所属不明の勢力により、社会主義革命が宣言されたとのことです。今のところ政府指導部の所在は分かっていません。
……えぇ。そうです。二度目の革命です。テヘランの共和国議事堂には赤旗が掲揚されたのをCNNの特派員が確認しています。これがその時の映像です。
多くの兵士が議事堂を包囲しているのが分かります。
また、未確認ではありますが、ソビエト連邦軍が北部の国境を越えてて進軍を開始したとの情報もあります。
……はい、一連の動きは何らかの関係があると思われます。
ご存知の通り、1975年に当時の帝政イランで革命が起き、当時のモハンマド・レザー・シャー皇帝が亡命。イスラム共和国として出発することになりました。
また、革命後の混乱を突く形で、イラクが侵攻を開始。現在まで続くイラン・イラク戦争が始まることになりました。
アメリカ合衆国は親米政権だったイラン帝国を打倒したことや、アメリカ大使館人質事件の影響もあり、イラン・イスラム共和国に対して敵対的でありイラク側の支援を続けてきました。
これに加えてソ連や中国などといった国々も、イスラム革命の波及を恐れてイラク支援を行っていました。
こうして四面楚歌の状況だったイラン・イスラム共和国ですが、祖国の危機に各地から集まったイラン国民が義勇軍として加わった防衛に成功し、戦争は泥沼の状態に。
日本でもイライラ戦争なんて呼ばれるようになったのは、記憶に新しいですよね。
……そうですね。革命以降、長らくイランは不安定な状態でした。
イスラム革命というのも、周辺国に警戒感を抱かさせることに繋がってしまいました。
国内にムスリムを抱えているソ連は米国と歩調を合わせてイラクを支援しているほどです。この状況下におけるソ連の軍事行動は、イスラム革命を破綻させる目的だと考えられます。
……はい、そうですね。未だ余談を許さない状況であることには変わり在りません。引き続き、最新の情報が分かり次第、お伝えします。
"人は石油によって動いている。"