知り合いの依頼によって書き上げた一作になります。

正直『正義』に付いて考えすぎたせいで、メインのスズミ×イチカの絡みが中途半端になってしまったことは否めません。
そして考えた『正義』すら上手く書けた気がせず……

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小さな閃き大きな正義

 トリニティ郊外、平穏な街並みを壊すバイクの音が響く。

 

「ひゃはー! 道塞ぐと痛い目見るぜぇ!」

「どけどけ! あたいらジャラジャラヘルメット団のお通りだぁ!」

 

 バイクの進行方向に立つ黒いセーラー服の少女たち。

 

「今すぐバイクを止めなさい! さもなくばこちらも武力を行使します!」

 

 正義実現員会の生徒たちが、小銃を構えて並んでいる。その内一人は拡声器を持ってそう警告するも、ヘルメット団たちは止まる気配を見せない。

 

「い、イチカさん! 止まりません!」

 

 拡声器を持った生徒は、片手にスマホを持ち、イチカと通話を繋いだ状態にしていた。

 

≪あ~じゃあもう撃っちゃっていいっす。こっちも忙しいんで、パパッとやっちゃいましょ≫

「は、はい! 全体、攻撃開始!」

 

 正実生徒たちは、号令を受けてライフルの引き金を引く。バイクで突撃を続けるヘルメット団を弾幕が襲うが、ヘルメット団は怯まずアクセルを吹かし、数名が物騒な筒を持ち出す。

 

「あ、あれって!」

「無反動砲!?」

 

 弾幕を張り続ける正実生徒たちの目に涙が浮かぶ。数秒後の自分たちの末路が分かってはいるが、とはいえここで逃げる訳にもいかない。

 

「邪魔だぁ!」

 

 思った通り、隊列を組む正実たちのもとに、無反動砲の弾頭が数発飛翔し、盛大な爆発を引き起こす。

 

「ぴやぁぁああ!」

 

 か細い悲鳴を上げながら吹き飛ばされ、そこをヘルメット団たちが通り過ぎて行く。

 

≪えっと、凄い音したっすけど……大丈夫っすか?≫

「だ、大丈夫じゃないですぅ……中央通り、封鎖失敗しましたぁ。ヘルメット団は無反動砲を装備してますぅ」

 

 今にも泣きそうな様子でイチカへと報告する生徒。

 

 

 通話の先でイチカは、ビリビリヘルメット団たちの鎮圧を終了し、後始末を進めていた。

 

「無反動砲っすか……はぁ、了解っす。後はこっちでなんとかするんで。一先ず体制を建て直しておくんすよ?」

≪は、はぃ!≫

 

 通話を切ると、イチカはギリっと奥歯を噛みしめ、悪態をつく。

 

「無反動砲とか、どんだけ迷惑かければ気が済むんすかね」

 

 しかし、すぐに表情を繕い直し、自身が率いる小隊へと合図を送る。

 

「中央通りの方がヤバそうなんで、ちょいっと援護に行くっす。数名残して、私に付いて来るっすよ~」

「「はい!」」

 

 数十名連れてイチカは中央通りへと走る。途中で、全体の指揮を執っているハスミへと連絡を入れる。

 

「あーハスミ先輩。中央通りヤバそうなんで、うちの隊で援護に行くっす。他の状況はどんな感じっすか?」

≪今の所は落ち着いてきています。先生が合流してくれたので、全体的に抑えられています≫

「先生が……りょーかいっす。それじゃあ、中央通りを片付けて来るっす」

 

 通話を切り、中央通りへと急行すると、不良たちと銃撃戦を繰り広げる正実の子たちがいた。すぐさま状況を察し、イチカはその子たちの側へと寄った。

 

「イチカ、到着っす。今どんな感じっすか?」

 

 切迫しているのは見れば分かるが、あえて力まぬようそう軽く話しかける。

 

「な、なんとか足は止めました! でも、向こうの方が火力高くて、抑え込めてない状態です! それから、一人重傷者が……」

 

 ふと視線をずらした正実の子の視線をイチカも追うと、頭にヘイローが浮かんでおらず、ぐったりと倒れ込んでいる子が一人。その姿を見て、イチカは奥歯がガリッと音を立てるほど噛みしめた。

 

「無反動砲が、直撃しちゃって……」

 

 正実の子の声も聞こえず、イチカは荒々しく小銃のコッキングを行うと、目を血走らせて不良へと突っ込んでいった。

 

「い、イチカさん!?」

 

 現場に居合わせた正実の子たちは、鬼気迫るイチカの顔に恐怖すら感じ、まばらな援護射撃をすることしかできなかった。

 

 

 翌日、トリニティ郊外には、先生の姿があった。

 昨日トリニティを訪れたのは偶然であったが、今日は正式にナギサに呼ばれて訪れている。

 

「先生、お一人ですか?」

 

 そんな先生の背後から小走りで寄って来る生徒が一人。

 

「ん? やあスズミ、こんにちは」

「こんにちは、先生。って、それより、今トリニティを一人で歩くのは危険です!」

 

 先生の穏やかな挨拶に表情が緩むスズミだったが、すぐに引き締め直し、そう忠告する。

 

「あはは、そうだね。確かヘルメット団がかなり活発に動いてるんだっけ?」

「ご存じでしたか」

「今日はその件で、ナギサに呼ばれたからね」

 

 ここ最近活発に行動を起こしているヘルメット団。その本拠地を一掃したいから力を貸してくれと、ナギサから連絡があって、先生はここにいる。

 

「本当は正実の子たちが迎えに来てくれるはずだったんだけど、どうやらその子たちも今どこかで戦闘中になっちゃったみたいでね。仕方なく一人で学園に向かっているんだ」

 

 それを聞いて、スズミはため息交じりに首を振る。

 

「予備の人員を送ったりする判断が、正実にはできないんですか……先生を今この状態で一人にするなんて……」

「まあまあ、正実は今本当に忙しいみたいだから、そう責めないで上げて」

 

 先生の言葉に、スズミは頷く。

 

「分かりました。それでは、正実に変わって私が、学園まで先生を護衛しましょう」

「ありがとうスズミ、それじゃあ、お願いしようかな」

「はい!」

 

 

