「私たちが稼いだお金は返して、アンキー」
どちらに分があるか、など分かりきった話だ。
今アンキーが金庫から取り出そうとしていた山積みの現金は、その半分以上がクランバトルの賞金──つまり、アマテのものとなる。
アマテたちが常勝無敗なのもあって稼いだ賞金額は山分けした上で、社員たちの借金を返しても余りあるほどであり、口座に入金出来なかった分はこうしてカネバンが管理していたのだ。
で、あれば本来の持ち主に返すのは当然の話だ。
違法ビジネスにどっぷり浸っているアンキーだって、その普遍的な道理に背くほど人の道を外れた訳ではない。
ただ────
「そいつは出来ない相談だね」
その使い途がただ無為に費やすだけだとするならば、一言や二言物申したくもなる。
難民として今日を生き抜くのに必死だからこそ、折角稼いだ金に何の意味も持たせられないのであれば不快に感じたりもする。
そういう訳で──アマテが正しいと理解しつつも、アンキーは彼女を拒絶した。
「マチュがここにいるってことは……ジークアクスに乗ってるのはあの時の難民か」
「……」
「それで?難民一人憐れんでお金を恵みにいくのかい、お嬢様?」
「違う」
「じゃあ、男か?」
たかが一人、肩入れした難民に金をくれてやったところで何も変わりやしない──大多数の難民の窮状は変わらず、金を貰った者も身に余る財産の使い方を誤りそう遠からず自滅するだろう。
男であれば、尚のこと悪い。
命を賭して稼いだ金を何処の馬の骨とも知れない輩に貢ぐつもりだったら、自分たちの方が余程賢く使うことができるのは間違いない。
そんな使い方をされるくらいなら、このまま持ち去る方が何十倍もマシなのは当然の話だろう。
だが、アマテの口から飛び出したのは更に彼女の予想を上回るものだった。
「違う、両方」
「は────」
それは、それは──このいやに落ち着いた顔をしている少女は、その実アンキーの想像を遥かに上回る大馬鹿者であるらしい。
未来のない男と女、両方に金をくれてやろうとは。
そうしてポカンと口を開けているアンキーに、アマテは続けて言い放つ。
「私を尾けて、ガンダムの居場所を売ろうとしてるんでしょ?」
「知ってたのか。それなら話は早い、幾ら金を渡そうが無駄だよ。アイツらは軍警かジオンに捕まって終わりだ……アタシを責めるかい?」
「いや?別に責めはしないよ……まあ、ちょっと怒ってるけど」
露悪的な──実際悪巧みの意図をひけらかすも、アマテからの反応はあまり思わしくない。
直情的な彼女が言うのだから、実際それなりに怒ってはいるのだろう。
だがその割に表情は張り詰めた状態からまるで動かず、安易な挑発に乗る気配は全く見られなかった。
(何だい、やり辛い……)
果たして、こんな子供だったか。
これまでアンキーが見てきたマチュは暴走特急と言っても良いほど直情的で、その癖あれこれと悩んだりする青さが全面に出た少女だったように思える。
それがどうしたことか──ほんの一日か二日見なかっただけで、まるで別人のようだ。
思ったことをずけずけと言う青さはそのままに、落ち着きと強い意志を手にしたその姿は、これまでの舌先三寸でどうにかできる子供のそれではない。
「通報でも何でも、やりたいなら好きにすればいい。でも、それなら私たちだって好きにする」
「……それで?」
「ジークアクスもガンダムも渡さない。稼いだお金も返してもらう……これはお願いじゃなくて、要求だから」
「断るって言ったら?」
だが、所詮は舌戦だ。
渡さないとつっぱねれば、アマテに出来ることはない──そうせせら笑ったアンキーの目の前で、少女は暫し俯く。
そしてゆっくりと鞄のジッパーを開けた指先が、その中にある硬い物体を握り締め────
「こうするしか、ないよね」
「……!」
突き付けられたのは、オートマチックの拳銃──ジオン軍制式採用拳銃ヴァルタP08。
少女の小さな手には余り気味だが、それでもジオンが採用するだけあって簡単に扱える銃だ。
その安全装置は既に外され、薬室に初弾が送り込まれた……つまり引き金を引けば即座に銃弾が発射される状態のそれを、アマテはアンキーに向けていた。
