十字の爪を食い込ませ、壁や天井を這い回る。 作:リハビリ
テンガン山の 内部で 煮えたぎる 溶岩より
生まれしとの 伝承あり。
溶解した 鋼の体 得体が 知れず。
−『ヒスイ図鑑 No.229』より ー
◇◆◇
「光陰矢の如し」とは、まさに的を射た表現だなと思う。実際、三年ぶりの帰郷から数えて既に一週間が瞬く間に過ぎ去ろうとしていた。久しぶりの実家に安心し切っていたのも一因ではあるだろうが、それにしても時間の流れとは凄まじい。正直なところ、感覚としては数ヶ月のちょっとした遠出のつもりだったのだ。
俺が何の前触れもなく旅に出ていた間、案の定、両親はひどく気を揉んでいたらしい。聞くところによると、捜索願が出されるまでに事態が深刻化していたという。何というか、頭が……上がらない。
かくして数時間に渡る非常に耳が痛い説教を受けた後、俺達は数年間の隙間を埋めるように会話に花を咲かせた。
家出をしてまで旅に出た理由の事。
シンオウの街を巡り、相棒──ヒードランと出会った事。
こんな俺にも"師匠"と呼べる存在ができた事。
それでも、持ち前のコミュ力で友達は一人もできなかった事。
話しても話し足りない幸せを噛み締めながらも、最後には本心を打ち明けた。俺が
「もう一度、俺に旅をさせて欲しい。ヒードランの事、もっと知りたい……知らなきゃいけないんだ」
僅かな沈黙が訪れた後に、母さんと父さんが神妙な面持ちで顔を見合わせる。緊張感に思わず目を瞑ってしまう。やがて俺の耳に入ってきたのは「いいわよ」という一言。予想よりあっさりと承諾を得られたことに驚きつつも、はにかんで答える。
つくづく自分は幸せ者なのだと、身に染みて感じるには十分な出来事だった。
『ごるるるる』
「ほら、拗ねてないで早く行くぞ」
よほど家が気に入ったのか「意地でも動かない」と言わんばかりのヒードランを無理矢理ボールへ戻し、旅に必要な諸々──新品の服やら傷薬やら──を愛用のショルダーバッグに詰め込む。無論『シンオウ神話』も外せない。
「んじゃ、行ってきます!」
あの日と同じく、ドアを勢いよく開けながら。
あの日と
準備を終えた俺は、神話への二歩目を踏み出した!
◇◆◇
ミオシティとはコトブキシティの西に位置する、運河の特徴的な港町である。嘗ては海運の要所であったが故に、俺の目の前に佇む古めかしい建物──ミオ図書館──は、世界でも五本指に入る程に豊富な書物を保有しているのだとか。
「相変わらず埃っぽいな」
満を持して図書館の扉を開くと、いかにも年季の入った様子の空気が外へ逃げ出す。
────要するに、かなりボロい。
綺麗に並べられた棚から何冊かを取り出し、両手に抱えながらパイプ椅子に腰掛ける。……ウム、実に感慨深い気分だ。この妙に古臭い雰囲気が俺の青春を彷彿とさせる。まぁ、俺の場合は"青春"というより"灰春"と言った方が適切かもしれないけれど。
そんな思考に耽っていた時だった。
「────アナタも神話に興味があるの?」
声がした方へ振り返ると、一人の女性の姿が目に入る。膝に届く程の金髪に黒いコート、ルカリオを彷彿とさせる黒曜石の髪飾り。いかにも「クールそうな美人」というのが第一印象だった。内心では心臓がバクバク鳴るのを抑え、冷静を装いながら本を閉じる。
「あら、邪魔しちゃったかしら。ごめんなさいね、つい
上品に笑みを浮かべながら、金髪の女性は告げる。同業者。つまりは彼女も歴史を、シンオウ神話を追い求めているということなのか?
それだけではない。俺の記憶が違っていなければ、この人を何処かで。
「あの、貴女は……」
「そうね、先に自己紹介から済ませちゃいましょう。私の名前は─────」
⬛︎⬛︎⬛︎。彼女の口から発せられた筈の言葉が、俺の耳に届く事はなく。代わりに、耳を劈くような
「ギンガ団だ、奴らが出たぞ!」
俺達が駆け足で外へ出ると、奇妙な服装を身に纏った緑髪の集団が目に入る。
ギンガ団。
数年前に読んだ『ヒスイ郷土史』曰く、開拓時代のシンオウを支えた時代の立役者。つまりは俺達のご先祖サマが属していた組織の名────というのは昔の話で、今は御立派に悪の組織として再結成しているはずだ。それも2年前に
「ギンガ団の残党……。悪いけれど、挨拶はまた今度になりそうね」
そう独りごちて、彼女は右手にモンスターボールを握る。
まさか、この人数を一人で相手取る気なのか? 幾ら彼女が実力者でも、この数は少々無茶がすぎる。ならば────と思うより先に、ショルダーバッグ内のハイパーボールがぐらぐらと揺れ始めた。
「そうだよな」と小さく呟き、相棒の入ったボールを取り出す。女性を助けてやるのが男の役目、そう師匠から教わったのだ。
「半分は任せてください。俺が戦ります」
「そう? なら、お言葉に甘えさせて貰おうかしら」
彼女が俺に背を向け、軽やかなフォームでボールを投げる。綺麗だ、なんて考えている暇はない。傷だらけのハイパーボールを構え、ギンガ団の連中目掛けて放り投げた。奴らも戦闘態勢を取っているが────問題無い。事実上、このフィールドは既にアイツの独壇場と化している。
「頼むぞ、相棒」
焼き焦げる溶岩を包む鋼の体躯。
周囲をジリジリと熱する程の灼熱の身体。
満を持して現れた相棒の背を眺めながら、俺はニヤリと笑みを浮かべる。
『ごぼぽぽぼ!!』
紅蓮の獣の咆哮が、澪の大地を揺るがした────!
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