 スズミの護衛の下、学園へとたどり着いた先生。スズミの方は、パトロールに戻ると言ってそこで分かれる事になり、先生は一人でナギサの下へと向かった。ティーパーティーの生徒に案内されて、テラスへとたどり着くと、報告書を片手にお茶を飲むナギサがおり、表情には憂鬱が伺えた。手短に状況と依頼の内容をナギサから聞いた先生は、休息を進め、実働部隊である正実の本部へと移動した。

 

「あ、いらっしゃいませ先生」

 

 本部の扉を開けると、一人の正実の生徒が先生を出迎え、本部の中を案内する。途中コハルやマシロとすれ違うが、軽く先生と挨拶を交わすだけで、忙しなく本部を出て行く。

 

「本当に皆忙しそうだね……」

「はい。ここ数日、正実の生徒は総動員でヘルメット団の鎮圧に駆り出されています。その中で負傷者も増えていて、このままでは正実の戦力が枯渇してしまいそうです」

 

 そう話してくれる正実の子の太ももから膝にかけて包帯がまかれていた。

 

「そっか……君も、大丈夫? 痛くない?」

「は、へ? あ!」

 

 その子はさっと自身の足をスカートの裾を引っぱる。

 

「し、心配していただいてありがとうございます! で、でも、そんなにじっくり足を見られると……ちょっと、恥ずかしいです」

「あ、ああごめん」

 

 そんなやり取りをしていると、本部の最奥、執務室へとたどり着いた。

 

「それでは、私はこれから出撃ですので失礼します」

「うん、頑張ってね」

 

 先生はポンポンとその子の頭を撫でると、「えへへ」と少しはにかんで駆けて行った。

 そんな背中を見送ると、改めて先生は執務室の扉をノックする。

 

「どうぞ」

「失礼するね」

 

 扉を開けると、ナギサに負けず劣らずの報告書に埋もれるハスミが、手を止めることなく口を開く。

 

「あまり正実の生徒をたぶらかさないでいただけると助かります」

「あ、あれ? そんなことした覚えはないんだけどな~」

「執務室の扉は分厚くないので、会話は丸聞こえです」

 

 ため息交じりに筆をおき、ハスミは先生をソファーへと座らせる。

 

「今回は、ヘルメット団の制圧にご協力頂き感謝します」

「先生だからね。むしろ頼ってくれて嬉しいよ」

「相変わらずですね」

 

 僅かに表情が緩むハスミだが、すぐに真剣な表情に戻り、机に地図を広げる。

 

「ナギサ様からはどれくらい聞いていますか?」

「ジャラジャラヘルメット団とビリビリヘルメット団が連合を結成して暴れている。そしてその本拠地を制圧するのが目的ってことぐらいかな」

 

 ハスミは頷いて説明を始める。

 

「今回、私達正実は出撃可能な正実半分とツルギ、私、イチカで攻勢を仕掛け、一斉検挙を目指します。ツルギを単騎突入させ攪乱した後、小隊ごとに突入、包囲網を狭めて制圧していく予定なので、先生にはそこでの指揮をお願いしたいのです」

 

 そのまま細かいところまで説明を受け、打ち合わせを進めていると、執務室の扉が開かれた。

 

「今戻った」

「お帰りなさいツルギ。お疲れ様です」

「お帰りツルギ」

 

 ハスミ以外の声が聞こえたことに、ツルギはビクッと体を震わせ、恐る恐る振り返る。

 

「せ、せん、せ、きしゃああああああ!」

 

 自身の眼に先生の姿を捉えると、絶叫を上げて廊下へと駆け戻ってしまった。

 

「元気そうでよかった、出撃お疲れ様、ツルギ」

 

 しかしお構いなく先生はツルギに声をかける。すると、ひょこッと顔だけだして、震える声で「あ、ああ、ありがとう、ござい、ます」と答えた。

 

「ツルギ、一旦シャワーを浴びてきたらどうですか?」

「そ、そうさせてもらう!」

 

 ハスミの提案を受けて、再び絶叫を上げながら廊下をかけて去って行った。

 

「出撃終わりで汗臭いかもと思ったんでしょうね。ですから、シャワーを勧めました。戻ってくれば、落ち着いてお話できると思いますよ」

「流石ハスミ、ツルギのことをよく分かってるね」

「長い付き合いですから……先生、お茶でもいかがですか? 出撃まではまだ時間もありますから」

「うん頂こうかな」

 

 そうしてお茶をして待っていると、シャワーを終えたツルギが再び執務室へと戻って来た。

 

「し、失礼します」

「なんで貴女がかしこまるんですか……」

 

 ハスミはツルギをソファーへと座らせる。先生と向き合う形になって、体が震えだすツルギ。

 

「えっと、とりあえず作戦お疲れ様。この後もツルギは大事なポジションみたいだけど、大丈夫?」

「ももももちろん、だいじょうぶ、です!」

 

 本当に大丈夫なのか不安になる震え具合だが、これが作戦への心配ではないことぐらい、誰でも分かった。

 

「そっか、怪我してる子もいっぱい出てるって聞いたけど……」

 

 その言葉を聞いた途端、ツルギの震えがピタッと止まり、表情が真剣なものに変わる。

 

「はい……それで、その。相談なんですけど……」

「ん? 何かあった?」

 

 ツルギが落ち着いて話せる内容の時は、大抵重要なことが多い。それを分かっている先生は、何か深刻な事が起きているのだと思い、聞く姿勢を整えた。

 

「少し前、イチカの小隊のメンバーが、無反動砲の直撃を受けてしまったんです。それ以降、意識が戻らなくて……救護騎士団曰く、昏睡状態ではあるが、命に別状はないから、時機に目覚めるとは言われているんですけど……」

 

 少し躊躇った後、続ける。

 

「その、それ以降イチカの様子が変で……」

「変?」

 

 先生が聞き返すと、ツルギは頷く。

 

「えっと、上手く説明できないんですけど……なんというか、昔みたいな雰囲気と言うか……とにかく、いつもと何か違う様子なんです」

 

 イチカの昔、という単語に首を捻る先生。

 

「そのイチカの昔って言うのは―――」

「し、失礼します!」

 

 先生の言葉を遮って、大きな音を立てて開かれる扉。

 

「何事ですか!?」

 

 慌てた様子の正実生徒たちを見て、ハスミの語気が強くなる。

 

