そもそもからして、おかしいと思っていたのだ。
シュウジの代わりにクランバトルに出場すると宣言してから夜中まで鬱陶しいくらいに飛ばしてきたアマテからのメッセージがここ数時間沈黙していたり、出場直前までカネバン側がウンともスンとも言わなかったり、やっと出てきたジークアクスのオメガサイコミュが起動していなかったり──予兆なんて、しつこいくらいに存在していた。
それをどうして「アマテに風邪が移ったのか」なんて暢気なことを考えてしまったのか。
だが、後悔してももう遅い。
何か変だな、と思って繋いだモニターに映し出されたのは──
「え、な……ニャアン!?」
「……えっと、まあ、そう……です」
マチュのノーマルスーツを着込んだ、ニャアンだったのだから。
そうして驚きのあまり硬直する俺に、画面の中の彼女も気まずそうに視線を逸らす。
「何でニャアンがジークアクスを?……と言うかマチュはどうした」
「えっと、一緒に軍警に追いかけられる内にはぐれちゃって……でも、出ないと沢山違約金を取られるって聞いて……」
「なんてこった……」
どうやら、気付かぬ内に大惨事が発生していたらしい。
難民であるニャアンが軍警の横暴に巻き込まれるのはまだ分かるが、そこでどうしてマチュまで追われる羽目になっているのか──いや、よく考えずとも直情的な彼女のことだ、ニャアンを貶されるか何かされて反発してしまったのだろう。
軍警と関わって碌なことにならないのはマチュとてよく知っている筈だが、そこで自分を抑えられないのが何とも彼女らしい部分ではある。
だとすれば、ニャアンの機転には寧ろ感謝するしかない。
どうやってカネバンの連中の目を誤魔化したのかは知らないが、こうして代理で出場してくれたお陰で戦わずして負ける事態は避けられたのだから。
とは言え、だ。
「相手が黒い三連星ではな……」
傍受した通信越しに「ガイア」「オルテガ」と互いを呼ぶ二機のドム──これは間違いなく、
確かに、直接対決こそ経験がないものの彼らがクランバトルに参加しているのは以前から把握していた。
アムロが乗ったガンダムが存在しないから、彼らも揃って終戦まで生き残ったのだろう──尤も、マッシュが何処に行ったのかは知らないが。
何処かの市長になったという話を聞いたような気がするが、そういった事情にはあまり詳しくないのでいまいち確証は持てなかった。
まあ、今更そこを詮索して何かが変わる訳ではない。
問題は今回のMAVがニャアンである、ということだ。
本来のパイロット──つまりマチュがジークアクスに乗っていたなら十分に勝ち目は見込めたのだが、パイロットがニャアンではどうにもなるまい。
映画のパンフレットか何かではプチモビで生まれのコロニーを脱出したと書いてあったような気がするが、それで本物の軍用モビルスーツの性能を発揮させられるなら世の軍人たちは苦労しないだろう。
現に操縦はあまり覚束ず、真っ直ぐ飛ぶので精一杯という有様だ。
だが、幸いにして今のジークアクスには動かずとも使える武器がある。
今回MAVを組むに当たって、ツキモリは予備のランチャーシールドをカネバンに提供したのだ。
あれには俺の物と違って三連装ミサイルランチャーは付いていないが、ビームガンとロケットランチャーさえあれば全く何も出来ない、という事態にはならないだろう。
「取り敢えず、距離を置いて援護だけしてくれればいい。絶対に近付くな」
「え、でも……」
「相手は大戦のエース……下手に踏み込んで勝てる相手とは思えない。狙うなら引き分けだ」
この戦いに、勝ち目はない。
いくらギャン・クリーガーの性能がドムを完全に上回っているとしても、相手は一年戦争のエース──「そこそこ」止まりな自分の腕前では、一度に二機を相手取ることは殆ど不可能だ。
切り札があれば或いは──とも思うが、残念なことに「あれ」は今回持ち込んでいない。
大体、ちゃんと作動するかも怪しい代物なのだ、「あれ」は。
フラナガン機関を出てから五年、親父さんたちにもひたすら隠し続けていたために起動テストすら行っていない曰く付きの物を、クランバトルで使う気にはなれなかった。
よって、狙うは引き分けのみ。
生きるか死ぬかが基本の戦場ではなまっちょろいにも程がある考えだが、ここはクランバトル──頭部破壊で勝敗が決するルールも、五分という時間制限もあるのだ。
だから俺がひたすら時間稼ぎに徹すれば、何とかなる可能性も多少は見える。
尤も、それらは全て相手が俺に食い付いてくれるのが前提ではあるが。
ニャアンを狙われたら、一巻の終わりだ。
「……来る。悪いが、覚悟決めてくれ」
何はともあれ、もうこれ以上考えている余裕はない。
レーダーは既に急速に接近する機影を捉え、相手の射程圏内に入りつつあることを示していて──咄嗟に、ジークアクスを蹴り飛ばす。
「え……きゃぁっ!?」
「クソ……っ」
突然の暴挙に為す術なく漂うジークアクスと、反発して遠ざかるギャン。
その間を、狙い澄ましたかのようにジャイアント・バズの弾丸が通過する。
ロックオンもせずに、狙撃同然の正確な射撃──驚きはしたが、黒い三連星なら当然そのくらいするだろうという納得もあった。
問題は、その正確さではない。
(分断された……!)
