2025/6/4 コモリ少尉がギャン・クリーガーとギャン(GQ)を識別している描写を追加。
「機関始動、微速前進!戦闘には参加せず、キシリア閣下の保護を優先する!」
「待って下さい!」
ラシット艦長の命令に対し、コモリ・ハーコート少尉は反射的に反論の声を上げていた。
「このまま戦闘に加わらないということは、友軍を見捨てるってことですか!?」
そう、今サイコガンダムと対峙しているモビルスーツの識別信号は公国軍のものと一致している。
それに、アレは──YMS-15であり、突撃機動軍で採用されたばかりのギャンの原型となったモビルスーツだ。
秘匿されている情報ではあるが、キシリア派の情報士官であるコモリが調べればすぐに分かる話だった。
如何なる理由かは知らないが、イズマコロニーでは以前から突撃機動軍が活動していたのだ──そうに違いない、と彼女は解釈していた。
そして若く戦争を知らない彼女には、艦長の判断が一人で機動要塞に立ち向かう友軍を見捨てる非情な判断に思えているのだ。
「そうは言っても、ビーム撹乱幕がある以上こっちからのメガ粒子砲も効果が無いんだ。キシリア様の保護を優先するしかないだろうに」
「でも……!」
理屈はコモリにも理解出来る。
寧ろ士官学校で優秀な成績を修めた彼女の頭脳は、キシリアの保護に徹して状況を静観すべきだと既に判断していた。
だが──そうやって軍人に徹するには、眼下の戦況はあまりにも絶望的と言わざるを得ない。
乱反射するビームの嵐を一人凌ぎ続けるギャンは、コモリの目には暴風に揉まれる枯葉のようにしか見えなかったのだ。
瞬きの内に貫かれてもおかしくない極限の戦場に、彼女は軍人ではなく一人の人間として当たり前の感情移入をしてしまっていた。
だが──そんなコモリの想いとは裏腹に、回避に徹していたギャンがランスを振り抜く。
「え……?」
ガァン、と弾き飛ばされた装甲片が制御を失い、すかさず叩き込まれたランチャーシールドの斉射で爆散する。
今まで無抵抗で追い回されていたのが何だったのか、と言いたくなるほど洗練された一瞬の反撃。
文字通りまるで人が変わったかのような挙動に、コモリはおろかブリッジのクルー全員が唖然とし──次の瞬間、コモリはぽかんと呆けていた。
(手を出すな……?)
何の合図があった訳でもない。
通信も、信号も何もなく、モノアイより遥かに無機質な四眼がただ一瞥しただけ。
しかし、コモリを見上げるその視線はソドンが介入することを拒んでいた。
時間を稼ぐのではなく、本気でサイコガンダムを倒すつもりなのだと、この場でコモリだけが理解していたのだ。
視界が、光に埋め尽くされていた。
──システムに呑まれるとは、こういうことか
意思より速くレバーを操作し、矢継ぎ早に繰り出されるビームと装甲を掻い潜る己の身体を客観視しながら、俺は鈍麻した唇を動かしてそう呟いた。
本来、EXAMシステム・イミテイトは蓄積されたイフリート改の運用データから状況に最適なものをフィードバックするだけの──言ってしまえば、補助OSに過ぎない。
それそのものは強制的だが、生身の人間が補正を噛ませることを前提とした──単体では機械的な挙動にしかならないシステムなのだ。
そのように、造った。
──だが、今はシステムが主権を握っている
ただのデータの集積体でしかない筈のインストーラーが俺の脳神経を利用し、明らかに自ら
回避から反撃に転じ始めたのが、その証拠。
最早「それ」は単なるOSではなく、何らかの意思を持った存在として俺の肉体と同期しているのだ。
尤も、これを想定していなかった訳ではない。
何せ模倣品とは言え、EXAMシステムだ──派生に至るまで勝手に機動して暴走するのが御家芸のようなシステムが自分の時だけ大人しくしているか、と言えば答えは間違いなくNOだろう。
一応対策として300秒でシステムダウンするように設定してあるし、物理的にインストーラーを引っこ抜けば当然強制停止するようににもなっている。
──けれど、自分はそれをしたいのか
「したくないよね、キラキラだもん」
聞いてもいないのに心底楽しそうな声が聞こえる。
見てもいないのに光の向こうに少女の姿が見える。