「市街地で、ヘルメット団同士の抗争が!」

 

 事情を聞くと、連合を組んでいたはずのヘルメット団同士で戦闘が勃発し、それが飛び火して周囲にいた市民や生徒にも及んでいるとのこと。たまたま現場付近にいた正実生徒たちで対応しているが、戦車に無反動砲が入り乱れ、とても抑えられないと。

 

「これは……作戦変更かな?」

「そうなりますね、今すぐナギサ様に状況を報告して、現状即応できる正実で鎮圧、及び捕縛を行います。先生とツルギは、動ける子たちにこのことを説明、出撃の準備をお願いします」

「わかった、すぐに行動に移す」

「うん、こっちは任せて」

 

 先生とツルギの同意を受けて、ハスミは執務室を飛び出し、一枚の紙を持ってティーパーティーへと駆けて行った。

 

「せ、せんせい。私は、弾薬とか戦車とかの準備をしてくるので、生徒の召集を、お願い、します。ここを出て右に行った突き当りに、本部全体に繋がる放送室があるので、そこで放送を」

「うん、イチカの件は、また後でゆっくり聞かせてね」

 

 ぶんぶんと勢いよく頷いた後、「いーひひひひひひ! 戦いだぁ」と叫びながら廊下を駆けていくツルギ。

 その背中を見送り、言われた通り放送室にて召集をかけた後、速足で集合場所へと向かう先生とすれ違うように、一人の生徒が現れた。

 

「イチカ……」

「お、どうもっす。いやーどうも大変なことになっちゃいましたねー」

 

 先ほどのツルギの話が頭をよぎる先生。しかし、見た感じでは、いつもと大差ないように見えた。先生には、カラッとした笑顔と声、普段のイチカそのものだった。

 

「そうだね、イチカもこれから出撃?」

「もちろんっす。先生の指揮、期待してるっすよ! それじゃあ」

 

 軽く言葉を交わしてすれ違った直後の事、イチカと一歩、距離が空いた瞬間、明らかにイチカの気配が変わっていた。目がうっすらと開き、その表情に、先ほどまでの笑顔は見当たらない。先生はイチカの気配の変化を感じ取り、驚いて背後を振り返る。

 しかし、既にイチカは遠く廊下の先まで行ってしまった後であり、見えるのは腰から生える黒い翼のみだった。

 

 

 正実が出撃の準備を整えている一方、現場では……。

 

「周辺の市民の退避は完了しましたか!?」

「はい! 今レイサさんが誘導している団体で最後です!」

 

 ヘルメット団と戦闘を続ける正実の子の横に滑り込んできたのは、避難誘導を担当していた、自警団のスズミだった。

 

「ありがとうございます! これで、後は本隊が到着するまで時間が稼げ―――」

 

 銃撃を加えながらスズミの言葉に答えていた正実生徒の頭に一撃、銃弾が命中する。

 

「ッ!」

 

 慌ててスズミは撃たれた生徒を抱えてしゃがみ込むが、頭のヘイローが消えている。背筋を冷やしたスズミは焦って脈を取り、心臓に耳を当てる。

 

「……気絶しているだけ、ですね」

 

 それを確認できると、その生徒をコンクリートのバリゲード裏に寝かせる。スズミは銃のコッキングを行うと、片手に愛用の閃光弾を構え、バリゲードから上半身だけさらけ出し、射撃を行う。すると、数名のヘルメット団が打ち返してくるが、気にせず銃撃を続行。しかし、一瞬奥にスコープが光に反射した輝きを見つけると、再び体を隠す。

 

「狙撃手が一人……」

 

 隠すと同時にコンクリ―トをがりがりと銃弾が削る音が響いた。

 ふと辺りを見渡すと、現場に居合わせた正実生徒たちが必死に抵抗を続けるが、明らかに抑え込めていない。戦力不足が目に見えている。

 

「これだけ大きな抗争が発生しているというのに、まだ本陣は到着しないんですか?」

 

 近くにいた正実の一人に声をかけるが、その子は苦い顔をして答える。

 

「要請は既に行っているのですが、恐らく出撃許可を得て、かつ大規模な生徒を動員するには時間がかかるので……」

「……分かりました」

 

 スズミはその生徒から離れると、大きなため息。

 

「これだから正実は……」

 

 微かに悪態をついた後、気を引き締め直し、閃光弾のピンを抜く。

 

「閃光弾! 投げます!」

 

 周りの正実生徒にも聞こえるよう大きな声でそう叫ぶと、狙撃手が見えた方角に放り投げた。

 爆発と同時にスズミはバリゲードを乗り越え、付近にいたヘルメット団に銃弾を叩きこんでいく。

 

「クソ! 誰か突っ込んでくるぞ!」

 

 目を回しながらも応戦するヘルメット団に対して、容赦なくスズミは発砲。鎮圧していき、狙撃手のもとまでたどり着く。

 

「んにゃろ! 正実でもないくせに!」

 

 ヘルメット団の狙撃手はそう叫びながら引き金を引くが、スズミの横を弾丸は通り過ぎる。

 

「だから何ですか。私は、自警団です。トリニティの平和を望む一人なんです!」

 

 ガッとストックで狙撃手の背中を叩き、気絶させる。

 

「……こんなものですかね」

 

 当たりを見渡すスズミ。一先ず目の前の集団は片付いたと一息つき、服に付いた砂ぼこりや汚れを払う。

 しかし、また少し離れた場所から盛大な爆発音が聞こえて来る。

 

「……まだ、苦しい時間は続きそうですね」

 

 マガジンを交換したスズミは、閃光弾の数を確認すると、爆発音のする方へと足を進めた。

 

 

 スズミの奮戦はしばらく続いた。最初は通常火器を持ったヘルメット団のみだったが、段々と無反動砲に戦車、挙句の果てには戦闘ヘリまで飛んでくる始末になり、とても一人が足掻いたところでどうにかなる状況では無かった。

 戦意を喪失し、その場を離れようとする正実生徒や自警団も現れている。しかしスズミは諦めない。それは自身の正義に反するから。

 

「例え正実では無かろうとも、私には……私の正義があるんです!」

 

 力いっぱい閃光弾を放り投げる。

 

「そこで待っていなさい! 今すぐその性根を叩き直してあげます!」

 

