“縁起の使徒” ドンモモタロウ   作:鰻の蒲焼き

8 / 10
その③

 

 

 

 

 

 その誕生は、戦場にいる誰にも予測不可能なものだった。

 

 

 

「!?」

 

 ヒトツ鬼を人間へと戻すための斬撃を、今まさに魔法鬼に向けて振り下ろそうとしていたドンモモタロウを、突発的に生じた衝撃波が吹き飛ばした。

 

「これは──想定外過ぎますわっ!」

 

 いつも通りにドンモモタロウの勝利で終わるかと思い、一部始終を目撃していた栗浜アケミは、端正な相貌を驚愕に染めながら、大型バイク──エンヤライドンのハンドルを大きく捻る。

 闘牛めいた勢いで発進したエンヤライドンは、そのまま主人の元へと駆け走っていく。

 しかし、どう考えたところで間に合わない地点に、ドンモモタロウはまもなく叩きつけられようとしていた。

 おそらく間に合わない。

 だが、間に合わせる。

 そこに貫くべき筋があるのなら、どのような理不尽が立ち塞がろうとも乗り越え、打ち砕き、貫いてみせる。

 それが。

 栗浜アケミという(スケバン)が背負うと決めた生き方なのだから──!

 

「す、ぅ──はぁああ……」

 

 アケミは目を閉じながら、息を大きく吸って、小さく吐いた。

 全身に行き渡る新鮮な酸素。

 酸素を取り込んで活性化する血液。

 臍下丹田を満たす気力。

 ひと回りもふた回りも膨らむ筋繊維。

 機は────熟した。

 

「覇っ!!」

 

 次の瞬間、目を見開いたアケミの身体には、スケバンの真髄が宿っていた。

 誰がなんと言おうと宿っていた。

 そして、ドンモモタロウは成す術もなく落下してしまうと、誰もが予感した直前──

 

「──!」

 

 地面を蹴りつけることで大加速を果たしたアケミは、しっかりとドンモモタロウの赤い身体を片腕で引っ掴み、己の懐に抱え込むことに成功していた。

 だが、危機は終わらない。

 

「──ぐ、ゥ!」

 

 速度を保ったままの無理な体勢変化。

 ドンモモタロウを受け止めたことによる急激な重量の増加。

 二つの要素が入り混じり、エンヤライドンはとうとうそのバランスを、大きく崩そうとしていた。

 アケミは急速に傾いていく身体で、それを察する。

 そうはさせない。

 片腕に余力を注ぎ込み、片脚をアスファルトに埋め込まんとするほどの強さで叩きつけることによって、制御を果たそうとする。

 

「ぬ、アア、あああああッ!!」

 

 前輪。

 後輪。

 片脚。

 ブレーキ役を任せられたそれらから、火花とアスファルトを削る嫌な音を上げながらも、アケミはどうにか倒れることなくドンモモタロウの窮地を救った。

 そして、息をつく暇もなく、禍々しい光から産み落とされた新たな脅威を視界に入れる。

 

「──あれは」

 

 王冠が、手足を生やして立っている。

 そう見えた理由は、胸部に顔面らしき模様が刻印されていたためだ。

 その上に座す、異様に膨らんだ両肩と昆虫の脚を模した6本のアーチ。

 両肩の狭間から飛び出している部分こそが、頭部なのだとようやく気づく。

 初めに王冠を構成する一部分だと誤認してしまったのは、アーチと色が被っていたからだろうか──歪んだ顕示欲が透けて見える、歪んだ煌めきを秘めた黄金色に。

 

「───ナーッハッハッハッハッ!!」

 

 マントをたなびかせた怪物──王様鬼は、まるでドンモモタロウを模したように背中をそらして、両手を広げながら高笑いを始める。

 だが、口から吐き連ねられたのは真逆の願い。

 

「アタシ様こそが、邪悪の王!

 お前も、お前も、お前もッ!

 みんなみんな、悲鳴を上げろォォオオオオ!!」

 

 赤黒い波動とともに撒き散らされるは、悲劇と恐怖こそ望む叫び。

 ドンモモタロウは、それを跳ね飛ばしてみせるかのように、声を張り上げて笑ってみせた。

 

「────ワーッハッハッハッハッ!!

 悲鳴を上げろだと? 面白いッ!

 ならばおれが笑わせてやるっ!!」

 

「……小脇に抱えられたままでなければ、もう少しマシな格好をつけられましたわね」

 

 良くも悪くも変わらないドンモモタロウに呆れつつ、アケミは敵から視線を外さなかった。

 理屈から考えたのではない。

 根拠があるわけでもない。

 いわゆる直感と呼べるようなモノから、アケミは怪物が数段上の段階に進化したのだと理解した。

 

「──どういうワケか、お強くなられたようで。

 成長してくれるサンドバッグとは、うふふ、なかなかスケバン心をわかっているんですのね」

 