そして彼女が言うことには、今この瞬間が「キラキラ」であるらしい。
「これが、か?」
「そうだよ」
成る程、確かにそうなのかもしれない。
つまり自分は今、この少女と物理的な領域を超えて繋がっているのだ。
そしてそれ故に、彼女が理解出来る。
ドゥーはおよそ、キラキラ以外の「楽しさ」を知らない。
サイコガンダムの心臓となるべく徹底的な強化手術を受け、強化人間こそが真なるニュータイプであると認識に刷り込まれた彼女は、キラキラ以外に拠って立つ大地を持たないのだ。
だから、こんなことが出来るのだ。
無辜の人々を躊躇なく戦いに巻き込み、例え成功しようが確実に死ぬ暗殺任務に従事出来る──キラキラさえ見れれば、何だって良いのだから。
「……折角キラキラしてるのに、そういうのは嫌い」
こちらが相手に踏み込めるということは、相手もこちらに踏み込めるということ。
俺を捉え続けるサイコガンダムの不気味な相貌に、ムッとした様子のドゥーが重なる。
彼女の不満を体現するかのように巨体が反り、拡散ビームの雨が自分という一点にぶちまけられる。
(……何が心臓だ、馬鹿馬鹿しい)
だが、不思議なことに緊張も恐れもなかった。
そんな感覚は、意外なほどあっさりと溶けてなくなってしまった。
巨人が何をしてもそこにドゥーの華奢な姿が重なって、恐れようにも恐れられない。
──子供なのだ、コイツは
最近アマテやニャアンのような自分なりによく悩み、考える賢い子供にばかり接していたからすっかり忘れていたが、世の中にはこのような子供がいるのだ。
自分が与えられた力の恐ろしさも、世界の広さも知らない──大人にそうあるべしと物騒な玩具に閉じ込められ、歪められてしまった子供が。
彼女がサイコガンダムと一体化しているから、そんな予想は尚更補強される。
そう、ただ暴れるだけの幼子をどうして怖がる必要があるのだろう。
そして、彼女を歪めるキラキラとやらも。
「だから、止めてって……キラキラなのに、そんなの聞きたくない……!」
垂れ流しになっているだろうこちらの思考を読み取り、コックピットの中で情緒不安定に叫ぶ彼女の姿を見て、何となく理解した。
命の使い途は、
大人がその役目を果たすなら、ここなのだと。
「……っ!?」
ドゥーの表情が驚愕に歪み、色褪せる光の奔流の中で彼女の姿が急速に遠ざかっていく。
所詮、俺はニュータイプのなりそこないでしかない。
アマテのような若い感性とバイタリティに溢れる訳でも、ニャアンのような恐れの中に秘める優しさがある訳でも、シュウジのように強固な決意を宿している訳でもない。
こうしてシステムの力がなければキラキラを見ることすら出来ない、強化人間未満の出来損ないだ。
だが、こんな子供一人をどうこうするのにキラキラもEXAMの支配も必要あるものか。
大体何がEXAMの意思だ、お前はマリオン・ウェルチではなくただのデータの塊なんだから、余計なことをせずに大人しく俺に力を貸せばいいのだ──そんな強い怒りで五月蠅い嘲笑を頭の中から叩き出す。
「覚悟しろよ、ドゥー」
そしてその激憤は──アイスの美味しさも昨日まで知らなかった幼子を縛り付ける、紫色の巨人に。
「その棺桶から引き摺り出して────」
「──お前を人間に戻してやる」
「どうなってるんだ、あれは……!?」
次々に襲い来る軍警のザクを相手取る傍ら、ゲーツ・キャパが見下ろす先では──彼の理解を超えた戦いが繰り広げられていた。
一見すると、それは縦横無尽にビームの雨霰をばらまく紫の巨人──サイコガンダムの周囲を、灰の四眼──ギャンが飛び回っているだけに思える。
事実、サイコガンダムの拡散ビーム砲とそれを反射する浮遊装甲に追い立てられ、ビルとビルの狭間を縫うように低空飛行する様は一方的と呼ぶ他ない。
ただ逃げ回っているだけの行為を戦いと呼ぶことは出来ないのだ。
しかし、あのモビルスーツは違う。
──サイコガンダムが、怯えている
赤い光の尾を残しながら急制動と急加速を繰り返すその狭間、一瞬の静止を咎めるように体当たりを行う装甲片──拡散ビームすら反射する堅牢なそれが、ランスの「突き」によって貫かれる。
滅茶苦茶にばら撒かれる拡散ビームも、何一つとして掠りすらしない。