 フラッシュと共に突撃、銃撃を敢行。

 

「しまっ!」

 

 鎮圧のために踏み込んだその先に、こちらへと砲口を向ける戦車と目が合ってしまった。避けられない。そう本能で察し、思わずグッと目を瞑るスズミ。しかし、自身の体を砲弾が襲うことはなかった。

 代わりに、戦車が爆発する爆風で体が吹き飛ばされるも、空中で姿勢を整え、なんとか着地する。

 

「ようやく、お出ましですか」

 

 スズミの視線の先には、正義実現委員会の文字が入ったクルセイダーが二輌、その後ろには、真っ黒いセーラー服を着た正実生徒たちが続く。

 

「それじゃあ、始めようか」

 

 その最後方には、シッテムの箱を持つ先生がたたずむ。先生の一声で、ツルギが姿勢を低くし、敵集団の中に突っ込んでいく。

 

「さあ! 暴れる時間だ! いひひひひひひひ……あぁぉ!!」

 

 その絶叫は戦場全体に響き渡り、正実本陣が到着したことを、敵味方問わずに伝える。

 

「あはは、ツルギさんもいるんですね……なら、安泰でしょうか」

 

 さすがに疲れたのか、スズミはその場にへたり込むように腰を下ろした。

 

 

「A小隊はそのまま全面で制圧射撃を続行、けして途切れさせちゃだめだよ」

「了解! 制圧射撃を続行します!」

「C小隊、突入はまだだよ、B小隊が持ち場に付くまではその場で弾薬を温存しながら待機」

「は、はい!」

「戦車隊は引き続き敵車輌と交戦、無反動砲には気を付けてね。D小隊は、戦車に肉薄させないで」

「「了解!」」

 

 先生の適切な指示のおかげで二つのヘルメット団は着実に圧迫、鎮圧されていく。戦闘ヘリはハスミのスナイピングで撃退し、群がるヘルメット団に対してツルギが突破口をこじ開ける。

 

「B小隊、持ち場に付いたっす。いつでも行けるっすよ!」

 

 B小隊を率いるイチカから報告が上がる。

 

「分かった、今から約30秒後に砲撃支援が着弾するから、それを合図に、B、C小隊は突撃開始、一気に片付けるよ!」

 

 先生が後ろにいた正実生徒に合図を送ると、コクコクとその生徒は頷き、四門使用が許可された155ミリ榴弾砲を操る生徒に指示を出す。手慣れた手つきで砲弾が装填され、指定された仰角に砲身が掲げられる。その間僅か14秒。

 準備完了の合図である赤旗が上がると、先生は右手を振り下ろす。同時に掲げられた赤旗も振り下ろされ、四発の着発信管を搭載した155ミリ榴弾が撃ち上げられる。

 

 イチカたちB小隊は、確実に迫りくる砲弾の音を、はっきりと聞き取っていた。

 

「来たっすね」

「い、イチカ先輩、危ないので身を隠してください!」

 

 砲弾の衝撃波を防ぐために、正実の生徒たちはバリゲードの裏で蹲っている一方、イチカは自身の愛銃をコッキングし、仁王立ちしている。

 

「イチカ先輩!」

 

 その声に耳も貸さず、イチカは立ち続ける。数秒後、目の前の地面で四発の砲弾が着弾、爆発。勢いよく辺りを吹き飛ばし、破片が飛び散る。しかしイチカは、その爆風の中ゆっくりと目を開き、駆け出した。

 

「B小隊、突入を開始したっす」

 

 ただそれだけを報告して。

 

 

「全く、砲撃するなら教えてくださいよ……」

 

 スズミはため息を付きながら、慌てて非難した建物の中から出て来る。

 

「まあ、こんな敵陣ど真ん中にまだ味方が残ってるなんて思いませんよね……」

 

 正実の到着で気を抜いていたのも束の間、砲弾の飛翔音を聞いたものだから、慌ててその場を離れた。

 

「うん……あれは……」

 

 砲弾で巻き上げられた砂煙が晴れて来ると、スズミの目には、一人の生徒の姿が映った。

 

「この程度っすか!?」

 

 たった一人で、複数人、数十人の生徒を相手取る黒いセーラー服。特徴的なしゃべり方、持つ銃器はブルパップ式のアサルトライフル。

 

「イチカ……さん?」

 

 B小隊隊長であるイチカが、たった一人で戦車含む大人数と交戦していた。

 

「なぜ一人で!」

 

 スズミは咄嗟に銃を構え直し、参戦しようと走り出す。何かの作戦中に孤立してしまい、一人で孤軍奮闘しているのだと、そう思ったから。

 しかし、数歩走ったところで、その考えは間違っていることをスズミは理解した。イチカの表情には、孤軍奮闘する苦しさも、難しい戦況に苛立つ怒りすらも見えなかった。

 

 イチカはただ、笑っていた。歪んだ笑みを浮かべていた。

 

「ほらほら、どうしたんすっか! 無反動砲は、戦車は、ヘリはもうないんすっか!?」

 

 その戦い方も荒々しい。押されているどころか、明らかに押している。射撃すればヘルメット団の誰かが倒れ、砲弾を避ければその爆炎にまぎれて肉薄、打撃を加える。すでに戦闘不能なのは見れば分かる生徒にすら、ヘイローが消えるまで射撃を浴びせた。

 

 よく見ると、イチカの後ろに正実生徒の姿が見える。その生徒たちの表情には、恐怖が浮かんでいた。

 

「どうゆう……こと、なんですか?」

 

 スズミはその現状を理解できなかった。

 イチカとスズミは、その立場上、現場で遭遇する機会が多かった。スズミから見るイチカは、常に温厚でのんびり、しかしきちんと仕事は果たし、後輩たちに優しい言葉をかける。つかみどころのない人ではあると思っていたが、少なくとも、今目の前で起こっているような戦闘を行うような人ではないと認識していた。

 

 何もできずにただその光景を見つめること数分、辺りに立っているヘルメット団はおらず、一人イチカがたたずんでいた。無造作にマガジンを交換、当たりを見渡すと、イチカは先ほどまでの歪んだ笑みを崩し、キュッと自身の唇を噛みしめる。

 