蹴り飛ばしたことで生まれた、空間の隙。
それを逃さず、ドムの威圧的なシルエットが迫ってくる。
このままニャアンの方に行かれると、まずい──せめて姿勢制御を終えるまでは、彼らに何もさせてはいけない。
「──こっち、向け!」
牽制とか、誘導とか考えている余裕はない。
シールド裏に懸架されたミサイルランチャーの一斉射。
ジークアクスとドムの間に線を引くように放たれた六発のミサイルが、一挙に爆発の華を咲かせ──その間をすり抜けてきた二機のモノアイが、こちらを睨み付ける。
『いいぜ、やる気のない獲物はつまらんからな』
『オルテガ、油断するなよ……少しは骨がありそうだ』
幸い、向こうは上手く食い付いてくれたらしい。
だが、通信から届く声には一連の流れが軽い前哨戦でしかなかったことが明白に示されていて。
俺は勝てる勝てないの次元に立てていない、というのがハッキリと伝わってくる。
本音を言えばマチュの安否が気になるところだが、最早それに意識を割いている余裕はなかった。
死に物狂いで戦わなければ──きっと、時間稼ぎすら儘ならない。
(やっぱり、考えが甘かったか……?)
あるべき「流れ」を逸脱して以来、何度その後悔をしただろう。
だが、自分の甘さを悔いたところでもう遅い。
シイコさんが放つそれとは、また別の──獲物をいたぶる狩人の如きプレッシャーに、俺はコックピットの中で呼吸を乱すしかなかった。
ここが狭苦しいロッカーの中だとか、自分を追いかけていた軍警がどうなったとか──そんな些事は既にマチュの頭の中から消えていた。
「凄い……」
彼女の視線を釘付けにするのは、一緒に隠れた見知らぬ男──エグザベ・オリベが手に持つ端末の中に映し出されたクランバトルの実況映像。
その狭い液晶画面の中では、灰と菫色の二色で構成された騎士が、二機のずんぐりとしたモビルスーツに追い回される光景がもう二分も繰り広げられていた。
それは実際、一方的な狩りの様相を呈している。
ドムのジャイアント・バズから放たれる弾丸は幾度もギャンを掠め、その厳つい装甲には既に幾つもの傷跡が刻まれており──時折苦し紛れに閃くメガ粒子の光も、完璧な連携を取り続けるドムには届かない。
あまりに残酷な狩猟の獲物として、ギャンは──ミカボシは選ばれたのだ。
だが、マチュの視点からでは違った景色が見えている。
(やっぱり、本気じゃなかったんだ……)
明らかに、自分と戦った時とは違う。
徐々に追い込まれつつある姿は誰がどう見ても劣勢だが、その挙動は先日敵対していた時のどっしりと構える佇まいから大きく変化している。
ワイヤーと新型コーティングで異次元の機動を見せていたシイコのそれとは異なる──しかし、マチュの目では追うのもやっとの機動戦。
次から次に撃ち込まれる十字砲火を紙一重で躱し続けるその姿に、マチュはミカボシの本気を見出した。
尤も、当人がその場にいれば「そんな訳ない」と千切れんばかりに首を横に振っていただろうが。
物理的・精神的な優位を築いた上での攻勢と、圧倒的な強者に追い詰められた小鹿の最後の抵抗では「本気」の質が違うのだ。
勿論、今のミカボシは後者であり──性能だけならグリプス戦役中期でも通用するモビルスーツを駆りながら、反撃すら儘ならないほど一方的に追い込まれている。
