「ええい、モビルスーツ隊は何をしている……!?」
イオ・マグヌッソ内部──慌ただしく配下の将校たちが行き来する中、キシリア・ザビは自身が座る椅子の肘掛けに拳を打ち付けてながら不快感を露にした。
そう、ギレンをガスで暗殺する計画は予定通りに実行した。
足りない戦力の穴埋めとしてツキモリ株式会社のギャンを手駒にすることも成功した。
ビグ・ザム四機の相手をするのは難しいことだが、ニャアンとエグザベ率いるニュータイプ部隊があれば排除は決して不可能ではなかった。
何もかもがキシリアが思い描いた通りに進み、本来であれば今頃ジフレドはシャロンの薔薇を用いた兵器の稼働を始めていた筈なのだ。
それが、あんな──たかがモビルアーマー一機に、謀略の全てを覆されようとしているとは。
(ギレン兄め……つくづく往生際の悪い……)
イオ・マグヌッソの周囲を我が物顔で飛び回るグロムリンⅡの巨体に、キシリアは眉をしかめた。
優れた諜報網がその存在すら掴めなかった秘密兵器の建造には、ギレンもさぞかし苦労しただろう。
だが、その甲斐あってかかのモビルアーマーは凄まじいまでの暴れ振りをキシリアに見せ付けていた。
配下のニュータイプ部隊は既にエグザベを残して全滅、艦隊もパープルウィドウを残してほぼ壊滅し、役立たずのサイド6艦隊がその場に留まっているのみ──今や
不幸中の幸いと言えるのは、ビグ・ザムをIフィールドごと滅却した超大出力のメガ粒子砲は、再度発射するために数分間のインターバルが必要ということ。
そして配置の問題から射角は狭く、正面にさえ陣取らなければそうそう当たることはない。
だが、それもモビルスーツが気を引いている間だけの話。
この均衡が崩れるか、或いは五月蝿い蚊など無視して即座に本丸を叩けば良いと気付かれようものなら──瞬く間にイオ・マグヌッソは破壊され、ア・バオア・クーから出動した国家親衛隊によってキシリアは逮捕されるだろう。
最早一刻の猶予すら残されていない。
だとするならば────
「ニャアン、聞こえているか」
『はい……っ、キシリア、様……っ』
戦闘中のジフレドに通信を繋げば、ミノフスキー粒子の散布下でも返事は問題なく返ってきた。
相変わらず自信の無さそうな、おどおどとした声音──しかしその下に秘めた意思の強さと激情をキシリアは見抜いている。
「このままでは埒が明かん。予定通りイオ・マグヌッソの発射へ移れ。ただし目標は此方が指示する」
『で、でもこのモビルアーマーは……!?』
「構わん。エグザベ少尉とそのギャンであれば、問題なく時間は稼げる筈だ」
実のところ、確証はない──しかしその不安をキシリアはおくびも出さなかった。
ザビ家の女とは、そういうものだ。
身内すら策略の果てに殺す骨肉の争いをする一族に生まれた以上、ほんの僅かな弱みを見せることすらキシリアには許されない。
常に強く、他者より上へ──そうして作り上げられたのがキシリア・ザビという鋼の女傑。
そしてそれ故に、彼女は危険な賭けも躊躇わない。
本来はア・バオア・クーに向けられる筈だった第一射を、この要塞の間近で引き起こせば何が発生するか分かったものではない。
しかし最強の手札を切らずして負けるくらいなら、キツい一撃をかましてやろう──そのような強気の姿勢が、キシリアの全身から滲み出していた。
『二人を巻き込んじゃうんじゃ……?』
「事前に通告はする。分かったら行動に移せ」
『わ、分かりました……』
「時間はない。急げよ」
それに気圧されたか、仲間を案じる様子だったニャアンもすんなりと受け入れ──通信を切ると、また将校たちの慌ただしさが戻ってくる。
後は全て、ニャアンと二機のギャン次第──出来ることなど、壊滅した艦隊の再編成を指揮する程度。
自身の生死を左右する一切合切が自分の手を離れた感覚に、キシリアは小さく溜め息を吐き。
『────』
「……っ!」
突如として頭を過る不協和音。
その不快感に、思わずこめかみを押さえてしまう。
(……さっきから、何なのだこれは)
人の声ではない。
ただ人間を不快にするためだけに存在するような「音」が先ほどからキシリアを苛み続けている。
しかし、周囲の人間がこれを気に留める様子はない。
