Project:スムータ   作:北極鳥ユキ

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茨作戦/1985

 1985年末。ドイツ民主共和国、東ベルリンの夜空を国籍マークを塗りつぶした三機の軍用ヘリコプターが駆けていた。

 

「司令部、こちら、ソーン・ワン。目標に接近。間もなく降下を開始する」

 

≪コマンチリーダー。了解≫

 

 ほんの数日前までこの街を覆っていた銃声や砲撃の音は今ではすっかりと息をひそめている。

 81年に東側で起きた大規模な内戦は、数日前にゴルバチョフが東欧からソ連軍を撤退させると発表したことによって、あっけなく終わりを告げた。

 

 今日までに東欧諸国では一党独裁体制が崩壊しつつあり、既にブルガリア、ハンガリー、ポーランドでは普通選挙が実施された。

 東ドイツにおいても内戦を繰り広げていた民主派革命勢力と東ドイツの政権を握っていた社会主義統一党の間で和平が結ばれ、来年を目途に選挙の実施が確約された。

 

 こうして冷戦は終わって行くのだ。

 東西分裂の象徴だったベルリンの壁が壊された様に、鉄のカーテンも崩れ落ちていく。

 

 しかし、それですべてが終わったわけではない。

 まだ残された問題は多い。

 

≪ソーン・ワン。目標に武装集団が入ったとの情報が確認されている。対象物確保の為、敵勢力は全て排除せよ≫

 

「排除……とは、相手がロシア人でも、ですか?」

 

≪相手はドイツ人だ。外交の事など気にするな、今は作戦に集中しろ。コマンチリーダー、アウト≫

 

 内戦により送電網は粗方破壊されていたようで、ヘリの上から見える夜景は夜闇の中に煌々と輝く西ベルリンに対して東はまばらで暗かった。

 これが社会主義の優等生と呼ばれた国の末路だと考えると何とも物悲しい気持ちになる。

 

 やがて暗がりの中で、目標の建物を視認した。

「シュタージ」こと国家保安省の本部だ。

 

 思えば随分遠回りをしたなとソーン・ワンことアンドリュー・グレイ大尉は思った。

 東ベルリンへの最短ルートは当然西ベルリンだが、そこから出発したのでは余りにもあからさま過ぎる。ロンドンやモスクワはおろか、ここから6300㎞離れたニューヨークの市民ですらこの秘密作戦の音に気が付いてしまうだろう。

 そのため、部隊はわざわざデンマークにある基地から出発し、そこからバルト海を越え、東ドイツの領空を越え、遥々やって来たのだ。

 

 かつてこの国を支配した秘密警察であるシュタージは内戦中に民主派市民や国家人民軍から激しい攻撃を受け、今や残党が僅かばかり残っている程度で組織としてはほとんど崩壊しているようなものだった。しかし、彼らが作り出した遺産は東ベルリンの地下に眠ったままになっている。

 

 それが「シュタージ・ファイル」と呼ばれる代物だ。

 

 この件は東ドイツで内戦が始まった直後、シュタージの職員が亡命の手見上げとしてCIAにこのファイルの存在と、そして一部を実際に西側へと持ち込んだことに端を発している。

 ただその亡命者曰くファイルは一人の人間が全容を知りえる程小さなものではないらしく、内部の人間ですら全容を掴めていないという。

 当然、CIAはそのファイルについての情報を持っていたが、亡命者同様にその実態を掴めておらずどんな内容なのか、どれだけの価値がある物なのか、そもそも一体幾つ存在しているのか、とにかく不明瞭な部分が多く、興味深い一方で手をこまねいていた。

 

 しかし、状況は内戦の激化によりシュタージの高官が亡命し、保管場所が明らかになった時点で全て変わった。シュタージの機密情報が詰まったファイル――そんな危険な物をみすみす放置することはできないし、今後同じように保管場所に感づいたKGBが放っておくとも限らない。