しかし、マチュにその区別を付けられるほど卓越した戦術眼はなく、結果として彼女の目に先のクランバトルは「手を抜かれていた」と映ってしまうのである。
(なんで……)
あまりの悔しさに、唇を噛む。
結局、彼もシュウジと同じで自分では手の届かない彼方にいるのか。
隣に立つことさえ儘ならないのか──自分が、子供だから。
人を殺す覚悟さえ、満足に出来ないから。
「あぁ、確かに凄い……黒い三連星相手にここまでやれるなんて」
一方のエグザベも、ギャンの奮闘に驚きを隠せていなかった。
「黒い三連星?何それ?」
「知らないのか?……いや、学生なら無理もないか。今彼が相手にしているのは、一年戦争の際に地上で名を馳せたエースだ。まさかクランバトルに参加しているとは思わなかったが……」
マチュと違って、エグザベはギャンの抵抗が断末魔に近いものなのは理解出来ている。
今のところ直撃は避けられているようだが、それも何時まで続けられるかは定かではない。
徐々に狭まる包囲網から考えるに、長く見積もっても後一分が限度だろう。
だが、黒い三連星を相手にそこまで粘り続けられるこのパイロットは何者なのか。
エグザベには全く予想が付かなかったが、常人であれば瞬く間に撃墜されてしまうであろう相手にひたすら抵抗を重ねられる実戦経験者であるのは間違いない。
それに、だ。
(あれは……ギャンじゃないのか?)
色こそ違えど、その姿には多分に見覚えがある。
公国軍のごく一部にのみ与えられた白兵戦用モビルスーツ、ギャンのシルエットと酷似している──否、殆どそのままだ。
全体的な形状はあちらの方がやや洗練され、カラーリングもまるで違うが、最早瓜二つと言ってもいいほどにカタチはギャンそのものだった。
で、あるとするならば予め今回のガンダム捜索にはソドンとは別口で突撃機動軍が関わっていたことになる。
(いや……それはおかしい)
突撃機動軍が何らかの関与をしているなら、キシリア派閥に属するエグザベに何も伝達がないのは異常だ。
加えて、もしギャンのパイロットがジオン軍人であるのならソドンに対して一切のアクションを起こさないのも不自然に思える。
だが、ギャンには異様な頻度でシステム面のアップデートが施されていることはエグザベの記憶にも残っていた。
日を跨ぐ毎に緻密になっていくOSに、「一体どうやってこんな規模のデータを収集しているんだ」と首を捻ったのも一度や二度ではない。
もしそのフィードバック元が、今戦っているモビルスーツだとしたら────
(クアックスの方も動きが悪いようだし……一体何がどうなっているんだ。中佐はこれを知っていたのか?)
オメガサイコミュも起動せず、何やら挙動のおかしいジークアクスも含め、今や何もかもがエグザベの考えの外にあった。
複雑怪奇を極める現状は、シャリア・ブルの監視を請け負うには実直過ぎる青年にとって混乱の坩堝でしかない。
と────
「あっ────」
思わず、と言った調子で漏れたマチュの声に、端末へ視線を戻す。
そこでは丁度、ついにドムが張った弾幕の網に捕らえられたギャンが姿勢を崩し、続けて放たれた電磁ワイヤーに磔にされようとしていた。
粘りに粘ったが、ついに年貢の納め時といったところか──こうなってしまっては、もう自力で脱出するのは不可能に近いだろう。
もし、これを打開できる可能性があるとするなら────
(さて、どうするクアックス……?)
