「クソ。暑くてたまんねぇ。なんで俺らがイランまで行かなくちゃいけないんだか」
T-62戦車の砲塔にあるハッチから顔を出すミハイル・エンゲーヴィチ・タラソフ軍曹の声は、激しく燃料を燃やすエンジンの音と、ギギギと鳴る車体の軋みにかき消されそうになっていた。
「軍曹、そりゃ、俺らがイランの同志を助けに行くからですよ。小隊長の話、聞いてなかったんですか?」
「聞いてたさ。聞いたうえで納得がいってないんだ! 分かったら警戒してろ、このわかぞう!」
隣のハッチから上半身を出して銃座についている若い戦車乗りアントン上等兵の軽口に、タラソフ軍曹は大声で返した。
戦車たちは土煙を上げながら進んでいく。
キャタピラは中東の赤っぽい砂を巻き上げながらも軽快に動いていた。
国境からテヘランに向けて未舗装の道を進み続けるソ連地上軍第40軍隷下の部隊は、間もなくダブリーズに差し掛かろうとしていた。
ここまででイラン軍の組織だった抵抗はなく、通りかかった街で民兵が銃撃してくる程度のもの。その手の抵抗は到底、戦車百両を数える地上部隊に勝てるはずもなく、隠れていた家ごと木っ端みじんになるのがオチであった。
一度だけミサイルかロケットか、何等かの対戦車兵器が飛んできたときは驚いたが、それも随伴歩兵によってすぐに排除された。
「小隊長より、各車。停止せよ。間もなくダブリーズ市街地だ。現地ではイラン正規軍が確認されている。交戦に備えよ」
無線から声が聞こえてくる。やっとまともな戦闘が始まるらしい。
ハッチの中に体を戻して二人して砲塔の中に納まると、車体側にいる二人とも連携をとり戦闘に備える。
「D小隊は、間もなく到着するヘリボーン部隊に合わせて突入する。以上」
「聞きましたか軍曹。ヘリボーンですって」
「あぁ、聞いたよ。隣に居るんだから当たり前だろうに」
軍曹は心底うんざりしたよな声で答える。
「そうじゃなくって、ヘリボーン部隊ってどっかのスペツナズですよね。そんなのが投入されたら、俺らの倒す敵がいなくなっちゃうじゃないですか」
「バカ! 敵なんて居ないに限るだろうが!」
タラソフ軍曹は流石に腹に据えかねて、アントン上等兵の肩を(もちろん、装填手としてきちんと砲弾が装填できるレベルの力で)で一発殴った。
これだから若いヤツは嫌いなんだ……。
いってぇ~なんて、軽く笑いながら声を出していたアントン上等兵だったが、すぐに黙り込む。
「ねえ、聞こえます、軍曹」
「なんだ、もう一発殴られたいのか?」
「違います……。ほら」
耳を澄ませてみると、確かに何か音が聞こえてくる。エンジン音の合間を縫うようにして、ドドドっと早い音が聞こえる。
それはだんだん近づいてきて……。
「おっ、Mi-24だ! ヘリボーン部隊です!」
Mi-24ヘリコプターの編隊は、ぶおんと大きな音を立てながら戦車隊の上を飛び去って行く。
タラソフ軍曹やアントン上等兵のみならず、多くの戦車兵たちが顔や体をだして、ヘリボーン部隊を眺めていた。
ダブリーズを目指し、編隊の機影はどんどん遠ざかっていく。
それに合わせて、戦車隊が進軍を開始した……その時だった。
ボン。
遠くで爆破の音がする。それと共に、空の一部が火を噴いて、黒く煙を上げていった。
「なっ……うそだろ!?」
タラソフ軍曹は慌てて双眼鏡をのぞき込む。
一機、二機、三機。既に三機のMi-24が落とされている。編隊は既に崩れており、各機がバラバラにフレアを焚いて、回避行動をとっていた。
しかし、それもむなしく、次々と落とされていく。四機、五機……。
まるでハエでも叩いているかのように、あっけなく、無慈悲に。
腹に八名の兵士を抱えたまま、空の塵になっていく。
呆然としていると、辺りに耳をつんざくような轟音が響き渡った。それはヘリコプターのローター音でも、戦車のエンジン音でもない。
直後、すさまじい風と共に、黒い影が頭上を駆け抜ける。
辺りに砂煙が舞って、視界が遮られる。せき込んでいる間に、そのジェットエンジンの発する轟音は遠のいていたが、上空を駆け抜けていった影の正体をタラソフ軍曹は確かに目撃していた。
"蒼天を駆ける