私がアメリカに来て半年ほどが経った頃、中東で戦争が始まった。
ワシントンDCにあるジョージタウン大学で国際政治を学ぶ身であり、かつ外務省から派遣された日本人留学生としては、戦争というのは興味深くもあり、同時に厄介な事象でもあった。
お国から給料をもらっている身分なので報告書を書かなければならず、そこでは留学を通して学ぶべきアメリカ政治や国際政治について、大学の内外を問わない考察を求められる。
しかし、時代やアメリカという国の雰囲気がそうさせるのか、どうしても報告書が国際政治と戦争の話題に寄ってしまう傾向があるのだ。
そんな悩みの種を抱える留学だが、もちろん良い点もある。
例え日本が関わっていなくても同盟国の戦争ともなれば外務省の本省組は大忙し。いまごろ外務省地下にあるオペレーションルームでは、若手の外務官僚たちが何十時間もモニターにかじりついて情報収集を行い、政治家向けのレポートやレク資料を作成していることだろう。
大学で政治を研究をする生活と、地下室で何日も缶詰になる生活を比べれば、正しく天国と地獄。私は天国の側に居るのだから、不平を言う資格はなかった。
アメリカ人は議論好きな人が多く、特に政治を学ぶ大学院ということもあって学生同士で戦争の是非や、展望について積極的な議論が行われていた。
私は立場もあって参加はしていないのだが、話を聞く分にはもちろん自由であり、そこで面白い洞察を得られることが間々ある。
アメリカと戦争といえば、やはりベトナム戦争が思い浮かぶ。
屈辱的な敗北と、その期間に起こった反戦運動などのイメージ。
私はまだ二十も半ばという若輩者なので当時の状況を見たわけではないが、それでもこの国の平和運動が、日本で言うところの学生運動のように盛り上がったことぐらいは知っている。
しかし、今回はどうであろうか。
ベトナム戦争から十五年ほどが経った現在、イラクとの間で行われている戦争は支持一色だった。これには理由がある。第一に、「侵略国イラク」に対する「解放者アメリカ」という構図が出来上がっていること。そして第二に、この戦争が国連安保理決議の下に行われており、国際協調に基づく派兵、いわば世界秩序を背負っているという自負があるからだ。
もちろん、戦争という行為を冷笑的にみる人間は少なくないが、一方でこの戦争自体に反対する人間というのはごく少数にとどまっている。
私の友人は隣の席でドミノ・ピザをかじりながら、アメリカと戦争について語る。
「アメリカ人という奴はな、みんなヒーローが好きなんだ。第二次大戦を誇らしげに語るのは、ナチスや君たち日本が侵略者の悪役であり、合衆国はそれに抵抗するヒーローだったから。逆にベトナム戦争の時はまるで自分たちが悪役のような気分だったから反対した。そして今回はどうかといえば、第二次大戦と同じってことさ」
なるほど、とメモを取る。アメリカ人に対してなんとなくそんなイメージは持っているが、実際に聞くとそれが補強された気分になる。
「ただ、俺はこの戦争があまり好かんね。もちろん目的達成のための手段として戦争は必要だと思う。だがあれを見て見ろよ」
そういって彼が指をさしたのは、学生寮の食堂に設置されたテレビ。周りに集まっているのは私たちよりもずっと若い学生だ。
今回の戦争は巷ではハイテク戦争なんて呼ばれているらしい。ハイテクなのは兵器だけでなく、それを報じるメディアもそうだ。
戦場の映像がリアルタイムで中継され、爆撃を受けるバグダッドの様子や、逆に攻撃を受けるサウジアラビアの様子なんかが常にテレビで放送されている。
最近だと戦争が拡大する一方であり、それと共に盛り上がりも増してきている。
「当たった!」「やっちまえ!」と歓声。まるでスポーツの試合でも見ているかのようだ。
テレビで映っているのは、ヨルダン上空での空中戦だった。
戦っているのがどこの空軍かは知らないが、地上に設置されたCNNのカメラが空中で戦う戦闘機たちを放送していた。
1991年の3月現在、戦争は短期決戦を考えていたアメリカの思惑とは異なり、一進一退の状況が続いていると聞く。最近ではイスラエルが参戦したことで戦況はさらに変わったらしく、ニュースは毎日のようにその戦況を報道し、戦場から遠く離れたアメリカの市民たちはそのライブ感を”楽しんで”いる。
多国籍軍が制空権を部分的に確保し、バグダッドに空襲を仕掛ける一方で、クウェート解放を目指した地上作戦が失敗したとか、テヘランが空襲を受けたとか、ダマスカスが陥落したとか、不利が伝わることも多い。アメリカ人たちはその度に星条旗をふってアメリカ軍を応援していた。
日本人にとっては理解し難い感覚だが、ドミノ・ピザを頬張る友人もその感覚を共有しているらしい。
画面が切り替わり、クウェートのイラク軍を爆撃する様子が放送される。
地上で光が瞬き、画面の揺れと共に黒煙がぼうっと空に上がる。
戦争を観戦していた彼らはそれと共にまた「ヒュー」と声を上げた。
「まるでNBAじゃないか。爆撃をダンクシュートか何かだと思っているらしい」
隣の彼は皮肉たっぷりにそう言うのだった。
戦争報道というのは、何もこういう戦闘の映像だけではない。
保守的なテレビ番組では、出征している兵士を背景に『星条旗』『ゴッド・ブレス・アメリカ』『星条旗よ永遠なれ』を流し、キャスターが「神の加護があらんことを」とか「神は勇敢な兵士たちを祝福なさるでしょう」とコメント。
中立的なテレビですらも、夫を戦場に送り出した妻が涙ながらに語るインタビューや、戦場で勇敢に戦う陸軍兵士たちの映像なんかをよく流している。
日本にとって、私にとって、戦争は過去であり、遠い国の出来事でしかなかった。
しかし、アメリカでは物理的な距離はあれど、本土と戦場は同じ時を共有しているのだ。
危険な戦場で命を懸けて戦う兵士と、それを安全な場所から観戦する市民。
国や仲間のために死んだ兵士と、その勇敢さをほめたたえるニュースキャスター。
私はその関係性を歪であると感じたが、実のところ、この感覚というのは戦争を忘れてしまった人間特有の『錯覚』に過ぎないのかもしれない、とも時々思う。
戦場と銃後、兵士と市民という関係性は、本来であれば昔から当たり前に存在していた戦争の本質である。テレビのライブ中継は、そこに何か間違いや歪みがあるのではなく、本質を忘れかけていた私に事実を突きつけ、ただ思い出させているに過ぎないのではないか。
戦争が私たちの日常と同じ世界に存在し、同じ時を共有しているという残酷さを……。
夜も更けた深夜1時、自動販売機で水を買うために食堂に向かう。
階段を降りると、がらんとした薄暗い食堂に、テレビの明かりだけが煌々と灯っていた。
ABCの深夜番組。画面には制服を着た兵士の写真が映り、淡々と名前が読み上げられていた。
「本日の戦死者について、続けて、お名前を読み上げます。ジョージ・ユーグ大尉。ジャン・アーレン・ポルト軍曹。ジャック……」
"戦争はテレビ番組じゃない"