自分だけが聞こえる音──完全に防護していた筈だが、ギレン暗殺の際に用いたガスが自分にも作用し、幻聴を引き起こしているのだろうか。
(……違う、な)
いや、違う。
そうではない、とキシリアの直感が囁く。
明確な根拠は無いが、これは幻聴などではなく何者かがキシリアたちを妨害するために発している音だ。
だとすると、その根源は────
「あのモビルアーマー、か?」
とてもムサイ級のサイズとは思えない軽快な機動で二機のギャンの猛攻を凌ぐグロムリンⅡ。
その不気味な姿に、キシリアの焦点は合わせられた。
撃って、避けるでは遅すぎる。
撃ちながら避ける、でもまだ足りない。
考えるよりも先に操縦桿を動かして、やっと猛攻を凌ぐことが出来る、と──現状について、そう述べるしかなかった。
それだけ、グロムリンⅡの全身から針鼠のように生えた対空砲やミサイルの猛火は凄まじい。
ほんの一発でも掠めようものならたちまち蜂の巣にされること間違いなしな火砲が、文字通り雨霰のように降り注いでくるのだ。
「ドゥー!」
「……ッ!」
俺の思椎を受け取ったドゥーの操る大型ビットが、弾幕の雨を掻い潜り──その懐へ辿り着く。
けれど、そこまで。
「……っ、ダメ。届かない……!」
悔しそうにドゥーが叫ぶと同時、開放型バレルから交差するように放たれた二条のビームを双胴の異形は易々と躱していった。
ムサイほどの大きさもあるモビルアーマーが、その艦体を捻ってまるで戦闘機か何かのような軽快さで飛び回っているのだ。
俄に信じ難い、K/NT-Xですら追いすがるので精一杯の機動力──ジオン驚異のメカニズムというモノを、俺は全身で味わうことになっていた。
尤も、驚異というならグロムリンⅡが目の前に存在していることそのものが驚くべき事実なのだが。
確かに、「KATANA」を参考にするならU.C.0085時点でグロムリンは建造されていてもおかしくはないが──「Ⅱ」は流石に訳が違う。
幾ら本来の宇宙世紀と異なるとは言え、アルティメット細胞と縮退炉、月光蝶という宇宙世紀外の技術が揃って初めて形になるような超技術の塊が現出している、この現実こそ異常だろう。
その上、だ。
『────』
「うっ!?……ぁっ」
「ドゥー!大丈夫か!?」
「……っ、僕は、平気だから……ミカボシは、操縦に集中して……」
通信を介するのではなく、直接脳に響く不協和音──高くもあり、低くもあり、割れていて、澄んでいる異様な怪音が、頭痛という形で俺たちを蝕む。
恐らく、ではなく、間違いなくニュータイプを狙い打ちにした何らかの兵器だろう。
特に感応が強く、相手の意思をダイレクトに受け取ってしまう──つまりドゥーのような手合いを無力化にするため作られた、極めて悪質な武装だ。
俺という不純物を挟んでいるので幾分か効果は軽減されているようだが、それでもドゥーの肉体に良くないのは確実。
ただでさえ体調が安定しないのに、端整な顔を苦悶に歪め、額に冷や汗を流す彼女を見ればそう長くは耐えられないのが一目で分かった。
しかし、それでも「平気」と言ってのけるドゥーの強さに、俺は瞠目したが──それで本当に無理をさせるつもりはない。
「エグザベ少尉!」
『何だ!?ミカボシ少尉!』
「元です!……突撃かけます!合わせて下さい!」
『分かった!』
阿吽の呼吸、と言うほどでもないが。
呼び掛けに応じた白いギャンがK/NT-Xの前に出て、そのまま速度を合わせて突撃を開始する。
足の速いギャンを前に置いた、即席のジェットストリームアタック──クランバトルでの経験が「ジェットストリームアタックは三機でやるもの」という固定観念を払ってくれていた。
「少尉……!」
しかし、エグザベ少尉の度胸には感心させられる。
視界が白く染まるほど滅茶苦茶な量の弾幕に曝されながら臆せず先陣を切れるのは、世界広しと言えども彼くらいのものだろう。
況して、彼が駆るモビルスーツはただのギャン。
武器と推進器が一体化したハクジのお陰で機動性はK/NT-Xを上回っているが、防御力に関しては些か心もとない──機動力特化のMSで、よくも「盾」をやろうという気になる。
その果敢さと恐れ知らずな精神には、俺も脱帽するばかりだった。
だが──それだけでは、どうにもならないものもある。
『ぐっ……!?すまない、離脱する!』
