1990年は北海道の歴史に新たな一ページが刻まれた年として知られている。
この年に起こった出来事は、日本が冷戦の終わりという「新時代」を経験した最初の出来事であった。
1990年の10月13日。その日、根室市はどこもかしこもお祭り騒ぎだった。なにせ間もなくこの街で調印式が行われるのである。
学校という学校には紅白の垂れ幕や提灯が飾られ、家々もまた装飾によって明るく照らされている。そして、極めつけに全ての公的な建物には日章旗と共にロシアの三色旗が掲げられていた。
はっきりいうと、根室はすごく田舎である。
そのため壮大な式典を行うための設備や会場が不足しており、やや混乱もあったが結局、市内中心部にある空き地を丸ごと国が買い上げて、そこを式典会場にしてしまうという力技で解決していた。
調印式の会場には明日の式典に備えた横断幕が上がっている。
そこには有名な書道家が書いた「日露友好平和条約」の文字があった。
この日露両国の記念すべき門出を祝う式典にはロシアと日本の政財界要人が多数出席することになっている。中でもメインゲストはロシア連邦大統領であるボリス・エリツィンと日本国首相の海部俊樹であった。
根室沖では海上自衛隊と海上保安庁、そしてロシア海軍の参加する(小規模な)観艦式や、両国の戦闘機によるフライトショーも行われる予定となっている。
そんなお祝いムードとは打って変わって、ピリ付いているのは会場の警備を任された北海道警察の職員たち、特に根室署の署員である。
警視庁や警察庁、さらにロシア内務省などからも警官や警護の専門家などの応援が来ているが、それでもこれほどの式典警備を経験したことなど署員たちになく、根室署署長を始めとして上から下まで全員が後に「アレのせいで胃に穴が開くかと思った」と語るほどであった。
とはいえ、そんな警戒感をよそに始まった式典は、何事もなく終わった。
会場では根室市民や、北方領土に住んでいた元島民たちが見守る中で調印式が行われた。
記念すべき1990年10月13日。
日本国とロシア連邦は日露友好平和条約を締結したのである。
これにより、日露両国は正式に戦争を終わらせると共に、日本はロシア連邦の南サハリン領有を承認。ロシアは歯舞群島と色丹島を日本に返還した。
調印式の後、記念行事として予定されていた観艦式が予定通り行われたほか、日露両国の戦闘機によるフライトが行われ、雲一つない晴天に日の丸と、白青赤のロシア国旗が描き出していた。
そして最後には両首脳と元島民が船で色丹島に上陸し、現地住民との交流を楽しんだのだった。
ただし、その実のところ日露友好平和条約は、見かけよりも大きな問題を幾つもはらんでいた。
北方四島のうち残された択捉島、国後島については後日、再交渉を行うということになり、更に色丹島に住んでいる二千人余りのロシア人についても棚に上げられた状態だったのだ。
ともあれ、今日予定されていた一連のスケジュールはすべて無事に終わり、根室署の職員たちの中には安堵からその場で気絶する者さえ出たという。
そして深夜。日が変わって10月14日。
日を跨いでからもしばらく行われていた市民によるどんちゃん騒ぎも、この時間になれば流石に収まってきていた。
式典会場から離れていた根室警察署明治交番は、一週間にわたって増員されていた警官が帰ってしまったので、平時通り二人勤務であった。
あれだけ神経をすり減らした式典も終わってみれば実に静かなもので、北海道の肌寒い秋風を感じながら駐在員の二人は談笑に花を咲かせていた。
そんな日常が終わりを告げたのは、ほんの小さなきっかけ。ここから少し行ったところに家がある佐藤のお爺さんが交番までやって来たことであった。
「家の庭にのぉ、ロシアの人が寝ておってのぉ。起こしてもずーっと寝ておるのじゃ」
この式典にはあちこちからロシア人が参加していた。彼らはイメージ通りの大酒のみで、昨日の式典だけで酒絡みの小さな揉め事が十件以上確認されている。どれも酔った勢いという奴で、祝賀ムードも相まって警察も市民も全て穏便に対処していた。
佐藤のお爺さんが110番通報ではなく、わざわざ交番にまでやって来たものそういう意図だ。
そんなわけで穏便な解決を求められている二人の警官はお爺さんと一緒に家に向かうことにした。場所はすぐそこだったが、そのロシア人をホテルまで送れるようにパトカーを出した。もちろん、サイレンも赤色灯も付けていない。
「お兄さん、お兄さん」
庭に入るとすぐ目の前で白髪を蓄えたロシア人の壮年男性が手足を大きく広げ、大の字になって寝転がっていた。ぐーぐーと寝息を立てており、顔は月光の下でもわかるほどに赤い。息はかなり酒臭く、泥酔するまで飲んだようだ。
「ロシア語で起きろってなんていうんだ?」
「さあ、知りませんよ」
二人はあらかじめ配布されていたロシア語辞書とにらめっこしながら、なんとか男と意志の疎通を図ろうとする。
しかし、どれだけゆすっても、声を掛けても、起きる気配はなく、困り果てた二人は一度男性をパトカーに乗せることにした。しかし、その男は身長が190センチはあろうかという巨体で、警官二人掛りでも担ぐのが困難であり、佐藤のお爺さんが寝ていた息子と娘婿の二人を起こして、男四人がかりで運ぶことになった。
結局二人には交番まで同行してもらい、ロシア人を奥にある小さな留置場で寝かせることにした。留置場といっても拘束しているわけでは無く単なる保護である。
住居侵入ではあるものの佐藤のお爺さんたちも、まあこういう時だし仕方ないと言った感じで許していたので、目が覚めたらパトカーで送ってやろうという話になった。
もちろんこの一件を大事になどしたくなかったので、上の根室署にも報告はしなかった。
さて、二人の警官は再び談笑に戻った。時折奥から聞こえるぐーぐーという寝息も、もはやBGMのような扱いである。
「全職員に通達。コード白。繰り返す、コード白」
明け方になり眠気眼を擦っていた二人だったが、警察無線から流れてきたその声で一気に覚醒した。コード白。要人に何かあったときの指令コードだ。この指令が発令されると、全職員は直ちに適切な行動をとらなければならない。
慌てて本署と連絡を取っていると、間もなくけたたましいサイレンの音が響き渡った。それはパトカーの音であり、一台や二台の物ではない。
何かとんでもないことが起きている。
二人の警官は顔を見合わせて、どんなことにも対処できるように覚悟を決めた。
「きさまらあああああああああ!!」
その直後のことだった。本署の天津署長がこれでもかという目一杯の声で叫びながら、ひどく興奮した様子で明治交番に怒鳴り込んできたのだ。
「貴様、お前、お前たち! 自分が何をしたのか分かっているのか!?」
天津署長は温厚な人であり、そんな彼の怒号など初めて聞いたので二人してぎょっとする。
署長に続いて黒い背広姿の日本人や、ロシア人がぞろぞろと入って来きて、間もなく小さな交番の中はぎゅうぎゅう詰めの状態になっていた。
突然のことに何の事情を呑み込めない二人は顔を見合わせた。
「えっと……みなさん一体どうされたんですか?」
とぼけた様子の警官に、ついに耐えかねた天津署長は顔を真っ赤にして叫んだ。
"そこで寝てるのはロシアの大統領だ!"