 スズミが話を聞こうと走り出すが、悲鳴を上げながら数名のヘルメット団が逃げて行く姿が見えた。

 するとイチカは間髪入れずに地面を蹴り、自身の服を整えることもなく、その生徒たちを追いかける。

 

「あ、ちょっと!」

 

 明らかにおかしい。スズミは自身の心の中でそう確信する。いつものイチカならば、自身の後輩をその場に置いて、一人で追いかけたりしない。あんなに感情的な戦闘を行ったりしない。

 スズミはスマホを取り出し、先生へと電話を繋いだ。

 

「もしもし先生、私です。スズミです」

≪スズミ? どうしたの?≫

「今私の前で、正実のイチカさんが一人で戦闘を行っていて……撤退するヘルメット団を見つけると、一人で追撃しに向かったんです」

≪え、ちょっとまって、もしかしてスズミ、砲撃の―――≫

 

 先生の心配する言葉を遮ってスズミは続ける。

 

「そんなこと今は些細な問題です。とにかく、明らかにイチカさんの様子がおかしいんです。問題児との戦闘を行う際、イチカさんとはよく出会っていたので、今日のイチカさんがおかしいのはすぐに分かりました」

≪……正実には今、一旦全員集合するよう伝えたんだけど、イチカは一人で追撃に移ってしまったんだね?≫

「はい」

 

 スズミの強い言葉に、先生も一旦スズミの事は脇に置き、イチカに付いての話に頭を切り替えた。

 

≪分かった、今すぐイチカのことを追いかけるよ≫

「お願いします。私も、先行してイチカさんを追いかけてみます。後で合流しましょう」

 

 スズミは通話を切ると、急いで走り出す。先ほどの戦闘の様子を見ていると、ヘルメット団を殺害しかねないほど暴力的であり、スズミの中には強い危機感が芽生えていた。

 

「正義実現員会が正義の道を外れて、どうするんですか……」

 

 反芻されるイチカが歪んだ笑みで発砲を続ける姿。

 

「あれじゃあまるで……」

 

 苦虫を嚙み潰したような表情で言葉を零す。

 

「まるで、暴力を振るうことを楽しんでいる様じゃないですか!」

 

 

 追いかける事数分、発砲音と悲鳴がスズミの耳に届いた。

 音のする方、トリニティ郊外の外れ、人気のない通りにスズミが出ると、息を飲む光景が広がっていた。

 積み重なるヘルメット団。その象徴であるヘルメットは弾痕でズタズタに割れ、その下の顔には恐怖で歪んだ表情が除き、涙の後が残っている。

 

「や、やめて! いやだ、死にたくない!」

 

 悲鳴がする方へ視線を向けると、血の通っていない冷徹な表情で引き金を引くイチカがいた。

 

「い、やめ――」

 

 目の前のヘルメット団のヘイローが消えるまで、一切の躊躇なく引き金を引き続けるイチカ。スズミは、その姿に恐怖さえ覚えた。

 イチカは、現在の標的のヘイローが消えたことを確認して、次の標的を探す。腰を抜かして動けないでいる者を見つけると、ゆっくりとマガジンを交換しながら、歩み寄った。

 

「も、もうしない。ヘルメット団も止める! だ、だから、やめて、やめ――!」

 

 ヘルメットを外し、必死に懇願するが、イチカは一切迷いのない動作で銃口を突きつける。そこでやっと、スズミの両足は動き出した。

 

「イチカさん!」

 

 自身の名を呼ぶ声に、銃はそのままイチカは振り返る。

 

「あれ、スズミさんじゃないっすか?」

 

 そう言いながらもイチカは発砲。あまりにも自然な動きで、スズミは再び足が止まりそうになるが、己が正義を曲げるものかと自身の心を奮い立たせる。イチカの銃を構える腕を下からすくうようにして銃口をずらし、そのまま胸倉を掴む。

 

「もう十分です! もうこの生徒に交戦の意思はありません! 降伏した生徒に対しての発砲で、正義が―――」

 

 発砲音。それはまるで、イチカが「うるさい」とスズミに警告するかのような音だった。

 

「イチカさん!」

「―――悪へ制裁を下し、しかるべき場所へ送る。例えば……地獄とかっすかね。それこそ、正義なんじゃないっすか?」

「そんなもの、正義とは言えません!」

 

 スズミの言葉に、イチカは口角を釣り上げる。

 

「スズミさんの正義は……」

 

 スズミの腕を抑え込み、再び銃口を標的の頭に整えると、弾倉の弾を全て吐き散らかす。

 

「随分と生易しいものなんっすねぇ」

 

 ヘイローが消えたことを見て、イチカはスズミの手を払い、距離を取る。

 

「スズミさん、『正義』って、なんすか?」

 

 マガジンを交換しながら、イチカはスズミに問う。

 

「それは、悪を正す……」

「じゃあどうやって悪を正すんすか?」

 

 スズミの回答を聞ききる前にイチカは畳みかける。

 

「言葉、行動、態度、指導、色んなやり方があるっすよね。でも、最終的には必ず暴力に行きつくんすよ」

「それは……」

「否定、したいですか? それならまず、スズミさんはその手に持っている銃火器を手放さないと、説得力がないっすよ」

 

 スズミが息を吸うタイミングでイチカの強い言葉が叩きつけられる。そのたびにスズミは上手く息が吸えずに、少しずつ酸素が不足して行く。

 

「スズミさんは、正実がなんで、トリニティのイメージに相反する黒と赤を基調とした制服なのか知ってるっすか?」

「警察組織と一目で分かるように……」

「返り血が目立たないようする為っす」

 

 イチカは自身の服に付いた染みをなぞる。

 

「正義実現委員会、いわゆる警察組織は、『正義』という大義名分の下、他人に暴力を振るうことが許された存在なんっすよ。スズミさんは何か、勘違いしてないっすか?」

 

 普段見ることのないイチカの薄い灰色の瞳が、スズミの赤い瞳を突き刺す。

 

「正義って、何も綺麗なことじゃないんっすよ。ある一定の権力組織、大多数が決定した枠組みが外れた物を、暴力を持ってその枠組みの中に押し込み直す。もし戻れないようなら排除する。それが『正義』っす」

 

 イチカは自身の頭をかきながら苦笑いを浮かべる。

 

