“縁起の使徒” ドンモモタロウ 作:鰻の蒲焼き
ほむ。
そろそろ、潮時でしょうか?
◯
いくらD.U.が連邦生徒会のお膝元だったとしても、キヴォトスの一部であることに変わりはない。
それはつまり──
ヘイローも持たなければ、護身用の銃すら所持していない相手を、絶好のカモと見るような輩がうようよいるということだ。
「ヒャハーッ!!」
「オラオラーッ! ビビってんのかーッ!?」
「ギャハハ!!
夜道には気を付けろってママに教わらなかったのかよォーッ!?」
「……」
ぶるんぶるん、ぱらりらぱらりら。
エンジンが唸る音とヤンキーホーンが叫ぶ音を、遠慮なく撒き散らしながら、自分たちの周囲をぐるぐると回るヘルメットの群れに、尾刃カンナは眉を顰めた。
麺屋スズちゃんからの帰り道である。
暖簾をくぐり抜けたらもう日はすっかり暮れており、夜がしばらく主役を張っていそうな時間帯になっていた。
ゆえにカンナは、桃井タロウが無事に家へ戻れるようについていこうと決めたのだ。
彼が只者でないことは薄々察知していたし、そもそもカンナより年上の男性なのだが、それでもなぜか放っておくことができなかった。
なんというか、見ていて危なっかしいというか。
目を離した瞬間にいなくなってしまいそうというか。
さらに、今日だけで三人の変人に絡まれていたことも、理由のひとつだった。
様々な要因が複合的に重なって、尾刃カンナは桃井タロウを送り届けることになったのだが──
「まさか噂の“狂犬”さんが、男連れたぁ驚いた!
とんだ発情期に遭遇しちまったんじゃねえかアタシらはよお!」
「ABCどころかDEFZまでいっちゃったんじゃねえだろなあーっ!?」
「解釈違いだわ……“狂犬”は職務に生きて職務に死ぬべきでしょ……」
「ひとりヤバいのいるな」
とりあえず最初の二人は絶対ボコボコにすると決めた。
怒りと殺意を滾らせながらも、カンナは脳味噌のまだ冷徹な部分を使って、彼我の戦力差を確認していく。
人数は圧倒的に不利、もちろん武装の数も。
それにバイクも──どうせ盗品だろう──人数分揃っているから、足を使った強引な逃走も難しいだろう。
部下たちの助けも、あまり期待できない。
訪れた夜に歓喜して、そこら中で暴れ回るであろう不良生徒たちに付きっきりになっていることが、容易に予想できるからだ。
(……何よりも)
これ以上、手を煩わせたくはない。
だからカンナは、自分ひとりでこの場を制圧する覚悟を、静かに決めた。
「……」
開いた拳を握り締める。
両足をわずかに開く。
身体を少しだけ傾ける。
酸素を神経に巡らせ始める。
カンナを取り巻く空気がじわじわと変わりつつある気配を感じ取ったのか、ヘルメットたちは威嚇するように次々と叫び始めた。
「おっ? 今さら覚悟を決めたのか? アタシらにボコボコにやられる覚悟をよーっ!?」
「多勢に無勢! てめえにできることは何ひとつとしてねーんだよ!」
「やっぱり“狂犬”はそう在るべきよね!
ひとりになってもズタボロになっても立ち上がる執念を持ち合わせてなきゃ!」
「誰だこいつ連れてきたの」
カンナはすべてを無視して、背後に立つタロウに視線をやった。
予想通りというべきか、男は欠片も怯んでおらず、超然とした態度でそこにいた。
呆れと安堵と怒りに襲われながらも、カンナは相手には聞こえないようにそっと声を投げ掛けた。
「──タロウさん」
「どうした」
「私がなんとか隙を作ります。あなたは逃げてください」
「アンタはどうする」
そんなのひとつしかないに決まっているだろう。
そのまま怒鳴りかけた瞬間、きっと桃井タロウなりに案じているのだと気付いて、カンナは思わず笑みをこぼした。
今、この瞬間だけは。
カンナは思う。
この瞬間だけ、自分は──正義の味方になれているのかもしれない。
かつては輝いて見えて、今は燻ってよく見えない、それ。
純粋に誰かを守るために立ち上がれる、それ。
二度となれないと思っていた──それに。