 しかし、アケミの心にはひとかけらの不安もなかった。

 何故ならば、こちらにはドンモモタロウがついているからだ。

 縦横無尽。

 天衣無縫。

 あらゆる困難を打ち砕き、艱難辛苦を笑い飛ばす超人。

 栗浜アケミにとっての──絶対的な強さの象徴。

 高揚に身を委ねて、頬を紅潮させながら、アケミは隣に並び立つドンモモタロウに話しかけた。

 

「──タロウさん」

 

「なんだ?」

 

「私と一曲、踊っていただけますか?」

 

「──良いだろう! ついてこれるならついてこいっ!」

 

 ドンモモタロウはザングラソードを正眼に据える。

 アケミはエリザベスを腰だめに構える。

 臨戦体勢に入った二人を見た王様鬼は、赤い宝石が嵌め込まれたステッキの先端部を突きつけて、仰々しく叫んだ。

 

「アタシ様が───────」

 

「──!」

 

「世界を、支配するッ!!」

 

 閃光。

 地面にぶつかった石突が、ドーム状の光を解き放った。

 その光が完全に街中へ広がるより早く、ドンモモタロウとアケミは動く。

 ドンモモタロウは、接近戦を仕掛けるために。

 アケミは後方からドンモモタロウを支援するために。

 しかし、両者の思惑は外されることになった。

 その理由は、街の中から突如として飛来してきた──ロケット弾にあった。

 

「ぬるいッ!!」

 

 しかし、たかだかロケット弾程度で怯むドンモモタロウではない。

 自分に対して真っ正面から一直線に向かってきたそれを、ドンモモタロウは一刀両断。

 綺麗に二つに分かたれた弾頭は、そのまま進んでいき──衝撃波と轟音と爆炎を一気に身体から吐き出した。

 その勢いを活かすように、ドンモモタロウがさらに速度を上げかけたところで。

 

「!」

 

 飛来する。

 二発目の、ロケット弾。

 先ほどと違っているのは、真っ正面からではなく横合いからの砲撃であることぐらいか。

 だが、ドンモモタロウは気にすることなく、王様鬼目がけてひた走る。

 まるで「背後はすべて任せる」とでも言わんとばかりの迷いのない勢いに、アケミは不敵に笑ってみせた。

 

「──まったく!

 信頼を寄せていただけて、光栄ですわねっ!」

 

 重機関銃──エリザベスの銃口が、馬鹿らしくなる量の火を噴き始めた。

 無数のマズルフラッシュに照らし出されたブロンドの髪が、硝煙の匂いを漂わせながら雄々しくたなびく。

 銃弾の群れに噛みつかれたロケット弾の躯体は、ドンモモタロウに着弾することなく爆発──

 そして、三発目。

 

「──!?」

 

 ここまで来ると、遠く離れた位置にいるアケミでも流石におかしいと気付いた。

 思い返してみれば、そもそも始まりの一発目からおかしかった。

 何故ならば、王様鬼は杖を叩きつけて以降、一歩も動いていないからだ。

 これではまるで、とアケミは思う。

 そう、まるで。

 もうひとり、別の場所に敵が潜んでいるかのような──

 

「ッ……!」

 

 アケミの思考が解答に行き当たろうとした寸前、耳に微細なノイズが走り、なにかと脳の周波数が合致する感覚を味わった。

 未知の感覚に構えていたところに、焦りを浮かべた声が響く。

 

『──突然連絡を繋げて、本当にごめん! 失礼なことだとはわかってる。

 だけど、緊急事態だっ! 正式な謝罪は後でする!』

 

「……どなたですか?」

 

『私は先生──シャーレの先生だ。

 これはちょっとした手品……じゃなくて!

 タロウは今どうしてるか教えてもらってもいいかい!?」

 

「タロウさんは──」

 

 アケミは先生との会話に意識を割きながら、戦場へと視線を向け直す。

 そこには銃撃や砲撃、手榴弾──ありとあらゆる攻撃に阻まれて、王様鬼がいる場所へと一向に辿り着けないドンモモタロウの姿があった。

 それは明らかに異常な量だった。

 D.U.の区画ひとつをひっくり返して、ようやく揃えられるか──そういうレベルの質量だった。

 むしろ、よくひとりで耐え忍んでいるものだと思う。

 

「──怪物と闘っておりますわ。

 私も加勢したいので、それ以外用がなければ失礼いたしますが」

 

『──……もしかしたら、聞き入れて貰えないかもしれないけれど。

 そこから一旦退却して欲しい。タロウも連れて』

 

 あり得ない、と思った。

 敵はすぐそこにいるからだ。

 

 無視しよう、とも思った。

 ドンモモタロウにすべてを任せるわけにはいかないからだ。

 

 しかし。

 次に唱えられた言葉と目の前で繰り広げられている光景が、アケミの脳から『継戦』という考えを吹き飛ばした。

 

『──物凄い数の敵性反応が、ヒトツ鬼に引き寄せられてきている!』

 

 街が、巨大な吐息を零した。

 離れた位置に立っていたアケミにはそう見えた。

 その吐息の正体が──この区画に住まう住民たちであることに、数秒遅れてから気付いた。

 制服を着た生徒、スーツに身を包んだロボの会社員、ちょっと太った柴犬の店主。

 ヘルメットを被った不良、バツ印の入ったマスクをつけているスケバン。

 みな一様に目を赤く輝かせて、怪物を討ち果たさんとして──

 

(──違う!)