「よしな。あんたには撃てないよ」
だが、アンキーは余裕の面持ちを崩さなかった。
そう、如何に少女が劇的な成長を遂げたとて、昨日の今日で人殺しへの躊躇いが抜け落ちる筈がない。
況してやモビルスーツ越しですら躊躇いと戸惑いを覚えていたアマテが、直接対面した相手を撃てる訳がない──そう高を括っていたのだ。
「ううん、
しかし──引き金に掛けた指が緩むことはない。
手が震えて狙いが定まらないということもなく、真っ直ぐに──素人丸出しだが確かに当てるという凄みを宿した黒い銃口がアンキーを捉えている。
「本気かい……!?」
その淀みの無さ、覚悟の強さにアンキーは思わず一歩退いてしまった。
さりとて、ここは事務所の中──狭い部屋の中に後退出来る場所など存在する筈もなく、背中はすぐに壁に触れてしまう。
「上手く当てられるかは分からないけど、極力致命傷にならなそうな所を狙うし、手当てだってちゃんとする」
「……」
「それで……軍警を呼ぶ。一緒に捕まっちゃえば全部ご破算でしょ?」
その言葉に、嘘偽りはなかった。
マチュは気が狂った訳でも自棄になった訳でもなく、極めて冷静な面持ちでアンキーに二択を迫っているのだ。
お互い好きにするか、共倒れするか──今この場で決めろ、とまだ十七の少女に脅しをかけられている。
(……)
チラ、とマチュの背後を窺うも──外へ通じる扉の前から彼女が動く気配はない。
隣室にはナブたちがいるので一声上げれば取り押さえられるだろうが、それでも一発は撃たれるだろう。
その一発が当たるか、当たらないか──アンキーは「当たる」と判断した。
それだけマチュは引き金の重さを認識していながら、その重みを絞るのに躊躇がない。
(……アタシの負け、か)
元より分の悪い戦いではあったが、完敗だ。
たかがジークアクスを操縦出来るだけの子供と侮った結果、ぐうの音も出ないほどやり込められていた。
「チッ……持ってきな」
「うわっ……と」
札束が入った紙袋を投げ付けたのは、せめてもの意趣返し。
先程までの鋭い顔つきが嘘のようにわたわたとしながら袋を抱える彼女の姿に、ほんの少しだけ溜飲が下がるのをアンキーは感じていた。
「ほら、出ていきな。もう二度と顔見せるんじゃないよ」
「言われなくても」
そうして、マチュは扉に手をかける。
これで──清々した。
妙なガキを巻き込んでクランバトルで荒稼ぎをするような日々は、これで終わりだ。
まあ、元々身の丈を超えた出来事だったのだろう──金に目が眩んで欲を出せば、その分だけ損をするのは当然の話。
高い勉強代だったと思えば、これもまた────
「アンキー」
思索に耽っていた頭をのろのろと持ち上げ、扉に手をかけたままのマチュを見やる。
何だ、まだ出ていってなかったのか。
あれこれ悩んだり、最後の最後まで面倒な────
「こんな別れ方になったのは残念だけど、ありがと」
「──」
「頭を空っぽにして追いかけてみるのも悪くないって言ってくれたの、助かったから」
「──」
「それだけ、じゃ」
言いたい放題言って、マチュはスタスタと去っていった。
ただ、それだけだった。
──だが
合流を予定していた高架下でアマテが目にしたのは、仰向けになって横たわるジークアクスとその側で膝を抱えて踞るニャアンの姿だった。
そしてコンチが彼女の周囲を心配するように歩き回っているものの、肝心のシュウジの姿がない。
ガンダムもだ──まるで初めから存在しなかったかのように、彼と彼の駆るモビルスーツだけが消え失せてしまっていた。
「ニャアン、何があったの!?」
「ごめん、マチュ……私じゃ止められなかった……ごめん……」
慌てて駆け寄るも、ニャアンはごめん、ごめんと潤んだ声で謝罪を繰り返すばかり。
これでは、何も分かったものではない。
さりとてこのまま座り込んでいるだけでは何にもならないと、泣きじゃくるニャアンの腕を掴んで立ち上がらせながらアマテは考え込む。
(どうなってるの?止められなかったって、なに?)