「……心配など、らしくありませんね。
狂犬の名を、一度は聞いたことがあるでしょう?」
言い残して、カンナが一歩踏み出そうとした瞬間だった。
「──この場はおれに預けてもらおうか」
桃井タロウが不敵に笑いながら、さらに前に踏み出してきた。
まるで、カンナを庇うように。
呆気に取られて動けないカンナをよそに、タロウは腕を組みながら、周囲を走り回るヘルメットどもに叩きつけるような大音声で叫んだ。
「おれ達にケンカを吹っかけているのか。
それもいい。
これでおれとアンタたちには──縁ができたッ!」
「……はあ?」
「おれは人を殴らないが、アンタたちはケンカに銃を使ってくる。
ならば、おれも相応の手段を使わせて貰おう」
「なにわけわかんねーことくっちゃべってやがるッ!」
タロウの傲岸不遜な態度を、ある種の挑発だと受け取ったヘルメットのひとりが、威嚇の意を込めた射撃を行う。
撃ち放たれた銃弾は跳ねるような音をたてて、タロウの足元に着弾。
「貴様──!」
一歩間違えていたら、両足を吹き飛ばしていた。
激昂を露わにしたカンナを宥めるように、タロウは静かに片腕をあげる。
その身体に、震えはない。
押し殺しているわけでも、感じ取れていないわけでもない。
男は自分の状況を正しく理解している。
その上でなお──恐怖を感じずにいるのだ。
両足が吹き飛びかねない状況に対して。
「──」
尋常ならざる胆力を見せつけたタロウは.ゆっくりと組んでいた腕をほどき、おもむろに右手を赤いジャケットのポケットに入れた。
なにかを、取り出そうとしている。
そこで、タロウは振り向きざまにカンナを見る。
「……そういえば、アンタに見せるのはこれが初めてだったか」
どこかおかしそうに笑ったタロウは、ふたたびヘルメットたちに向かい合った。
その背は雲ひとつない青空のように広く、聳え立つ山々のように高い。
何故だろうか──カンナはタロウの背中が、ドンモモタロウと重なっているように見えてしまって。
狼狽するよりも早く、タロウがそのなにかを取り出そうとした。
瞬間。
「多勢に無勢。
聞くに堪えない雑言の数々。
極めつけに──丸腰の相手へ容赦ない攻撃。
まったくもって、安心いたしましたわ」
突如として、その場一帯に凄まじい威圧感が満ちた。
四方を険しい巌に囲まれているような。
真上から巨大な鉄球が迫ってきているような。
目前に、発射寸前のバズーカの砲口を置かれたような。
「──アナタたちが、変わらずにいてくれるお陰で」
誰もが動きを止めたなかで。
彼女は姿を現した。
片側に流された、ウェーブがかった豊かな金髪。
力強さとお淑やかさが同居した、睫毛の長い垂れ目。
そして──思わず息を呑んでしまいそうなほどに鍛え抜かれた、筋骨隆々の身体。
「私は躊躇うことなく、この拳を振るえるのですから」
◯
「まさか、てめえ───! 栗浜アケ」
「噴ッ!」
「ミ° ッ!!」
耳障りな轟音が鳴り響き、人影が宙をくるくると舞う。
しかしそれは、バイクが人体を轢き潰した末に生まれたものではなく、人体がバイクを吹き飛ばした末に生まれたものであった。
ラリアットである。
片腕である。
「くたばりやがれぇーーーッ!!」
「破ッ!!」
「げぇぇぇぇぇ!!」
局所的な地震が起こり、人影が地面と平行になりながら吹き飛ぶ。
しかしそれは、銃身を掴んでストックで殴りにきたヘルメットを少女が避けると同時に、そのカウンターとして肘鉄を見舞った末に生まれたものであった。
認めたくないが、その光景はれっきとした現実だった。
いち早くそのことを受け入れられたのは、カンナがヴァルキューレ警察学校の生徒だったからかもしれない。
12台の警備車両。
2台の戦車。
多数の生徒。
そのすべてを、ただの一人で打ち砕いてみせた、ヴァルキューレ警察学校にとっての悪夢──
それが、あの栗浜アケミに他ならないのだから。
しかし。
(……このタイミングで、どうして姿を見せた?)