それも一度や二度のまぐれではない──反撃が始まってからここまでの間に、ギャンは既にビームの雨霰を掻い潜りながら十個近くの装甲片をその槍で以て叩き落としていた。
連邦の最新鋭にして、最も非人道的な機動要塞と対峙しておきながら、この正体不明のモビルスーツは殆ど圧倒しているのだ。
勿論、普通のパイロットにそんなことが出来る筈がない──ゲーツはすぐにこの異様な戦況の答えへと辿り着いた。
「ジオンのニュータイプか、キシリアめ……!」
己の知るどんなジオンのモビルスーツとも一致しない形状、サイコガンダムと凌ぎ合いを繰り広げられる技量、暗殺を阻止するかのようなタイミングでの出現──キシリアが抱えるニュータイプだとすれば、全てに説明が付く。
そう、五年間もグラナダに籠って暗殺を警戒していたような女が、いくら中立コロニーでも護衛の一機や二機連れていない筈がない。
今ドゥーが交戦している相手は、ジオンの中でもトップクラスのニュータイプであるのは間違いないのだ。
「後少しだって言うのに……!」
ギャンは無茶苦茶な機動でサイコガンダムを翻弄しているが、その進行自体は止められていない。
本体へ突撃を敢行しようとするたび過剰な数の装甲片のガードに阻まれ、未だ肉薄出来ずにいる。
だが、たとえキシリアのいる行政府へ辿り着いたとしても、この鬱陶しいモビルスーツが存在する限りドゥーが暗殺を実行するのは難しいだろう。
ビルごと爆砕すれば不可能ではないが、それでは確実ではない──キシリアは絶対に殺さなくてはならないのだ。
(此処まで来て引き下がれるか……!)
退く、という選択肢はゲーツの中にはなかった。
ドゥーのような比較的安定した強化人間とサイコガンダムが揃うチャンスなど、もう二度とないだろう──それを、たかがニュータイプ一人のために撤退するなど、馬鹿らしいにも程がある。
それに、退くと言ったって何処に逃げるのか。
これほど大規模な破壊活動を行ってしまった以上、たとえ機体を棄てたとしても軍警は死に物狂いで捜査をするだろうことは想像に難くない。
乗ってきた貨物船も、偽装用のIDや顔写真もすぐに押さえられる──逮捕まで数日とかかるまい。
要するに、最初からドゥーとゲーツは帰還することを想定されていない鉄砲玉なのだ。
そういう意味で、バスク・オムは彼に「歴史に名を刻め」と言ったのだろう。
だから、今更引き下がれる訳がなかった。
「こうなったら、俺が直接やるしか……!」
ドゥーがジオンのニュータイプにかかりきりなら、自分がやるしかない。
自身の目的はサイコガンダムの随伴──所謂お守りだが、幸いにもハンブラビの機動性は並のモビルスーツよりはかなり優れている。
軍警の追撃を振り切り、行政府に辿り着くことは決して不可能ではないだろう。
気になるのは前進しつつあるソドンの動向だが、ビーム撹乱幕で主砲の威力が減衰された今、危険度は然程大きくないと見える。
つまり、勝負を仕掛けるなら今しかない──そう判断したゲーツは、レバーを思い切り倒した。
『何だ……!?』
『モビルスーツが変形するのか!?』
両足が背中側に折り畳まれ、機体全体が平べったく──まるでエイのような形へと変化する。
その奇怪な変貌に、軍警のザクたちは皆度肝を抜かれた様子で──思わず唖然とした瞬間に、彼らの視界からハンブラビの姿は消え失せていた。
「ぐっ……!」
加速、加速──更に加速。
強烈なGが身体にかかる。
血流が阻まれ視界が暗くなっていく。
だが、それでいい。
どうせ帰りはないのだから、その分の推進剤を考慮する必要はない。
そうして、一条の流星となったハンブラビは行政府へと迫り──視界の隅で起こった光の爆発に、意識を取られた。
「今度はなんだ……!?」
ゆっくりと変形を解き、人のカタチへと戻ったハンブラビが見上げる先──遥か遠くの中空に、眩い光がある。
否、「ある」のではない。
光が一点に向かって集まっていくのだ。
その異常現象に、誰もが気を取られていた。
つい今しがたまで死闘を繰り広げていたサイコガンダムとギャンさえ、どこか茫然とした様子で光の塊を見上げていた。
「……ゼクノヴァ……?」
それを呟いたのが誰か、知る術はない。