「あははは~、普段、あんまこうゆう難しい話は得意じゃないからしないんっすけどね~」

「で、ですが、もし一度で戻れなかったとしても、何度でも――――」

「……枠外に一度出たものが、本当に戻って来れると思ってるんすか?」

 

 スズミの言葉を遮って、再びイチカの声のトーンが落ちる。

 

「私は何度もこのヘルメット団たちにチャンスを与えたっす。ここ最近、ずっと相手してきましたから……でも、こいつらは辞めなかった。挙句の果てには、私の可愛い後輩一人を、意識不明の重体にまで追い込んだ」

 

 イチカに苦悶の表情が浮かぶ。

 

「……もういいっすか? 私、こうゆう話得意じゃないんっすよ。私はただ、私の正義を果たしただけっす。正実としての正義を」

 

 その投げやりな態度にスズミは反論しようとするが、言葉が出てこない。恐怖ではない、ただスズミには、自身の正義を説明できる自信が無かった。自分の正義に、自信が持てなかった。

 

「いいわけないよ、イチカ」

 

 しかし、そんなスズミに変わってイチカに声をかける存在が一人。

 

「イチカ、それはただの思考の放棄だよ」

「先生!」

 

 ゆっくりと歩み寄る先生。その表情は、いつもの穏やかな笑顔はなく、酷く悲しそうだった。

 

「先生……やだな~思考の放棄だなんて、私はしっかり考えて―――」

「じゃあイチカは、どうして正実に入ったの?」

 

 その言葉に、イチカは初めて飄々としたその笑みを崩した。

 

「さっきの言葉を聞く限りだとイチカは、正義は暴力を振るう事と思っているんでしょ? じゃあ、イチカは暴力を振るいたくて、正実に入ったの? 大きな組織の枠組みに全員をはめ込むために正実に入ったの?」

 

 スズミは、淡々と話し続ける先生の横で、ただ立ち尽くしている。普段見せることのない先生の表情に冷たい声。これが自分に向けられていたらと思うと、背筋が凍った。

 

「……なんっすか。先生、今日は随分……私に冷たいんっすね。私は、ただ正実として仕事を果たしただけ、なんっすけど。いつもなら……」

「イチカ」

 

 低い声で名前を呼ばれ、ビクッと肩を震わせるイチカ。先生は一呼吸おいて、突き放すように言い放つ。

 

「私がいつ、暴力を振るったことでイチカを褒めたことがあった? 私は、イチカが何かを守ったことを褒めていたんだよ。どうして全体の号令を無視して、自分の気持ちだけで他の生徒を傷つけた今のイチカを、私が庇うと思ったの?」

 

 先生は、スズミの肩に手を乗せる。

 

「イチカ、少なくともスズミは、自身の力を奮って、悪を罰し、公正させることを自分の正義と定義して動いている。その公正の手段も、暴力による恐怖ではない。でもイチカ、君は自分の行動に対して何も根拠が見当たらない。そんな君が、立派な自分の正義を持つスズミを問いただす資格はないよ」

 

 スズミは、自身の正義をハッキリと肯定してくれたことに喜びを覚え、微かに小さな羽をパタつかせた。

 

「ああ、確かにこれは……来るものがあるっすね……今なら、イオリさんの気持ちが理解できるっす」

 

 イチカは、そんな風に零す。同時に、微かにヘイローが揺らぎ、放つ気配が変わる。

 

「……分かってるんすよ。そんなこと」

 

 荒々しい音を立ててイチカはコッキングレバーを操作する。

 

「私が空っぽってことぐらい、私が一番よく、分かってるんすよ!」

 

 イチカは地面を蹴り、スズミに肉薄する。

 

「スズミ!」

 

 その行動を予期していたスズミは防御態勢を取り、カウンターと言わんばかりに銃のストックをイチカへとぶつける。

 肩に打撃を食らって、痛がりながら後退するイチカに、スズミは銃口を向ける。

 

「スズミ、大丈夫?」

「私は大丈夫です。先生、指揮をお願いします。今のイチカさんは……どうやら話を聞いてくれる様子では無いみたいですので」

 

 イチカはそんな二人のやり取りを見て、微かに涙を浮かべる。「先生が自分の味方をしてくれない、自分の心配をしてくれない」その事実が、イチカの心を抉った。

 

「ああ、ああああああ!」

 

 しかし、それがイチカの暴走を加速させる。

 近接格闘を織り交ぜながら、イチカとスズミの戦闘は続く。先生はその経過を少しはなれた位置から見守りながら、スズミへと時折指示を送る。

 戦闘の終わりは、意外にもあっけないものだった。イチカの銃から、弾が出なくなったのだ。

 

「スズミ! イチカは弾切れだ!」

 

 すぐに察した先生は、それだけ叫ぶ。

 これまで連戦を続けて来たイチカは、既に予備のマガジンすら全て使い尽くしてしまっていた。しかし、それでも銃を投げ捨て、イチカは己の拳をスズミへと向ける。

 

「いい加減に……」

 

 その動きを見て、スズミは自身の腰に付く、閃光弾最後の一つのピンを抜く。

 

「しなさい!」

 

 自身の足元に転がし、後ろに飛び下がる。

イチカの拳が届くと同時に閃光弾が起爆。一瞬怯んだ隙に、スズミはイチカの背後に回り込み、両腕を掴み抑え込む。

 

「っく!」

 

 抵抗しようともがくが、全体重をかけて抑え込まれてしまっているため、拘束をほどけない。

 勝敗が決した今、先生とは別に、少し離れた位置から見守っていた生徒が一人、二人の前に現れた。

 

「……そこまでだ」

「ツルギさん!」

「ツルギ、先輩……」

 

 冷静な目で抑え込まれているイチカを見つめるツルギ。スズミにもちらりと視線を送り、頷く。スズミはそれを受け、ゆっくりとイチカを抑え込む手を退かし、一歩、二歩と遠ざかる。

 スズミが離れたのを見て、ツルギは目にも止まらぬ速度で、イチカに拳を叩きつけた。

 

「ガッ、ハッ!」

 

 その威力は、風圧でスズミの姿勢を崩し、地面にヒビを入れ込むほどのものだった。

 

「うちのイチカが、迷惑をかけた。正義実現委員会委員長として、深く、お詫びする」

 

 そう言いながら頭を下げたかと思うと、完全に伸び切ってしまったイチカを担ぎあげる。

 