取り敢えず、何らかの理由でシュウジとはぐれてしまったことだけはハッキリしている。
だが、「何らかの理由」とは何か。
確かに、あまりに事態が切迫していたのでシュウジへの説明は後回しになってしまっていた。
加えて、中心街の方で響き続ける重い爆発音──クランバトルから逸脱した戦闘に巻き込まれ、軍警に追われたなら事情は分かる。
だが──シュウジが、ガンダムが、数だけの軍警に負けるか?
(……いや、ない。シュウジは負けない)
それは有り得ない、とアマテは断定した。
何せ彼は自分たちと関わる前からコロニーの外壁にグラフィティを描いていた関係で、軍警とは幾度もやりあっているのだ。
例え追い込まれることはあっても、撃墜されるなんてことは起こり得ないだろう。
それに、ニャアンの言動にも妙な点がある──「止められなかった」とは何か。
止められなかったということは、シュウジが何かしたということ。
その結果、彼女は一人で合流地点に辿り着く羽目になった──でも、彼は何をしたのか。
(……ダメ。分からない)
気が動転していて、思考が纏まらない。
事態が大きく動き過ぎて、理解が追い付かない。
アマテがカネバンに金を取りに行っている間に何があったのか──その情報の断片を得ることすら叶わない。
けれど、こうしてただ突っ立っているだけなのはもっと良くない、ということだけはアマテにも分かっていた。
「取り敢えず、ジークアクスを動かそう」
「……うん」
兎に角、この場から離れること。
一旦それだけを念頭に置いたアマテは、覚束無い様子のニャアンの手を引き──突如として自分たちを照らし出した高出力のライトに、思わず怯んでしまった。
「動くな!テロリストめ!」
「……っ!」
真っ白い光の中で、黒い人影──軍警がアマテとニャアンを取り囲むように立っている。
シルエットから伸びる細い筒先は、恐らくライフルか何かだろう──合流地点でまごついている間に、鼻だけは無駄に鋭い横暴の権化に二人は捕捉されてしまっていたのだ。
そうして立ち竦んでいる間に、何かを向けられる気配があった。
「照合開始……該当なし。片方は違法難民のようです」
「チッ、これだから難民は……もう一人も急げよ」
(マズい……っ!?)
手元にある端末か何かで、個人情報を照合されている。
これでノーマルスーツでも着用していればまだ誤魔化しようがあったかもしれないが、今のアマテはよく目立つ学校の制服姿で、その上大金が入った紙袋まで抱えている。
たまたまニャアンの後ろにいたから端末のカメラに映らなかっただけで、照合を行っている軍警がもう何歩か動くだけで身元が割れてしまう。
もしそうなったらテロリストとして指名手配され、もう母と会うことも叶わない──その怯えに反応するかのように、ジークアクスが身動ぎした。
『──ッ!』
「おっ……!?撃て!」
射撃命令が下されたこの瞬間──アマテとニャアンの行動は、決定的に分かれていた。
ジークアクスが自分の意思に反応することを瞬時に悟ったアマテはモビルスーツの胴を駆け上がってコックピットに飛び込み、先ず銃弾を避けることを考えたニャアンはコンチを抱えて走り出す。
二人が同じ方向に動いていれば、纏めて蜂の巣にされていただろう。
しかし、奇しくも全く反対の行動を取ったことで軍警たちの銃口は僅かに迷い──地面に向けたスラスターの風圧が、彼らを纏めて吹き飛ばす。
「ニャアン!」
「私は大丈夫!それよりマチュはジークアクスを隠して!」
「分かった!」
本来、それをすべきは──流れでコックピットに持ち込んでしまった大金を受け取るのは、地球に行かなければならないニャアンの筈だ。
しかし彼らが何時起き上がってくるか分からない今となっては、交代している時間もない。
兎に角──兎に角、今は逃げるのだ。
「また、後で!」
「うん……!」
疾駆するニャアンに背を向け、マチュは飛び出す。
未だ戦禍収まらぬ、コロニーの空へ。
サイコガンダムとギャンの闘いは、佳境に入ろうとしていた。
「キラキラ、がぁ……っ」