自分自身かもしれないし、軍警やソドンの誰かかもしれないし、はたまた通信が途絶していたドゥーやギャンのパイロットかもしれない。
だが──かつてソロモンの落下を阻止したあの現象が再び起きようとしているのは、この場の誰もが理解していた。
それは何の前触れもなく、訪れた。
「──薔薇が、呼んでいる」
コックピット内に設置されたサイコミュが不規則に明滅し、コロニーの空を飛ぶガンダムの全体が自身に向かって集中するミノフスキー粒子の光に呑まれていく。
それがゼクノヴァと呼ばれる現象の前兆であると、シュウジはよく理解していた。
要するに自分はもう間もなく別の何処かへと──恐らくは自身を呼ぶシャロンの薔薇の下に転移するのだろう。
それは、シュウジにとって願ってもないこと。
ずっと行方を捜していた薔薇の方からアクションがあり、呼び出されようとしている──レースゲームで道中を全てショートカットして、直接ゴールの手前にワープするようなものだ。
それを拒絶する理由など、一つもない。
大人しくこのまま身を委ねるのが適切だろう。
「シュウちゃんっ!」
「────……」
でも、と。
光の奔流に呑まれる中でシュウジはふと思った。
何も言わず、何も残さず消えるのは些か無神経過ぎるのではないか、と。
現に、ニャアンは──彼女と一体化したジークアクスはこんな高空にも関わらずコックピットを開放し、自分を救おうと危険も顧みず光の中に飛び込もうとしている。
彼女からすればガンダムが起こした怪奇現象にシュウジが巻き込まれようとしている形なのだろう。
疑う余地なく、ニャアンはシュウジを助けようとしているのだ。
──いい友人を持ったものだな
「……そうだね」
明確な言葉がある訳ではない、しかし確かにガンダムから伝わる意思に、シュウジは小さく頷いた。
ニャアンも、ミカボシも──マチュも、皆良い友人だ。
共にクランバトルで戦い、あの隠れ家でとりとめのない話に耽り、一緒に地球に行く夢を見た。
そんな友人たちに挨拶の一つもなく姿を晦ませるなんて、不義理以外の何物でもない。
そう確認したシュウジは、ニャアンに応えるようにコックピットを開放した。
「シュウちゃん、早く脱出して!」
ごうごうと吹きすさぶ風と、光の奔流の向こうでニャアンがこちらに手を伸ばしている。
コックピットから半身を乗り出して、懸命に。
だが──そちらに行く訳にはいかない。
「行っておいで、コンチ」
『────』
シュウジは己の頭に乗っかっていたコンチを、優しく送り出した。
コックピットから放り出された四脚の箱型ロボットは、束の間空中を漂い──狙い澄ましたように、ニャアンの手元へ。
寸分違わず、思わず両手を出した彼女の手の内にすっぽりと収まる。
これで一安心だ、とシュウジは思った。
これで、自分の決意に付き合ってくれた友人に何も残せぬまま消えるということはない。
「うっ、コンチ──シュウちゃんも、早く!」
「僕は、行けない」
流れ込む冷気にバタバタと髪を煽られながら、シュウジは告げた。
短くも長くも思えた、友人と過ごした日々との訣別を。
或いは、何処までも真っ直ぐでエネルギーに満ち溢れた少女たちへの再会を。
「──地球で、待ってる」
「シュウちゃん────!!」
光の中で、シュウジはニャアンに微笑んだ。
その、十数分前。
「私たちが稼いだお金は返して、アンキ―」
「そいつは出来ない相談だね」
カネバン有限公司の社長室で、アマテとアンキ―は睨み合っていた。
◯ミカボシ・ツヅラ
命の使い途を決めたニュータイプのなりそこない。
最初はEXAMに呑まれていたが、ドゥーの情緒が子供過ぎるあまり正気に戻ってしまう。
EXAMに身を委ねていた方が間違いなく強いが、目的がテロの阻止だけでなくドゥーの救出も加わったのでシステムの意思は捩じ伏せることにした。
◯ドゥー・ムラサメ
独自解釈を多分に含む。
ムラサメ研に価値観の根底から歪められてしまっており、現状キラキラ以外に楽しみを見出だすことが出来ない。
◯シュウジ・イトウ
ミカボシの介入があったので少し情緒が豊かであり、マチュやニャアンを置いて薔薇にお呼ばれすることに少し抵抗感がある。
でも決意ガン決まり勢なので妥協はしない。