Project:スムータ   作:北極鳥ユキ

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パダーニア事件/1996

 1996年9月12日、ロンバルディア州ミラノ。

 この日、「北部同盟」の本部からほど近いホールでは、北部同盟の党員集会が開かれていた。

 

 ミラノ最大級の会場である中央ホールにはマスメディア各社と、各地から集まった一般党員たち、所属している地方議員40名、国会議員20名、党幹部6人、そして代表を務める書記長ウンベルト・ボッシの姿もある。会場内にはギリギリまで椅子が詰められていたが、それでも足りずに幾人かは立ったままの状態であった。

 

 14時になり、政治家たちによる演説が始まった。

 彼らが壇上に立つと、毎度会場内は拍手に包まれる。一人の政治家が自分を出迎える拍手に満足気な笑みを浮かべた後、それが静まるのを待ってから恭しく語り出した。

 

「……皆様がご存知の通り、我々北部に住む人々の権利と財産は長きにわたり脅かされてきました。南部の野蛮人と、ローマ政府の役人たちによって、です。こんなのは間違っている!」

 

「「「そうだ! 間違っている!」」」

 

「我々は権利を獲得しなければなりません。自らの財産を、誰にも奪われることなく、自らの手で使えるような権利をです。自分たちで稼いだ金を、自分のために使うのは、至極当然のことでしょう。権利獲得のために我々は政権に参画しましたが、これは間違いでした。協力したベルルスコーニ首相は腐敗した政治家どもと同じぐらい悪臭がした。『国民同盟』の連中もそうです。南部の臭いが染みついている。腐敗の臭いです」

 

 壇上に立つ政治家がおどけた様子で鼻をつまんでみせると、会場からは笑い声が響き、次々と「南部の連中は臭い!」とコールが上がる。

 

 新聞社から派遣されていた記者の幾人かはナポリなどの南部出身であり、その光景には背筋が凍る思いだった。ヨーロッパ人は扇動者と差別の組み合わせに苦い思い出があるのだ。

 もちろん、彼らは南部人をゲットーとか、ガス室に送ってやろうなんて微塵も思っていないだろうが、しかし集団の敵を作り出して扇動する手法は正しくソレである。

 

 昔の北部同盟はここまで過激では無かった。

 だが、過激な主張で支持を集めていたウンベルト・ボッシという扇動者を得て、政党として急速に成長してからは党内として公然と過激な言説が通るようになったのだ。

 

「我々『北部同盟』の執行部は、ローマ政府に対して、勧告を行うことを決定いたしました。詳しくは、我らがボッシ書記長にお話ししていただきます」

 

 政治家が壇上から引くとそれに代わりにウンベルト・ボッシが壇上に立つ。

 再び万雷の拍手が響き、それがやむや否や彼は大きな声で宣言した。

 

「『北部同盟』は今日ここに、ローマ政府に対して勧告を行う! 中央政府が即時連邦制に移行しないならば、北部住民は自らの自己決定権の為に抵抗せざるを得ない。すなわち北部に属する州のみで連邦制に移行し、独立した新国家を樹立するのである!」

 

 短い沈黙の後、会場はどよめきに包まれた。

 即時連邦制? 独立? 新国家? 

 余りにも過激かつ急進的な主張には、熱心な党員たちも流石に困惑の色を隠せていない。

 記者たちも全員が唖然として、その手を止めていた。

 彼は一体何を言っているんだ? 

 

 沈黙の中で、会場を包んでいた熱気が空気が急速に冷めてゆく。

 旗色が悪くなったことを察して、ボッシは堂々とした扇動者の声で続けた。

 

「我々は、立ち上がる必要がある! 自らの権利を勝ち取らなくては──」

 

 その瞬間、ズドンと鈍い揺れが会場を襲う。

 そしてすぐに会場入り口から黒煙が噴き出してきた。

 

「爆発よ! 爆弾テロよ!」

 

 どこかから誰かが叫ぶと、会場内はたちまちパニックになった。

 

「て、テロだ! 逃げろ!」

 

「皆さん落ち着いて! 落ち着いて!」

 

 ボッシの声はすでに届いておらず、党員たちは我先にと外に逃げ出そうとして、あちこちで衝突が起きていた。彼はマイクを使って出来るだけ声量を貼るが、その行為もむなしくすでに収拾のつかない混乱が会場を襲う。

 間もなく彼自身も警護や幹部たちに連れられて、演台から降りることになった。

 

 彼が会場で最後に見たのは、混乱と恐怖の中で逃げ惑う人の渦。

 ローマ政府への勧告を行った時の反応とはえらい違いである。

 

 それはまるで北部同盟が扇動してきた人々が夢から覚めて、現実の世界へと帰っていくようだった。それが許せぬウンベルト・ボッシの頭の中には、一つの考えが芽生えていた。

 

 "これは……そうだ、きっとローマの陰謀に違いない! ベルルスコーニによるテロなんだ!"




脚注
「パダーニア事件」は実際にイタリアで起きた出来事。ただし、爆弾テロは起きていない。
史実においては、連邦主義を訴える政党「北部同盟」はヴェネチアにて「パターニア連邦」の建国を宣言し、イタリア政府に即時連邦化を要求したが政府や国際社会からは黙殺された上に国民からも支持を得られずに失敗している。
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