未だ、紫の巨影には傷一つとして付いていない。
そればかりか、巨人は今やコロニー行政府の目と鼻の先まで迫り、キシリア暗殺という本来の目的は目前だった。
だが、その周囲を飛行する装甲片は最早両手の指で数えられるほどに叩き落とされ、リフレクター機能を用いたオールレンジ攻撃の勢いは目に見えて衰えている。
「キラキラは、どこ……っ!」
何より、その心臓を司るドゥー・ムラサメが狂乱してしまっている。
ミカボシから一方的に繋がりを断ち切られ、ゼクノヴァ現象によってキラキラを見失った彼女は、最早失くした玩具を探して泣く子供に等しい。
そしてそんな幼子が癇癪を起こしたような攻撃など、幾ら繰り出したところでEXAMシステムを起動したギャンには掠りもせず──ただその巨体とIフィールドに任せて前に進むことしか出来なかった。
「……ぐっ、ぅ」
一方のギャンも、一目見て分かるほどに限界が近い。
各所から立ち上る赤い陽炎は機体の全体を被うほどに拡大し、過剰な機動を処理出来ずオーバーヒート寸前まで追い込まれている。
杜撰なシステムのツケを払わされていると言うべきか、まだ稼働限界まで一分弱時間が残されているにも関わらず、機体の方が自壊しかかっているのだ。
ランチャーシールド、ビームランスと言った主兵装も悉く喪失し、今や残された武器は両手に握っているサーベル二本だけという有り様。
本体は無傷なサイコガンダムとどちらが満身創痍かと問われれば、先ず間違いなくギャンの方が挙がるだろう。
「ぅ──ぐ、ぅ!」
加えて、パイロットであるミカボシがEXAMの機動に対応しきれていない。
ユウ・カジマやニムバス・シュターゼンのような適性のあるパイロットであれば乗りこなせるが、本来EXAMに関連するシステムを搭載した機体を操縦するならば投薬か肉体の強化手術が必須なのだ。
その殺人的な加速に、強化人間と呼ぶのも憚られるレベルの実験、処置しか受けていないミカボシが耐えきれる筈がなかった。
もう言葉を発する余裕すらない、全身が軋む感覚に苛まれながら、それでも男はサイコガンダムを翻弄し続けていた。
「うぅ……っ!?」
そんな、泥沼の消耗戦の中で──絶え間無くドゥーの頭に思椎が叩き付けられる。
戦いを止めろ、そのモビルスーツから降りろ、お前は心臓なんかじゃない──そんな不躾で無遠慮な思考が、少女の頭脳に流れ込むのだ。
一方的にキラキラを断ち切った癖に。
自分は選ばれた強化人間なのに。
「うる、さい……っ!」
強く拒絶しても、尚のこと彼の思考は強く届く。
全くキラキラじゃない、ドゥーの身体はあの光の奔流ではなく現実にあるのに──感応現象だけが続いているのだ。
それが五月蝿くて、鬱陶しくて仕方がない。
「──あぁあああッ!!」
胴体の拡散ビーム砲が発光し、光の放射線がコロニーの夜空に描かれる。
指先のビームが放たれ、燃える夜空に黄色い爪痕を残す。
それでも、当たらない。
ロックオンしているのに、狙っているのに、一発すら掠りもしない。
苛立てば苛立つほど、ミカボシはその隙を突いてくる。
そればかりか、飛蝗のような奇妙な機動でビームの雨を掻い潜ったギャンは、リフレクターの内側に潜り込み──一閃。
「ぅあっ!?」
サーベルで切断された左腕がズン、と土煙を立てながら地面に落ち、その感覚がドゥーの神経にフィードバックされる──強烈な痛みに涙が滲み、モニターにエラー表示とノイズが走る。
五分近く続いた均衡が、遂に崩れた瞬間だった。
ドン・キホーテの無謀な突撃が、止めることは不可能にも思えた風車の羽根を捥いだのだ。
だが、それはドゥーにも反撃の機会を与えるということ。
況してやサイコガンダムはただそこにあるだけの風車ではなく──跳び退こうとしたギャンの片脚を、がっしりと右手が捕らえる。
「捕まえたぁ……っ!」
逃れようとギャンは必死にスラスターを噴かすが、二倍以上のサイズ差がある巨人を振り切ることなど出来る筈がない。
そればかりか、膝の関節がバキバキと不快な音と共に断裂し始める。