「すまないが、正実の撤収を先生に任せると、伝えておいてくれ……それじゃあ」

 

 それだけ言い残し、ツルギはその場を離れて行った。

 その場に残されたスズミは、数分の沈黙の後「帰ろっか」という先生の言葉で、ようやく帰路へとついたのだった。

 

 

 後日、改めてヘルメット団騒動の収拾が図られた。正実やボランティアの生徒を中心に、町の整備が行われ、捕縛されたヘルメット団たちは矯正局へ送られた。

 瓦礫の撤去作業をする生徒の中には、スズミの姿もあった。

 

「やあ、スズミ」

「ああ、先生。お疲れ様です」

 

 瓦礫を積んだ荷車を押すのを止めて、スズミは声のした方へ振り返る。

 

「スズミこそお疲れ。聞いたよ、ほぼ毎日作業を手伝ってるんだって?」

 

 正実生徒に話を聞くと、毎日誰よりも早く現場にいて瓦礫や空薬莢の撤去を行っていると言っていた。

 

「ええ、まあ。これも、自警団任務の延長みたいなものですから」

 

 それはスズミにとって、イチカとの会話を考える時間でもあった。あの時のイチカの取り乱しよう、自分の『正義』を自分で説明できなかった不甲斐なさ、正義とは暴力であると言うイチカの言い分。スズミの心中は、それらのことで一杯だった。

 

「スズミ、この後時間あるかな?」

「はい? まあ、特段予定はありませんが」

「それじゃあ、ちょっと休憩もかねて、一緒にご飯でも食べに行こうよ」

 

 スズミは先生の話に乗り、今押している荷車を片付けると、服を整える。軽く身だしなみを近くの公衆トイレでチェックした後、先生の案内する喫茶店に入った。

 

「いらっしゃいませー」

「二人で」

「お好きな席どうぞ~」

 

 店主のロボットにそう案内されて、二人は外が良く見える、窓際の二人掛けのテーブルに着いた。

 そのまま適当な食事を終えると、先生とスズミは食後のコーヒーを頼み。それが届くまで、

しばらくの沈黙が続いた。

 スズミは、先生が自分をこうして呼んだ理由をなんとなく察しては居た。だが、それは自分の中でまだまとまっていないもので、言葉にするのが難しかった。一方先生も、スズミがそのような気持ちになっていることを、察してはいた。しかし、他者から言い出すべきものではないと思っていた為、スズミの気持ちが整理されるのを待っている。

 

「お待たせしました、コーヒーお二つになります」

 

 ウェイターがトレーに乗せたコーヒーを運んでくる。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 スズミがそれを受け取り、先生の前にも一つ置く。

 

「あれ? もしかして、自警団の守月スズミさんですか?」

「え? あ、はい。そうですけど……」

「ああ、やっぱり! この間は本当にありがとうございました」

 

 突然お礼を言い出すロボットに首を捻るスズミだが、それを先生はニコニコしながら見守っている。

 

「この前、このお店のすぐそばで不良たちが暴れていた事があったじゃないですか。スズミさんが早急にその不良たちを抑えてくれたおかげで、この店は被害を免れる事が出来たんです!」

 

 スズミは数秒の間を置いて、「そう言えば、この辺だったっけ……」と、自分のしたことを思い出した。

 

「自警団としての仕事をしたまでですから……」

 

 スズミはそう遠慮がちに答えるが、店員は「ありがとうございました!」と繰り返していた。他の客に呼ばれてその店員が立ち去ると、先生がニコニコしていたことに気づく。

 

「先生は……知っていたんですか?」

「ふふ、何のことかな?」

 

 あくまでとぼける先生に、スズミはコーヒーを一口飲んでから、ぽつぽつと語りだす。

 

「……私は、私の掲げる正義が……正解かどうか、自信が持てないんです」

 

 まだ整理はつかない。しかしそれでも、スズミは先生に聞いてもらいたかった。

 

「正実ではない私が、正義感で勝手に悪を捌き、更生を促す。それは果たして、本当に正義なのでしょうか? これはもしかして……ただのごっこ遊び、自己満足になっているんじゃないかって……心配になるんです」

 

 スズミの声は、震えている。自らの口で自らを否定する言葉を吐いているスズミには、身を切るような痛みが心を襲う。

 

「それに……イチカさんが言った通り、悪を更生させようとしても、ほとんどの生徒は、そのまま悪であり続けます……私がしている事は……無駄なんじゃないかなって……」

 

 そこまで言って、先生は口を開く。

 

「……今の店員の言葉を聞いても、そう思った?」

 

 かちゃりと、先生が手にしていたコーヒーカップが音を立ててソーサーの上に置かれる。

 

「確かに、更生って言うのは難しい。そう簡単にさせられるものじゃないし、無駄なんじゃないかって思う時もある……私も先生として、常々そう思っているからね……」

「先生、も?」

「そうだよ。私だって、先生だから更生させるのが得意な訳じゃないし、全員を更生させられるのかと言えばそうでもない。ただ根気強く接して、いつか伝わるんじゃないかって希望をもって、続けているだけ……スズミも、そうなんじゃない?」

 

 少し迷って、スズミは頷いた。自身の思っている事が、自身の尊敬する正義である先生と同じであったという状況を、半分のみ込めていないのだ。

 

「私も、先生と同じ考えだと……思います。何度でも、反省を促し、更生のチャンスを作る。できるかぎり、傷つけないように……」

 

 そう言って、腰に付いていた閃光弾を一つ外し、テーブルの上に置く。

 

「閃光弾を使う理由も……それでした。怯ませ、制圧することで、出来る限り傷がつかない様に。悪が更生して善になった時、傷が残らない様に……」

「そうだね。スズミのそれは、立派な正義の形だと思うよ」

 

 先生は、自身の首からかかるシャーレのIDカードを机の上に置く。

 

「私にとっては、これが正義の形。先生という生徒を導く立場にいる以上、生徒を信じることを止めてはいけない。いつかそれぞれの正しい道を進んでくれると信じて、生徒と向き合う決意の証だよ」

「決意の……証」

 

 先生の言葉を、スズミは繰り返し心の中で復唱する。

 

「正義って言うのは、形無いもの。だから人によって、それを定義する形は異なる。だからこそ、正義と正義は、時に対立する。今回のイチカとスズミのようにね」

 

