歴史を変えたと思う出来事は何か。
そう問われた時、多くの人は一体何と答えるであろうか。
コロンブスの新大陸発見とか、バスティーユ監獄の襲撃とか、サラエボで響いた銃声とか、ヤルタ会談とか、あるいはJFケネディの暗殺という人もいるかもしれない。
けれど、それというのは歴史の「結果」に過ぎない。
本当に歴史を変えてしまった出来事というのは、往々にして変えてしまったからこそ、目立たない物なのだ。だから、「歴史を変えた出来事」を考えるなら、正史の結果ではなく、実在しない”もしも”のフィクショナルな歴史、形而上的な歴史の結果を考えるべきだと私は考えた。
つまりは、もしもベルリンの壁が崩壊しなかったら? とか、そういう話題である。
壇上に立つ近代政治史の外部講師がそんなことを言い出すものだから、東京大学の一角に位置するこの講堂にいる学生たちは面食らった様子であった。東大で教鞭を振るう人間というのは、往々にして変人ぞろいであるが、これはまたとんでもない奴が来た。
1995年の東大法学部は、そうしてややざわめきたったのであった。
講師の男を批判する学生は、彼は最近流行っている架空戦記にかぶれたのだと言い、またある学生は手元に佐藤大輔の架空戦記小説『征途』を置きながら面白がって授業を聞いた。あるいは――ごく少数だが――大真面目に形而上歴史学なる分野について考察する者もいた。
さて、その男の授業が大いに盛り上がったことがあった。
題材は「もしも、サダム・フセインが……つまりはイラクが核兵器を保有できなかったら」である。普段は18世紀や19世紀ばかり話す講師にしては珍しく、時事的で、センシティブで、今風な話題であった。
授業は大いに議論を生んだ。
講師が言うには、ターニングポイントは1981年であるという。
この1981と言えば、冷戦崩壊、ソ連解体、そのきっかけになった事件『ザパート81』の起こった年である。ソ連軍が行っていた未曽有の大演習に反ソ連テロリストが乱入し、混乱が広がって東欧内戦に繋がっていくのだ。
そう、81年はみな東欧内戦に気を取られがちなのだ。
彼はそう断言する。
学生たちは手元のレジュメに目を落とした。
そこに書いてある年表には1980年までしか書いてない。
「キミたちは、バビロン危機をしっているか?」
講師は黒板に後ろの席でも見えるぐらい、はっきりをした大きな文字を書いた。
・1981年イスラエル空軍機がイラク領内で建設中だった『オシラク原子炉』を攻撃。
・旧式のF4戦闘機→性能足りず。
・結果、イラク軍に迎撃され失敗。イラク原子力技術を開発、核兵器保有に繋がる。
イスラエルは1981年の時点でイラクの核保有計画を察知していた。
そこで、事前にこれを阻止すべくF4戦闘機による原子炉攻撃を試みたのであった。
本来であれば、米国製の最新鋭戦闘機F16の輸入を待つべきであったが、原子炉の稼働が間近ということもあって、イスラエル空軍は半ば特攻のように旧式のF4で攻撃に挑んだ。
結果は失敗だった。
8機のF4は地対空ミサイルや、空軍機によって迎撃され、半分が撃墜。もう半分がサウジアラビアの領空に侵入した挙句に不時着し、外交問題となった。
それぐらいなら、中東情勢について詳しく書かれた書籍や、当時の新聞の二面か三面ぐらいには書いてあるだろう。
それこそが、歴史を変えた出来事である、と講師が言った。
続けて、もしも、と言う。
もしも、F16を用いて原子炉を破壊できたら、歴史はどう変わったのであろうか、と。
学生たちは、ざわめきの中で皆同じ結論を話した。
"湾岸戦争でアメリカは敗北しなかった……。"