「ご心配なく!後は此方の仕事です!」
円形シールドにミサイルの雨を浴びせられた白いギャンが、破砕された左腕諸共押し出されるように戦列から離脱する。
これでグロムリンの前に残るはK/NT-Xただ一機。
やれるのか、一機で──否、やるしかない。
エグザベ少尉が先陣を切ってくれたお陰で、あの巨体まで数百メートルの距離にまで近付くことが出来たのだ。
このまま懐に潜り込めば、反撃手段の乏しいグロムリンを一方的に屠れるが──此処で臆せば、次の機会が何時巡ってくるかは分からない。
「……悪い、覚悟決めてくれ!」
「……ッ、この程度……まだ僕はやれる!」
ギッと鋭い目付きでグロムリンを睨み付けるドゥー共々、気迫の声を上げて俺たちは双胴の巨体へ加速する。
ヴァリアブルシールドは前面に向け、ランチャーシールドも構えてコックピットを守る。
更にはこちらに迫る無数のミサイルを肩部とランチャーシールドのミサイルランチャーで迎撃し、ビットも滅茶苦茶に撃ちまくりながらの──一見すると特攻紛いにしか思えない、闇雲な突撃。
当然撃ち合いが拮抗しているのは数秒だけで、すぐにミサイルの雨霰が本体を守る三枚の盾に殺到する。
でも──関係無い。
『少尉!』
エグザベ少尉が何か叫んでいるが、関係無い。
彼からすれば、今の俺たちは爆発に呑まれて広がる白い光の塊になっているに違いない。
けれど、親父さんとツキモリの皆が手掛けたこのギャンK/NT-Xは──この程度で墜ちるほど、柔な造りはしていないのだ。
「──おおぉおおおッ!!」
無数に連鎖する爆発を掻き分け、ギャンが翔ぶ。
その際、穴だらけになったヴァリアブルシールドが一枚基部から千切れていったが、やはりそれも関係無い。
このギャン本体がグロムリンの下へ辿り着きさえすれば、その無防備な土手っ腹をランスで貫きさえすれば、何も問題は無いのだから。
「ぁあぁあああッ!」
ありったけの意志を飛ばしたドゥーが叫び、射出されたビットがケーブルの尾を引いて宙を翔る。
そう、ギャンは早いが、推進材を根刮ぎ使い尽くす勢いで加速するビットはそれよりも更に速い。
況してやそれを操るのはドゥー・ムラサメ──サイコガンダム本体と同時に無数の装甲ビットを操る、宇宙世紀0085時点では最上級レベルのサイコミュ適性を持つ少女。
そんな彼女が、この近距離でたった二機に集中することを許されたのだとすれば──ミサイルの雨を掻い潜り、グロムリンの装甲にその穂先を突き立てるなどあまりにも容易だった。
『菴包シ』
ぐしゃり、と先端を潰しながら側面に突き刺さったビットへ、「それ」の意識が傾けられる。
戦い始めて数十分──ここまで意味不明な怪電波しか垂れ流してこなかったグロムリンが見せる、初めての動揺。
今まで鬱陶しい蝿程度にしか捉えていなかった存在が、鋭い針を持つ蜂であることに漸く気付いたのだ──気付いたところで、もう遅いが。
「ミカボシ────!!」
「行け──ッ!」
開放型バレルから放たれたメガ粒子の奔流が装甲の内側を灼くのと同時、ワイヤーの基部が火花を散らしながら強引な巻き取りを始め──スラスターの推進力も引き受けたギャンが一気に加速する。
ミサイルの近接信管、対空砲の弾幕もまるで追い付かないほどの超加速。
シートに押し付けられた肉体がミシミシと悲鳴を上げる様は、この瞬間に於いて宇宙世紀のどんな兵器よりも速いことを証明していた。
そして、宇宙を駆ける一筋の流星そのものとなった俺たちは──真っ直ぐ構えたランスを、グロムリンの側面に深々と突き立てた。
否、それだけではない。
突き刺したランスをそのまま引き摺り上げ、やっとの思いで刻み込んだ破孔を広げていく。
そう、ムサイに匹敵する巨体を持つグロムリンを撃墜するには、一刺しでは届かない。
少なくとも双胴の片方でも食い千切らねば、ジオンが生み出した狂気の結晶を消し去ることは出来ないのだ。
だが、不協和音はまだ消えない。
「足りない……っ!?」
ぎょっとした様子で目を見開いたドゥーが、呟く。
相も変わらずガンガンと、これまでと全く変わらぬ調子で響き続けている。
その不規則な音程には、些かの乱れも──焦りのような感情も感じ取れない。
K/NT-Xの突撃が致命傷足り得ないことに気付き、多少余裕が戻ったのだろう。