 イチカの名を聞いた瞬間、スズミの背筋を寒気が駆け上る。あの時イチカに向けられていた先生の冷たい視線を思い出していた。

 

「イチカは……正義を暴力だと言った。悔しいけど、それは間違いじゃないんだ。人を止めたり考えさせるには力がいる。どうしても力を振るわなければならない場面がある」

「じゃ、じゃあ先生は、何故あの時、イチカさんを全面的に否定したんですか……?」

 

 寂しそうな表情を浮かべた先生は、躊躇い気味にその訳を話す。

 

「……イチカのあれは、正義として振るう暴力では無かった。ツルギに言われたんだ、イチカは、本質的にはかなり攻撃的な性格をしていると」

 

 スズミからの連絡があった後、先生はツルギにそのことを話した。すると「遅かったか……」という言葉が返って来たのだった。

 気になって尋ねると、ツルギは控えめに「イチカは昔……少し、暴力的だった」と先生に告げた。イチカは暴力を振るうことを苦とせず、その行動を楽しむ節すらあったと言う。それをツルギが止めて、『更生』させたことで、正実に入ったと。

 

「……昔の、イチカさん……ですか」

「そう、今のイチカは『更生』したイチカなんだ。少し前にも、私は『更生』する前の片鱗を見たことがある……正直、ちょっと怖かった」

 

 電車でカスミとイチカが出会った時のことを思い出し、頭をかく先生。

 

「今回のイチカもね、その片鱗が見えちゃったんだ。後輩の怪我をきっかけに、どこかタガが外れちゃったのかもしれない。そして、そんな自分に嫌気が差して、あんなことを言ったのかもしれないね」

「……枠外に一度出たものが、本当に戻って来れると思っているのか……あれは、自分に対して言っていた、のですか……?」

 

 先生は小さく頷く。

 

「そうなのかも、知れないね……」

 

 窓の外を眺めながら先生は呟く。

 

「……でも、先生私、少しだけイチカさんに感謝しないといけないような気がするんです」

 

 思ってもみなかった言葉に、先生はきょとんと首を傾げる。

 

「……私は、正義をどこか、綺麗なものと思っていたのは……本当のことですから」

 

 閃光弾を机の上でいじりながら、スズミは呟く様に言葉を続ける。

 

「相手を傷つけたくない、その気持ちは間違いありません。でもそれ以上に、多分、怖かったんです……自信のない正義で、人を傷つけてしまう事が。だから私は……非殺傷武器である、閃光弾に逃げていたんだと思います」

 

 スズミは閃光弾を握りしめる。

 

「正義の本質は、暴力を振るうこと。そのことに対する自覚が……私は足りていませんでした」

「そっか……スズミは、そうやってイチカの正義を理解したんだね」

 

 微笑む先生に釣られ、自然とスズミも笑みを零す。

 

「ええ、確かにイチカさんは今回、悪とされるような行為をしたのかもしれません。更生しても、昔の悪が浮き彫りになってしまうこともあるのかもしれません。それでも、普段は後輩や町を、平和を守るために活動を続ける、立派な正義実現委員会の一員です」

 

 閃光弾を腰につけ直し、スズミは凛々しい表情を浮かべて、宣言する。

 

「その人の言う正義も受け止めて、私は、私の正義を成します。人を傷つけたとしても、それだけでは終わらぬ正義として。どんな者であろうとも、必ず更生できると信じ……自分の正義に自信をもって、これからも自警団任務に励みます!」

 

 

 そうして、再び自警団任務を始めたスズミの元に、一人の生徒がやって来た。

 

「こんにちはー」

 

 聞き覚えの有る声に振り返ると、そこにはまっさらなトリニティ規定のセーラー服を纏う、生徒の姿があった。

 

「……イチカ、さん?」

 

 見慣れない姿に、何度か瞬きをして確認した後、スズミはその生徒の名前を口にした。

 

「どうもっす……えっと、その……この前は、本当にすみませんでした」

 

 イチカは簡単に謝罪の言葉を零し、そのまま立ち去ろうとするが、スズミは、黒いセーラー服を脱ぎ、正実の腕章を外しているという事実に衝撃を受け、思わず引き留めていた。

 

「えっと、スズミさん? なんで私の腕、掴んでるんっすか? えっと、やっぱりまだ許してないとか……」

 

 額に汗を流しながら、イチカはそうスズミに確認するように問う。しかし、それを無視してスズミは聞く。

 

「イチカさん、その恰好は?」

「え? あ、これっすか? これは、一様規定の制服っすね。いやー、久しぶりに着たんで、ちょっと慣れないんすけど……どこか、変な所とかあるっすか?」

「あ、いえ、そうではなく。正実の制服は?」

 

 その言葉に、「あはは」と苦笑いを浮かべながらイチカは答えた。

 

「えっとまあ、その……ツルギ先輩に、取り上げられてしまって……」

「それって、まさか」

「はい、私は今、正実を追い出されちゃってるんすよね」

 

 沈んだ表情を見せるイチカだが、すぐに顔を振る。

 

「でも、それでよかったんす。空っぽの私が、中身のない正義を奮うのは……やっぱりおかしい、から」

「それは、違うと思います」

 

 イチカの言葉に、スズミは首を振った。

 

「ツルギさんはイチカさんに、考える時間を与えたんだと思います」

「考える、時間?」

「はい。確かに、あの時のイチカさんは、明らかに正義を口実に、暴力を振るっていたかもしれません」

 

 スズミのストレートな言葉に、イチカの表情はやや歪む。

 

「でも、イチカさんは間違いなく、今まで正義を果たしてきました。その行動が、間違っているとはとても思えません」

 

 はっと目を開けるイチカ。その視線の先にいる生徒の表情は、イチカの尊敬するあの大人と、同じ表情をしていた。

 

「だからきっと、ゆっくり考えれば、イチカさんにだって本当の正義があるはずです。上っ面じゃない、本心からの、貴女の正義が」

 

 穏やかで、優しい瞳。全てを受け入れ、包み込む表情。

 

「正義の答えは、一つではないので」

 

 イチカにとってその表情は、どんな閃光弾より、眩しく見えていた。

 

《スズミEND:小さな閃き大きな正義》

 


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