戦場から無視されつつあるジークアクス、それ以外には有り得なかった。
「はぁっ、はぁ……っ」
当たらない。
どれだけビームガンを撃っても、ロケットランチャーをばらまいても、ギャンを追う二機のドムには掠りもしなければ見向きもされない。
そればかりか、あまりの機動に追い掛けることすら全く叶わない──ニャアンは、この戦場でただ一人爪弾き者にされてしまっていた。
そして──ニャアンが不甲斐ないばかりにギャンはワイヤーに絡め取られ、電流を流し込まれていた。
『ぁがっ、あぁあああッ!?』
通信から届く呻きは、未だかつてないほど苦痛に満ちたもので──素人のニャアンにも、それがパイロットにダメージを与えるのが目的だとハッキリと分かる。
いたぶられているのだ、ミカボシは。
相手を遠ざけようと一人奮戦し、無謀と知りながら時間を稼ぎ続け──その末に拷問紛いの攻撃に曝されている。
にも関わらず、ニャアンにはそれをどうすることも出来ない──ワイヤーを切ることも、ジークアクスの右手に保持したヒートホークでドムを直接叩き斬ることも出来やしないのだ。
他ならぬ、ミカボシに止められたから。
──絶対に近付くな
その意味が分からないニャアンではない。
自分は、明らかにこの戦闘に割り込めるほどの技能など持っていない。
寧ろ下手に動けば相手の注目を集めてしまうから距離を置くことを求められたのは、火を見るよりも明らかだった──ニャアンはマチュの代理を務めることも出来ず、まともにモビルスーツスーツの操縦も出来ない、完全な足手纏いとなっているのだ。
あまりの無力に、ニャアンはひとり打ちひしがれた。
『ニゲロ!ニゲロ!』
足元で逃走を呼びかけるハロの合成音声も、ネガティブな感情を更に増幅する。
本当は、逃走が正しい選択なのは理解している。
そう遠からずギャンが敗北する以上、次に狙われるのは自分だ。
そしてニャアンは自分がジークアクスを満足に扱えるような器でないことを理解している。
それならば可能な限り距離を取り、最初にミカボシが言ったように時間切れによる引き分けを狙うのが最も有効な戦法なのは自明の理だ。
そんなことは、命の危険に敏感なニャアンが一番よく分かっている。
(────何故)
でも、だ。
そうだとして──それなら、何故自分はこの場にいるのだろうか。
(────何故)
何故マチュの代わりにジークアクスに乗ろうと決意したのか。
(────何故)
何故未練がましく、逃走も図らず無意味な支援を続けているのだろうか。
(──そんなの、決まってる)
最初から──訳の分からない衝動に突き動かされてギャンに同乗した時から、ずっとそうだ。
あの日胸の奥底に宿った熱は、今も確かに燻り続けている。
目の前の理不尽に見て見ぬ振りをすることへの羞恥心。
託された責任を放棄して逃げ出すことへの羞恥心。
それらが、ミカボシを見捨てて逃げ出そうとする己の行動に対して爆裂的に膨れ上がり────
『ニゲロ!ニゲ──』
「うっさい!」
足元で逃げろ逃げろと煩いハロごと自分の幻影を蹴りつけ、キッと顔を上げる。
そこに敵がいて、自分の手には本来それらを蹴散らせるだけの力がある。
それならば────
「──私は、逃げない!」
ジークアクスのロックが、外れる音がした。
(ぁ────)
気付けば、ニャアンは眩い光の奔流の中にいた。
身体は確かにジークアクスの中にあるのに、何処か乖離した場所に心だけがあった。
そして──何にでもなれるような、清々しいほどの解放感があった。
(これが、キラキラ……)
最早、ニャアンは何物にも縛られていなかった。
闇バイトを続けねばならないほど苦しい自分の生活も、自分にはない全てを持っているマチュへの細やかな嫉妬も、先ほどまでの己に対する不甲斐なささえ──全てを脱ぎ捨てて、ありのままの一存在としてニャアンはキラキラの中に存在していた。
マチュが語った「世界の方が自分に応えてくれる」という感覚は嘘偽らざる事実だったのだ。
