Project:スムータ   作:北極鳥ユキ

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イタリア冷戦史/1996

 これは、人の命を軽んじた者どもへの罰である。

 罪なき者に罰を与えた者たちへの復讐である。

 裁かれざる者に、裁きを加える一撃である。

 

 カチ・カチ・カチ。

 

 イタリア共和国。

 この国を覆った闇の時代を知っているだろうか。

 マフィアと、バチカンと、極左と、極右と、国と、財界と、CIAと……力を持つ者が、力なき市民たちを弄んだ悲劇の政治ショー。

 キリスト教民主党が政権を長くになっていた時代。

 死と暴力のありふれた時代。

 その時代は現代イタリアにおいて『鉛の時代』と呼ばれている。

 

 始まりは1969年12月12日の午後のこと。

 フォンターナ広場に面した農業銀行が爆破された。

 このテロ事件の主犯とされた無政府主義者(アナキスト)の男ジュゼッペ・ピネッリは逮捕から数日後に警察署において『謎の』転落死を遂げ、真相は闇の中に消えた。

 

 ある者はこれが無政府主義者による極左テロだといい、ある者はファシストによる偽旗作戦である極右テロだと言った。

 結局、誰が真犯人だったのか、何のために行われたのか、それを知る者はいない。

 最後に残されたのは17人の犠牲者と1人の物言わぬ死体だけである。

 

 カチ・カチ・カチ。

 

 当時、西側において最も力を持っていた共産主義政党であるイタリア共産党はユーロ・コミュニズムを掲げ穏健政治へ転換。これにより国民からの支持が高まっていた。

 これを恐れたのが極右。そして許せぬのが極左である。

 政治的対立は頂点に達して、両者による政治的な暴力が横行した。

 響き渡る爆発と銃声。

 極左武装組織『赤い旅団』によるモーロ元首相の誘拐と死。

 デモ隊への発砲。

 積み上がる死体の山。

 教皇ヨハネ・パウロの暗殺。

 銃撃とそしてまた爆発。

 1980年にはボローニャ駅が爆破され、市民85人が死亡した。

 

 混迷極まる時代の末、1981年にあるリストが偶然にも発見された。

 それはフリーメーソンの下部組織であり、『ロッジP2』と呼ばれたネオ・ファシスト組織の構成員が書かれたリストである。

 リストに書かれていたのは、国会議員、現職の閣僚、軍の将官、情報機関幹部、企業家、財界の大物たち、そして旧王族。

 政財界の大物たちとファシスト組織の繋がりは、たちまちスキャンダルとなった。

 

 ロッジP2は鉛の時代を陰から操っていた。

 それはあまりにも巨大で、まるで陳腐な陰謀論じみていて、しかし実在する陰謀であった。

 彼らの目的は、躍進していた左派の弾圧。

 国と秘密組織のファシストたちは極右やマフィアを使って極左によるテロを演出することで、それを名目に左派を弾圧するという構図を作り出したのだった。

 フォンターナ広場も、ボローニャ駅も、単なるテロ攻撃ではなく、政治的な陰謀の一幕に過ぎなかったのである。

 

 1981年、時の首相ジュリオ・アンドレオッティがロッジP2の存在とCIAと共に行っていたという「グラディオ作戦」と呼ばれた一連の陰謀を認めたことで、鉛の時代は終わった。

 時代の潮流が変わり、与党であったキリスト教民主党も、野党であったイタリア共産党も解散と再編に追い込まれた。

 極左の赤い旅団は壊滅。極右のロッジP2を率いていたファシストも消え去った。

 あとに残された政財界と南部マフィアの汚職・癒着問題も「タンジェントポリ」という政治再編が進んだことで改善していった。

 

 もはや『秘密』などは存在しない。

 

 もう、イタリアは平和である。

 

 そうやって終われば、きっと幸せであった。

 秘密組織とやらを率いて陰謀を行い市民を殺害した政界や財界の大物たちは、誰一人として罰を受けることはなかった。

 時代が終わろうとも、平和になろうとも、鉛の時代で死んだ者は蘇らなかった。

 そして、それを許せぬ者がいた。

 

 カチ・カチ・カチ。

 

 政治再編の後、既存政党はほとんど崩壊し、再編を迫られた。キリスト教民主党とイタリア共産党の無きイタリア政界において、これに代わって二つの勢力が台頭した。

 

 一つがポピュリストとして知られるウンベルト・ボッシに率いられた北部の自治権獲得を目指す運動を行っている「北部同盟」と呼ばれる地域主義政党。

 もう一つがメディア王として知られる実業家であり、例の『ロッジP2』構成員でもあったシルヴィオ・ベルルスコーニ率いる「フォルツァ・イタリア」という中道右派政党である。

 

 両者は1994年に協力関係を結び総選挙に勝利。ベルルスコーニによる連立政権が誕生した。

 しかし、このベルルスコーニ政権には「北部同盟」「フォルツァ・イタリア」に加えて、ネオ・ファシスト政党である「国民同盟」も参加していた。

 地域主義者と国家主義者が共存できるわけもなく、両者は政権内において対立を深めた。

 

 再び政局が混乱する中、イタリアに再び嵐が迫っていた。

 1996年9月。後に「パダーニア事件」と呼ばれる爆弾テロ事件である。

 

 カチ・カチ・カチ──そして再び、爆発が轟く。

 

 "月が暴力の赤に染まっ(La luna è rossa, rossa di violenza)ていく。"

 




脚注
フリーメーソンは陰謀論に出てくるような組織ではなく、実際には政治に関与しない組織である。下部組織であった『ロッジP2』はフリーメーソン内でも例外中の例外であり、1976年にはロッジとしての承認が取り消されている。
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