成る程、脚を犠牲にしてでも脱出を図る──その選択肢は間違いではない。
だが、それをさせるほどドゥーも悠長ではない。
「キラキラを、返せぇっ!」
ズズン、と先にも増して強い振動がイズマコロニーに木霊する。
叫ぶと同時に、右腕を──自身と一体化したサイコガンダムの腕を振り下ろし、彼を行政府のビルに叩き付けたのだ。
そうしてビルに半ば埋め込まれたギャンは、最早ピクリともせず──赤い四眼の光すら消え、ただの木偶の坊に戻っていた。
「はぁ……っ、はぁ……っ」
勝った。
これで、勝った。
後は、この五月蝿かったモビルスーツを跡形もなく消し去るだけ。
ゲーツに文句を言われるだろうが、このビルごとビームで焼き払ってしまえばキシリア暗殺も完遂出来て一石二鳥だ。
荒い呼吸のまま、そう結論付けたドゥーは──サイコガンダムは、右手の指先を揃え。
「……?」
バラバラ、と
どこか見覚えがあるような、軍警のザクとは違うモビルスーツの破片が────
「……ゲーツ?」
それは、ゲーツが乗るハンブラビの残骸だった。
ザク程度なら軽くいなせる筈のハンブラビが、粉々になってサイコガンダムに降り注いでいるのだ。
そして──ドゥーは、見た。
「誰……!?」
白い、モビルスーツ。
今しがたドゥーがビルに叩き付けたそれと酷似した、しかし似て非なる真っ白な騎士。
加えて、もう一機。
『成る程、人の造ったニュータイプか』
人型ではない、異形。
胴体から四本のアームを伸ばした、奇怪なモビルアーマーが頭上からサイコガンダムを睥睨している。
そのプレッシャーたるや──一時は恐ろしいと思えたミカボシのそれですら生温く思えるほど。
冷徹で冷酷な視線に、ドゥーは見下ろされていて。
「ぁ」
怯んだ一瞬に、アームが動き出す。
サイコガンダムも拡散ビームとリフレクターで迎撃するが、全く当たらない。
ミカボシの時とは違う──ニュータイプの能力と元々の操縦技術を組み合わせ、まるで有線アーム一つ一つがモビルスーツのように動くのだ。
そうしてギャンが突破するのに五分近くかけた猛烈な弾幕を、アームたちはまるで何でもないかのようにすり抜け──ほんの数秒の内に、ドゥーの前後に回り込む。
「────」
口を開くことも、舌を動かすことも出来ないこの一瞬の攻防で、ドゥーは己の死を知覚した。
もう既に有線アームはIフィールドの内側に潜り込んでいて──拡散ビームも、右手のビームも、丁度射撃の切れ目で撃つことは叶わない。
つまり、死ぬ。
前後から発射されたメガ粒子砲をどうあっても防げない以上、ドゥーは死ぬのだ。
ただその事実を認識することだけが、死の間際に置かれた彼女に許された思考だった。
そしてそこから先、強化人間の矜持を口にすることも、ミカボシとの決着を邪魔した異形への怒りをぶちまけることも出来ないまま、ドゥーの意識は灼熱の中に消え去り────
「ぁ、ぎ……ッ!?」
全身を貫く痛みと共に、少女は猛烈な衝撃に襲われた。
呼吸も出来ないままコックピットの中を跳ね回り、あちこちに身体をぶつけてずるずると崩れ落ちた。
けれども──けれども、死んでいない。
──何故
分からない。
間違いなく死んでいた筈なのにどうして、と喉を焼き切られるような痛みに苦しみながら目を開けば──そこには、彼女を見下ろすモノアイがあった。
何の感慨も持たない白い騎士のそれでも、自分を瞬殺した異形のものでもない──もっと暖かくて、優しい一つ目。
ミカボシのギャンが、ドゥーを見下ろしていた。
メガ粒子砲に貫かれる刹那、再起動したギャンがサイコガンダムの頭部を切断したのだ。
──なんで
けれど、何故。
何で彼はそこまでするのか。
キラキラで繋がることを拒否し、自分を殺そうとした相手をどうして救おうとするのか。
訳が分からない、と視線で問い掛ければ──接触回線から、ノイズ塗れの返答があった。
『……人に戻すって、言っただろ……』
それだけ。
ただ、それだけのために。
あまりにも馬鹿らしくて、意味のない行為。