そうして自身にのしかかる重石を全て振り落としたニャアンとって、モビルスーツは手足同然であり──ほんの数分前まで目で追うことすら困難だったドムの動きも、手に取るように分かる。
「────」
だが、順番は間違えない。
今やジークアクスそのものとなったニャアンは、右腕を無造作に振り上げ──ヒートホークを投げつける。
『ぬっ……!?』
『やっとその気になったか……オルテガ、あのMSにジェットストリームアタックを仕掛けるぞ!』
先ほどまでなら、まるで見当違いの方向に飛んでいったであろう投擲。
しかしジークアクスの
そして一瞬散開したかと思うと、一直線になってこちらに迫る二機の姿も──何やら、自分の知らない戦術を仕掛けようとしていることも理解していた。
それが何なのか、ニャアンは知らない。
そしてヒートホークを投擲したことで、手元の武器がランチャーシールドのみとなったジークアクスでは、初見の戦術に対応するのは難しいだろう。
ニャアンは自身が拡張される感覚に酔いしれていたが、その辺りを見誤るほど愚かではない──知らないのなら、知っている相手に任せれば良いのだ。
「──今だ、ミカボシぃっ!」
『ガッ────!?』
叫ぶと同時、背後から追い縋ってきたサーベルが一閃し──オルテガのドムの下肢が斬り落とされる。
推進力の殆どを喪ったオルテガは必然的にジェットストリームアタックから脱落することとなり──そこで漸く、背後に迫る騎士の姿を認めるに至った。
『あれだけ痛め付けて……!?』
そう、ミカボシはフラナガン機関での非人道的な実験によって苦痛に対して一般人より多少耐性がある。
加えてギャンの優れた加速力を以てすれば、電流を流された後でもドムに追い付くのはそう難しい話ではない。
だが、これも早急に止めを刺さず痛め付けることを楽しんでいたがため──圧倒的な優勢を保っていた筈のガイアとオルテガはジェットストリームアタックを潰され、一転してジークアクスとギャンの挟み撃ちを受ける形となってしまったのだ。
こうなってしまっては──最早為す術はない。
「フラナガン上がりを舐めるな……!」
『うお、あぁあッ!?』
もう一本のサーベルも抜いたギャンが、勢いのままにドムの頭部を切断する。
そして、制御を失い漂流するオルテガの方を振り向こうとしたガイアの前に──ジークアクス。
これを突破しなければ、ガイアは仲間を助けに行くことも反撃も儘ならない。
『よくもオルテガをぉッ!』
「────」
裂帛の叫びと共に、胸部の拡散メガ粒子砲──フラッシュを放ち、サーベルを振り上げる。
(貰った────)
この時、ガイアにはジークアクスを屠れるという確信があった──フラッシュは完璧に相手のツインアイを灼いていたからだ。
所詮は目潰しでしかないが、逆に言えば相手の視界を奪うという圧倒的なアドバンテージを得たのだ。
加えて、相手は盾以外の武器を全く持っておらず──コックピットを守ろうが、頭部を守ろうが、それを見てから好きなように斬りつければ良い。
ギャンのパイロットは疲弊しているのだし、後で煮るなり焼くなり好きにすれば良いだろう。
目前に迫ったジークアクスの撃破に、ガイアはほくそ笑み──ガコン、という異様な震動がコックピットを揺らすのを耳にした。
『……?』
それは、疑う余地なく盾だった。
ジークアクスが真っ直ぐ突き出したランチャーシールドの先端が、ドムのコックピットに押し当てられた音だった。
ただ前に突き出す分には、掲げたサーベルを振り下ろすよりもずっと素早く動作出来るのだ。
そして、ランチャーシールドの特徴は盾が射撃武装を兼ねている部分であり────
『待っ────』
意味のある言葉を発する前に、ガイアはメガ粒子の光に灼き尽くされた。
勝った。
いや、本当に何かよく分からんけども。
何か気付いたらニャアンがオメガサイコミュを起動しているし、いきなり呼び捨てにされるし、いきなりワイルドな戦い方になっているし──何もかもがよく分からない。
普段はあんなにおどおどしているのに、一体何がどうなったらあそこまで性格が豹変するのだろうか。
初手で軍警を倒しにいったマチュ然り、最近の若者は皆「ああ」なのか。
