十字の爪を食い込ませ、壁や天井を這い回る。   作:リハビリ

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リハビリ作です


第一話 壁や天井を這い回る

 

 

 

 

 

 ──────アルセウスは宇宙を創造した。

 

 ディアルガは時間を操り、

 パルキアは空間を支配した。

 ギラティナは世界の裏側に住み着き、世界の均衡を護っている。

 

 三匹のポケモン、ユクシー・アグノム・エムリットはそれぞれ知識、感情、意思の尊さを人々に伝えた。

 

 ダークライは人々に悪夢を見せ、

 三日月の化身クレセリアはその悪夢を消してくれる。

 

 古代人によって封印されたレジアイス・レジロック・レジスチルを従えるレジギガスは大陸を動かした。

 

 花畑を護るシェイミは人々に感謝の心を伝え、

 マナフィはその能力ですべての水ポケモンを従える。

 

 

 

 

 一方その頃、ヒードランは──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 十字のツメを食い込ませ、壁や天井を這い回っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は物心ついた頃から本が好きだった。家の近くに在る『ミオ図書館』にいつも入り浸り、朝から晩まで四六時中本を読み漁る毎日。そのせいか、周りの同世代との接点は少なく───仮にあったとしても交友関係を築けていたかは怪しいが───周囲からは変わり者だと思われていた。

 それでも、俺は本を読む手を止めることは無かった。

 

 

 自堕落な生活を続けていると年月はあっという間に過ぎていくもので、気付けば俺は12歳になっていた。殆どがアカデミーでの座学を終え、旅へ出る歳である。様々な出会いや別れを通し、夢を探す為の宝探し。胸踊らない筈がない。

 それでも、俺は本を読んでいた。

 

 

 両親は最初こそ

 

「本だけじゃ分からない事もあるんだぞ」

 

だの

 

「ポケモンが好きなら実際に会って触れ合ってみるのもいいんじゃない?」

 

だの、様々な飴と鞭を用いて俺を家から追い出そうとしていたが、程なくして収まった。諦めたのだろう。

 

 気付けば、ミオシティには俺の同年代と呼べる存在は誰一人として居なくなっていた。それは執拗に俺を旅へと誘っていた幼馴染も例外ではなく、一日に十回は鳴っていたチャイムも今では静寂に包まれている。少しだけ……ほんの少しだけ、淋しかったのを覚えている。

 

 

 そうして、更に2年が経ったある日。

 俺は1冊の本を手に取った。厚すぎず、薄すぎずという具合の厚みだが、いざ手に取るとやけに重く感じた。歴史の重みというヤツだろうか。

 じっくりと本の表紙を眺め、題名を心の中で反芻する。

 

─────────『シンオウ神話』。

 

 その本は、まさしく俺の人生を形作る聖書バイブルだった。これまで歴史書は飽きる程に読んできたが、そのどれとも違う。

 宇宙の神秘を、輝きを、全てこの本に詰め込んでいるようにさえ感じた。

 

 世界を創造したポケモン。

 時空や空間を生み出したポケモン。

 人々に感情を与えたポケモン。

 そして、壁や天井を這っていたポケモン……?

 

 ページを開く度に、俺の燻んだ目に希望が溢れてくる。空っぽだった心に、欠けていたピースが濁流の如く流れ込んで来る。

 過去に生きた人々が書き紡いだ壮大な物語。俺はそんな夢物語の虜になると同時に─────見てみたい、と思った。

 

 何時かの本で見た「思い立ったが吉日」という格言を思い出す。

すっかり見知った顔になっていた司書さんへ、しばらく『シンオウ神話』を借りることを告げ、全速力へ家へと帰った。

 

 ────────ガシャン!

 バネブー型の貯金箱を割り、中身をかき集める。

 2万円……まぁ、このくらいあれば足りるだろう。

 足早に支度を済ませ、玄関から出ようと────したところで、一旦リビングへと戻る。変に勘違いされたら面倒なので、置き手紙だけでも残しておくことにする。

 …………よし。

 

 今度こそ準備を終えた俺は、神話への1歩を踏み出した───!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの子が居なくなってからもう3年ね……」

 

「そうだな。せめて俺達だけでもアイツを忘れないようにしてやろう」

 

 

 

 ミオシティのとある民家。

 2人の夫婦が、家の中を飾り付けながら会話を交わしていた。

 

 飾り付けられたガーランドや風船が煌びやかに存在感を示し、リビング正面の壁にはアルファベット型の風船が『HAPPY BIRTHDAY KOUKI』と並べられている。

 

 

 傍から見れば息子の誕生日を祝う幸せな家族ように見えるが、その家庭には1つの大きな問題があった。

 

 彼らの一人息子───コウキの失踪。誰よりも本が好きで、誰よりも知的好奇心が旺盛で、誰よりも優しい。そんな彼の失踪は、2人を酷く悲しませることとなった。

 

 残されたのは、たった一つの短い書き置き。

 

 

────────────────────

 

 

 拝啓、父さん、母さんへ

 

 ちょっとやりたい事が出来たので、少しだけ旅に出ます。

 どーせすぐ帰ってくるのであんま心配せずに待ってて下さい。

 

 コウキより

 

 

────────────────────

 

 

 

 そして、彼が帰ってくることは無かった。

 

 最初こそ家出と判断していた警察も、最近になって異変に気付いたのか、ミオシティを中心に大規模な捜索が行われた。

 

 

 結果として、彼が見つかることは無かった。足跡はひとつも残っておらず、警察の見解は『行方不明』の一点張り。

 彼の両親は酷く打ちのめされたが、受け止め、向き合うことを選択した。そして現在、「彼の存在を決して忘れないように」という意味も込め、今は亡き青年を祝う誕生日会が開かれようとしている。

 

 

 

──────────ピンポーン。

 

 

 

「あら……こんな時間にお客さん?」

 

 

 

 現時刻は午後10時。

 唐突にやってきた客人を訝しみつつも、インターホン越しに「はーい」と返事をしながら玄関のドアノブを握る。

 

 

 

 ──────程なくして、玄関から絹を裂くような悲鳴が響いた。

 

 

 

「!? どうした!!」

 

 

 

 続いて、彼女の夫が声の方へと駆け付ける。

 無防備に開かれた扉の方へ目を向けるや否や、彼は言葉を失った。

 

 

 

 

 

「えっと……久しぶり。ちょっと遅くなった」

 

 

 

 照れくさそうに笑いながら頭を搔く青年。彼こそがコウキその人であった。

 3年前と比べて、身長がやや伸びているように見える。所々擦り切れた服装や見え隠れする火傷に似た傷からは、彼の経験した苦難を見て取れた。

 

 

 しかし。

 

 夫婦の目線は、コウキではなく───正しくは、コウキの背後へと向けられていた。彼の母が叫んだ原因であり、彼の父親が言葉を失った原因でもある。

 コウキは暫くキョトンとした表情を浮かべた後、原因が分かると「なるほどね」と言わんばかりに掌をポンと叩く。

 

 

 

「あー、そういや紹介してなかったっけ、コイツはヒードラン。俺の相棒だから、そういうことでよろしく」

 

「ごごぽっ!」

 

 

 

 

──────本日二度目の悲鳴が、夜空へ響いた。

 

 

 

 

 

 

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