Project:スムータ   作:北極鳥ユキ

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第二章/東欧内戦
ザーパド81演習/1981


 冷戦は永遠に続くものだと、誰もが思っていた。

 もしも仮に終わりがあるとするならば、それは核戦争であり、人類の終焉と等しかった。

 しかし、得てして予想外のことというのは頻繁に起こるものである。

 後世の人々が、ソ連やアメリカの崩壊を予想できなかったように、東欧で内乱が起こるなど誰も予想していなかったのである。

 

 1981年。

 この年、ワルシャワ条約機構の加盟各国軍は史上最大規模の合同軍事演習を行った。

 ザーパド81演習である。

 この演習の目的はNATOとの決戦ではなく、むしろ民主化勢力に対する威嚇であった。演習地点はソビエト連邦とポーランドの国境であり、明らかに「連帯」の存在を強く意識したものだった。

 

 ソビエト連邦白ロシアSSR ポーランド国境付近。

 

 無数の装甲兵員輸送車と戦車が土煙を上げながら大地を駆けている。

 その様子はさながら丘が鉄の塊に埋め尽くされてしまったようだった。

 

 その中の一台、BTR-70輸送車に乗る兵士たちは狭い車内でAK74小銃やRPK機関銃、SVD狙撃銃などを持ちながら揺れにじっと耐えている。

 その場所は、兵士にとって戦場とは銃を撃ち合う場所の名前ではなく、この車内に乗っている最中の事を言うのだろうかと錯覚するほどに劣悪極まりない環境だった。

 具体的にこの「戦場」の環境を言えば、あたり一面にはディーゼルエンジンから出る臭いが嗅覚を奪うように充満しており、対NBC戦用の防護が施された車内は薄暗く、目の前に座っているヤツの顔が辛うじて見える程度である。

 極めつけに最後に残された聴覚といえば、タイヤが地面を擦る音とエンジンの音、更に加えさらにBTR-70の合間合間を走るT-72戦車たちのキャタピラの音で支配されていた。

 

「一号車、間もなく作戦地点に到達」

 

 兵士達の無線にドイツ語の声が響く。

 車内にいる兵士たちはそれで覚悟を決めたように、ぐっと唾を飲み込んだり、力強くAKのハンドガードを握ったりした。

 

「了解。二号車も間もなく到着する」

 

 装甲車の車長が無線に応答すると、同じ様に三、四、五号車からの無線が響く。

 

「一号車? おい、第17演習分隊! 貴様らは一号車ではないだろ!」

 

 別の声がする。ロシア語であり演習監督官の声だった。

 

「全車行動を開始せよ。独立万歳」

 

「こちら二号車。目標に突入する」

 

「おい! 行動ってなんだ! 第17演習分隊どこへ行く! 戻ってこい!」

 

 二号車と呼ばれたBTR-70に乗っていた国家人民軍(東ドイツ軍)所属のペーター・フランツ・シルラー少尉は指示を出して、うるさい無線のスイッチを切った。

 もう無線通信は必要ない。あとはやるべきことをやるだけなのだから。

 

 ザーパド81演習に参加していた部隊の一つ第17演習分隊は、突如として車列を外れた。

 この行軍演習では野を埋め尽くすほどの装甲部隊が一斉に前進しており、その中の一部が突然横に動き出すと、車列は大きく乱れることになった。

 混乱の中、あちこちで停止や、衝突が相次いでいる。

 大きな波ともいえる装甲車の群れは、砂浜に打ち付けられた時のように、ゆっくりと速度を落としていた。

 

 波を脱出した第17演習分隊の装甲車たちは、バラバラに散会して演習会場を進んで行った。

 二号車はしばらく平原を駆け抜けた後、演習用に仮設された通信基地にたどり着く。基地はバラックのような木組みの小屋と、テント、そして空に伸びる大きな通信タワーから成っていた。

 

「少尉、見えました。通信基地です」

 

「よし! 撃ちまくれ!」

 

 声と共にBTR-70に備え付けられている14.5㎜機銃が火を噴く。

 それは目の前にある全てに対してがむしゃらに撃ちまくった。

 