しかし、その言葉が激痛に苛まれる肉体にじんわりと染み始めるのをドゥーは感じ取って────
『クソ……っ、軍警か……!』
ギャンの背中に、爆発の焔が広がった。
「……ミカボシ!?」
その光景を、同じく軍警に追われるアマテも目撃していた。
片足を喪失し、半ば火だるまになって何かを抱えたギャンが遥か遠くでビルの谷間をふらふらと飛んでいる。
盾も武器もなく、ただひたすら逃げ続ける──軍警のザクに追い立てられ、被弾するたびに大きく姿勢を崩すその姿は最早死に体と言っても差し支えなかった。
何故、そんなことになっているのか──心当たりはあった。
初めてアマテがジークアクスに乗ったあの日、確かミカボシはコロニー内でザクを二機破壊していた筈だ。
その件については有耶無耶になったと聞いたが、もしこの混乱に乗じて恨みを晴らそうとしている者がいるなら────
「ミカボシ、しっかりして!今助けに行くから!」
『マ────か?ダ──だ。こ─に─るな』
通信を繋げるも、ノイズが酷く何を言っているのか上手く聞き取れない。
それに──助けに行くと言ったって、どうやって行くのか。
纏わり付いてくるザクたちの攻撃を避けるので精一杯で、とても振り切ることなど出来ない状況で、どうして彼の下に辿り着くことが出来るだろう。
そうして見守るしか出来ないまま、ギャンは滅多打ちにされ続け──遂にプロペラントタンクが爆発する。
「あ────」
ドワッと広がる爆風に押し出されたギャンは、コンクリート舗装された路面をガリガリと砕きながら地面を滑り──そのまま、メンテナンス用ハッチの中に落ちていく。
そして、また爆発。
ハッチからもうもうと立ち上る爆煙に、ザクたちは撃墜したと判断したのかすぐに撤収していく。
「……死ん、だ?」
あんなに、あっさりと?
あれだけ自分を見守ってくれたミカボシが、彼だけは決していなくならないと思っていたミカボシが、死んだ──軍警に追われて、抵抗も出来ぬまま蜂の巣にされて。
「────っ」
呼吸が、詰まる。
心臓がどくどくと脈打って、感情の抑えが効かなくなる。
どうして、なんで──そんな困惑が、怒りへと転化する。
「──あああああッ!!」
逃げなければならない、筈なのに。
アマテの口から出たのは、意味を持たない叫びだけだった。
酷い、有り様だった。
ハッチに落ちてからも暫く這いずって移動したギャンの装甲はあちこちが歪み、煤けて、騎士然とした姿はもう何処にもない。
寧ろ背中一面に未だ消えぬ炎を背負い、左足のみならず右腕までもげた状態で突っ伏すその格好は焼死体と表現した方が正しいだろうか。
撃ち抜かれたのと反対のプロペラントタンクを自爆させたことで上手く撃墜を偽装出来たが、そのせいでギャンはもう一歩も動けないほどに壊れてしまっていた。
──そして、満身創痍なのは俺も変わらない
全身が酷く痛む。
恐らくはEXAMシステムの機動に身体が耐えきれず、骨が何本か折れてしまっているのだろう。
内臓は多分やられていないだろうが……それも、自分では判断しようがない。
ただコックピットから出て、歩けるだけでも良しとするしかなかった。
そう、俺にはまだやることがあるのだ。
「……っ」
よろよろと、少し離れた場所に転がっているサイコガンダムの頭部へと歩いていく。
ギャンが停止する前に、あのシャッターみたいな顔面は剥いだが……ドゥーは、上手く脱出出来ているか。
そもそも、軍警に追われる中でちゃんと守りきれたのか。
分からない。
もし中で物言わぬ死体となっていたら、恐ろしくて堪らない。
それでも、確認するしかないのだ。
俺が─俺自身がそう決めたから。
何としてでも人に戻すと、決めたから。
「……ドゥー?」
そうして、人間で言えば頬に当たる部分を這い登り、コックピットの中を覗き込めば──果たして、彼女の姿はそこにあった。
だが、様子がおかしい。
「ぁ、か……っ」
「おい……おい、どうした!しっかりしろ!」
喉を両手で押さえて踞る、白い少女──何が彼女の身に起きているのかは、すぐに分かった。
(過呼吸か……!)