というか、オメガサイコミュを起動出来るのはマチュだけではなかったのか。
次々と疑問が湧き上がっては、泡となって消えていく。
「あー……こりゃダメだ」
やはり、電磁ワイヤーが相当堪えたのだろう──疲労を訴える身体では物を考えようとしてもちっとも纏まらない。
こうなれば、早いところ帰宅して寝るしかあるまい。
古来から、頭がロクに回らないほど疲れている時はさっさと寝るものと相場が決まっている。
何か大きな「流れ」の気配を感じたような気がしたが、後のことは後の自分に──明日の自分に任せればいいのだ。
そうやって、シートに背中を預けながらゆっくりとギャンを飛ばしていると──ふと、貨物船の列が目に入った。
「今日も盛況だな……」
ジャンク屋然り、交易船然り、サイド6でも特に規模の大きい経済圏を持つイズマコロニーは艦艇の出入りが激しく、渋滞も珍しい光景ではない。
が、何とも滑稽なものだ。
人類は宇宙に進出したと言うのに、未だにコロニー近辺では渋滞なんていう旧世代の現象が頻発しているのだから。
宇宙の広さに反し、こんな狭苦しい場所でぎゅうぎゅう詰めになる様はまるで街灯に集る虫のようで──結局スペースノイドだろうが地球人だろうが、皆無意識では拠って立つ大地が恋しくて仕方ないのだろう。
そして、自分もその一人。
操縦席で何時間も待たされ、うんざりしているだろう彼らに同じ社畜として心の中で敬意を表しつつ、その脇を通り抜け────
「────」
目が、合った。
あちらは大型の貨物船で、こちらはモビルスーツ──装甲と強化ガラス、それに宇宙空間が厚い壁となっている筈なのに。
それらはまるで透明化してしまったかのように意識から消え失せ、何の前触れもなく自分と「それ」は見詰め合っていた。
「──お前は、誰だ?」
白い髪の少女が、貨物船の助手席からコックピットの俺を見ていた。
○ミカボシ・ツヅラ
ニャアンに代わって電撃プレイを受ける系ニュータイプのなりそこない。
何度も述べているように腕はそこそこ止まりなので、相手が黒い三連星レベルになると時間稼ぎが精一杯。
相変わらず基本的に考えが甘いというか予想外の事態に見舞われ、オリチャーで補完するのが流れになっている。
○アマテ・ユズリハ(マチュ)
彼女視点では前の戦いでミカボシが手を抜いていた上、今回はニャアンと何かいい感じのMAVになっていたことになっており、連続で脳破壊をキメられている。
素直に可哀想。
○ニャアン
ミカボシの存在によって状況が好転してる珍しい人。
本編ではわけわかになった結果ブチギレてキラキラ入りしたが、今作では明確に自分の意思でキラキラ入りしており、「逃げること」に対してはやや否定的。
ただ、あくまで「やや」止まりなので性格が大きく変わった訳ではない。
○エグザべ・オリベ
えっ何かキシリア親衛隊にしか配備されてない筈のギャンがクラバに出てる…あとパイロットっぽい子は目の前にいるのにジークアクスもオメガサイコミュ起動してる…こわ…
○???
よくよく考えれば暗殺決行前日に現地入りは大分ギリギリじゃない?という考えにより、クソデカ空調機の運び込みが数日早まった。
うっかりミカボシと感応してしまう。
・ギャン
ついに本編に出てきてしまったアイツ。
当作ではミカボシのギャン・クリーガーが集めたデータをツィマッドの上層部が売り渡したことでキシリア親衛隊に採用されるが、末端でしかないミカボシ及びツキモリ株式会社はその事実を知らされないままフィードバックを続けている、という後付け設定が加えられた。
やたらバックアップ体制が充実しているのも、本当は既に採用されているからであり──彼の無自覚な献身により、数か月に一度の頻度で操縦システムはアップデートが行われている。
なお、ミカボシとツキモリの面々はこの事実を知った場合滅茶苦茶キレる。
怒髪天を衝く勢いでキレる。
・「あれ」
ミカボシが秘匿している切り札。
少なくともフラナガン機関に在籍していた頃から所持しているが、その存在はツキモリやツィマッドも知らない。