 突然のことに通信兵たちは訳も分からないままに、ハチの巣にされていく。

 通信基地を一通り蹂躙して暴れまわった後、後部のハッチが開き歩兵を展開していく。

 

「ここに同志は居ない! 見かけた奴は全員射殺しろ!」

 

 通信基地に突入した部隊は見かけた端からそこにいる通信兵を殺害していった。

 演習ということもあって後方にいる通信兵たちには銃器が配布されておらず、将校や憲兵が辛うじてマカロフ拳銃を持っている程度であり、抵抗は無いに等しかった。

 目につくもの全てに銃撃を加え、部屋の中には手榴弾を投げ込んで、さしたる抵抗もなく建物を次から次へと制圧していく。

 進み続けて、ちょうど基地の真ん中にあるコンピューター設備の並ぶテントにまでやって来た。

 シルラー少尉はRPG7を担いでいる兵士に命令して、そこを吹き飛ばす。

 ついでに通信タワーもRPG7で吹き飛ばした。

 

 同じころ、行軍訓練が行われている演習地点を見渡すことのできる丘の上。

 

 そこに設営されたテントから行進訓練を観戦していた一人であるドミトリー・ウスチノフ国防大臣は鋼鉄の群れが停止したことに気が付いて、演習司令官に文句を付けているところだった。

 

「まったく、これが実戦だったらどうなっていた事か……」

 

 ため息交じりに戦車たちの方へと視線を戻す。

 そこでふと、鋼鉄の群れの中に一台だけ、おかしな戦車がいることに気が付いた。

 そのT-64戦車の砲塔はキュルキュルと音を立てて、丘の上にあるテントの方──つまりこちら側──に向けて動いていたのだ。

 

「なんだ、あの戦車は。故障かね?」

 

 その砲身はやがてテントの方を示し、その黒い穴をウスチノフははっきりと視認できた。

 

 そして、T-64戦車は照準が合うと一切の躊躇なくテントに向かって砲撃を加えた。

 

 ドンという鈍い音と共に、丘の上には土煙が舞い上がる。

 それが晴れた頃には既にテントは跡形もなくバラバラの状態なっており、そこで演習を観戦していた将校や政治家たちも115㎜榴弾の直撃によってバラバラになり、その体の赤い部分を大地の外側に晒すことになっていた。

 

 T-64戦車は一発では飽き足らず、二発、三発と、丘の上に向かって砲撃を加える。

 緑色をしていた草原の大地が捲れ上がり、黒い茶色をむき出しにしたところで砲塔を再び動かし始める。その様子はまるでおもちゃに飽きた子供のようだった。

 

 暴走した戦車は、今度は目の前を行進している同じ形をした戦車や装甲車たちのほうにその砲身をむけると、まさしく手あたり次第と言った感じに射撃を加える。

 

 ある戦車は後部のエンジンブロックに直撃弾を食らい、脚を止める。何が起こったのか分からずに混乱した様子であり、砲塔を右往左往と動かした後に爆発した。

 その砲塔は爆発の勢いで宙を舞い、さながらびっくり箱であった。車体の方は砲塔が抜け落ちた穴の部分から轟々と炎を上げていて、その中からは黒焦げた腕がわずかに生えていた。

 

 また別の戦車は初撃でキャタピラに被弾、次撃で車体に火災を起こした。乗員たちは慌てて外に出たが、機銃掃射を受けて血と肉を車体にまき散らすことになった。

 

 T-64戦車はそれからも弾薬が尽きるまで見方を撃ちまくった。

 やがて弾薬が尽きると今度はその車体で体当たりを食らわせるようになり、その車体で装甲車を撃破したり、演習用に作られた仮設の兵舎に突入して破壊したりした。

 そうしてさんざん暴れまわった後、鎮圧に来た歩兵部隊からの対戦車ミサイルやRPG7での総攻撃を受けて撃破された。

 乗員は全員が死亡しており、動機は分からぬままであった。

 

 "一体なにが起きている?"




脚注
ドミトリー・ウスチノフ(1908年~1984年)は実在するソ連の政治家である。ザーパド81時点でのソ連における国防大臣であり、実際に同演習に参加していた。史実においては暗殺されることなく、1984年に病により死去している。
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