 

 怪物を守るべく武器を握り締めて、ドンモモタロウに津波のように押し寄せてきていた。

 不味い、と思う。

 確かにドンモモタロウは無類の強さを誇る。

 けれど、操られているとはいえこれだけの一般人を、壁にされてしまえば──

 

「──ナーッハッハッハッハッ!!」

 

 たちまち人波のなかに呑まれて消えていく王様鬼が、耳障りな笑い声をあげる。

 そして、杖を高く掲げながら、叩きつけるように宣言した。

 

「ドンモモタロウは、極悪人だぁーーーーーーーーーっ!!!!!」

 

 操られた群衆が、熱した狂気に塗れた雄叫びを上げる。

 誰も彼もが正気を失っていた。

 誰も彼もが正常を失っていた。

 失って、今この場で正しい側であるドンモモタロウを害そうとしていた。

 

「……確かに、ここは一時撤退が安牌ですわね。

 感謝いたします、先生っ!」

 

『避難場所はこっちで指定する。座標は──』

 

「飛んでいる最中で構いませんわっ!

 今より戦場を、ひっくり返しますので!!」

 

『わかった! 

 えっ? ひっ、ええっ!?』

 

 先生の驚愕に構わず、エリザベスを背負い直したアケミは目を閉じて何度か呼吸をする。

 そしてスケバンの真髄をふたたび宿すと、唐突に地面に自分の拳を突き入れた。

 

「……これですわね!」

 

 ごりごりごり、とコンクリートの下を探っている途中で握り締めることができたのは、地面の下に張り巡らされた水道管の一つ。

 アケミはすう、と息を吸い込む。

 そして。

 

「──はぁ、ぁあ、あああああ!!!」

 

 街ごと覆さんとするほどの、気合と力を込めて。

 一気呵成に、引き摺りだした。

 ごりゅごりゅごりゅごりゅ。

 凄まじい音量の異音が響き渡り、その場にいた全員が慌てて耳を塞ぐ。

 

『──うわあ……凄い……』

 

 あまりにも強引過ぎる掘削作業に、地盤はともかく水道管は耐え切ることができなかった。

 一瞬の強い揺れが収まったと同時に、大量の水がコンクリートを砕き、天を目指して噴き出し始める。

 

「うわあーっ!」

 

「きたねーっ!!」

 

「溺れるーっ!」

 

「私の自慢の毛皮がああああああ」

 

 文字通り水を差された形となった群衆は、先程までの熱狂ぶりを放り捨ててうろたえだした。

 だが、長くは保たないだろう。

 ゆえにアケミは住民に構うことなく、ドンモモタロウの元へと直行する。

 アケミの気配と意図に気付いたのか、ドンモモタロウは戦闘態勢を解いて、ザングラソードを背中に納めた。

 

「──相変わらずやるな! 98点をつけてやろう」

 

「ありがとうございます。

 それよりも、この場は撤退するといたしましょう。

 先生……だったかしら。その方からの伝言でもありますわ」

 

「先生か。なるほど、ならば従った方が良いだろう」

 

 突然の提案にもかかわらず、ドンモモタロウはあっさり納得してみせた。

 現在の戦況が自分に不利だと理解しているのか、それとも先生の言葉だからなのか──それを判別するより早く、ドンモモタロウはアケミの腕を掴んだ。

 

「この場は退くぞ、栗浜アケミ」

 

「承知いたしました……ところで、タロウさん」

 

「なんだ?」

 

「乙女には、紳士として振る舞え──私の言葉を覚えていらっしゃいますか?」

 

「……──良いだろう! 窮地を助けて貰った礼だ!」

 

 そして、ドンモモタロウは栗浜アケミを軽々と横抱きに持つと、足元にあった脳人レイヤーのマンホールを踏んで、急速にその場から離脱した。

 

 

 〇

 

 

 やがて二人が降り立ったのは、先生に指定された避難地点。

 そこに、ほぼ同時のタイミングで姿を現した三人の生徒がいた。

 

 

 

「──あなた様という友人の窮地に馳せ参じました。

 このワカモ、すべてを混沌に陥れてみせましょう」

 

 七囚人──“災厄の狐”たる狐坂ワカモ。

 

 

 

「──通信を傍受していた甲斐がありました。

 あなたという美を、損なわせるわけにはいきませんから」

 

 七囚人──“慈愛の怪盗”たる清澄アキラ。

 

 

 

「──ククッ、相変わらず厄介事に巻き込まれているねぇ。

 だが、君という被験者に施す臨床試験は多い方が良い。私も混ぜてもらおうか」

 

 七囚人──“五塵の獼猴”たる申谷カイ。

 

 

 

 桃井タロウ/ドンモモタロウの危機を救おうという、共通した考えを持った三人は、それぞれがそれぞれと顔を見合わせるやいなや。

 

「……は?」

 

「……ふむ」

 

「ほう……」

 

 要するに。

 修羅場である。

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。