最優先捕縛対象を前にして、カンナの思考はまったく別のことを考えていた。
栗浜アケミが、自身が矯正局へ収容される原因となったヘルメット団員に対して、並々ならぬ復讐心を抱いていることは、彼女と一度でも顔を合わせた生徒なら誰もが知っている。
だから、自分たちを襲おうとしていたヘルメット団を蹂躙していることも、理解できるといえばできる。
だが、何故今日なのか。
何故、自分たちが居合わせている瞬間なのか。
(……偶然だと片付けることはできる。それでも)
カンナは、半ば確信した。
この状況は、
「──勢ッ!!」
思考の深度を高めるカンナをよそに、アケミは最後のヘルメットをバイクごと蹴り飛ばした。
総重量は100キロを優に越しているはずの組み合わせは、まるで息を吹きかけられた綿毛のごとく、軽々と空を駆ける。
「ち、っく、しょお……!」
やがてパーツをばら撒くバイクとともに、ヘルメットは地面に落ちた。
ひと際大きな音を立てたその光景を、残心しながら見守っていたアケミは、少ししてから可憐に髪をかき上げてみせた。
「──押し通らせて、いただきましたわ。
ごめんあそばせ?」
衰えがまったく見えない暴虐に、カンナは舌打ちを繰り出したくなった。
ヘルメット団から、七囚人──これでは敵がさらに強大なものになっただけで、状況は悪化している一方である。
しかし呑気に愚痴を吐いている暇はない。
ヘルメット団の掃討を終えた栗浜アケミが、ゆっくりとこちらに視線を据えたからだ。
「──ッ」
莫大な重圧が背骨にのしかかる。
それでも膝を折らなかった理由は、自分がヴァルキューレ警察学校の一生徒であり、後ろに守るべきものが控えている──
いない。
「はあっ!?」
いつの間にやらタロウは、カンナの横をすり抜けて、歩みを止めた栗浜アケミと向かい合っていた。
「────」
「────」
恐らくタロウの身長は、他の男性と比較してみても高い方に属しているのだろう。
だが、相手は栗浜アケミだ。
膂力も規格外ならば、身長もまた規格外。
彼女の目線は、悠々とタロウのつむじを見下ろせるような位置にあった。
「────」
「────」
桁違いの威圧感をぶつけ合っている二人は、何を喋るわけでもなく、ひたすら見つめあっているままだ。
割り込み、桃井タロウを逃すには絶好のチャンス──だというのに、カンナはその場から動けなかった。
ほんの些細なきっかけで、この均衡は崩れてしまうという、野生の本能めいた直感がしたから。
だが、尾刃カンナは理性でそれを捩じ伏せる。
市民の安全を守るという、ヴァルキューレ警察学校の生徒としての当たり前を果たすために。
カンナは舌で唇を湿らせると、注意を惹くべく口を開いた。
そして。
「……──タ」
名前を呼ぶ直前に。
タロウと。
アケミが。
動────
「ロウさんここから逃げッ!」
いて、握手を交わした。
「…………て?」
がっしりと、がっちりと。
互いに互いを離さないように、二人はしっかりと相手の手を握り締めていた。
あまりにも強く握り締めすぎて、ぎちぎちぎち、と嫌な音が隙間から聞こえているが、タロウもアケミもまったく気にしていない。
片方は、挑むように。
片方は、試すように。
一歩も譲らぬ果たし合いのごとき握手は、双方が同時に手の力を抜いたことで終わりを迎えた。
「──鍛え直したか、栗浜アケミ。以前よりさらに強くなっている。
おれには及ばんが」
「──タロウさんこそ、まだまだ高みに立っていられるようで。
ブチのめし甲斐があって嬉しいですわ。うふふ」
「当然だ。おれは、キヴォトスにおいても最強だからな。
そう簡単に乗り越えられる壁ではないぞ」
「それでこそ、です。
壁は高ければ高いほど、乗り越えた時の達成感もまたひとしお。
いつかあなたを真っ向から叩き伏せてみせましょう」
「面白い! やれるものならやってみろ」
「ええ、やってみせますわ──ですから、私が辿り着くその時まで、どうか負けないでくださいませ?」
にこやかに物騒な言葉を投げつけてきたアケミに、タロウは不敵に笑って応えた。
それは、明らかな知己の距離感だった。
いくら栗浜アケミが、身内には情の篤いスケバンだったとしても、タロウに対する態度には、明らかに質の違う何かが込められていた。
(──わからない)
頭が痛む。
(──わかりたく、ない?)
自分の頭のなかで、何かが繋がろうとしている。
「……タロウ、さん。あなたは……」
一体何者なんですか、と。
これまで踏み込んだことのない領域に、カンナがついに踏み込もうとしたとき。
「そうですわ。
あなたの力を借りるために、私はここまで来たのです。
タロウさん──いえ、ドンモモタロウ」
信じられない、名前が聞こえて。
「──良いだろう。
何があった? 話してみろ」
信じたくない、返事が聞こえてきた。
栗浜アケミ→タロウのことを乗り越えるべき壁であり、自分が辿り着くべき強さの指標として見ている。七囚人のなかだと一番健全な関係を築いている。たまにペット談義(ギィちゃん/カルレスくん)で盛り上がっている
桃井タロウ→アケミのことを礼儀がなってて膂力だけなら自分を超えているかもしれない面白いヤツだと思っている。ペットを飼ってる(飼ってた)もの同士でちょいちょい話題が盛り上がるのが凄く新鮮
尾刃カンナ→タロウがドンモモタロウだと気付いた
ニヤニヤ教授→ほむ