イラン民主共和国西部。
冬の荒野を軍用トラックが列をなして進んでいる。
揺れる荷台の中にはぎっちりと詰め込まれた兵士たち。迷彩服の男たちは、皆が皆、神妙な面持ちでアメリカ製のM16自動小銃を握りしめていた。
俺と幼馴染のナヴィードもその一人で、ガソリン臭い荷台の中で無骨なM16に体重を預けながら到着を待っている。
ナヴィードと俺は子供の頃から一緒にいる親友で、アイツの方が少し年上だけど兄弟というよりは対等な友人だ。
生まれこそ違うが同じ村で幼少期を過ごし、それからも一緒にいることが多かった。兵役に参加してからも、配属部隊が出身地域で決められるのでこうして肩を並べている。
車列が国境に近づくにつれて遠くから聞こてきた。ぼん、ぼん、という鈍い音。
薄暗い荷台の中では、それが空爆なのか砲撃なのか、味方の攻撃なのか敵の攻撃なのかも分からない。ただ戦場に近づいているという事実だけが、音と共に近づいてきていた。
吹き込む冬の風は冷たかったが、不思議と寒さは感じない。
恐らくだが、夜明け前の冷たい風を、俺の体の内側にある身震いするような興奮の熱が全部温めてしまうからだ。
震える体。温まる内側。まるで内燃機関にでもなったような気分だった。
戦場でアラブ人どもをぶちのめす。それで故郷を解放する──気合は十分。
でも、カチャカチャ、カチャカチャと手元のM16が音を立てるせいか怖がっていると思われたようで、隣に座っているナヴィードはちらりを俺の顔を見た。
「やっぱり怖いか?」
「バカ言え。武者震いだよ」
ナヴィードが深刻そうな顔で言うので、俺は笑って返す。
実際、今は恐怖よりもアドレナリンが勝っている。できればこの熱が冷めぬままに戦場について欲しい。そう願いながら、トラックに揺られ続けた。
俺たちの所属しているイラン陸軍第71歩兵連隊は前の戦争によって発生した避難民──つまりはフーゼスターン出身者──によって構成されている部隊で、故郷の解放を掲げて戦うので士気はどの部隊よりも高かった。
多国籍軍に合わせ、俺たちはイラクに対して総攻撃を行う。
目的は戦争で奪われたフーゼスターン州の奪還だ。
やがて車列は下車地点に着き、トラックから降りることになった。
荷台の外に出ると、砂の混じった風が頬を撫でる。
辺り一面に広がるのは荒野。水気のない乾ききった大地と、そこで生きる健気な植物たち。
ベージュ色の世界は月光によってわずかに青色を帯びている。
頭上に広がっているのは星の点在する深い色の夜空。都市では見られない本物の星空。
ペルシャに広がる大地と夜空。
それが重なる地平の先では、赤い閃光がぼんやりと明滅を繰り返している。
それは最前線の明かり。今まさに敵軍の陣地に、ミサイルや砲弾が叩き込まれているのだ。
この場所からは、まだ村は見えない。
しかし、あの線を超えれば見える。あの線を超えればたどり着ける。
ナヴィードの生まれた村。俺が育った村。俺たちの故郷に。
「ナヴィード、覚えてるか? 俺たちが村から逃げ出した日のこと」
「忘れないよ。僕は誓ったんだ。必ず帰って来るって」
十二年……それはあまりにも長い年月だった。
それだけの時が流れる間にこの地では多くの人が死に、新たな生命が生まれ、そして子供たちは大人になった。
俺の妹ファーティマも、ナヴィードの両親も。みんないなくなってしまった。
子供のころ、俺たちは沢山の物を失って、奪われて、ただ泣くことしかできなかった。
でも今は違う。
大人になり、ようやく機会を得たのだ。奪われた物を取り戻すという機会を。
前線とは反対側、東の空がぼんやりと明くなる。地平の向こう側から白っぽい空が伸びてきて、それと共に夜空の星がひとつずつ消えてゆくのが分かる。
俺たちは太陽を背にして、これから向かう戦場を……故郷を眺める。
「ナヴィード。帰ろう、あの村へ。おじさんと、おばさんと、ファーティマと、先生と……みんなのいた、俺たちの故郷へ」
「あぁ、行こうモハメド。僕たちの故郷、フーゼスターンに」
俺とナヴィードはいつも一緒で、いつも仲良し。
子供の頃に出会った親友にして幼馴染……そして今は肩を並べて戦う戦友。
俺たちは頷き合うと、M16を手に明け方の荒野を歩き出した。
男たちは向かう。遠き日に残した故郷を目指して。
"少年たちの帰郷"