Project:スムータ   作:北極鳥ユキ

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冷戦のエピローグ/2055

 1986年にマルタ会談が行われ、冷戦は終結を迎えることになった。

 翌年の1987年に東西ドイツが統一。1988年にはソビエト連邦も崩壊した。

 

 21世紀の学者に言わせれば、東欧での内戦はソ連崩壊を三年早めたらしい。

 

 しかし、そのような評価に反感を抱く者は少なくなかったという。

 三年。たった三年のためにあれだけの犠牲を出したのか、と。

 

 この時期の東欧では、少なくとも数万、多ければ数十万人にも上る軍人と民間人が死傷している。その膨大な犠牲がなくてもソ連は三年後に勝手に滅んだ、なんて言われて簡単に納得できるものではないだろう。

 

 ソ連軍の東欧侵攻という出来事は各地で甚大な被害をもたらすと共に、後のロシアと東欧諸国の関係にも深い傷を残すことになった。

 

 冷戦後の東ドイツ地域ではネオナチや極右運動が活発化しており、2000年代に入ってもなお、ロシア人が公然と差別を受けることが珍しくなかったという。

 

 また、民主化の際に平和的な変革を達成することのできなかった東欧各国では、急進的ナショナリズムへの傾倒や、政治的暴力、軍部勢力の台頭などがあり、政情不安が続くことになった。この歪みは後に「第二次東欧内戦」という形で爆発してしまうことになる。

 

 歴史の影で起こったシュタージ・ファイルを巡る暗闘。それは何もベルリンのみに留まらず、東ドイツ全域で発生していた。

 

 各地に隠されていたファイルの内、その大多数はCIAが確保したと記録されている。

 冷戦後にファイルの存在が公の存在となった際にはドイツ連邦政府がアメリカ合衆国に対して正式に返還を求めたが、それが受け入れられることは無かったという。

 

 結局、ファイルの存在は時代が進むにつれて過去の物となり、忘れ去れることになった。CIAが確保したシュタージ・ファイルが発見されるのは、21世紀も半ばを迎えたごく最近のことである。

 

 そして冷戦の後、歴史上にクリストフ・シューバートという青年の名が登場することは無い。

 

 代わりに登場するのは革命の英雄ペーター・フランツ・シルラーという男である。

 シルラーはこの後、グレゴール・ギジを党首とするドイツ新社会主義党(NESP)──後にドイツ社会主義統一党を吸収することになる新興左派政党──に入り政治家となった。

 

 東ドイツのような監視社会や権威主義体制を憎み続けた彼は党内で最もリベラルな政治家として順調にキャリアを重ね、ドレスデン市長、ザクセン州首相、連邦議会議員、連邦大臣、そしてドイツ新社会主義党の代表を歴任した。

 

 2018年のベルリン反軍・反戦クーデターにも参加し右傾化する政府や軍部に抵抗。

 ベルリンから逃亡した右派政権や軍部によってドイツ国の復活が宣言されると、これに抵抗して左派・中道連合を率いてドイツ民主共和国を再建、その大統領に就任したことが広く知られている。生涯にわたって東ドイツを憎み続けていた彼が、ドイツ社会主義統一党の後継政党を率いて、再建された東ドイツの大統領となったのは歴史の皮肉と言えるだろう。

 大統領就任後の彼については直後に発生した「大崩壊」によって定かではない。

 

 一説にはベルリンへの攻撃に巻き込まれて死んだとも、ドレスデンで「ウニオン・フォレ」として知られる現地の軍閥を率いたともされている。

 また近年提唱されている説では南ドイツに逃れ、ミュンヘンにて余生を送ったのではないかとされている。その説によれば彼は2040年頃に亡くなったという。

 

 ユルゲンの妻、アンゼリカ・ホーフヌンは2013年まで生きた後、病によって息を引き取ったと記録されている。彼女は生涯にわたってシュタージについて語ることは無く、夫の秘密についてどこまで知っていたのかは定かではない。またシルラーとは最後まで連絡を取らなかったという。

 

 娘のハンナ・ホーフヌンは学業で優秀な成績を収め、ドイツの名門フンボルト大学に入学。そこで植物学を修了した彼女は学者になるために博士課程を志望していたものの、当時世界を襲っていた大恐慌によって諦め、ベルリンで教師として就職した。

 彼女は2010年代のどこかで結婚しており、二人の子供を授かったという。

 

 彼女について残されている最後の記録は2018年のベルリン・クーデターの際に、夫や子供たちと共に街を封鎖していた軍の検問を抜けた際のものである。

 その後の足取りについてはやはり「大崩壊」の影響もあり途絶えている。

 

 

 冷戦終結から半世紀以上が経った2055年。

 幾つもの戦争を経た後に再建されたドレスデンは、今や世界各地から多くの訪問者が集まる欧州連邦有数の観光地である。そんな街の玄関口として広く利用されている空港は「ペーター・F・シルラー記念ドレスデン空港」という名前だった。

 

 空港の中央エントランスを超えると、顔のない兵士の銅像が佇んでいる。地元のある人はそれがこの街の英雄ペーター・シルラーを記念した物であるといい、またある人は東ドイツで亡くなった人たちを記念しているという。

 

 ドレスデンの公式な見解としては「戦争の災禍を表している像」であるらしい。

 像が建てられたのは2005年のこと。当時、ドレスデンの市長として式典に参加したペーター・シルラーは像の詳細について一切コメントしなかったという。

 

 その銅像は大崩壊による損傷を経て二代目が2055年に再建された。 

 そのため像の方はピカピカの新品であるが、一方で台座の方は2005年から半世紀にわたって同じ物が使用され続けている。

 

 台座には誰ものとも書かれていない碑銘が刻まれている。

 その一文は長きにわたる苦難の時代において、ドレスデンの人々を支え続けた言葉だった。

 

 "「希望を信じよ(Glaubt an die Hoffnun)」"

 

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