 内容が何であれ、どこにあるのかを知ってしまった以上はそれを誰よりも早く、それを確保しなければならないのだ。

 

 三機のヘリは目標であるシュタージ庁舎の上空に着くと、そこを中心として周りで弧を書くように飛行した。

 ヘリの羽はバタバタと随分大きな音を出しているが、例の武装組織は気が付いていないのか、あるいは隠れているのか一発も撃って来ない。

 一機が弧から外れて狭い屋外駐車場の上でホバリングしながら、高度を落としていく。

 ヘリの側面ドアが開き、そこからロープが何本か垂れて「降下!」という声を合図に兵士達が次々と懸垂下降を開始した。

 中からは続々と消音装置(サプレッサー)やレーザーサイトを付けた特殊部隊仕様のCAR-15カービンを構えた兵士たちが次々と降下してくる。ヘリボーン作戦ではこの降下タイミングが最も無防備になる故に、降下する兵士もその周囲で弧を書く二機のヘリで機関銃を構えるドアガンナーも周辺を警戒していたが、全員が降り切ってもなお銃声は一発も鳴らなかった。

 

 暗視ゴーグルから見える景色は一面緑だった。

 見渡しても敵の気配はない。辺りに居るのは展開する味方部隊だけで「周辺に敵は見当たりません」と部隊の中で最も若い兵士が律儀に報告してきた。

 

「全員、気を抜くなよ」

 

 部隊長であるグレイ大尉の声に兵士たちは各々頷くと神経を尖らせ、ビルの中へと進んで行く。

 かつては国民を支配していた豪華な庁舎はひどく荒れ果てていた。特に正面の壁には砲弾が直撃した跡があり、建物自体をえぐるようにして大穴を開けている。

 ロビーには割れたガラスの破片が散乱しており、外壁が崩れてむき出しになった所から差し込んでくる月光がそこに反射して、床一面をキラキラと輝かせていた。

 

 情報によれば、この庁舎の地下には隠された倉庫に繋がる道があり、そこにマイクロフィルムに収められたシュタージ・ファイル群があるという。

 地下倉庫の面積は100メートル×100メートル×30メートルとされており、超巨大な立方体になっている。そんなものをどうやって誰にもバレずに地下空間に建造したのかはさっぱり分からない。社会主義の魔法なのだろうか。

 

「いいか、事前にチェックした重要ファイルを回収。それ以外は全て破壊だ」

 

「了解」

 

 そんな巨大な倉庫の中にあるマイクロフィルムを全て回収することなど、当然ながら物理的に不可能だ。そのため、重要な情報のみを回収し、それ以外は全て放火したうえで、地下倉庫ごと埋め立てるという二重の方法での処分が行われることになっていた。

 

 まあ、シュタージ・ファイルというのは大半が東ドイツ国民の個人情報や、生活の盗撮写真で構成されているので、それこそ秘密警察でもない限りは無価値なものが大半を占める。これからドイツは自由な国になるのだ。そこにはプライバシーだってあるのだから、無くした方がいいだろう。

 

 グレイ大尉に率いられた部隊は慣れた手つきで死角になる部屋の角を一つ一つ警戒しながら進んで行く。安全が確認され、非常階段を下って最下層のフロアである地下四階にまでやってきた。

 そこからさらに図面に従って厳重に隠された道を発見しさら奥まで進む。

 

 暗がりの中を、レーザーサイトの光が伸びている。

 本当に真っ暗な道だった。光量を増幅させて夜道を照らし出す暗視ゴーグルがあっても、そもそも存在している光量が圧倒的に足りておらず、通路の先までは見えない。

 

 こつん、こつん。

 

 そんな暗闇の向こう側。正面から足音が反響してきた。

 グレイ大尉は後ろに続いている隊員たちに待機のハンドサインを出してから、できるだけ静かに銃を構え直すと通路の先に向ける。

 

 "そして、引き金を引いた。"

 

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