ぼくとモハメドはいつも一緒で、いつも仲良し。
歳はぼくのほうが少し上だけど、兄弟ってよりは対等な友達。
もっと小さいころ、村の学校で出会ってから、毎日遊ぶ仲だった。
なんでモハメドが村に来たのかはしらない。
確か四年ぐらい前に突然、彼の両親とこの村に現れたのだ。その時、村の大人たちはなんだか難しい話をしていたのおぼろげだけど、覚えている。とはいえ、その内容まではよくわからない。
たぶん、今同じ話をされたってわからないだろう。
きっとフクザツな事情があるんだ。
まあ、フクザツが有ろうと、無かろうと、ぼくらの関係が変わるわけじゃない。
そうやっていつも通り遊んでいると、突然『外の人』がやって来た。
その人たちは「アッラーの教え」に従うように学校で言ってきた。ぼくはムスリムだから、そんなのは当たり前のことなのに、なんども、なんども、念押しされた。お酒を飲んじゃいけません。ヒジャブを付けましょう。コーランの教えを学びましょう。ホメイニー師に従いましょう。
その人たちから色々なことを言われた。
なんでなのかは分からないけど、その日から村の雰囲気は変わっていった。
みんなピリピリ、イライラ。
ぼくは何でなのかを考えてみたら、分かった。きっとお酒が飲めないからだ。大人たちはお酒を飲んでいる。教えでは飲んじゃいけないことになっているけど、大人は少しだけならズルをしていいらしい。きっとそのズルを『外の人』に怒られたのだろう。
村の学校に行ってみると、女の子がいなくなっていた。みんなだ。誰も居ない。モハメドの妹ファーティマも居なかった。
先生に聞いても何も教えてくれない。こんなのおかしい!
学校のみんなで先生に詰め寄っていると『外の人』がやってきた。きっと大人たちが悪いんだと思って、そのことを『外の人』に話してみることにした。
すると、『外の人』はふふっと笑う。
「それは当たり前のことだ。男の子と女の子は別の場所にいるべきなんだから」
どういうことだろう。みんなで顔を見合わせてみるけど、誰もその意味は分からなかった。
だって、今までみんな一緒に居たんだ。そっちが当たり前じゃないか。
「いいえ、女の子は勉強をしてはいけない。アッラーの教えです」
そんなのはおかしい!
みんなで沢山こうぎしたけど、先生たちに止められてしまった。
でも、これでわかった。『外の人』たちはおかしいんだ。
だから、村のみんながピリピリしているんだ。
ある時、モハメドとファーティマが二人っきりで、ぼくの家に来た。
モハメドは両親が『外の人』に連れて行かれたと泣いていた。
その日、村の大人たちがぼくの家に集まって夜遅くまで話していた。イスマイル叔父さんや、学校の先生、おとうさん、そのほか村の人たちはみんな銃を持っていた。
何かが始まりそうな気がして、ただ怖かった。
少したって、『外の人』たちは居なくなっていた。
学校に飾られていたホメイニー師の肖像は、昔そこにあったパフラビー帝に戻っていた。
パパパッと花火のような音がするので窓から外を見てみると、おとうさんたちが銃を空に向かって撃っていた。
「
大人たちはみんなそう叫んでいた。
色々なことが元通りになりつつあった。女の子は学校に戻って来たし、大人たちはお酒を飲むようになった。でも、モハメドとファーティマの両親は帰ってこなかった。
二人はぼくの家に住むことになった。
「我らが正統なる皇帝陛下は同盟国アメリカ合衆国の艦船に乗り、ご帰国なされました。シーラーズでは帝国臨時政府の閣議が開かれ、臨席された陛下は北部を不法に占領しているソビエト連邦とその傀儡である『パールサ社会主義共和国政府』なる集団と、未だテヘランを占領する過激派組織である自称『イラン・イスラム共和国政府』に対して降伏を呼びかけました。また、アメリカ合衆国のジミー・カーター大統領閣下は正当なる帝国政府の支持を表明されました」
ラジオから難しい言葉が沢山流れている。
ぼくとモハメドに分かったのは、どこかに行っていたパフラビーの皇帝が戻って来たってことぐらいだった。
その頃になると大人たちは『参戦』について話していた。北の『キョ―サンシュギシャ』とか西の『アラブジン』と戦うようだ。
よくわかんないけど、共和国の軍隊はダメだけど、帝国の軍隊ならいいらしい。
ある日、村にトラックやバスが何台もやって来た。また『外の人』がきたのかもって怖かったけど、どうやら違うみたい。
ベレー帽をかぶった軍服姿の人はおとうさんたち村の大人たちと握手をしていた。
それからすぐに、おとうさんたちはバスにのって戦争に行った。
次にいつ会えるかは分からなくて、寂しかった。
村の人たちが戦争に行ってから、バン、バン、バン、って、遠くから音が響くようになって、それはだんだん近づいてきていた。
一週間前は聞こえないぐらい遠く、三日前はそれよりも近く、昨日はもっと近かった。
きっと、おとうさんたちが戦っている音なのだろう。
ぼくは礼拝の時に、毎回ちゃんと神様にお祈りしている。
おとうさんが無事に帰ってきますように、って。
「ザザッ──陛下はフーゼスターンの全土解放に向け、米軍と──で、あり、優勢──ザザッ──フーゼスターンに──」
フーゼスターン!
最近のラジオはざーざーって、ほとんど声が聞こえないぐらいになっていたけど、そこだけは分かった。ぼくの住んでいる州だ。
「ザザッ──」
まだ何か聞こえる気がしたけど、結局ラジオはそこで終わった。
バン、バン、っておとは、ドン、ドンって感じに変わっていた。
音は昨日よりも大きくなって、たまに空の向こう側が光ることもあった。
学校は閉鎖されて、村の人たちは逃げる準備を始めていた。
もうすぐここまで『アラブジン』が攻めてくるらしい。
ぼくはモハメドやファーティマと一緒にいつでも逃げられる準備をしていた。
ぽつ、ぽつ、ぽつ。
そんな音に一番最初に気が付いたのはファーティマだった。
「お兄ちゃん! 雨が降ってる!」
大きな声でそう言ったので、ぼくとモハメドは二人して外を見てみた。
確かに空から何か降ってきている。それはだんだん大きな音になって、一斉に降って来た。
ざーっと、豪雨のように、降りそそぐ。
雨のように見えたけど、それは明確に違った。その色が真っ黒だったのだ。
「これ、石油だ!」
外に出るとモハメドが叫ぶ。
「すごい! 石油が空から降ってる!」
「きっと、奇跡だよ! 神様の奇跡だ!
「
ぼくも喜んで外に出た。
「二人とも! 戻りなさい! 危ないから!」
おかあさんの声も気にせずに、ぼくたちは石油の雨が降る中を繰り出した。
泥で遊ぶみたいに、ぼくたちは体を石油まみれにした。顔を上げてみると、モハメドはすっかり黒くなっていて。そして、ぼくの体も真っ黒になっていて。お互いに笑い合った。
"ぼくたちは黒い海を泳いでいる!"