で、あるならば。
だとするなら────
「────ッ!」
「えっ……!?」
ありったけの意思を飛ばすと同時、背部に接続していたコンテナが分離する。
後席でドゥーが驚きの声を上げたが、それもそうだろう──この武装は、ドゥーを乗せずに戦う場合を想定した切り札の一つなのだから。
サイコガンダムからフィードバックした技術と、かつてサイコミュ高機動試験用ザクに搭乗していた経験から造り出された時代の先取り。
即ち、ギガンティックアーム・ユニット──いや、時間的制約から腕部全体を製造している余裕がなく、肘までの部分を有線でコントロールする形式のそれはジオングの腕と言った方が近しいだろうか。
つまり、サイコミュ適性が劣悪な俺が操作する場合完全に棒立ちになってしまう欠点があるのだが──此処まで近付けば、もう関係無い。
「此処でくたばれ、ジオン野郎────!!」
真っ直ぐ伸ばした指先を破孔に突き立て。
俺は、思い切りトリガーを引いて。
『蜉ゥ縺代※』
「────ぁ?」
瞬間、頭に過るビジョン。
複雑に広がる「何か」を繋ぎ合わせた──不可解としか言い様のない塊が視界に灼き付く。
それが「何」であるか、言葉で表現する術を俺は持ち合わせていなかった。
だが──
そう直感が示している。
「……ぁ、え……?」
案の定、後席のドゥーは理解が追い付かないという様子ながら何かを伝えようと懸命に口を開いたり閉じたりしていた。
俺は操縦桿から手を離し、彼女の方に身を乗り出す。
戦闘の真っ只中、それもグロムリンⅡに肉薄した状態で我ながら不用心にも程があるが──しかし、今は何もされないという不思議な確信があった。
そうしてドゥーの口元に耳を寄せると、彼女は喘ぐように小さく呟いた。
「脳……?」
グロムリンⅡを動かしているのは、恐らく繋ぎ合わされた複数人の「脳」なのだと。
◯ミカボシ・ツヅラ
何だかんだグロムリンⅡの対空砲火を突破出来る程度には腕があるニュータイプのなりそこない。
ただしNT素養はかなり低いので、ドゥーが感じ取れるものも曖昧なビジョンとしてしか受信出来ない。
ちなみにミカボシは堅牢なMSを強引にぶん回す操縦スタイルが性にあっているので、ハクジを丁寧に扱わないといけないギャン(GQ)に乗ったらストレスで禿げるか、早々に盾をぶん投げてサーベルランスの二刀流に切り替えると思われる。
◯ドゥー・ムラサメ
K/NT-Xサイコミュ担当大臣。
サイコガンダムのパイロットなだけあってビットの操作能力は(ヒゲマンを除けば)最高峰。
突破の機転を作ったり敵の正体を看破したり八面六臂の活躍を見せる。
尚、忙し過ぎてスルーしているがミカボシがこの期に及んでギガンティックアームとか隠していたのには内心むくれている。
◯エグザベ・オリベ
ガッチガチに装甲を固めたK/NT-Xなら兎も角、機体コンセプト的にどう考えても繊細な機動が求められるギャン(GQ)で先陣を切る漢を超えた漢。
そもそも本編にも増してビックリドッキリメカだらけなこの戦場で普通に戦えているというのがまず異常なのだが、当人は全く気付いていない。
ちなみに、ミカボシのギャン・クリーガーに乗った場合その推力に感心するものの、一撃離脱or超接近戦を強要されるピーキーな仕様にドン引きする。
◯ニャアン
ホンマにキシリア様信じてええんか…?
何か悪いこと企んでるんとちゃうか…?
◯グロムリンⅡ
本体に三人、グロムリンポッドに一人ずつ、計五人の脳味噌を繋ぎ合わせた超非人道兵器。
まるでペルグランデみたいだぁ…(直喩)
本作においてギレンのニュータイプに対する解釈はジオン・ズム・ダイクンが唱えたものに近しく、それ故に現在のニュータイプは存在そのものを認めていない。
要するに「本物のニュータイプなら尊重するけどお前らただのサイキッカーだよね」という思想なので平気で非人道的な扱いはするし脳味噌だけクローン化したりする。
ミカボシ含め作中の登場人物が「彼ら」を人間だと捉えられなかったのは、そもそも人間の形を与えられていないからであり、最初から脳と神経系しか存在しない「彼ら」はヒトの理解出来る思惟を発することすら出来ないのだ。
僧正ヘッドみたいに頭だけでもあれば、また違った未来があったかもしれない。