サイコガンダムは……と言うか、サイコミュを搭載したモビルスーツの幾つかは、パイロットと感覚がリンクしているような場合がある。
その状態で腕を切られれば、実際に腕を切られたような苦痛が搭乗者を苛むのだ。
つまり今のドゥーは両腕と胴体を喪失し、首を切断されたような痛みに襲われているということ。
例え本物の痛みでなくとも、彼女から正常な呼吸を奪うには十分過ぎるだろう。
見れば、持ち込んでいたであろう呼吸器も壊れてしまっている。
「大丈夫だ、落ち着け……ゆっくり呼吸しろ……!」
「は……ぐぅ、ぅ、ぁ……!」
「焦らなくて良い。吸って、吐いて、だ」
彼女の小さな背中に手を回し何度も撫でてやるが、効果は見られない。
それだけ、彼女の肉体にフィードバックされた苦痛は強いものなのだ。
生半可な、付け焼き刃の手当てでは彼女の呼吸を安定させることは出来やしない。
定番とされていたペーパーバック法も否定されたと聞くし、有効な手段を俺は何も知らない。
さりとて、ツキモリの回収班を待っている余裕もない。
──どうする。どうすればいい
考えろ。
何か、何かある筈なのだ。
過呼吸は誰しも起こり得ることなのだから、彼女を落ち着かせ、呼吸を上手くコントロール手段が必ずある筈だ。
誰かを殺すばかりな俺の手でも、こんな小さな子供一人くらい、救えたっていい筈だ。
それすら出来ないなら、何のための大人なのだ。
何のために、これまで「流れ」に介入して生きてきたのか────
──あった
思い付いた、一つだけ。
しかし……しかし、これはどうなのだ。
インターネットか何かで効果があると見た覚えはあるが、人としてどうなのかと躊躇わざるを得ない。
だが、彼女の発作を落ち着かせるためならば───やはり、これしかないのだろうか。
「……すまん、恨んでくれていい」
最早、一刻の猶予もない。
選べる手段があるならいくらでも選ぶが、このまま成り行きに任せていては取返しがつかなくなるかもしれないのだ。
すぅ、と息を吸って、覚悟を決める。
そのまま、苦痛が浮かぶ彼女の顔に自分のそれを近付け──唇を、重ねる。
「んんっ……!?」
ドゥーの碧眼が、驚愕に開かれる。
けれども、そのまま。
「ん、ン……」
暴れるドゥーの細い身体を抱え、吐息の循環を繰り返す。
そうして暫くするとペースを掴んだのか、発作が落ち着き始め──やがて、強張っていた全身からゆっくりと力が抜けていく。
どうやら、やり方が正しかったのかは兎も角として呼吸を取り戻すことには成功したらしい。
そうして、顔を離すと──彼女は、しっとりと微笑んだ。
「やっぱり、キラキラだ……」
そんな訳、ないだろうに。
けれども、彼女の笑顔は途方もなく可憐で──命の危機とは言えとんでもないことをしでかしてしまった己に、俺は深く深く溜め息を吐くしかなかった。
◯ミカボシ・ツヅラ
EXAMまで使っといて結局負けるわ過呼吸の発作を止めるためとは言えドゥーにキスするわとんでもないやらかしを重ねるニュータイプのなりそこない。
ちなみに現代だとペーパーバック法は逆効果とされているらしいので、キスで落ち着ける方法も多分あまり効果はないと思われる。
ギャン(GQ)はちゃんと目撃しているが気にしている余裕はなかった。
◯アマテ・ユズリハ
覚悟決まり系ニュータイプ少女。
アンキーとの対話は覚悟ガン決まり過ぎてサクサク終わるし、ニャアンとも仲が良いまま。
ミカボシが死んだ(と誤認して)激怒しかけるが、この後緑のおじさんに鎮圧されるのは本編通り。
◯ニャアン
シュウジから地球で待ってる宣言をされたので多少元気。
エグザベ少尉のジオン勧誘は本編通り受けるが当人は脅されたと思っている。
◯ドゥー・ムラサメ
首はねられるわニュータイプのなりそこないにキスされるわ散々な目に遭った人の造ったニュータイプ。
本編より大分ガッツリ戦っているがそのせいで消耗しており、本編より手早く緑のおじさんに処理される…がすんでのところでミカボシが救助に成功したため存命。
◯ゲーツ・キャパ
ハンブラビの残骸として登場。
実はキシリア暗殺に王手をかけていたが直前で介入したエグザベくんに撃墜された。
◯シャリア・ブル
超強くて何か不気味な緑のおじさん。
強さは本編据え置きなのでサイコガンダムもサクッと撃墜する。
◯エグザベ・オリベ
乗機の白いギャンがカッコいい彼。
本作ではゲーツのハンブラビを撃墜する。